誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
さて、今日は合宿四日目。これまでの三日間と同じく今日も今日とていい天気……とはいかず、朝から雷雨に見舞われるどんよりとした天気になった。とはいえ、合宿所は雨漏りするようなボロ屋ではなくお屋敷と見間違うような立派な建物だ。俺たちは若さと快活さで憂鬱さを吹き飛ばし、今日も元気に勉強して……
「さあ、では記念すべき第1回、補習授業部の水着パーティーを始めます♡」
いなかった!俺たちは薄暗い体育館の中で、全員が水着に身を包んで一列に並んでいた!……うん、どう前向きに受け取っても「これから勉強をします」という絵面じゃない。というかハナコが水着パーティっていうブルアカでしか聞いたことない言葉言ってるし。ここブルアカの世界だから結局ブルアカ界隈から抜け出せてないな、水着パーティという熟語は。あ、雷落ちた。
「“色々とすごい状況だ……”」
「本当に俺もそう思うんですけど、先生も異常者側だってことを忘れないでくださいよ?」
「まあいいじゃないですかナナシちゃん。先生のお陰でナナシちゃんも水着で参加できるんですから♡」
それはそうなんだけどさぁ。なんか流石にさぁ。……さて、なんでこんな奇怪な状況になっているのか、なぜ俺の反応が煮え切らないそれなのか。それには3つの事件が関わってるんだけど、もう説明してらんないので時間を少し巻き戻してご覧いただこう。
〇
「これで全部だ」
さて、時間を遡ること40分。そう言ってアズサが床に放ったのは見るも無残な姿に成り果てた洗濯物だった。降ってきた大雨で洗濯物がダメになり、大慌てで回収した俺たちの着ている物もダメになる。これが凄惨なる第一の事件『衣服びしょ濡れ事件』だ。別にこの事件は誰が悪いとかじゃない。洗濯物担当のハナコが「私のせい」と責任を感じているけれどこれだけの大雨だ、すぐに気が付いたところで結果は大して変わらなかっただろう。とにかく、洗濯物と今着ている物はダメになってしまったというわけだ。で、これのなにが問題かというと。
「ところで誰か余分に服持ってない?俺たぶんもう着る物なくて……」
「え?あ、そういえば私も……」
「私もだ。制服も今着ている体操着も濡れてしまったし、他に予備の服はない」
「あ、私も……」
そう、着る物が無くなってしまったのだ。まさか下着で過ごすわけにもいかない……おい、ダメだからな。ハナコに言ってるんだぞ、不思議そうな顔をするんじゃない。とにかく、着る物が無くなってしまってはマトモに出歩くことも……おい出来ないって!無理だって!またコハルに死刑判決喰らうよ!?ていうか俺はもう下着もないんだって!!
……こほん。え~、服が無くては勉強もままならないということで、再度洗濯が終わるまではこの部屋の中でおとなしくしていようということになった。なったのだけれど、そのさなか第二の事件は起こった。
「えっ、なに!?なんで急に真っ暗なの!?ちょ、だ、誰か俺の傍に来て!?」
これが第二の事件、『変電所故障事件』……要するに雷が原因で停電が起きたのだ。え?今の混乱してた声は誰なのかって?……コハルだよ。常に冷静沈着で居てもらわないと困っちゃうよね、まったくもう。あ、ハナコ、もうちょっとくっつきません?できるだけ背後をカバーできる感じで。
「みんな、問題が発生した。洗濯機が止まっている。それに、蓋も開かない」
「えぇっ!?」
いつのまにやら状況確認に動いていたらしいアズサの言葉に驚くヒフミ。それはそうだろう、ただ停電しただけでも問題なのに今は着る物がない状態。唯一の希望だった洗濯機が動かないとなれば大問題だ。しかも蓋が開かないから手洗いすることもできない。……ちなみに俺はこの事件を原作知識で知ってたけど素で忘れてた。何日目になにが起きるとかよく覚えてないもん。
「ど、どうするの!?もう着る物ないのに」
「コハルちゃん、もうこうなっては仕方がありません。この暗がりのなかベッドの上で裸のまま身を寄せ合い、お互いを温め合う他に手は……」
「何言ってるの!?ヘンタイ!!もっといろいろあるでしょ!!」
「ふふっ、冗談ですよ。着る物ならあるじゃないですか♡」
そう言ってほほ笑む……暗くてよく見えないけど、間違いなくいい笑顔をしているだろうハナコ。全員の頭の上に疑問符が浮かんでいる。あ、「え、ほんと?」とか言ってるそこのコハル、あんま期待しない方がいいよ。むしろ今までの言動をうけて未だに期待してるのすごいなコハルは。いや、なんで俺がこんな反応かって、知っているからだ。ハナコがこのあとどういう提案をするのかを。
「はい、水着です♡」
「は!?」
「ふむ」
「は、ハナコちゃん、流石にそれは……」
驚くコハル、考え込むアズサ、困惑気味なヒフミ、そして死んだ目の俺。三者三様ならぬ四者四様の反応をする俺たちに、ハナコは畳みかけるように説得をし始める。
「ですがヒフミちゃん、このままいつまでも濡れた服を着ているわけにはいきませんし、替えの服もありません。下着を着て出歩きますか?」
「えっと、それは。……水着の方が、いいのかも……?」
「……なるほど、たしかに合理的だ」
いとも容易く陥落するヒフミとアズサ。俺これ知ってる。『ドアインザフェイス』だ。無茶な要求を押し付けて本命の要求を通しやすくする交渉テクニックだ。すごい技術なんだけど、そんなに水着でパーティをしたいんだろうか。
「だ、ダメっ!そもそも出歩かないで部屋でおとなしくしてればいいでしょ!」
「せっかくの合宿なんですから、楽しまないと損じゃありませんか♡それともコハルちゃん、私に脱がしてほしいんですか?」
「違うから!な、なんで寄って来るの!?わ、わかった、着替える!自分で着替えるから!」
そしてあっというまに落城するコハル。俺これ知ってる。普通に脅しだ。さて、こうして俺が最後の砦になったわけだけど、俺には最強のカードがある。ハナコを以てしても決して打ち破れないであろう、最強のカードが。
「あ、ハナコ。俺水着持ってないからこのまま参加するね」
「……そういえばそうでしたね」
ないものは着られない。実に簡単なこの世の真理だ。え?水着パーティしたくないのかって?いや、女モノの水着を着たくないだけです。この世界に着た瞬間から女性下着もスカートも装備してたからあれなんだけど、それはもう不可抗力じゃん?水着に身を包むのはまた違うというか、俺の男としての矜持が許さないっていうか。なので俺は水着を着ないで水着パーティに参加します。あ、雷落ちた。稲光で一瞬みんなの姿がはっきりと見えて……ハナコ崩れ落ちてんだけど!?
「ここまで、なんでしょうか。どうしても、水着パーティを開催することはできないのでしょうか……!」
「水着パーティってなに!?」
あ、コハルが突っ込んだ。それにしても、えぇ……?そんなにショック?床をドン、と叩く音がする。ねぇ、なんでヒフミもちょっと悲痛な表情になってるの?なんでアズサまで「くっ」とか言って悔し気なの?コハルまでこの雰囲気に呑まれたらマズイし、ちょっとなにか言って流れ変えるか。
「“諦めるのは、まだ早いよ”」
俺が口を開こうとしたとき、部屋の窓際から声が聞こえてきた。ピシャーンと雷が落ちて、一瞬明るくなったそこに居たのは……。
「先生!?」
「先生、いつからそこに……いえそれよりも、諦めるにはまだ早いというのは……?」
いや待て!なんで先生が急に現れたのかの方が絶対大きい問題だって!仮にもここ女子部屋だよ!?普通にぬるっと入ってきてるのおかしいって!やっぱ妖怪なんじゃないのこの人!?ちょ、懐に手ぇ入れた!なに!?怖い怖い怖い!!
「“ハナコ、これを”」
「こ、これは……!」
三度雷が落ちて、先生がハナコに手渡したものが照らされる。……は?あれ水着?しかも女モノ?なんで先生がそんなもの持って……というか今、懐から取り出さなかった!?
任せたよ、と言って立ち去ろうとする先生。託されました、となんかいい顔をしているハナコ。その他ドンびいている俺たち。そう、これが第三の事件。『なぜか用意されてる水着』だ。もう特異現象でしょこれ。
〇
「“まあ、仕方ないような気もする……”」
なぜこうなったのかを振り返っていた俺の耳に届く、先生の聞き捨てならない言葉。いやいやいや、ちょっと待て。
「先生が俺の水着を用意してたのは仕方なくないだろ!?」
そう、あの水着はなぜか俺も知らないうちに用意されていた俺の水着だった。しかもスク水。俗に旧スクとか呼ばれる水着だ。先生は突然部屋にやってきたかと思うと、これをなんでもない顔で懐から出したのだ。わかるだろうかこの異常性。わかんない人はもう帰っていいよ、怖いから。「じゃあもう水着に着替えますか」みたいな雰囲気になってる部屋の中に入ってきたその精神性もすごいけど、ろくに身体測定を受けてない俺の水着のサイズがドンピシャなのにはもう恐怖を感じる。何かを通り越したわけでもない純粋な恐怖だ。
「“でもこれで水着パーティに参加できるね”」
そう言ってとてもいい笑顔になる先生。彼曰く、初日のプール掃除で一人だけ水着じゃないのが可哀想だったから用意したとのことだった。言われてみれば昨晩なにか届いた荷物を受け取っていたんだよな、スク水だとは全く思ってなかったけど。普通に教材だと思ってたし、頭コハルでもない限りそんなこと予想できるわけがない。
理由を聞けば俺のためだってのはわかるんだけど……なんか、なんか素直に感謝しづらい。率直に言ってしまうとちょっとキモイし怖い。いや恩人に向ける感情じゃないのはわかってるよ?わかってるけどさぁ。ちなみになんで旧スクをチョイスしたのかは怖くて聞けてない。これで「趣味だよ」とか言われたらいよいよシャーレに居たくなくなってしまう。せっかく原作に介入する決意したのにこんなことで躓きたくない。
「……コハルぅ、なんとか言ってよぉ」
もう苦し紛れに助けを求めてみる。いつもの死刑判決を先生に……あ、コハルが目を逸らした。ここまで実力のある“ホンモノ”に突っかかっていく勇気は流石にないらしい。うん、俺も同じ立場ならそうしたと思うよ、正しい判断だよ、コハル。コハルは先生が懐からスク水を出した時も心底ドン引いた目を向けるだけで騒いだりしなかった。危機管理意識が高くて素晴らしいと思う。
コハル以外のみんなにも目を向けて見るけど、アズサはよくわかってない様子だし、ヒフミは苦笑いbotになっているし、ハナコはいい笑顔だ。俺の味方がいないらしいことだけが伝わってくる。
流れる沈黙の中、なんとなくその場が「これ以上この件に触れない方がいいかもな」という雰囲気になってきたので、当事者である俺がちょっと流れを変えることにする。……本音を言えば問い詰めたいけど、ちょっと、いやだいぶ怖いし。
「えっと……それで、水着パーティってなにやるの?」
「あっ、そ、そうよ!さっきは流されたけど水着パーティってなんなの!?卑猥!!」
話題が変わったと見るや否や、コハルがハナコに突っかかっていった。卑猥かどうかはわからないけど、普通に聞かない単語だから内容は気になるよね、俺はただダベるだけの会だって知ってるけどさ。
「うふふ、パーティとは言ってもただのおしゃべりですよ♡パジャマパーティなんかと同じです」
「あ、そうなんですね。それなら確かに合宿の定番と言えるかもしれませんけど……」
「なるほど、それが水着パーティか」
「いやいやいや!水着と掛け合わせる意味は!?」
叫んで抵抗を続けるコハルだけど、ハナコ相手だと流石に分が悪い。「せっかくなんですし楽しむとしましょう」と言ってコハルを軽くいなした。う~ん、強い。
「ふふっ、私こういうこと、すっごくしてみたかったんですよね。なので、ちょっとテンションが上がっていると言いますか……」
「……俺もちょっとテンション上がってるのかも」
水着のフィット感がもたらす若干の気持ち悪さに耐えながら、ハナコに言葉を返す。うん、ハナコは本当に楽しそうだ。俺はハナコがずっと独りだったことを一方的に
「気持ちはわかる。私も何なら、補習授業部に入って以来ずっとそういう気持ちだ」
「あら、そうなんですか?」
俺たちの言葉に同意したアズサは、ハナコの言葉に「うん」と頷く。……言われてみれば、俺も補習授業部に入ってから変わったような気がする。もちろん原作に介入するって決めたのは大きい変化だけど、それだけじゃなくて。なんというか、少しだけ自分に自信が持てるようになったのかもしれない。前の俺なら、自分のことで先生に相談するなんて選択、絶対しなかっただろうから。
そんなことを考えているうちにも話は進んでいたらしく、アズサがみんなに感謝を伝えていた。あ、感極まったヒフミが抱き着いてる。
「それから、ナナシも」
「え?いや、俺はなにも……」
「そんなことない。勉強を教えてくれてるし、誰かと一緒にトラップを作るのは初めての経験だった。だから……私と仲良くなってくれてありがとう、ナナシ」
最後まで聞いてしまって、顔が熱くなった。そっか、アズサは俺のことも、補習授業部の一員だと思ってくれてるのか。なら、俺もちゃんと伝えるべきだよな。
「……ううん。俺の方こそありがとう。アズサと一緒に勉強して、初めて勉強を楽しいと思えた。一緒に作ったトラップが上手く行ったの、実はちょっと嬉しかったんだよね」
「それならよかった」
「だからありがとう、アズサ。……だいすき」
「!」
俺の言葉に驚いたように目を開いてから、すぐにほほ笑むアズサ。……めちゃくちゃ照れくさいな、これ。すごい顔が熱い。たぶんはたから見たら真っ赤だと思う。
「あ、あの、ナナシちゃん。私は、その……どうですか?」
「え?どうって……ヒフミは初めて出来た友達だし、その……だいすき、だよ?」
「……ナナシちゃんっ!」
「え、ちょ、なんでこっち来て……わぷっ!?」
恥ずかしさを堪えてそう言うと、アズサにくっついていたヒフミがすっ飛んできた。ちょ、苦しい。俺アズサより頭半分くらい背が低いからマジで呼吸できな……ぎぶ、ぎぶ!
「ヒフミ、ナナシがタップしてる」
「えっ、あっごめんなさいナナシちゃん!」
「う、うん。大丈夫……」
正直死ぬかと思った。ぜぇぜぇと息を整えていると、いつのまにか近くにコハルが来ているのに気づく。あ、もしかして水着で抱き着かれるのって死刑ですか?
「……私は?」
あ、コハルも自分がどう思われてるか気になってるのね。今ちょっと苦しいけど待たせるのも心苦しいし……がんばるか。
「コハルっ、も、だいすきっ、だよ。はぁ……はぁ……一緒に話してると楽しいし、芯がある人は尊敬できるし、それに……」
「もっもういいからっ!……えへへ」
途中で遮られちゃった。ちょっと酸欠で自分がなに言ったのか覚えてないけど、変なことは言ってないよね?息が荒くて変態っぽかったかも知れないけど。
それにしても、感謝を伝えることがこんなに小恥ずかしいことだとは思わなかった。たぶん前までの俺だったら適当に誤魔化して伝えなかっただろうなぁ。だから、今伝えられるってことは、補習授業部の皆にほだされて……いや、この言い方はよくないか。それだけ補習授業部の皆のことが、好きになってるってことなんだろう。
なんとなくしみじみと天井を眺めていると……ふと、手を控え目に掴まれていることに気が付く。少し力を込めれば簡単に振り払えるような力加減だけど、たしかに主張している感覚。ああ、そういえば最後に回しちゃったな。
「…………私には、言ってくださらないんですか?」
暗がりで、しかも窓から差し込む弱い光が逆光になっているから表情は見えないけど。……不安そうな声だった。だから、手首をつかんでいたハナコの手を繋ぎなおして。ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言う。
「ううん。ハナコ、友達になってくれてありがとう。……だいすきだよ」
「……ふふっ、えぇ。私もですよ、ナナシちゃん」
みんなにお礼も好意も伝えたし、なんだか少しいい気分だ。ハナコが「では、始めましょうか」と言って他の皆と一緒に輪を作り始める。俺もそこに混ざろうとして……いつのまにか背後に立っていた先生に肩をぽんと叩かれた。怖えぇよ、なんで段々妖怪要素出してくるんだよこの人は。
でも、こういうことするときの先生ってちょっと真面目モードなんだよな。意味がわからないけど。たぶんちゃんとした話だと思うので、居住まいを正して先生の言葉を待つ。
「“ナナシ、どう?後悔しそう?”」
先生が聞いているのは、俺がした『選択』……原作の悲劇にあたる部分だけを変えるっていう選択についてだと思った。だから、今の俺が返せる答えを口にする。
「……まだ、わかりません」
少し間を空けて、更に言葉を続ける。
「でも、少しはマシな気がします」
「“……そっか。ならよかった”」
うん、そうだ。俺はまだ、自分のした『選択』で後悔するかどうかなんてわからない。その答え合わせは、まだ当分先だ。だから、マシな気がする方を選ぼう。原作どうこうの
少しだけ清々しい気分で今度こそ皆の方に歩き出す。……で、また先生に呼び止められた。今度はなんですか。
「“ところでナナシ、私のことはどうかな”」
「………………今朝方までは割と好きでしたよ」
「“えっ……”」
ちょっとショックを受けた感じの先生。いや、あの、先生のことは……ね。別に嫌いではないよ。ちょっとスク水ショックを忘れるのに時間が掛かりそうだから距離置くかもしれないけどね。嫌いではないから安心してほしい。……本当に、スク水じゃなかったら素直に感謝できたかもしれないんだけどなぁ。みんなの方にたったか歩き始める俺。なんか呼び止める先生の声が聞こえた気もするけどきっと気のせいだ。さ、水着パーティを楽しみますかね!