誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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振り出しからの歩き方を教えてくれ

 さて、俺が謝罪行脚をした日の翌朝。ハナコと一緒にびしょ濡れで廊下を歩いていたという情報がコハルの口からみんなに共有されるという事件はあったものの、なんだかんだ平和に夜を明かした俺たちは、今。

 

「ハナコ、ここはどういう──」

「はい、ここは──」

 

 なんか普通にめちゃくちゃ勉強していた!……いや、補習授業部なんだから当たり前だろって、なにがおかしいのかって思うかも知れないけどさ、これ異常なんだよ。だって考えても見て?試験一週間前に試験範囲三倍とか赤点ライン大幅引き上げとかされたらみんなどう思う?そうだね、やる気をなくすね。悲しき社会人には納期一週間前に色々あったりするのかもしれないけど、それはともかく。

 普通、こんなにやる気を出して「よっしゃやるぞ」とはならないはずなのだ。実際、原作ではコハルが泣き言を言ったりハナコが難しいかもと発言したり、少々諦めムードが漂っている回があった。というか、それが昨日だったはずなんだけども。

 チラと横目でみんなの様子を伺ってみる。適宜質問を飛ばしながら勉強するアズサ、参考書と教科書を見比べながら解き進めるコハル、真面目な表情で模擬試験の直しをするヒフミ……そして自分から積極的に教えに行っているハナコ。みんなめちゃくちゃ集中してるし、集中力の度合いが前までの比じゃない。本当になんで?

 

「“ナナシ、どうかした?”」

「わっ!?」

 

 いきなり話しかけられてちょっと驚く。集中を邪魔しちゃいないかとみんなの様子を確認したけれど、誰一人として顔を上げていなかった。やっぱりすごい集中力だ。っと、先生に返事しないと。みんなの邪魔にならないように、先生をちょいと手招きしてから小声でコソコソと耳打ちする。

 

「えっと……みんながどうしてここまで集中してるのか気になってしまって……」

「“なるほどね”」

 

 先生は少し考えるような素振りを見せてから、俺と同じように耳打ちする手の形を取った。たぶん耳を貸せってことなんだろうと判断して耳を差し出す。

 

「“あのね……”」

「うひゃっ」

 

 自分で出した声にびっくりして、慌てて両手で口を抑えた。先生が怪訝そうに俺の名前を呼ぶので、また変な声が漏れそうになる。え?な、なんかすごい……くすぐったいんだけど。先生が喋るたびに息が吹きかかって、すごいぞわぞわしてくすぐったい。あ、ヤメテ先生ちょっと喋らないで。先生がこちらに声を掛けるたびに、「ふぁ」とか「んっ」とか小さく声が漏れる。もうだめだ、これやめよう。マトモに話しが聞ける感じじゃない。ぐい、と先生の顔を押し戻す。

 

「……先生、普通に話しましょう」

「“私は耳打ちでもいいよ?”」

「俺が無理なんです……!」

 

 というか先生ニヤニヤしてるあたり途中からわかって楽しんでただろ!?このド変態が!!まあここで怒るとみんなの迷惑になってしまいそうだし、なんならハナコは既にいい笑顔でこちらを見てるし、早いとこ理由を聞かせてもらって俺も勉強に戻ろう。目線で続きを促すと、先生は真面目な顔に戻った。うん、話してくれるらしい。

 

「“昨日、ナナシが寝てる間にみんなでどうすればいいか話し合ってね。勉強して正面から打ち破ろうって結論に落ち着いたんだ”」

「……え?終わりですか?」

 

 あまりに説明があっさりしていたので驚いてしまった。いやだって、それなりに絶望があったと思うんだけど。なんで普通にその結論に落ち着けるの?鋼の精神ってレベルじゃないと思うんだけど。

 

「“終わりって?”」

「い、いやあの、だってこんなに試験範囲が増えて合格ラインも引き上がったのに……」

 

 そう言うと、先生は「あぁ」、と納得したように声を上げた。

 

「“それはたぶんナナシのお陰だよ”」

「俺の?」

 

 どうしよう、余計に意味が分からない。俺は寝てたのに俺のお陰?悪辣なウミガメのスープ問題になってきたんだけどマジでどういう意味だ?あんまりスペックの良くない俺の脳が処理できる感じでお願いしていいですか?

 

「“ナナシがみんなの為に頑張ってくれたから、みんなも諦めるわけにはいかないって思ったみたい”」

 

 困惑している俺を見かねた先生が、少し呆れた感じでそう言ってくれた。なるほど、ワールドカップ見て勇気もらったみたいな感じなんだろうか。そう言ってみると先生は更に呆れた感じで「そうかもね」と言った。おい、そのダメな子を見る目をやめろ、そういう説明だったろ今の。

 でも、そっか。俺の行動にはちゃんと意味があったのか。みんなを悲しませてしまったけれど、それでも少しは意味があったんだ。それなら、少しはやってよかったのかもな。……二度もあんなことしたら今度はお説教じゃ済まなそうだからもうやらないけど。たぶん。

 

「“ナナシ?”」

「……いえ、なんでもないです」

 

 急に黙った俺を心配したのか、先生が名前を呼んできた。

 

「ただ、後悔だけの『選択』でもなかったなって」

 

 先生は俺の言葉に少しだけ目を丸くしてから、静かにほほ笑んだ。

 

「“そっか、よかったね”」

 

 その言葉を聞いて勉強に戻ろうとする俺へと、先生は「それと」と言って言葉を継いだ。

 

「“遅くなったけど、お疲れ様。よくがんばったね”」

 

 ……急に言うのはズルじゃん?赤くなった顔と緩んだ口元を見られたくなくて、俺は必死に机にかじりついた。

 

 

 

 side:先生

 

 トリニティの校舎を歩く。補習授業部のみんなとナナシが居る合宿所を出た私は、試験用紙を届けるため本校舎へとやってきていた。歩きながら、少し考える。補習授業部について、ナナシについて、ミカについて……そして、ナギサについて。

 補習授業部のみんなは、今のところ特に問題ないと思う。ナナシが倒れたときは少しだけ不安定になっていたけれど、ちゃんとナナシと話したことでそれもなくなった。むしろ勉強に対して意欲的になっているし、ハナコに至っては今まで作っていた壁のようなものが少しだけ薄くなったように感じる。全体的に良い傾向だ。唯一、ミカが『トリニティの裏切り者』だと言っていたアズサだけが少し心配だ。本当に分かりづらいけれど、彼女はどこか思い詰めている様子にも見える。恐らくはナナシのことが関係しているんだろうけれど……それも、補習授業部のみんなとナナシが解決してくれるはずだ。そこまで考えて、思考を次に回す。

 

「“ナナシ……”」

 

 ナナシ。謎ばっかりで純粋な私の生徒。自分を犠牲にするような作戦を提案したときには自暴自棄になったんじゃないかと疑ってしまったけれど、あれはたぶん成長だ。それも肉体的なそれではなく、精神的な。きっと、みんなのために何かしたくなったナナシの選んだ手段があれだったんだろう。やり方が正しいとは今も思えないけれど、一概に間違っていると否定することもしたくなかった。彼女(彼?)の選択を否定してはいけない気がしたから。だからみんなとちゃんと話すことを条件に許可したんだけど、私は正直ナナシの覚悟を見誤ったんだと思う。実を言えば、本当に倒れるまで守るとは思っていなかった。ナナシは私のことを尊敬しているようだけれど、私の『選択』だって反省だったり後悔だったりばっかりだ。アビドスでも、ゲーム開発部のみんなとの冒険でも、「こうしていれば」「ああしていれば」なんて考えてばかり。……それでも、『先生』として堂々とお手本で居なくちゃいけないのは、少しだけ大人の辛いところだ。

 

「“今考えることじゃない、か”」

 

 逸れた思考を自覚して、廊下から窓を見る。窓は、トリニティの品が良い庭園を映し出していた。そう、私自身の事を省みるのはいくらでも出来る。今は生徒たちの事だ。

 

「“ミカは、なにを考えているんだろう”」

 

 聖園ミカ。このトリニティの生徒会であるティーパーティーの一人で、やっぱり何を考えているのかわからない私の生徒。合宿3日目の朝、わざわざ私に会うため合宿所までやってきて、そして色々と教えてくれた。アズサがナギサの探している『トリニティの裏切り者』であること、そんな彼女を守ってほしいこと。ナギサがエデン条約を武力として振りかざそうとしていること。

 けれど、ミカがしてくれたエデン条約の説明には不可解な点がある。それは、エデン条約が武力を振るえるようなものではないということ。ゲヘナに美食研究会を引き渡したときヒナから聞いた説明は、エデン条約は飽くまで「平和条約」に過ぎないということ。あのあと私自身も色々と調べてみたけれど、確かにゲヘナと手を組むというよりは不可侵を約束するような内容が目立った。なのに、ミカはナギサの目的を武力にあると言っていた。直接どうしてそう思ったのか聞こうとしても、なぜかミカと連絡を取ることが出来ていない。そして、なにより。

 

「“……大丈夫かな、ミカ”」

 

 あの日話したミカは、どこか焦っているような、助けて欲しそうな子どもに見えた。けれど居場所もわからず連絡もつかない以上、今はどうしようもないと……もうすぐに直面する問題へと思考の焦点を合わせる。

 

「“まずは、話を聞かないとね”」

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そしてやはり私の生徒である……ナギサへと。

 

 

 

 side:ナギサ

 

 困惑。そう、私は困惑していました。なぜ、どうして。そんな言葉が浮かんでは消えてを繰り返します。原因は目の前にいる一人の大人──シャーレの先生。

 

「“試験用紙を届けに来たよ、ナギサ”」

 

 胸中の動揺が表情に出ないよう、努めて冷静に紅茶を口に運びます。それから、同じく冷静に、言葉を間違えないよう挨拶を。

 

「……ええ、いきなりお呼び立てして申し訳ありません。やはり大事な試験用紙、万が一があってはいけませんから」

「“そうだね、私も気を遣ったよ”」

 

 席を勧めれば、先生は素直に着席してくださりました。私が呼んだのですから、彼がここに居ること自体は別段不思議でも不可解でもありません。ただ一つ、彼が手に持っている試験用紙。今頃は灰になっていなければならないそれが、まだ形を保っていることが不思議なのです。

 部下からの報告は聞きました。しかしそれは『爆発はしたが失敗した』というただそれだけ。ゲヘナに長く居ることを嫌った彼女が、人づてに聞いたのだろう短い報告のみ。私はそれを聞いて、一人二人の試験用紙が燃え残ったのだろうと、そう判断しました。ですが、先生から来た連絡は「全員分の試験用紙を渡したい」というもの。事実、目の前にある試験用紙は灰になるどころか煤のひとつもついていません。

 どのような方法で私の策を回避したのか。もはや部下の報告はアテにならないと判断し、直接探りを入れるため呼び出しましたが……条件を付けず素直に応じることも、護衛もなく一見何の備えもしていないことも予想外。もう一度紅茶を口に運び、そして口を開きます。

 

「それにしても災難でしたね。私の方でも気を付けてはいたのですが、()()()()()()()()で試験内容に変更があったようでして」

 

 どうやら気付くことが出来たようでよかったです、と笑顔を張り付けて言葉を吐きだす。先生は当然それを信じている様子はありませんが、彼の視点では証拠がありません。彼も、静かに紅茶を飲んでから口を開きました。

 

「“ナギサの力で、今からでも元に戻すことは出来ないかな”」

「申し訳ありません。私でも既に決まったことを覆すのは難しく……」

 

 これは本当です。既に行ったことを覆せば当然実行した方から反対されますし、試験会場ならともかく、そう何度も試験範囲や合格ラインを変えることはできません。戻す理由もありませんが、嘘は少ない方がいいですから。それを聞いて特に意外そうな顔をすることもなく頷いた先生。……あまり長く居場所が割れている状態を作りたくはありませんから、もう探りを入れてしまいましょう。

 

「それより、他に()()()()()などはありませんでしたか?」

 

 先生は手に持っていたティーカップをソーサーに戻しました。

 

「“実は、試験会場が爆発しそうになっちゃって”」

「まぁ!」

 

 我ながら白々しいと思いつつも、手を口の前に持ってきて驚いたポーズを作ります。

 

「“でも、ナナシが頑張ってくれてね”」

「ナナシさん、というと……たしか、シャーレ専属の生徒さんでしたか」

 

 なるほど。恐らくは補習授業部でないその生徒を使って妨害をしたのでしょう。思えば彼女はあくまで『特別枠』。欠席していても補習授業部の合否に影響はありません。ならば次の試験では念のため彼女も合否に影響するよう試験内容を変更して……。

 

「“だから、ナナシの結果も合否に含めてほしくて”」

「…………はい?」

 

 今、この方はなんと?私の耳が確かならばたった今私が行おうとした策を、自ら求めたように思えるのですが。

 

「どういうつもりですか?そんなことをすればあなたが不利になるのはわかりきっているはずです」

「“でも、()()()()()()()でしょ?”」

 

 そう言って笑顔のままこちらを見つめる先生。意図が読めない。意味がわからない。なにもかも不可解。発言の意図を噛み砕く私を後目に、彼は「それじゃあ」と言って立ち去ろうとしています。

 

「待ってください!一体どうしてこんな……」

「“信じてるから”」

 

 その言葉を聞いて、私は自分の居る場所がぐらりと揺れたような錯覚を覚えました。カッと頭に血が上ったような、あるいは青ざめたような不思議な感覚。

 

「“私は補習授業部の事も、ナナシの事も信じてる”」

「どういう……」

「“ナギサ、改めて言うね”」

 

 透徹した瞳で、彼は静かに私を射抜きます。どこまでも人を安心させるような、そんな笑みを湛えたまま。

 

「“君を、疑心暗鬼の闇(そこ)から救い出してみせる”」

 

 聞いて、一瞬でも縋りそうになってしまった自分を自嘲します。あふれ出しそうになった感情を抑え、凍てつかせて、目の前の大人と対峙して。

 

「……そうですか。では、応援していますね」

 

 ようやっと吐き出したその言葉が本心から出たものなのか、私にはもう分かりませんでした。先生はその言葉を聞いて、背中越しに手を振って退室していきます。扉が閉まるまで、私は彼から目を離すことができませんでした。

 

 その夜、浦和ハナコを除く全員が合格ラインに遠く届かないという採点結果を聞き、余計に意味がわからないと頭を抱える羽目になることを、私はまだ知りません。




先生は割とナナシのことを信頼してます
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