誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
さて、俺だ。ナナシだ。結局夕方……というかほぼ夜まで寝てしまって、しかもハナコに起こされての起床だった。自分で自分が情けないです。なんならまだちょっと眠いくらいだから、この身体に徹夜は相当堪えたらしい。これからはもう少し気を付けないといけないのかもしれないな、なんて考えつつあくびを嚙み殺してみんなの後ろを歩く。
そう、俺たちは今準備を終えてゲヘナへ向かっているのだ。具体的にはゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の1階へと。今はゲヘナ自治区の内部にちょうど入ったくらいだ。途中絡んできた不良はみんな撃退した。銃から閃光が出るというのは思っている以上に不意をつけるらしく、俺が目くらましでアズサが制圧というパターンで楽に撃退できたのだ。ちなみにこの作戦の考案は当然のごとく先生だ。
というか流石にゲヘナは治安が悪い。エグイ絡まれる。足立区民が日常的にチャリを盗むならゲヘナ自治区民は日常的に強盗をするような連中だから、当然と言えばそうなのかもしれないけど。普通に不良とか怖いので精神衛生上大変よろしくない。いざというときは私が守るみたいなことをアズサが言ってくれてなかったら目くらましの役目も遂行できなかったんじゃないだろうか。というか確実に無理だった。アイツらめっちゃ怖いもん。今の身長だとめちゃくちゃ見下ろされるし。
というか、みんな不良に容赦がない。道端に捨てられた不良が可哀そうだったので座っているような姿勢にしてあげていたら、全員から「そんなのどうでもいいから早く行こう」と言われたのは記憶に新しい。俺はまだキヴォトスに染まり切れていない……染まった方がいいのかについては議論の余地がありそうだけども。相手がゲヘナだからっていうのもあるのかもな。
そんなことを思いながら歩いていると、割と近い場所から銃声が聞こえた。ゲヘナに入ってからは断続的に銃声と爆発音が聞こえてきてたけど、こうも近いのは初めてだ。
「……これは、銃声でしょうか?」
「どこかで戦闘が起きてる。銃声は12時の方向……進行方向だ」
先頭を進むヒフミとアズサも聞いていたらしく、どうしようかと伺うように首だけでこちらを振り向いた。それにしてもアズサは銃声がした方向までわかるのか、ちょっと羨ましい。さて、進路の先で戦闘が起きてることはわかったんだけど……。
「ねぇハナコ、他のルートってないの?」
「うーん……あるにはあるんですが、かなり遠回りになってしまいますね」
だよね~。歩いてるとき暇だったから俺もハナコのスマホでマップ見せてもらってたんだけど、この先にある橋──たぶん戦闘が起きてる場所の近く──を渡らないとなると別の橋を探すしかなくて、かなりのロスになってしまう。でも戦闘したくないなぁ。さっきも言ったけど俺が最初に目くらましするのがパターン化してきてるから最初は前線に居ないといけないんだよなぁ。
「あれは、検問……?」
そう言うヒフミの視線の先では、黒い風紀委員の制服を着た生徒がいくつかの車両と共に道を塞いでいた。あ~、ここでこれが来るのか。これなら問題はないかも。先生の袖をちょいちょいと引っ張って、前に出るように促す。先生は昨晩の打ち合わせ通り、俺たちの前へと出てくれた。
「えっ?せ、先生!?危ないですよ!」
「“大丈夫、大丈夫”」
ヒフミが静止するのを笑顔でいなした先生は、涼しい顔で風紀委員の前まで歩いて行った。なんで弾丸一発で死ぬのにあんな余裕なんだろう、前に出させたのは俺なんだけど流石に不思議だ。
「止まれ!ここから先は立ち入り禁止になっている!そもそも今日は街全体に外出禁止令が……いや、その制服は……まさか」
先生が前に出たので、当然注目は先生に集まる。そして、今日の先生はシャーレの制服を着ているのだ。普段は邪魔だからって着ていない上着までちゃんと着ている。今はまだ一般への知名度がイマイチなシャーレだけど、連邦生徒会に連なる人間だというのは制服を見ればなんとなくわかる。それに、今回に限っては
「“うん、私はシャーレの先生だよ。チナツから聞いてない?”」
そう、アポイントメントを取ったのだ!アポ取るのすごくない?やっぱり俺成長してない?アポの使い方が合ってるかは知らんし、手続きしたのは先生だけど。そう、俺は原作知識でこの検問に引っ掛かって時間を奪われることを知っていた。だからそのイベントをスキップできるようにしたのだ。
「し、失礼しました。お話は伺っております!……ところで、後ろの方々は?」
「“シャーレに仮入部中の部員だよ。今日の視察に同行してもらってるんだ”」
そして、昨日のうちに補習授業部のみんなには(勝手に)シャーレに仮入部してもらった。今日限りの一時的なものだけど、これで『どの学園の自治区にでも自由に介入できる』というシャーレの権限を使うことができる。しかもちゃんと話は通してあるからなんの政治的問題も発生しないのだ!正直、俺めちゃくちゃ冴えてると思う。更に更に!
「では、目的地まで送りましょう」
「“よろしくね”」
なんと、足までゲットできてしまうのだ。これはチナツさんを始めとした風紀委員の皆様のご厚意だから、棚ぼたなんだけど……俺はやっぱり天才なのかもしれない。補習授業部のみんなも呆気に取られた様子だ。
驚きに固まっているみんなの手を引き、風紀委員たちの方へ行く。行こうとして……風を切るような音と共に、頬をなにかが掠めた。なんだ?と後ろを振り向いたその瞬間。
「のあぁぁっ!?!?!?」
ドオォォーン!!という爆音と悲鳴が響き、一拍遅れて爆風が吹き荒ぶ。それはどれも風紀委員たちの居た方向から発生していた。というか、彼女らが車もろとも吹っ飛ばされた音だった。
「………………へ?」
なにが起きたか理解できず、口から出るのは頓狂な声だけ。え、いやあの、本当になにが起きたの?何度瞬きしても目をこすっても、俺たちが乗るはずだった車は真っ黒こげ。というか、ごうごうと音を立てて絶賛炎上中。どう考えても乗れるわけがない。あ、いやそんなことより風紀委員の方々は無事なのか?
「“……これが本当の火の車”」
「先生!?そんな場合ですかっ!?」
ヒフミの言うとおり、どう考えてもそんな場合じゃないのでアホなことを言っている先生を引っぱたく。ゲヘナだし、どうせどっかからの流れ弾かなんかだと思うけど……というか思いたい。嫌な予感はひしひしと感じてるんだけどそう思ってないとやってられない。いや、本当にどうしようね、これ。徒歩決定な感じかな、俺の体力保つのかな。とりあえず炎上している車のすぐそばに転がっていた風紀委員さんを道路の端まで動かす。いやだって、あのままだと車が爆発したら危ないし、火が近くて火傷しちゃいそうだったし。ああうん、お礼は大丈夫だから寝てて?たぶん割と重傷だから。今は心配が勝ってるから耐えられるけど、普段なら見るだけで失神しちゃうくらいの血が出てるから。
「あらっ★やっぱり先生でしたか!」
「大当たりでしたわね、ご機嫌よう。ここで何をされて……あら?新米ちゃんもいますわね」
俺が風紀委員の方を介抱していると、背後からなんだか聞き覚えのある声と自動車のエンジン音が聞こえてきた。俺は思わず振り返り、そのまま硬直した。嘘だろ……まさか、あの全然孤独じゃない賑やかなシルエットは……!!
「“美食研究会のみんな!”」
さっきの爆発は
「なるほど、状況は概ね理解しました。ナナシさんはシャーレの生徒で、皆様はとにかくこの場所に行かねばならない、と」
「“うん”」
俺がアズサを宥めている間、先生が黒舘ハルナに色々と説明をしていたらしい。ようやく落ち着いたアズサに胸を撫でおろす俺の耳へとそんな会話が届いた。あ、マズイ。よく考えなくてもこれ原作の流れだ。原作だとここで風紀委員と戦闘になりそうだったところを美食研究会が引っ掻き回してくれて、そのまま強奪した給食部の車(新品)で目的地まで送ってくれるんだけど……この場合はよくも引っ掻き回してくれたなって感じだ。
「事情は分かりましたが、タイミングが悪かったですね……この辺りは今、それなりに大きな騒動になっていまして」
うん、知ってる。だからちょっと早めに出たかったんだ。俺が寝てたせいで原作とそう変わらない時間になっちゃったんだろうけど。恨めしく思ってじっとり黒舘ハルナと鰐淵アカリを見るも、気にも留めない彼女らは説明を続けた。
「んんっ!?んーっ!んーーーっ!!」
……そのフウカさんが車のトランクで猿轡をされているところを見るに、最後の説明は間違いなくウソだけど。特に『快く貸してくれた』の部分。まあ、ともかくそういうことらしかった。「新しく買った車を貸してくれるなんて美しい友情ですね」と嘯く鰐淵アカリ。笑顔なのにめっちゃ怖い。と、とりあえずフウカさんを助けてあげよう……。
「あの、大丈夫ですか?猿轡外しましょうか?」
「んっ!んっ!」
俺がそう声を掛けると、涙目で激しく頷くフウカさん。
「ナナシさん、大丈夫ですわ。フウカさんはこういったことには慣れていますから」
「もはや専門家と言っても過言ではありませんね★」
「んっ!?んーーっ!!!」
……うん、外してあげよう。美食研究会は先生と話しているから今のうちだ。俺は勢いをつけてトランクに飛び乗った。ちょっと身長のせいでよじ登る感じになったけど。さて、外してあげないとな。うわ、固結びになってるよ……外すときのことなんも考えてないじゃんあの人たち。
「ぷはっ、あ、ありがとう。えっと……」
「あ、ナナシです」
「え?そ、そう……」
四苦八苦しながらも猿轡を外すと、フウカさんがお礼を言ってくれた。いや、うん。変な名前だけど仕方ないじゃん、そう名乗っちゃったんだもん。なんかしっくり来るし。
「私はフウカで……ごめん、手足の縄も外してくれる?」
「あ、はい。なんていうか、その……大変ですね」
もぞもぞと縛られた両手を差し出してきたのでついそう言うと、一瞬で死んだ魚の目になるフウカさん。心なしか彼女の周囲だけ彩度が低くて煤けたようにも見える。あ、あんまり触れない方が良かったやつだこれ。
「フフ、フフフフ。大変、そうね、大変ね。今日だって新車を受け取って帰るだけだったのにこんなことになってるし……」
「あ、あの……フウカさん?」
煤けた雰囲気のままぶつぶつと何やら喋り出したフウカさん。ちょっと怖いです。もう早く縄を解こう。不憫で仕方ない。それに、原作でのこの車の末路を考えるとフウカさんは乗ってたらまた大変な目に遭う気がする。
「あの、とりあえず縄は解いたので今日はもう帰ってゆっくりしましょう?なんというか、その、疲れてるみたいですし」
「……ありがとう。今度ゲヘナに来た時なにかお礼するから」
「いえ……そ、それより早くこの車から降りた方が……」
ブロロン、とエンジン音がして車体が弱く揺れた。あ、間に合わなかったかも知れない。車の前の方に目を向ければ補習授業部のみんながお行儀よく席に着いていて……うそでしょ結局俺たちもこれに乗ったまま行くの!?風紀委員の車待つか歩けばよくないですか!?テロリストと同じ車に乗ってたら当然のごとく仲間だと思われるじゃん!?
「ちゃんと捕まっていてくださいね★出発です!」
運転席の鰐淵アカリがそう言うが早いが、車は摩擦音と共に急発進。あ、これ原作通りになるぞ。ていうかマズイ運転が荒いからしっかり車体に掴まってないと本当に落っこちる!トランクに居るから猶更!!あ、そういえばフウカさんは!?
「……まあ、こうなるわよね」
「諦めてる!?」
慣れた様子でトランクの縁を掴みながらネットでよく見た三白眼になっているフウカさん。
「ナナシさん、こういうとき落ちないようにするコツはね……」
「ありがたいんですけど本当にそれでいいんですかフウカさん!?」
ヤバイ。どう考えてもフウカさんがヤケになっている。確かに今欲しい情報ではあるけど
あ、風紀委員の車両が来た!たぶんさっき吹っ飛んでた人たちが呼んだ応援……もう既にロケランを向けてらっしゃる!?あまりにも判断が早いな!?
「先輩!あの車には拉致された生徒も乗っていると……」
「あとで謝ればいい!今はとにかくあの車を止めろ!」
う、うわー!!キヴォトスの倫理観過ぎるだろ風紀委員!!え、うそでしょマジで撃つの!?というか撃たれるの!?
「“ハルナ、飛んでくるの撃ち落とせる?”」
「余裕ですわ!」
先生順応早いな!?
Q.どうしてナナシの計画は穴だらけになってまうん?
A.ナナシ程度が1人で考えた計画が万事上手くいくわけないだろ!