誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
「けほっ、や、やっと着いた……」
「2時15分……開始時刻前にたどり着けたな」
硝煙の香り一杯の空気を吐き出しながら万感の思いを込めて言ったセリフに、アズサがそう付け加えた。うん、アズサはすごいね。俺そんな元気ないよ。ヒフミが駆け寄って来て「三人とも無事だったんですね!」と言ってくれ……なに?頭の上?あぁ、はいはい、犬耳ね。そういや外し忘れてたわ。恥ずかしがらないのかって?もうそんな元気残ってないんだって。俺は道中色々あって付けた犬耳を外す。「お待たせいたしました♡」というハナコの言葉を皮切りに話し始めたみんなを一瞥して、俺は空を仰いでこの数時間を振り返り始めた。
あれから色々と……それはもう本当に色々とあった。合流したイズミさんにテーザーガンの件を謝ったり、俺の硬さを知っているハルナさんからしれっと盾にされたり。少しは知識があるからという理由でアズサと一緒に前よりもちょっとだけ複雑な爆弾を仕掛けたり、陽動作戦でハナコから「目立つためには奇抜な恰好をすべきです」と説き伏せられてなにがなんだかよくわからないままこの犬耳を装備させられたり。陽動作戦のために別れる直前でフウカさんを車から下ろすことに成功したり、ヒフミとコハルが盗んだバイクで走りだしたり……もう、もう、本当に色々とあった。そして犬耳の件はやっぱりちょっと恥ずかしい。早いところハナコに返そう。そんなことを考えていると、犬耳じゃない方の耳が誰かの足音を拾った。そちらを見ると、俺の方に先生が近付いてきていて……そういえばいつのまにか逸れてたんだよなこの人。
「“よかった、ナナシ達も無事に着いたんだね”」
「はい……俺たちは途中で風紀委員に事情を説明したので、それでなんとか」
「あ、もしかして途中から風紀委員の方々が追ってこなくなったのって……」
「あ、うん、たぶんヒフミが思ってる通りだと思うよ」
そう。結局俺とハナコ、それからアズサが行った陽動作戦は失敗した。なので一度風紀委員に捕まってからチナツさんに取り次いでいただくことでどうにか解放してもらったのだ。ちなみに、その際ハナコは目立つ為といって装備した水着から着替えさせられていた。風紀委員の方には申し訳ないけれど、我ながらかなりのファインプレーだったと思う。
そして感謝混じりに言われたヒフミの話を聞くに、ヒフミたちの方の風紀委員も美食研究会が親指を立てながら川に沈んだあとは追ってこなかったらしい。風紀委員会の方に情報を共有してもらったのが功を奏したんだと思う。それでも温泉開発部からは追われてたみたいだけど、負担を多少は軽減できたんじゃないかな。昨日した手続きが無駄にならなくてよかった。いや、美食研究会が引っ掻き回さなければこんなことにはなってないんだけどね……川に沈んだらしいからヨシとするか。
「……よかった、みんな無事で」
「あら、コハルちゃん。心配してくれてたんですか?」
「そ、そんなんじゃないし!ただ私だけ受かっても意味ないってだけだから!」
ワイワイ、がやがやといつもの雰囲気でみんなが話し始める。俺はそれを見て……そっと背を向けた。俺はまだ、あの輪の中に入れない。まだ、やることが……やらなきゃいけないことがあるから。いつのまにか少し離れた場所に移動していた先生の方へと歩み寄り、声をかける。ついでに犬耳を渡しておいた。
「じゃあ先生、俺は行きますね」
「“わかった。……約束は覚えてるね?”」
「……はい」
俺がやろうとしてることは、たぶんあんまり良くないことだ。少なくとも先生ならそう考えるだろう。というか、実際昨日説き伏せられたし。でも、俺は他でもない俺自身のために必要なことだと思っている。だから、先生も一応は引き下がってくれた。……いくつか簡単な約束事は取り付けられてしまったけれど。
「“うん、じゃあ私は試験の準備をするけど……ナナシ、無茶はしないようにね”」
再び「はい」、とだけ返事を返し、俺は先生に背を向けた。そして、廃墟の奥へと走り出す。流れ出した景色を視界の端で眺めながら、遠ざかるみんなの会話を聞きながら。
〇
あれから十分ほど経っただろうか。ゲヘナの廃墟を走って走って走り回って……そして、膝が熱くなったころ。視界の端に、ようやく目的の物を見つけた。作業着を着た生徒たちと、彼女らが囲んでいる機械……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
走って乱れた息が嫌にうるさい。こっそりと様子を見れば、幸いにも、まだ温泉開発部はこちらに気付いていないようだった。……そう、桐藤ナギサがこの試験に仕掛けた謀略は、試験内容の変更だけではない。その魔の手は、より直接的な破壊工作にまで及んでいる。彼女は温泉開発部という温泉のためならどこもかしこも爆破して回るような頭のおかしい集団を利用し、試験会場一帯を爆破しようとしているのだ。補習授業部のみんなはその爆発によって試験用紙を焼失してしまい、試験に不合格となってしまう。それが原作で起きた事件。
そう、
「……震えんなよ」
震える足を叩きながら、唸る様に呟く。……そうだよ、怖いよ。今も恐怖で膝が笑ってるし、歯の根だって合っちゃいない。乱れた息は整わないし、全身ガクガク震えて、胸の内は逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。俺がやろうとしていることは、あの発破装置を破壊し、修理させないよう試験時間いっぱい守り抜くこと。それが勝利条件、たったそれだけが俺の勝利条件だ。
だけど、そんなことをすれば当然
「はぁぁぁぁああ……」
走って乱れた息を整えるために、肺の中身を空っぽにするくらい息を吐き出す。肺と一緒に心まで萎んだように感じて、恐怖心が溢れてくる。
怖い。彼女らの銃がこちらに向けられることを想像するだけで身がすくむ。恐ろしい。きっと爆弾だって使ってくるだろう、爆炎に包まれればどうなってしまうのかなんて想像したくもない。逃げ出したい。今すぐに背を向けて、みんなのところに帰りたい。
ああ、そうだ。みんなはきっとこれだって乗り越えてくれるはずだ。だって、これはもともとそういう物語だったんだから。もし初めから知ってたことがバレたって、最後にはきっと許してくれるだろう。彼女らは、底抜けに優しいから。俺がやる必要なんかない。ただのお節介にすぎないような、こんな単なる悪あがきを、こんなに必死になってやる必要なんかない。そうだ、必要ない行為なんだ。これは必要なことじゃない。……ない、けれど。
──脳裏に、みんなの笑顔が過る。
「
萎んだ肺から空気をひねり出して、口に出す。自分の選択を、答えを。呼吸の仕方を思い出す。肺に空気が満ちる、靄が晴れたように思考がクリアになる。そうだ、確かに戦うのは怖いし、恐ろしい。でも、
怖いんだ。みんなの優しさに甘えて、貰ってばっかりの自分になるのが。恐ろしいんだ。いつまでも変わらないまま、自分で自分を「みんなの友達だ」って認められないのが、誇れないのが。俺は、みんなと釣り合う自分になりたい。みんなの努力を、みんなで過ごした時間を、嘘になんてしたくない。そうだ。そのためになら、俺は
──いつのまにか閉じていた目を開く。体の震えは収まっていた。
なんとなく、この六日間を思い返す。日数にしてみれば六日。たったの六日だ。でもこの六日で、俺は大きく変わったと思う。
──背筋を伸ばして、すっと鋭く息を吸う。
直視した。物語じゃない現実で、今までにないくらい心の底から笑って、文字通り気力が尽きるまではしゃぎまわった。前を向いた。今までずっと逃げてきた勉強に向き合って、少しだけ自分に自信がついた。友達ができた。この世界に、初めて自分から触れようと思えた。懊悩した。大切になった人たちを幸せにするため、不幸にしないため、自分に何ができるのか、悩んで苦しんで考えた。そして……『選択』をした。
「……ふぅ」
──息を吐く。ゆっくり呼吸をして、教わった通りに銃を構える。
「努力は裏切らない。……なんてことはない」
俺は知っている。俺は、挫折した側の人間だから。報われない努力があることも、それどころか踏みにじられる努力があることも知っている。でも、俺がもっと知っていることがひとつだけ、確かに存在する。それは、努力しない人間は、悲しいほどなにも得られないということ。俺はそれを、痛いほど、苦しいほど、泣き出したいほど知っている。……けれど、みんなは違う。
「みんなが努力してきたことを、そして、俺がみんなと一緒に居るための方法を……俺は
俺が出来ることは限られてる。でも俺だって、みんながしてきた努力を踏みにじらせないようにするくらいはしたい。俺だって変わりたい。
──狙いをつける。撃つべき場所は、アズサのお陰でわかっている。
それになにより。俺が、みんなと並んで笑うために。胸を張って、自分も仲間だって言えるように。みんなと前を向くために。俺は、今日ここで『たたかう』コマンドを選択しなくちゃいけない。
「……頑張らないとな」
俺は、力を込めて
ダァンッ!と轟音が響き──確かな構えから放たれた弾丸は、狙い過たず目標を貫いた。
「わっ、装置が!?」
「誰だ!!」
当然、温泉開発部の彼女らはこちらに気付く。戦闘開始。……これで、ようやく第二歩だ。
〇
爆風を受けて地面を転がる。温泉開発部の投げた手榴弾によるそれを、もう何度喰らったかわからない。連続した発砲音が響いて、身体に痛みが走る。どうやらまた撃たれたらしいなと思いながら、できるだけ早く立ち上がって銃を構える。
「また光るぞ!目を閉じろ!」
バンッ!という破裂音と共にあたりが閃光に包まれる。しかし、何度も繰り返していれば流石に相手も慣れてきているらしい。リーダーらしき部員の指示を受けた彼女らは目をつむったり顔を背けたりして、全員が閃光をうまくやり過ごしていた。でも、どうしたって一瞬だけ、こちらに対してなにも出来なくなる時間が生まれる。それで十分だ。
「っ!!」
その隙をついて体当たりをする。相手方の前線が少しだけ下がったのを見て、こちらも下がる。何度も転がったせいか、はたまた爆発音を至近距離で聞き続けたせいか、くらくらと揺れる頭を片手で押さえながら、ぜいぜいと乱れた息を整えた。これを何度も繰り返して、ようやく均衡を保ってはいるけど……正直、そろそろ限界が近い。確かに俺は硬い。それは純然たる事実で、ハルナさんからは最低でもゲヘナの風紀委員長……空崎ヒナと同レベルの硬さはあると評価してもらった。ただ、俺には体力がない。加えて爆弾による脳震盪なんかは普通に起きるのか、頭がくらくらしているし。明らかにジリ貧の状況だ。
俺の目的は時間を稼ぐこと。どれだけ稼げたのかはわからないけれど、できるだけ長く時間を稼がないといけない。もう一度体当たりをしようと足を踏み出して……。
「……ぇ?」
カクン、と膝が崩れ、そのままぐしゃりと潰れるように床へ倒れ込む。急いで起き上がろうとして……目の前になにかが転がってきて一瞬思考が止まる。っ手榴弾、まずっ!?
「がぁっ!?」
目の前で起きた爆発に吹き飛ばされて、身構えることもできないまま身体が宙を舞う。ぐるぐると浮遊感と共に景色が回り、強かに頭を打った。今までの比じゃないくらいに脳が揺れ、視界が暗くなる。意識が暗転しようとしているのがわかった。それでも、それでも。どうにかもう少しだけ時間を稼ごうと地べたを這いずる。一秒でも長く、時間を稼ぐために。ああ、でも……もう、げんかい……。
「“ナナシ!”」
落ちていく意識の中、先生の声を聴いた気がした。
ハナコの水着は指摘されたけど、ナナシの犬耳カチューシャは風紀委員の誰からも指摘されなかったという事実。