誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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正しい選択を教えてくれ

 合宿初日の夜、俺はなかなか寝付けないでいた。昔から激しい運動をしたあとは寝つきが悪かったけれど、味の好みも体力も変わってるのにこんなところだけ引き継いでいるとは思わなかった。チクタクチクタク、時計の音だけが嫌に大きく響いている部屋で……俺はベッドの中でただじっとしていた。

 こういう夜は、決まって余計なことを考えてしまう。下らないことだったり、楽しいことならいいんだけど、どうにも今日は、そうじゃないらしかった。ぐるぐると巡りはじめた思考を振り払って、布団から出る。アズサとハナコは少し前からいないし、ヒフミもどこかへ行ってしまった。コハルは完全に寝ているから、俺が外に出ても気づく人はいない。

 

「……ちょっと冷えるな」

 

 少し冷えるように感じて、寝間着の上にいつものコートを羽織って部屋を出た。そのまま、廊下を進む。どこに行こうか。別に目的があるわけでもない、強いて言えばただの現実逃避なのだから、どこへ行くでもいいけれど。

 本当に、どこに行くのでもよかった。でも、俺はハナコとアズサがロビーにいることも、ヒフミが先生の部屋に行ったことも()()()()()から。だから、消去法だった。俺が、ただボーっとするだけの場所として、今日みんなで遊んだプールを選んだのは、ただの消去法だった。

 

「たしかに、綺麗だ」

 

 俺はコハルが夕方にそう言ったのを思い出して、呟く。俺はプールサイドに立っていた。水との境界線ギリギリ、誰かに押されたりしたら無様に落水するだろう位置だ。目の前では暖色の街灯が黒々とうねる水を照らして、周囲の壁に光の波紋を作り出していた。

 

「…………俺は、なんでここにいるんだろう」

 

 ただ、口をついて出た疑問だ。誰でも一度は抱く疑問かもしれない、どうして自分が生まれたのかなんていう、正答のない問い。でも俺の場合は少し違う。だって、ここには本来俺なんかいなかったということを、俺は()()()()()誰よりも知っているのだから。

 俺は間違いなくイレギュラーだ。元男の生徒で、ブルーアーカイブという物語には存在しなかった異物。異物だから、関わっちゃいけないのに。みんなと関わるなんて、許されるはずがないのに。

 ふと、今日見た光景を思いだす。ヒフミが、アズサが、ハナコさんが、コハルが……そして俺も。楽しそうに遊ぶ光景を。それからもうひとつ、もっと古い記憶を、光景(スチル)を思い起こす。同じように、補習授業部の皆が遊ぶ光景(スチル)を。……そこに、俺はいない。

 

「ナナシちゃん?」

「わひゃっ!?」

 

 急に後ろから声がして、驚いて跳びあがる。ちょ、わわわわっ!落ちる落ちる!あっぶな、ギリギリ耐えたけどもうちょいで落ちるとこだったぞ。一体誰だと下手人の方を振り返って……。

 

「……って、ハナコさん?」

「はい、ハナコですよ♡」

 

 そこにはニッコリとしたいい笑顔でこちらを見ているハナコさんの姿が。え、いや、どうしてここに?メインストーリーで夜のプールに来たなんて描写はなかったと思うんだけど。……露出か?露出をしに来たのか?

 

「ところで、ナナシちゃんはどうしてこんな所に?」

「えっ、と……」

 

 こちらが聞く前に聞かれてしまい、返答に窮する。いや、別に疚しいことがあるわけではないんだけど、ルール的には外に出ちゃいけないわけだし、なんか悪い事してる感があって。……それに、馬鹿正直に悩みがあるなんて言ったら心配かけちゃうし。そんなことを思っていると、ハナコさんの眉が下がった。え?なんで?

 

「……もしかして、言いにくいことを聞いてしまいましたか?」

「いやいや全然そんなことないです!ただあの、ちょっと……」

「ちょっと?」

 

 やっべ、慌てすぎて余計なことまで言っちゃった、どうしよう。「ちょっと」から繋がる上手い誤魔化しはないかと辺りを見渡して……ハナコさんが、真っすぐこちらを見ていることに気付く。こちらを本当に心配している様子の瞳だった。ただこちらを純粋に慮るその瞳に、甘えてみたくなったのかもしれない。俺は、気付けば言葉を続けていた。

 

「……ちょっと、悩みがあって」

「悩み、ですか」

 

 聞いて、心配そうな顔になるハナコさん。

 

「うん。大したことじゃないんだけど……」

「いえ……私でよければ、話していただけませんか?」

 

 俺は、迷った。悩みをハナコさんに打ち明けるべきなのか。ここでしゃべってしまって、メインストーリーに影響があったらどうしよう、とか。そもそも人に話すようなことじゃない、とか。色々考えた。でも、これだけ言わない理由が出てくるのに「迷う」ってことは、きっと俺はもう限界だったんだろう。急に黙りこくった俺の名前を不思議そうに呼ぶハナコさんに、俺は問うた。

 

「ハナコさんは、もし。もしも」

 

 そう、これは『もしも』の話だ。絶対にそうなるわけじゃない。でも、それはきっとあり得ることだから。だからこの問い掛けには、きっと意味がある。

 

「自分が居ることで友達が不幸になるかも知れないとしたら、どうする?」

「……」

 

 そう、そうだ。俺は結局のところ、それが一番怖い。俺のせいで、みんなのあったかも知れない、いや、あるべき幸せを奪ってしまうことが。俺の質問を聞いて表情を真剣なそれに変えたハナコさんが、今度は逆に質問してくる。

 

「それは、少しだけ不幸になる、とか。そういう話ではないんですよね?」

「……うん。死んじゃったりとか、世界ごと滅んじゃったりとか」

 

 自分でも、喋り過ぎているという自覚はある。でも、もう止められなかった。ハナコさんは賢い、わずかな情報を組み立てて答えにたどり着いてしまう。だから、わずかでも情報を与えるべきではないのに。俯く俺に向かってハナコさんは「そうですか」、と呟くように言って……答えを返した。

 

「そうですね。私なら、それでも一緒にいることをやめられないと思います」

「……それで、友達を、皆を不幸にしてしまうかも知れないのに?」

「えぇ。私はそんなにすごい人じゃありませんから」

 

 そう言うハナコさんは、どこか辛そうに笑った。自嘲しているように見えた。けれどその表情はすぐに幻だったかのように消えて、いつもの明るい笑顔に変わった。

 

「それに……これは屁理屈ですが。不幸になる『かも』ということは、幸せにも出来る『かも』知れないんでしょう?」

 

 言われて、ハッとした。新しく思い起こしたのは、ただの立ち絵とスチル。画面の向こう側で起きた悲劇。でも、今の俺にとっては未来の話。そうだ、彼女らの物語には、ブルーアーカイブには、悲劇がないわけじゃない。ハッピーエンドに至るまでの道筋に、いくつもの苦難がある。その苦難を、不幸を、取り除くことができる……?

 そこまで考えて、ゾッとした。そのとき俺に降りかかる責任の重さに、身体が震えた。俺は選択できない。今までずっと『にげる』コマンドを押し続けてきた俺に、その選択はきっとできない。結局、俺が一番大事なのは自分だから。

 けれど。ふと、思い出す。今日笑いあった彼女らの、補習授業部のみんなの笑顔を。一歩でも、俺が少しでも前に進むことで、わずかにでも皆の笑顔を守れるのなら。幸せにすることが、できるのなら。そう思う俺に、ハナコさんは言葉を続けた。

 

「もし、私に友達がいたなら。私はきっと諦められません。その友達が離れてほしいと思っているとも限りませんし」

「……そっ、か」

 

 どこか遠くを見てそう言ったハナコさんの顔は変わらない笑顔なのに。街灯の作る陰影のせいか、寂し気に見えた。そうか、彼女には()()友達がいないのか。心から信じられて、笑い合える存在に、まだ皆はなれていないのか。なら、それなら。

 

「ナナシちゃんは、どうしてこんな質問を?」

「えっ、いや、えっと……」

「……踏み込み過ぎでしたね、忘れてください」

「あっ、まって!」

 

 狼狽える俺の反応を、拒絶と捉えたらしいハナコさんが俺に背を向ける。その背中に、待ったをかけた。その手を取って、ハナコさんの歩みを止める。俺は知っている(わかっている)。彼女と補習授業部の皆が、もう間もなく、お互いがお互いを信じあえる友達になることを。だから俺のこの行動に、意味なんてないことを。それでも、今。今のハナコさんの気持ちを、少しでもいい方向に持っていけるのなら。

 

「ち、ちょっと今は覚悟できてないけど……そ、そのうち、絶対話すから」

 

 どもりながら言う。無様だろう、聞くに堪えないだろう。都合の良いことばかり言っている。ともすれば言い訳でしかない。でも、確かに俺の一歩目だ。不思議そうに、振り返ったままの姿勢で俺を待つハナコさんに、俺は言う。

 

「だ、だから、あの……俺と、友達になってくれませんか!?」

 

 半ば叫ぶようにして、言葉を吐き出した。俺はずっと受け身だった。この世界に来てからも来る前も。こっちに来て、友達と呼べる人は何人か出来た。でも、そのどれもが向こうから話しかけてくれて、向こうから距離を詰めてくれて……そこに俺の意思は介在しなかった。だから、これが一歩目。この世界に来た俺が踏み出した、わずかで確かな一歩目……なんだけど。

 あの、ハナコさん黙ったままなんだけど。え?俺キモかった?やっぱダメ?そりゃ駄目だよな。俺なんかと友達になってくれるわけがない。どうしよ、なんとかして誤魔化さないと。でもなんも思いつかないぞ?「あっ」とか「ちがっ」とか言いながら手を振り回すしかない。無様だろう(二度目)。

 

「ハナコ」

「……え?」

 

 そんな感じでわたわたしている俺の耳に、ハナコさんの声が届いた。ハナコ?なん、どういう意味だ?キヴォトスだと断りの言葉は自分の名前だったりするのか?アホなことを考えている俺に、ハナコさんは言葉を続けた。

 

「でしたら、ハナコと呼んでください。友達にさん付けなんて、寂しいじゃないですか」

「っ!」

 

 え?これオーケーってことでいいんだよね?俺ハナコさ……じゃないや、ハナコと友達になれるってことだよね!?気を遣われてやしないかとハナコの顔をそっと伺うと……その顔は、今まで見たことがないくらいに嬉しそうな笑顔だった。俺も実感が湧いて、たまらず笑顔になる。

 

「うんっ!よろしくハナコ!」

「えぇ、よろしくお願いします、ナナシちゃん」

 

 そのままハナコは俺が掴んでいた手をぐいっと引っ張って、俺を自分の横に立たせた。え?あれ?あの、いつにまにか手が恋人繋ぎになってるんですけど。これどういうこと?

 

「ハナコ……?」

 

 不思議に思ってそう聞くも、ハナコの表情は逆光になっていてよくわからなかった。

 

「……私は、離れてほしくないですからね?ナナシちゃん」

 

 その声は、不安に揺れているようにも聞こえた。うん、と返事を返すと、ハナコは手を繋いだまま歩き出す。え?このまま戻るの?よくわかんないけど、女の子同士ってこういう感じなのかな。

 

「じゃあ戻りましょうか、夜風で身体を冷やしてはいけませんから」

 

 そう言うハナコに連れられるようにして、俺は合宿所の中へと戻った。悩みは解決していないけれど、戻ってからはよく眠れた。




ハナコとこんなイベントを挟む予定なかったんですが、気付いたら書き上がってました
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