誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
粘度の高い液体の中を気泡が進むように、ゆっくりと意識が浮上する。まだゆっくりとしか動かない頭で、ぼんやりと今の状況を把握していく。身体がふわふわとしたものに包まれていて温かい。なんだろ、布団に寝かされてるのかな。微睡に身を任せるか少し悩んで、なにかやらなくちゃいけないことがあるように感じて目を開けた。視界に入るのは既に見慣れた白い天井。……ここは、合宿所?
段々と頭がはっきりしてくる。というか、今ってどういう状況だ?えっと、たしか試験のためにゲヘナへ行って……そうだ!
「みんなは!?」
バッと勢いよく身を起こすと、バサリと音を立てて布団がずり落ちていった。慌てて布団を拾おうとして……目を丸くしたヒフミと視線が合う。布団を拾うために下げていた視線を上げると、先生が驚いたような、安心したような表情でこちらを見ていた。えっ、と。ああそっか、俺温泉開発部との戦いで気を失っちゃった……のかな?ちょっと記憶が曖昧だけど。で、倒れてた俺をみんなが回収してくれたんだろう、たぶん。
「ナナシちゃん、目が覚めたんですね!本当にどうなることかと…………」
「あ、うん……それで、試験ってどうなったの?」
「え?」
ヒフミの言葉を遮っちゃったけど、無駄に頑丈な俺なんかの身体よりみんなが試験をちゃんと受けられたかの方が心配だ。合格するのは無理でも、みんなの努力が最低限形になるようにはしたいから。というか、そのために身体を張ったわけだし。
「“……試験は無事に終わったよ”」
先生が少し呆れたような表情で教えてくれた。なんで呆れた感じなのかはわからないけど、試験が無事に終わったってことはとりあえず時間稼ぎには成功したみたいだ。
「そっか、ならよかっ……」
「よくないですっ!!」
安堵の息を吐こうとして、ヒフミの叫び声がそれを遮った。驚いてヒフミの方を見ても、俯いていてその表情は伺えない。でも、怒ったような……どこか悲壮な雰囲気を漂わせているのはわかった。
「……全然、よくないです。ナナシちゃん、こんなにボロボロになって……どうして、どうして私たちを呼んでくれなかったんですか」
そんなに心配しなくても、なんて言いかけていた言葉は、喉に引っ掛かったまま出てこない。ヒフミが、泣いていたから。ぽろぽろと涙を零しながら、スカートのすそをぎゅっと握って、ヒフミは必死に俺へと訴えかけていた。涙に濡れた瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「えっ、と…………迷惑、かけたくなくて。試験に、集中してほしかったから」
尻すぼみになりながら、なんとか言葉を紡いだ。本心だ。みんなで探して撃退したんじゃ試験時間に間に合わない。だから、あの時試験会場の爆破を防ぐことが出来たのは補習授業部に所属していない俺だけだった。神秘のお陰か頑丈なこの身体ならほとんど怪我もしないだろうし、そこまで心配もされないだろうと思っていたんだけど……。
「迷惑だなんて思うはずないじゃないですか!!ボロボロで倒れてるナナシちゃんを見て、私たちがどれだけ心配したかっ!!」
「……ごめん」
ごめんじゃないですよ、と言いながら、泣き顔を隠すようにして俺に抱き着くヒフミ。抱きしめ返して、その身体が震えていることに気が付いた。……本当に、心配をかけてしまったんだな。
「ごめん」
「……だから、ごめんじゃないです。もう、こんなことしないでください」
〇
ヒフミは今の状況を説明すると、しばらく俺を抱きしめてから部屋を出て行った。ヒフミによると、倒れていた俺を発見したみんなは温泉開発部の相手もそこそこに、倒れていた俺を回収して合宿所に戻ったのだとか。そのあと俺をこの部屋に寝かせ、交代で様子を見てくれていたらしい。ヒフミと先生がこの部屋に居たのはそのためで……あ、この部屋は合宿所にあった空室なんだそうだ。普段使っている寝室だと周りに人がいてゆっくり休めないだろうと気を遣ってくれたらしい。ありがたいけど申し訳ないな。
……いや、本当に申し訳ない。まさか泣かせてしまうとは思っていなかった。まだ目に焼きついて離れないヒフミの泣き顔に罪悪感を覚えつつ、それを振り払うように時計を確認する。時間は夕方を指し示していて、俺がかなり長い時間寝ていたのだとわかった。視線を落とすと、椅子に腰かけている先生と目が合う。
そう、部屋には俺と先生だけが残っている状態だ。この状況、正直に言ってしまうとかなり気まずい。だって先生は昨日、もう一昨日か。とにかくあんなに止めてくれたのに、俺は結局作戦を敢行して……その結果がこのザマなんだから。しかも、先生一言も発さないし。もしかして怒ってるかな。もしかしなくても怒ってるよな。というか、俺とヒフミが抱き合ってるときに普通空気読んで退室したりしない?ヒフミ出てくとき結構恥ずかしそうだったんだけど。
ちょっとだけ怯えながらどう話しかけようか迷っていると、先生が深いため息を吐いた。ビクッとしながら恐る恐る先生の方を向く。
「“ナナシ、約束は覚えてるよね?”」
「えっ、あっ……はい」
この言っている『約束』は一昨日作戦会議してるときに取り付けられたやつのことだと思う。えっと、2つあるけど、今大事そうなのは……。
「終わった後、ちゃんとみんなと話す……でしたよね?」
そう言うと、先生は「うん」と言って頷いた。そう、これが俺と先生が交わした約束の内容。ちなみにもう1つは「次の試験はちゃんと受けること」だ。この約束を履行する代わりとしてあの作戦を許可してもらったんだけれども……憂鬱だ。やだなぁ、これやらなきゃダメかなぁ。ダメだよなぁ、先生約束事には結構厳しいし。この約束を言われた時には「なんだそれだけか」と思っていたけど、ヒフミと話した今ならわかる。これめちゃくちゃ辛いやつだ。なぜって、俺の罪悪感が全力で刺激されるから。
俺は人並み程度には他人の感情の機微がわかる。俺のために泣いてくれたヒフミを見て、大切に思ってくれているとわからないほど鈍感じゃない。そして、他のみんなも少しは大切に思ってくれているだろうということもわかる。そんなみんなとちゃんと話す?自分を蔑ろにした作戦を敢行した後で?……無理だ。申し訳なさで潰れてしまう。
「あの、これ本当にやらなきゃだめですか……?」
「“ダメ。ちゃんと話してね”」
伺いを立ててみたけど、普通に無慈悲な宣告が返ってくるだけだった。いや、確かに俺が悪いよ?大した能力もないのに人に頼らず一人で頑張ろうとしたり、自分が周りからどう思われてるのかを一切省みなかったり……心配をかけてしまったことへの責任の取り方としてこれが正しいっていうのもすごく、すごくわかる。でもそれはそれとして気が重いです。
「先生が一緒に付いてきてくれたりは……」
「“しないよ。一人で行ってきてね”」
先生が一緒に来てくれたりもしないらしい。つらい……。
〇
──case 1 : 下江コハルの場合
あのあと俺はしばらく愚図って、痺れを切らした先生によって部屋から強制退去させられた。そして、今は手持ち無沙汰に廊下を歩いている状態だ。電灯の点いていない廊下には窓から西日が差し込み、空間はオレンジに染まっている。窓の向こうを見れば綺麗な夕焼けが大きな木に隠れて、廊下の半分……俺の居る場所を暗く染めていた。
さて。なんか放り出されたけど、よく考えたら俺みんながどこに居るのか知らないんだよね。だから会わないことを祈りつつ歩いてるんだけど……あそこで窓の外眺めてるのコハルだよな。ちょっと、ちょっと今は話したくない。話したくない、けど……先生と約束したし、いつまでも話さないでいるのは俺も嫌だし。話すしかないよなぁ。影から歩み出るようにそちらへ一歩踏み出すと、ギシリと床が音を立てた。音に気づいたのだろうコハルがこちらを向く。ボーっとした、呆然としたような瞳で射抜かれて、身体が強張った。
「……ナナシ?」
「えっ、と……うん、さっき起きたんだけど、その……なんというか。心配かけてごめんというか」
しどろもどろになっている俺のことを見たコハルは驚いた顔になり、それから、少し俯いてダッとこちらに駆け出してきた。えっ!?なになに助走付きで殴られるの俺!?びっくりして思わず目を閉じるも……頬に鋭い痛みが来ることはなく、ただ全身に弱い衝撃を感じただけだった。恐る恐る目を開けてみれば、コハルが俺にぎゅっと抱き着いている。確かめるように、守ろうとしているかのように強い力で抱きしめられていて、少しだけ苦しさを感じた。
「バカっ……!」
コハルは抱き着いたまま、消え入りそうな声で「ばか」と繰り返している。細い身体は小刻みに震えていて、時折しゃくりあげる声が漏れ出ていた。……うん、やっぱり心配かけちゃったよな。コハルの涙が服に染み込んで、微かにその熱を感じた。
「あのとき。ナナシ倒れててっ、ぐったりしてたから、私、私……っ!」
「………………本当にごめん」
気持ち悪くないかな、なんて一瞬浮かんだ思考を振り払って、コハルを抱きしめ返す。それからもう一度、「ごめん」と繰り返した。
「みんなに迷惑かけたくなくて、力になりたくて……間違えた」
自分で言った言葉が、意外なほどの納得感を持って頭に響く。そうだ、俺は間違えたんだ。必要なことだったとは、大切な儀式だったとは今も思ってる。みんなと笑い合うために、俺がみんなのために何かをすることは必要だったって。でも、そのせいでみんなを悲しませたんじゃ、本末転倒だ。どうすればよかったのかは……わからないけれど。
「……いいから」
「え?」
くぐもったコハルの声が聞き取れなくて聞き返す。
「め、迷惑かけても、頼ってもいいから!私だって、私だって友達の助けにくらいなれるから!」
コハルが顔を上げて、まっすぐに俺の目を見ながら言う。……そっか、頼ってもよかったのか。考えてみれば当然だ。俺がみんなを助けたいと思っているように、不幸になってほしくないと思っているように。みんなも、俺に同じことを思っているんだろう。俺は相談するべきだった。みんなに素直な気持ちを打ち明けて、どうすればいいのかを聞くべきだった。
「そっか、正義実現委員会のエリートだもんね」
「そ、そう!エリートなんだから、ナナシの頼み事くらい余裕!」
少しだけいつもの調子を取り戻したコハルが嬉しくて、笑ってしまう。どうしてかコハルも笑っていた。理由もないのに2人で笑い合うのがおかしくて、もっと笑ってしまう。俺たちの影が、重なり合うように、廊下に長く伸びていた。
ひとつ、反省だ。
──case 2 : 白洲アズサの場合
コハルと別れた俺は、今度はいつも勉強している教室へと足を運んだ。段々と日が暮れてきて、教室の窓から見える空は群青色に変わっている。さっきまでのどこか郷愁を誘う夕焼けはもうそこになく、ちらほらと星がその姿を現していた。水族館の中みたいな、どこか青さを感じる教室の中で。彼女は、アズサは、灯りを点けることもせずに、教室の中ほどにある窓際の席に座っていた。その席は、いつも俺が座っている場所だった。
「アズサ?」
「……ナナシ」
俺が声を掛けると、窓の外を見ていたアズサがこちらを振り向いた。いつもの無表情に、少し心配そうな雰囲気を漂わせている。
「起きてて大丈夫なのか?」
アズサが言った。開いていた窓から風が吹き込み、彼女の白い髪をわずかに揺らす。
「うん、ほとんどただの体力切れだったから」
そう答えると、アズサは「そうか」と呟くように返し、また窓の外に視線を戻した。俺はアズサの方へと歩み寄る。
「ナナシ、ごめん」
俺が教室の真ん中あたりまで来たところで、アズサが再び口を開いた。俺は、なぜアズサが謝るのかわからなくて、その意外な言葉に、小さく「え?」と声を漏らすだけ。こちらを向いていないアズサの表情は伺えないけれど……その背中が、どうしてか寂し気に見える。
「きっと、私のせいだ。ナナシがあんな風に傷ついたのは……私の」
震えるほどに強く拳を握って、悔いるようにアズサはそう言った。いや、実際悔いているのだろう。そこで、俺もようやくアズサの謝罪に得心がいった。前にも言ったように、アズサはアリウス分校から送られてきたスパイだ。ナギサが探している『トリニティの裏切り者』は彼女なのだ。だから、彼女は自分さえいなければナギサがあんな謀略を仕掛けることもなかったと、俺が傷つくこともなかったと、そう思っているのだろう。
「なんでかは……言えない。ごめん。でも、私のせいだ」
アズサは席を立って、俺に頭を下げた。また、表情が見えない。そうか、アズサは自分のせいだと思ったのか。俺が傷ついたのはアズサのせいで、俺に責任はないと、そう思っているのか。それは、なんというか……
「アズサ、頭上げて」
「え、いや、でも……」
「いいから」
そう言うと、アズサは恐る恐るといった様子で顔を上げてくれた。俺はそんな彼女に歩み寄り……。
「えいや!」
「…………え?」
思いっきりデコピンをしてやった。ぺち、と弱い音が静かな教室に響く。目の前にはアズサのきょとんとした顔があって……これ全然ダメージ通ってないな?俺って硬いだけで力も体力もないからなぁ。ちょっと落ち込む。
「な、ナナシ?い、今のは……?」
心底困惑した様子で聞いてくるアズサに、頬を膨らませて怒ってますアピールをする。や、ちょっと子どもっぽくて恥ずかしいけど、ふざけた感じの怒りの表現方法これしか知らないんだもん。仕方ないだろ。それから、俺は努めて真面目な顔をする。
「アズサ。あれは、俺が俺にとって必要だと思ってやったことなんだ」
そう、あれはみんなのためにやった、他でもない俺のための儀式だ。みんなと笑い合える自分になるため、間違いだらけでも俺が選んだ『選択』なんだ。だから、この後悔も、その責任でさえも、俺が持っていたい。でないと、やった意味がないから。
「だから、アズサのせいじゃない。アズサのせいになんか、
「…………そう、か」
アズサはしばし俺の言葉を嚙み砕くように黙ってから「じゃあ、今からナナシを怒る」と宣言し……待ってナンデェ!?その結論はおかしくないですかアズサさん!?
「おかしくない。本当に……すごく、すごく心配した。私にはナナシを怒る権利があると思う」
「…………ぐぅ」
苦し紛れにぐぅの音を出してみたけれど、アズサはそんなことを意にも介さず俺を正座させてお説教を始めた。お説教というか、アズサがどれだけ俺のことを大事に思っていて傷ついた姿を見て動揺し心配したのかを切々と語られる時間だったので、俺はむず痒さと罪悪感でどうにかなってしまいそうだった。
……こんなに心配されて、大事に思ってくれているとは思ってなかった。
ひとつ、教えられた。
──case 3 : 阿慈谷ヒフミの場合
アズサの説教(?)から解放された俺は、正座によって痺れた足を引きずりながら、もうすっかり夜になった合宿所を歩いていた。趣味の良い暖色の電灯が照らす廊下を歩いて、いつもみんなと寝ている部屋に向かう。ヒフミとハナコ、そのどちらかは居ると思ったからだ。
「……ナナシちゃん?」
そしてその考えは正しかったようで、ドアを開けるとヒフミが自分のベッドの上で体育座りをしていた。いつもの溌剌とした雰囲気はなくて、どこか沈んでいる様子だ。ヒフミが顔を上げてこちらを見た。泣いていたのか、目が少し赤い。よく見れば、手元にティッシュがあった。
「もう、起きて大丈夫なんですか?」
「……うん、もう大丈夫」
正直医学的な知識は一切ないんだけど、あの性格の先生がゴーサインを出すってことはたぶん大丈夫なんだろう。……こんな不確かな基準で出歩いてることが知れたらもっと心配をかけてしまいそうなので絶対言わないけど。そう答えた後、お互いになにも話さない時間が……というか、なにか話そうとしてる感じの静寂が訪れた。
俺は、その……申し訳なさとかいろいろあってちょっとヒフミと喋りにくい。というか、ばつが悪い。たぶんヒフミもさっき俺を怒ったから、なにを話せばいいのかわからないんだろう。でも、いつまでも黙っているわけにはいかないし……よし、ここは俺から話そう。
「あの」
「えっと」
……最悪だ、話しだすタイミングが被った。さっきまでの比じゃないくらい気まずい空気が場に流れる。やばい、超逃げたい。俺にはつらいよこの空間。非が100%自分にあるから余計に居た堪れない。かといってここで逃げると今後ヒフミとギクシャクするだろうし逃げらんない。詰んでる。ここが地獄か。
「な、ナナシちゃんからどうぞ……」
「あ、うん……」
考えているうちに順番を譲ってもらってしまった。どうしよう。でもここで譲り返すと泥沼になるのが目に見えてるし、お言葉に甘えさせてもらうしかないよな。ヒフミ、なんかもう体育座りやめて聞く姿勢に入ってるし。
「そ、その……ごめん。俺、焦って間違えたんだと思う。みんなに心配かけちゃって、悲しい顔させて……本当にごめん」
頭を下げる。いやもう、本当に申し訳ない。俺は「みんなのために」なんて少しは思っていたんだけど、その「みんな」のことをちゃんと見てなかった。ただの独善で、心配をかけてしまった。だから本当に申し訳ない。
「私こそごめんなさい!」
「……え?」
なのに、どうしてヒフミが頭を下げるんだろう。思わず顔を上げてきょとんとしている俺に、ヒフミは目線で自分の隣に座るよう勧めた。断る理由もないので、おずおずとそこに座る。ベッドに2人並んで座る形になった。
「ナナシちゃんは私たちのために頑張ってくれたのに、否定するようなことばっかり言っちゃって」
「えっ、いやいや!俺のやり方が悪かったんだからそんな……」
「それでも、です」
ヒフミはそう言って俺の言葉を遮り、ズビッと鼻を噛んだ。それから、こちらをまっすぐに見た。その目は、俺を非難するようなそれじゃなくて……。
「あの、ありがとうございます、ナナシちゃん。私たちのために頑張ってくれて」
ああ、そうだ。この目は、俺に本気で感謝してくれている人の目だ。長らく見てこなかったから、すっかり忘れていた。
「アズサちゃんから聞きました。あの装置が起動してたら試験会場の廃墟は吹っ飛んでたって。……私たちの努力を無駄にしないように、頑張ってくれたんですよね」
優しい声で、たしかな心で。紡がれる言葉が、俺の頭に反響する。ああ、これは、これは良くない。勘違いしそうになる。自分はちゃんと頑張ったんだって、努力してたんだって、認めてしまいそうになる。間違った結果を、認めていいはずがないのに。
「でも、俺間違えて……」
「あはは……確かに、方法は間違ってたかもしれません」
ちゃんと事前に相談してほしかったですし、危なくなったら私たちを呼んでもらいたかったですし……と、つらつら挙げられる俺の失敗にダメージが蓄積する。いや、うん。本当にごめんなさい。罪悪感に俯いていると、「でも」とヒフミの声が聞こえて、ベッドと床しか映していなかった視界が暗くなった。……ふわりと、俺はヒフミに抱きしめられていた。
「でも。私たちのために頑張ろうとしてくれた気持ちは、間違ってなんていませんから」
「……ぁ」
小さく声を漏らした俺を抱きしめる手に力を入れて、ヒフミは囁くように「ありがとうございます」と言ってくれた。……そっか、なにもかも全部間違えたわけじゃなかったんだ。失敗だらけの第二歩だったけど、少しは、誇ってもいいのかな。
そう思うと、なんだか嬉しいような、苦しいような気持ちになってきて、目から涙がこぼれ始めた。泣き顔を見られたくなくて、ヒフミに強く抱き着く。ヒフミは、そんな俺を突き放すことなく、静かに背中をさすってくれていた。
ひとつ、救われた。
〇
あのあとしばらくして落ち着いた俺は、ヒフミにハナコの居場所を聞いた。また最後に回してしまったけれど……きっと、俺が一番話さなくちゃいけないのは、謝らなくちゃいけないのは、ハナコだから。
ヒフミ曰く、ハナコは始めヒフミと一緒に寝室に居たのだけれど、俺が目を覚ましたと聞くと手紙を書いてからどこかへ行ってしまったのだとか。今、俺はその手紙を読んで……ハナコの居るだろう場所に向かっている。というか、今目の前にあるドアを開ければその場所だ。ドアを開ける前に、もう一度手紙の文面を確認する。
──あの場所で待っています ハナコ
たったこれだけの文面だったけれど、俺には心当たりがあった。やっぱりこの場所だろうな、というある種の確信を持ってドアを開ける。ガチャリと音を立てて、大した力を籠める必要もなくあっさりとドアは開いた。
コンクリートの床に、一歩踏み出した。夜風がひゅうと静かに吹いて、水の香りを運んでくる。ここは塩素を入れていないから、純粋な水の香りだけが鼻孔をくすぐった。暖色の街灯が、黒々とした水面を揺らす。周囲の壁に反射した光の波紋が、なにかに呼応するように揺らめいて。やっぱり水中に居るみたいだな、なんて思いながら視線をさまよわせる。……果たして、ハナコはそこに居た。
こちらに背を向け、制服姿で。彼女は、プールサイドの水面ギリギリに立っていた。何で気が付いたのか、彼女はゆっくりとこちらへと振り向く。そして、言った。
「待ってましたよ、ナナシちゃん」
いつもの笑顔に影を落として……彼女は、それでも静かに笑っていた。
──case 4 : 浦和ハナコの場合
スクロールバーが仕事をしてないわけじゃなくて、ラスボスのハナコは分割です