誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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ナナシの身長に食いつく方が多くて驚きました。需要あったんですね……


エデン条約編
研修からの逃げ方を教えてくれ


 ──いつのまにか、俺はどこかのテラスに居た。お城のような建物で、薄明りだけが点いた夜のテラスに。絵画『最後の晩餐』の中でしか見たことないような長い机の先に、誰かが座っている。

 

「……つまるところ。エデン条約というのは、『憎み合うのはもうやめよう』という約束」

 

 その誰かは、少女だった。真っ白な制服を身にまとい、色素の薄い肌と金色の髪を持つ少女。狐に似た耳が生えているのを見て、少し触ってみたいと思う。

 俺の内心など知らないのだろう、少女は澄ました顔のまま話を続ける。舞台の上でモノローグを吐き出すように、朗々と。少女の話すそれは、エデン条約の説明だった。

 エデン条約。ゲヘナとトリニティの平和条約にして、ブルーアーカイブメインストーリーVol.3の題名にもなっている大事な舞台装置だ。既に知っているそれを半ば聞き流す俺の方へ、少女は問いを投げかける。より正確には、いつからか俺の横に立っていた先生に向けて。

 

「キヴォトスの、『七つの古則』はご存じかい?」

 

 知っている。どこかぼんやりとした頭で思い出すように考える。俺は七つのうち二つしか知らないけど、エデン条約編での主題(テーマ)は、たしかその五つ目。

 

「『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』」

 

 そうだ。何度聞いても難解だけど、ストーリー中ではこの問いを『楽園の存在証明に対するパラドックス』であると解釈していた。楽園が存在するならば、そこに行った人はその場所が楽園であるが故に決して帰って来ることはない。帰って来るならばそれは完璧な楽園ではなく、楽園など存在しないことになってしまう。だけど、楽園の到達者が楽園の外にいないなら、外では楽園の存在を証明できない。だから矛盾(パラドックス)。存在証明の不可能性を問う古則だ。そう。つまり、これは。

 

「この五つ目の古則は、初めから証明することができないことに関する『不可解な問い』なのだよ」

 

 少女は言葉に少し熱を持って、話を続ける。

 

「しかしここで同時に、思うことがある。証明できない真実は無価値だろうか?この冷笑にも近い文章を通じて、何か真に問いたいことがあるのではないだろうか?」

 

 俺は喋らない。この問い掛けは俺に向けられたものじゃないから。けれど、隣に立つ先生も喋らない。この問い掛けに返答など期待されていないとわかっているから。故に、少女は語り続ける。

 

「エデン……経典に出てくる楽園(パラダイス)。どこにも存在せず、探すことも能わぬ場所。夢想家たちが描く、甘い甘い虚像」

 

 少女は嘲笑するように、悲観するように問うた。このエデン条約そのものが、そんな虚像(もの)のように見えてこないか、と。

 俺は思う。そうかもしれない。俺は知っている。このエデン条約が、証明できない楽園(エデン)を作ろうとした少女たちによって破壊される、皮肉で悲しい展開を。でも、俺は知っている。決して言うことはできないけれど、それは『展開』であって『結末』ではなく。この物語(ブルーアーカイブ)はそれだけじゃないってことを。

 少女は俺の隣に、先生へと視線を向け、懇願するように言う。

 

「……先生。もしかしたらこれから始まる話は、君のような者には適さない、似つかわしくない話かもしれない」

 

 意識がだんだんと薄れるのを感じる。

 

「──不快で」

「──不愉快で」

「──忌まわしく」

「──眉を顰めるような」

 

 そうか、ここは夢だったのか。なぜかそう直感した。

 

「──相手を疑い」

「──前提を疑い」

「──思い込みを疑い」

「──真実を疑うような」

 

 薄れる意識の中、少女の声が響く。悲観と諦観の声が、ひたすらに。

 

「──悲しくて」

「──苦しくて」

「──憂鬱になるような」

 

 ああ、否定してやりたい。その諦観を否定したい。でもできない、俺には責任を負うだけの覚悟がないから。

 

「それでいて、ただただ後味だけが苦い……そんな話だ。しかし同時に、紛れもない真実でもある」

 

 違うんだ、紛れもない真実であるだけじゃない。その先には確かな輝きがある。その先には、たしかな希望があるのに。最後までしっかり見ていてほしいと言った少女は、これで終幕とばかりに締めくくる。

 

「それが、先生……『この先』を選んだ、君の義務だ」

 

 いよいよ意識が薄れる。自我を保てなくなる。

 

「────」

 

 俺がなにかを口走った気がする。内容は、わからないけれど。薄れゆく意識の中、最後に少女の声が聞こえた。

 

「……えっ、君誰だい?」

 

 今更!?

 

 

 

 

「んがっ!?」

 

 ベッドから転げ落ちて目が覚めた。頭を強かに打ったらしい、痛む場所を押さえて鈍痛に耐える。あ゛~、痛い。俺別に寝相が悪い方じゃないと思うんだけどな、なんか夢でも見たんかな。

 ようやく痛みが治まってきたので、起き上がって枕元の時計を見る……えっ、は!?9時!?大遅刻じゃん!?ちょ、ヤバイヤバイ!え、なんで?目覚まし時計のセット……なんで9時半になってんの!?ていうか前に寝坊したときは先生が起こしてくれたのに!!大慌てで着替えて執務室に向かう。

 あっちこっちに身体をぶつけながらようやく執務室にたどり着いてドアに手をかけ……あっちょ、なにこのドア開かない!ああいや違うこのドアは押す方向にしか開かないから……!

 

「うわわっ!?」

 

 バン!と大きな音を立ててドアが開き、俺は転びながら執務室へと入室した。ズサーっという音を立てて滑り込み、なにやらすでに休憩の姿勢に入っている先生の足元に転がる。

 

「“えっと……おはよう?”」

「あっ先生この度は俺ごときが遅刻なんてしてしまいまことに申し訳なく……」

「“あれ?言ってなかったっけ。今日からシャーレは一時休業だよ”」

「……へ?」

 

 そう言われて、昨夜の記憶を思い出す。

 

~回想中~

『休業って……どうしていきなりそんなことするんですか?』

『“実は、ナナシにちょっとした研修を受けてもらおうと思って”』

『研修?』

『“うん、ナナシは今までシャーレ外での活動はしてこなかったでしょ?”』

 

 シャーレ外での活動というのは、要するに頼み事とか依頼とかの話だ。俺はデスクワークばかりしていて、そういうのは基本先生にまかせっきり。今日も先生はどこか遠くまで行ってきたらしいし……あ、この魚美味しいな、そういえば先生って魚あんまり好きじゃないみたいだし貰えないかな。ちょっと厚かましいかな。

 

『確かに、野良猫探しとか町の清掃まで先生にやらせちゃってましたね……』

『“うん、そろそろナナシにもやってもらいたくて。だから、ちょっと長期の出張に付いてきてもらおうと思うんだけど……”』

 

 今までも何度か先生がフラっとどこかに出張していることはあったし、今回もその一環かな。お給金をもらってるわけだし、デスクワークにも慣れてきた。確かにそろそろ新しい仕事を覚える時期だと思う。あ、魚無くなっちゃった。

 

『なるほどです。あ、そのお魚もらっていいですか?』

『“いいよ。明日から出張なんだけど大丈夫そう?”』

『大丈夫ですよ』

 

 このお魚ほんと美味しいな。

~回想終了~

 

 なるほど、確かに言われてみればそんな会話があった。だいぶ魚の美味しさに記憶容量喰われてるけど思い出せたからヨシ!……ああ、だから目覚ましのセットが9時半なんて半端な時間になってたのね。遅めの時間でいいって言われてたから。

 

「“もっと遅くてもいいんだけど、ナナシが起きたならそろそろ行こっか”」

「あ、はい。ちょっと待っててくださいね、泊まり用の荷物を準備したはずなので持ってきます」

「“焦らなくていいからね”」

 

 後ろから声を掛けられて、そういえばと立ち止まって先生に質問する。

 

「そういえば、出張ってどこに行くんですか?」

「“トリニティだよ”」

「トリニティですか、わかりました!」

 

 なんか美味しいスイーツが多いらしいし、ちょっと楽しみだな。……ヒフミには会わないことを祈ろうっと。いやまあ、会ったら会ったで楽しいことには楽しいから別にいいんだけどさ。

 

 

 

 で、ところ変わってここはトリニティ。俺は今、自分の浅慮を恐ろしいほどの勢いで後悔していた。目の前には四人の少女たち、若干一名顔が見えないけど全員美少女だ。でもなんも嬉しくない。感情が死んでいくのを感じる。

 

「ナナシちゃんも来てくれたんですね!」

 

 喜びいっぱい、嬉しいですと言わんばかりのヒフミ。ここはまだいい。いやよくはないんだけどもう話した仲だし、なんかもう半ば諦めてる。一応、その……友だちでもあるし。問題はここから。

 

「え?その子の名前ナナシっていうの?ふ~ん、変な名前」

 

 ツンツンした態度の、ふわふわのピンク髪をツインテールにした女の子。ここからが問題だ。彼女は下江コハル、正義実現委員会所属の落第生(エリート)にしてネームドキャラ。

 

「あらコハルちゃん、そんなことを言ってはいけませんよ?」

 

 それを宥めるのも同じくピンク髪の子だ。こっちは髪がさらさらのロングだったり身長も高めだったり……胸部装甲が立派だったりで、全く似ている感じはしないけれど。彼女は浦和ハナコ、恐らくはトリニティ一番の才媛にして痴女、そして当然のようにネームドキャラ。

 

「名前など記号に過ぎない。どんな名前(コードネーム)も受け入れられるべきだ。……シュコー……」

 

 なぜかガスマスクを着けてらっしゃる白髪の女の子も極端な意見で庇って……たぶん庇ってくれている。彼女は白洲アズサ、トリニティの転校生であり、スパイとして潜入している生徒だ。もう言わなくてもわかるよな、ネームドキャラだ。

 さて、この四人を軽く紹介したわけだけれども、なにも知らない人はなぜ彼女らがこうして一同に会しているのかわからないと思う。普通の生徒(ファウスト)落第生(エリート)才媛(ヘンタイ)転校生(スパイ)。共通点が見られない、とんだスパイファミリーだ。しかし、ブルアカのメインストーリーを読んだことのある人ならばもうお察しってレベルじゃない。

 そう、彼女らは『補習授業部』。トリニティの生徒会(ティーパーティ)ホストである桐藤ナギサの手によって作られた、その名の通り補習をうけ落第を回避するための部活。……という建前のもと、疑わしい人間を退学させるために作られた部活(ゴミ箱)だ。

 けれど、それよりも、なによりも俺にとって重要なのは。彼女らがブルーアーカイブVol.3における中心人物であり、文句のつけようもないくらい主人公格であり。

 

「“それじゃあナナシ、これから補習授業部と一緒に勉強がんばろうね”」

 

 俺がその一員になろうとしているということだ。ああああああ!!なんで気づかなかったんだよ俺!?この時期のトリニティっつったら補習授業部始動の時期じゃん!そこと先生の出張が被ったらそれはもう確定じゃん!!ちょ、こんなところに居られるか!!俺は帰らせてもらうぞ!!

 

「じゃあ先生頑張ってくださいね俺はここまでみたいなのででは大変失礼しました!!」

「え!?なんで逃げるんですかナナシちゃん!?」

「“アズサ、捕まえてくれる?”」

「了解した」

 

 走って教室から出ようとした俺を即座に捕縛するアズサさん。離せー!!俺はここに居ちゃいけないんだ!!マジでバッドエンドになるから!!ちょ、ごめんなさい本当に離してくださいあっちょ関節極めないで痛だだだだだ!?

 

「ナナシちゃん、そんなに勉強が嫌なんでしょうか?」

「“人見知りもあるからね”」

「あらあら。ですが嫌がる子に無理矢理というのも中々……」

 

 なんで和やかに会話してんの君たちィ!?特に先生!かわいい生徒がサブミッションかけられてるんだよ!?果たせよ!!大人としての責任と義務!!その先にある選択がこれか!?これなのか!?

 

「ちょ、先生助け痛だだだだだ!!子どもを守るのが役目なん痛い痛い痛い!!」

「“でも、ナナシは子どもじゃないんでしょ?”」

「子どもです!!子どもでした!!マジで助けて!!」

 

 俺が叫ぶと、ようやく先生はアズサに関節技をやめさせてくれた。大丈夫かな、なんか関節の感覚おかしいんだけど。腕もげてないよね、まだちゃんと付いてるよね?あ、ちゃんと動く。

 

「ナナシ、訓練はしっかりと準備した上で行えば危険はない。怖がらなくても大丈夫だ」

「そうですね、しっかり濡らして準備すれば危険は……」

「ちょっとアンタ何言ってんの!?エッチなのはダメ!死刑!」

「あ、あはは……。ナナシちゃん、私も一緒にがんばりますから……」

 

 腕の折れたエンジェルと化した俺に色々と話しかけてくる補習授業部のメンバーたち。いや、違うんです、メインストーリー始まっちゃう……というかたぶんもう始まってるから早くこの場を離れないと……。

 

「“アズサ、たぶんナナシはまた逃げようとするから見張ってくれる?”」

「了解した。脱走兵は全体の士気を下げるからな、合理的な選択だ」

 

 はい詰んだ~。もう終わりだぁ、バッドエンド特急便だぁ。ゲリラ戦のプロから逃げるとか無理でーす。

 

「あの、先生……ナナシちゃんの目の焦点が合ってないように見えるのですが……」

「“大丈夫、そろそろ勉強はじめよっか”」

「え、えぇ……?」

 

 なんか先生俺への扱い雑じゃない?

 

 

 

 いやまあ、トリニティに来て校内に案内された段階で結構嫌な予感はしてましたよ、えぇ。まさかそうじゃないよな、別の依頼だよな、って自分に言い聞かせてましたよ。先生だってまさかそんな生徒(ネームドキャラ)と全力で関わらせに来たりはしないでしょって一縷の望みに賭けてたんですよ。こんなに見事に裏切られるとは思ってなかったけどな!!

 なんでよりにもよってメインストーリーにがっつり絡む場所へ放り込むかな先生は。もういっそどこが主人公格なのかだけ伝えて便宜を図ってもらうか?でもそれこそバタフライエフェクトすごいだろうしなぁ。無理だぁ、詰みだぁ。

 ……そう思っていた俺のもとに、先生は一応蜘蛛の糸を垂らしてくれた。本当にマッチポンプ極まりない。でもそれに縋るしか手がない。ほんとつらいです。

 で、その蜘蛛の糸の内容なんだけど。これがまた悪辣だった。先生は俺に帰る条件を提示してきたのだ。その条件とは、俺が補習授業部のテストに合格すること。そもそも俺の分のテストが用意されてないでしょと思ったんだけど、なんと桐藤ナギサに頼んで一人分多く用意してもらえることになっているらしい。つまり先生は始めからこうするつもりだったのだ。なんて悪辣な。

 ……うん、補習授業部のみんなには悪いけど、俺は第1次の試験で抜けさせてもらおう。これでも一時は大学を志した身だし、高校の課程は終了間近までやっている。初歩的な内容らしいし、ちょっと勉強すれば60点くらいは取れるでしょ。

 

「えっと、ナナシちゃんもここまではわかりますよね?」

「わかんないです……」

 

 なんてね、そう思っていた時期が俺にもありました。無理。今まで学んだことは数学しか活きないし、それすらもほとんどうろ覚え。歴史とか古語なんて全くわからない。俺の言葉にヒフミも「あはは」の3文字しか返せていない。でもこの世界を守るためには意地でも合格しなきゃいけない。辛いぃ、勉強やだよぉ……。

 

「えっと、古語は基本的な文法からやっていきましょう。明日中等部の頃の教科書を持ってきますから、今日は数学をやりませんか?」

「うん……そうする……」

 

 俺、たぶん今の状態アズサとかコハルより酷い。普通に生きてればわかるような常識的な知識さえ欠けている状態だからコモンセンスを必要とする読解問題もだいぶ厳しい。国語は得意だったんだけどな、作者と常識が違うからぜんぜん的外れな解答になる。さっきコハルさんにめちゃくちゃ笑われたし。なんかもうコハルは呼び捨てでいいや。

 

「ここは倍数判定法を使って……」

「なるほど」

 

 アズサはハナコさんに教えられて順調そうだ。ハナコは余裕の笑顔。そりゃ本気を出せば100点がざらに出るような実力があるんだから当然か。アズサも俺よりは常識があるしな。コハルは……ずっと困り顔してる。あ、先生がサポートに入った。

 しかし、先生は『先生』を名乗るだけあって本当に教え方が上手い。教えてもらったところはその後詰まることがなくなるし、わからないところは質問する前に察して教えてくれる。こんなんなるなら普段から勉強教えてもらっておけばよかったなぁ。なまじ最低限の数学ができて仕事で困らなかったのが仇になった気がする。

 でも絶対合格しないといけないからなぁ。今日も帰ったら、いやシャーレには帰れないんだったな。寝泊まりする場所はトリニティ寮の空き部屋を使わせてもらえるらしい。高級志向のトリニティのベッドというのは少し楽しみだ。まぁ、先生が眠くなるまでは教えてもらいながら勉強するつもりだからその恩恵を受けるのは……日付変わってからかもな。アハハハハハ、たーのしー!

 

「あの、先生、ナナシちゃんが限界っぽいので休憩にしませんか……?」

「“そうだね”」

 

 俺はまだ行けるって。大丈夫だって。はな、離せぇ!まだやれるから!大丈夫だから痛だだだだだだ!!なんですぐ関節極めるの!?




ナナシの地頭の良さは平均かそれより少しだけ上くらいですが、勉強から逃げ続けてきたせいで地頭さえ平均より下に成り下がってます。
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