誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
「え、嘘っ!?嘘ですよね!?」
驚いたヒフミの声が、
──補習授業部の『第2次特別学力試験』に関する変更事項のお知らせ
・試験範囲を既存の範囲から約三倍に拡大
・合格ラインを60点から90点に引き上げとする
・試験会場は『ゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の一階』に変更とする
「わ、私でもまだ90点なんて超えたことないのに……」
「トリニティのテストをゲヘナで受けるってどういうことよ!?意味わかんない!」
そう、補習授業部の学力は着実に上がっている。それは純然たる事実だ。それでも、実質的に学力の一番低いコハルはまだ70点を超えられるようになったばかりで、最も高い点数のヒフミでさえ最高得点は85点。テスト範囲が三倍になるのでは、90点なんて点数が取れるわけない。しかも、試験会場がゲヘナになっているのではたどり着けるかどうかがまず怪しい。だから、これは。
「私たちの模擬試験の結果を、ナギサさんが何かしらの手段で把握したみたいですね。……どうしても私たちを退学にしたい、と」
そう、桐藤ナギサの陰謀だ。彼女が補習授業部のみんなを確実に退学にさせるため慌てて講じた、露骨で、強引で、そして効果的な策略。
「……退学?」
「ちょっと待って!た、退学ってどういうこと!?」
「そのお話もしようと思ってましたが……その前に」
退学という言葉に反応を示す二人を手で制してから、
「ナナシちゃん、これを発表したということは、なにか考えがあるんですよね?」
ハナコの言葉を聞いたみんなの視線が俺へと集まる。背中にじっとりと汗をかきながら、それでも俺は頷いた。そう、この情報をみんなに教えたのは俺で、さっきまでのはそれを確認していただけ。これが俺のした干渉だ。本来今日の夜に起きるはずだったこのイベントを、昼にズラした。もちろん、それだけで終わらせるつもりはないけれど。
小さく深呼吸をしてから、説明を始める。嘘がないように、昨日先生と相談しながら決めた説明を。なんか先生は呼び出されたっぽくてどっか行っちゃったけどな……仕方ないとはわかってるけど恨み言の一つや二つは許してほしい。
「最初に言っちゃうんだけど、補習授業部はティーパーティの桐藤ナギサが疑った人間を退学させるために作った部活。だから、試験に3回落ちると、退学になる」
「3回落ちたら、退学……!?」
衝撃的な情報に驚くコハルへと頷きを返す。アズサは静かに「なるほど」と言うだけだった。ハナコとヒフミはすでに知っていることだからか、わずかに反応を示すのみ。俺は、先生みたいに混乱を抑えながら上手く伝えるなんてことはできない。だから単刀直入に話す。事実を言うだけだ。……ここに立っているのが先生じゃないことが、少し申し訳ない。
「ナナシちゃんも知ってたんですか……?」
「うん、知ってた。……黙っててごめん」
ハナコと先生、そして自分しかそれを知らないと思っていたらしいヒフミの質問に答えてから、俺はみんなに頭を下げる。本当は、もっと黙っていることが、謝らなきゃいけないことがたくさんある。「みんなのため」なんて言わないし言えないような、勇気がないから言えてないだけの
「退学にならないためには、試験に合格する必要があるっていうのは、みんなわかってると思う。……今の状態だと、それが難しいってことも」
俺の言葉に俯くみんなと、顔を上げてこちらを見据えるアズサ。
「そうだな。でも、それは……」
「諦める理由にはならない」。俺とアズサの声が重なって響いた。うん、アズサならそう言うと思ってた。アズサが驚いた顔になるのを見てイタズラが成功したような感覚を覚えながら、用意しておいた紙束を教壇の引き出しから出す。
「アズサの言う通り、そんなことは諦める理由にならない。だから、用意した」
「ナナシちゃん?それは……」
「ヒフミが用意してたトリニティの過去問……の、今回の試験範囲分をまとめたやつ」
「それって……!!」
ヒフミの表情に希望が差し込む。これは俺と先生が昨日徹夜で用意したものだ。というか、これのせいで俺も先生も昨日は寝てない。今はエナドリをキメて正気を保ってる状態だ。いや割とマジでキツかった。既にヒフミがまとめた分もあるとはいえ、単純計算二倍の作業量。何度心が折れかけたかわからない。
……そうだよ、このことについて俺が思いついたのはヒフミの真似事だけだったよ。というか、俺が優柔不断過ぎたせいで初動が遅すぎた。悪あがきにしかならないことは俺が一番わかってる。でも、それでも最善を尽くしたかったんだよ。みんなが頑張ってるのに俺だけ何もしないなんて嘘じゃんか。
これが俺の精いっぱい。優柔不断なせいで時間が無かったから大したことはできなかったけど、それでも俺が尽くした
「正直、これがあっても試験に合格するのは難しいと思う。でも、俺たちがやることは変わらない。試験に合格できるよう頑張る……ただそれだけ」
それだけしかないとも言えるけど……でも、これがきっと最善だ。俺の言葉に頷くアズサ、不安気に眉を曲げたコハル、驚いた表情のヒフミと、なにか考えている様子のハナコ。返事こそないものの、全員が俺の言葉に耳を傾けてくれていた。
「模擬試験の形にまとめることはできたから、まずはこれを解いてもらおうと思う、んだけど……ど、どうでしょうか?」
返事がないことに不安を覚えつつも、ここまできたらと最後まで言い切る。若干最後が尻すぼみになったのは否めないけれど。ていうかなんだよ「どうでしょうか」って。ご意見伺ってどうするんだよ。こういうところで決めきれないの、つくづく自分が嫌になるなぁ。……みんな、やってくれるかな?コハルとか「もうやだ」って言いかねないと思うんだけど。
自分の情けなさと皆が動いてくれるかの不安で項垂れていると、パサリ、と俺の前に置いてある教壇の上で紙の音がした。顔を上げると、ハナコが試験用紙を手に取っている。軽く目を通しているようだ。
「…………ナナシちゃん、こことここに誤字がありますよ」
「えっ?あ、本当だ」
言われて確認してみると、確かに誤字があった。昨日慌てて作ったものだから仕方ないとはいえ、これだけかっこつけて発表したものに誤字があるとちょっと恥ずかしい。
「その二か所だけ修正したら模擬試験をしましょう。ほかにミスは無いようですので♡」
「……え?やってくれるの?」
俺の言葉に「当たり前では?」みたいな不思議そうな顔をするハナコ。周りを見れば、全員テストを受ける準備を終えていて、ハナコと同じような不思議そうな顔でこちらを見ている。……あ、コハルだけちょっと不安そうな顔だけど。
「当たり前じゃないですか!私だって退学は嫌ですし、なにより、ナナシちゃんが一生懸命作ったものなんですから!」
「うん。最善を尽くそう」
ヒフミとアズサがそう言ってほほ笑む。いや、先生も力を尽くしてくれてたし、なんなら三分の二くらいは先生がやってくれたんだけどね。確かに頑張りはしたからそう言ってくれると嬉しい。
「ほ、本当は投げ出したいし、退学っていうのも意味わかんないけど……ハスミ先輩が、待ってくれてるから」
そう言って決意したような表情になるコハル。もしかすると、一昨日の戦闘でハスミさんからなにか言われたのかもしれない。……うん、やっぱりコハルは強い。人の期待を力に変えることができる強さを持ってる。俺なんかの頑張りでさえ評価してくれるのが本当に嬉しい。
よし、じゃあやるか。第4次補習授業部模試!俺も教壇から降りて筆記用具の準備を……あれ?ハナコ、なんで抱き上げるの?
「そういうわけですから、ナナシちゃんは少し休んでいてください」
「えっ?」
猫みたいにプラーンと抱き上げられた状態で、首だけをハナコの方に向ける。なんで?今からみんなで勉強するぞって流れじゃないの?みんなに助けを求める視線を送るも、またもそれが当然とばかりの表情だ。え?なんで?
「ナナシちゃん、昨日寝てないですよね?」
「うっ……でもそれは……」
「はい、私たちのためだというのはわかっています。でも、ナナシちゃん睡眠不足だと明らかにパフォーマンスが落ちちゃうじゃないですか」
ハナコにそう言われていよいよ言葉に詰まる。確かに朝早くに起きただけでケアレスミスを連発したり、夜更かししてテンションがおかしくなったりしてた。でもなんか今日は行ける気がするんだって!だから離して?俺も勉強しときたいんだよ。仲間外れとか寂しいじゃん!
「うふふ、大丈夫ですよ、移動する前にはちゃんと起こしますから♡」
いやそれじゃ意味ない……まって、背中ぽんぽんするのやめて……なんか安心してねむくなってきちゃうから……やめ、やめて……ねちゃう……ほんとにねちゃう……。
結局、抵抗虚しく俺の意識は暗転した。起こされたのはすっかり日が暮れた後でしたとさ、ちくせう。
〇
side:ハナコ
「そろそろナナシちゃんを起こしに行ってきますね♡」
「“うん、よろしくね”」
皆さん、いつもよりも更に詰め込むような勉強をしたせいかグロッキー状態になっていますね。合宿所に戻ってきてから熱心に勉強を教えて下さっていた先生の返事を聞いて、ナナシちゃんを寝かせている部屋……いつも寝泊まりしている部屋に向かいます。教室を出て廊下を歩いて……歩きながら、少し、思考を巡らせる。内容は、ナナシちゃんについて。少しばかり、不自然な箇所がありましたので。
状況を素直に考えるなら、ナナシちゃんは昨日の夜に試験の変更内容を知り、先生と一緒に模擬試験を作成したのでしょう。ですが、それは不可能です。なぜならば、ナナシちゃんはインターネットに接続できるような電子機器を所持していないのですから。スマートフォンを持ってはいましたが、それも本人曰く開くことができないとのこと。つまり、ナナシちゃんは自ら補習授業部の試験について知ることができない状況にあった。
先生が知ってそれをナナシちゃんに伝えたという線も考えましたが……ナナシちゃんにだけ教える理由がありません。あの人ならばきっと「明日全員に知らせよう」と考えるはず。情報元は先生ではないでしょう。
自力で得たのでも、先生に教えて貰ったのでもないとすれば……一体誰から?ナギサさんの思惑に反することをわざわざしそうな生徒は居ないように思えますし、そもそもシャーレの生徒であるナナシちゃんに教える理由が……いえ、違う?もしかすると、そもそも
そこまで考えたところで、部屋の前に着いていることに気が付いて足を止めます。ドアを開けて中に入ると、ナナシちゃんの静かな寝息が聞こえてきて……そのままベッドをのぞき込めば、無邪気な顔ですやすやと寝ているナナシちゃんが目に入ってきました。……なんだか、考えていたことがどうでもよくなってしまいますね。そっと、頬を突っついてみます。
「んぅ……」
「……ふふっ」
迷惑そうな顔をしながら寝返りをうってしまいましたが……こちら側に転がってきたのでむしろ寝顔がよく見えますね、無邪気で可愛らしい寝顔です。……なんとなく、ゆっくりと蓋を開けるようにあの日の記憶を思い出します。私とナナシちゃんが友達になった……私に初めての友達ができた、あの日。
暖色の街灯に照らされた、恥ずかしさからか、あるいは緊張からかわずかに上気していたあの表情。そんなになってでも、不器用な言葉で私を、浦和ハナコ個人を友達として欲してくれたあの瞬間。きっと、私がその裏表のない感情にどれだけ救われたのかなんて、ナナシちゃんは知らないのでしょう。初めて出来た友達に、私がどれだけ喜んで、そして不安になっているかなんて知る由もないのでしょう。
もしかすると、不思議そうな顔で聞いていたあの言葉も。「離れてほしくない」という願いも、ちゃんと理解してはいないのかもしれません。でも、私はきっと、それでもいい。
ナナシちゃんが何も知らなくても、私の隣でコロコロと表情を変えて、そして笑ってくれればそれでいい。でも、私の中には知ってほしいという気持ちも、確かにあるんですよ?
あなたのお陰で、少しだけ勇気を持てています。いつか、私が優等生をやめた理由を、落第生になった理由を話そうと思うことができています。でも、それはきっと、最初にナナシちゃんへと言うべきだから。一緒に、同じタイミングで明かしたいと、私自身がそう思っているから。「待っていて」とあなたが言ったその時が来るまで待つと決めたのだから。だから。
「あんまり待たせないでくださいね、ナナシちゃん」
さて、これ以上皆さんを待たせるわけにもいきませんから、そろそろ起こしましょうか。これからゲヘナに向かうわけですが、不思議とワクワクしている自分がいます。不謹慎ですが、遠足みたいだ、なんて思ってしまっているのかもしれませんね。
私はくすりと笑ってから、ナナシちゃんを揺り起こしました。……ナナシちゃん、たまに私をお姉ちゃんと呼ぶのをやめてください、本当にそうなんじゃないかと錯覚しそうになりますので。