誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
さて、無事に先生と感動的な出会い(出待ち)を果たした俺だが、現在非常に居心地が悪い。なぜって、やることがないからだ。いや、待ってほしい、そんな目で見ないでほしい。考えてもみてくれ、ここはシャーレだ。部活などと銘打たれてはいるが、実質的に内政の一環を担うような組織だ。つまり、会う人会う人みんな仕事をしている。そんな空間でなにもしていない人間のどれだけ居心地が悪いことか。窓際部署の辛さというものがよくわかる。やっぱり社会って怖いな、戸締りしとこ。いま戸締りするような家持ってないけど。
しかも、俺は頼みごとをして業務を増やした立場だ。どう考えても厄介事を持ち込んだにも関わらず、なにもすることがないのだ。ああ、文化祭でハブられてなにもすることがなかったあの日を思い出す。「なんでこいついるの?」「なんもしないなら出てけよ」みたいなあいつらの目を。もう、なんか、なんか靴磨きとかでもいいからさせてもらえないだろうか。今なら艶々のテッカテカにする自信がある。
そんな苦悩を努めて表情に出さないよう頑張っている俺がいるのは、シャーレのカフェだ。隅っこの席に座ってちゅうちゅうとジュースを啜っている。もともとはオフィスに居たんだけど、なんか先生がここで使えるというチケットみたいなのを渡してくださり「カフェで待ってて」と言ってきたのでそれに従った形だ。ゲームではトロフィで埋める部屋として使っていたカフェだが、ここは落ち着いた内装のザ・カフェといった雰囲気になっている。うう、おしゃれだ。すごくおしゃれだ。おしゃれな雰囲気で俺の中のなにかがガリガリと削れる音が聞こえる気さえする。端っこの席に居てさえこれなので、窓に面した席へ座った日には即死してしまいそうだ。ちゅうちゅうとジュースを啜っていると、ふと視線を感じた。
ほかに人はいなかったはずだけどな、と思いつつジュースから顔をあげる。カラン、とコップの中の氷が音を立てた。
「じー……」
「……」
もう視線とかじゃなく、目の前でじっと見られていた。それも、ゲームの中で幾度となく見たことのある少女に。異常ともいえるほど長い髪を一部引きずっており、それでも髪が輝きを失わない神秘性。蒼い瞳の中には同心円状の模様があり、薄く輝いているようにさえ見える。そしてなにより目を引くのは、その華奢な体躯に見合わぬ巨大な武器──レールガン。いや、事実神秘が宿ってるんだろうし、比喩的な意味でもなんかキラキラした目線が来てるし、レールガンについては『光の剣スーパーノヴァ』って名前まで知ってるんだけどさ。
要するに、ブルーアーカイブメインストーリーVol.2のメインキャラofメインキャラの天童アリスちゃんだ。ネット上ではメカガキだの天然畜生だのと言われていたキャラだが、侮るなかれ。彼女の精神性は真に勇者足るものがある。最終章では本当に泣かされた。というか、彼女が関わるストーリーでは全部泣いた気がする。絆ストーリーはさすがに大丈夫だったけど。
いや、そんな呑気に振り返っている場合じゃない。俺はキャラとしての彼女のことは大好きだが、同時にメインキャラの中でも関わっちゃいけない度は高めだと判断している。別に彼女の性格自体に問題があるというわけではないんだけど……以前も言った通り、俺はバタフライエフェクトでこの世界がバッドエンドに陥るのがとても怖い。そして天童アリスはメインキャラの一人、というか、下手をすれば彼女自身がこのキヴォトスを滅ぼしかねないのだ。細かい説明は省くが、以前に言った「クソゲーで人格壊さないとバッドエンドになるアンドロイド」が彼女だ。ここに居る時点でクソゲーに脳を壊されているのは確定だから、そこはもう気にしなくていいけれど。ただ、それでも彼女の行動ひとつでこの世界が危なくなりうる場面というのはある。だから、できるだけ関わらないようにしたい。穏便に、できるだけ穏便に。空気と同レベルで、記憶に残らないよう、『シャーレのモブC』、いやDくらいの認識で済ませる必要がある。
無視し続ける?無理だよ、心苦しいし、今もうすでに目が合ってるもの。さ、対応を間違えるなよ、俺。つまらない奴として処理されるよう頑張るんだ。いつも通りの対応をすればいけるいける!
「えっと、あなたは……?」
「はい!アリスは勇者アリスです!」
俺の誰何に、自信満々に答えるアリス。いや、かわいいな。自ら勇者と名乗るということは、今はゲーム内でもよくやっていたクエスト探しの最中なのだろう。これで「そうですか、がんばってくださいね」と返せば会話終了だ。いやぁ、長く苦しい戦いだった……。アリスは強敵でしたね(RTA並感)。
「アリスは名乗りました!あなたのターンです!」
アリスは強敵ですね(1敗)。いや、そんなことを考えてる場合じゃない。どうする?今の俺名無しだぞ。名乗る名前無いぞ。かといって馬鹿正直に記憶喪失と答えてしまえば……。
『実は記憶喪失なんですよ、ハハハ』
『それは大変です!アリスがなんとかしてあげます!アリスはクエスト「少女の記憶を取り戻せ」を受理しました!』
『えっちょ』
『ぱんぱかぱーん!名無しの少女がパーティに加入しました!』
『待っ』
『さぁ行きましょう!クエストの基本は探索です!』
となる。抵抗しても普通に腕力で運ばれそうだし、対人経験の薄い俺にきっぱり断るだなんていう高等テクニックは無理だ。つまり正直に答えてはいけない。かといって偽名を使うと先生とエンカウントしたとき困る。多分だけど、生徒に嘘をつく人間の好感度とか駄々下がりもいいところだ。
つまり、俺に残された選択肢は『ナナシと名乗る』、この一択!
「俺はナナシです。勇者さん、がんばってくださいね」
完璧、完璧だ。俺ならここから会話を繋げるなんていうことは無理!不可能!逆立ちしたってできやしない!数秒後には「はい!」と言って元気にここを去っていくアリスの姿が見られるだろう。
「!」
……で、なんでアリスちゃんは語録を見つけたときの顔(風評被害である)してるの?なんで?もう会話は続かないはずだぞ。彼女はここから去る気配など一切なく、真剣な表情でこちらを見つめている。えぇ、これどうすればいいんだ?
「えっと、アリスさん?どうかされましたか?」
「特殊クエストを待っています!」
「……いや、たぶん俺からは受けられないですよ?」
「いいえ、アリス知ってます!意味深な名前のキャラはたいてい特殊クエストを持っているんです!モモイが言ってました!」
はい!俺、モモイを殴ります!……じゃなくて。困った、先生の好感度を下げるリスクを背負ってでも偽名を使うのが正解だとはこの俺の目を持ってしても見抜けなかった。いやそんな場合じゃないな、これバッチリ認識されたじゃん。どうしよう、とりあえずアリスちゃんをこの場から、というか俺から離れさせるには……。
「えっと、よくわかりませんが、特殊クエストを受けるにはなにか条件があるんじゃないですか?」
「!」
「ですので、いろいろと条件をそろえてから来るのはいかがでしょう」
「むむむ……」
俺の出まかせに考え込むアリス。ど、どうだ?いけるか……?
「わかりました!」
お、どうやら上手く行ったようだ。ホッと胸を撫でおろす。アリスちゃんは「では!」と元気に言って、パタパタとカフェの入口へ走り去っていった。よかった。いや、名前覚えられちゃったからよくはないんだけど。
「ちょっと待っててください!」
「……え?」
チョットマッテテ?ちょっと待っててと言ったのか?つまり、またすぐにここに来ると。……まずくね?慌ててジュースを飲み干し、ここから出る準備をする。アリスちゃんには悪いけど、世界が滅ぶよりずっとマシだと思うのでトンズラこかせてもらおう。がちゃがちゃと立ち上がろうとしたところで、外からなにか声が聞こえてきた。
「アリス、ちょっと待ってってば!」
「待てません!きっとあれはランダムエンカウントのレアキャラです!」
「またお姉ちゃんが変なこと教えるから……」
「私のせい!?」
き、聞こえる……Pixel Time が聞こえる。思わず固まってカフェの入口を見る。カランカラン、と音を鳴らして入ってきたのは、アリスちゃんと、それから背格好のよく似た二人。色違いの猫耳ヘッドホンを着け、ミレニアムの制服に身を包むその姿。まぎれもなく才羽ミドリと才羽モモイだった。いや、ちょっと待ってくれよ。花岡ユズ以外のゲーム開発部勢ぞろいじゃんね。もう逃げられないじゃんね。あ、アリスちゃんがこっちに気付いた。
「あ、居ました!ナナシ、パーティメンバーを揃えてきました!」
「わ、あなたがナナシちゃん!?ふむふむ……確かに特殊クエストが受けられそうな雰囲気はあるね」
「ちょっとお姉ちゃん、初対面の人に失礼でしょ。あ、すみません、私は……」
……そういや、魔王からは逃げられないんだったな。
〇
ゲーム開発部とは、ミレニアム学園という優れた科学技術を持つ学園に存在する、天童アリスが所属する部活だ。ブルーアーカイブのメインストーリーVol.2において主役を張る部活であり、最終編と呼ばれる物語のなかでも大きな活躍を見せた。実質的にキヴォトスの危機を一度救っている部活でもある。
活動としてはその名の通りゲーム開発をする部活なのだが、実績の内訳がもうそこらの特殊部隊より特殊部隊している。もう先生直属の部隊として活躍しても誰も文句言わねえんじゃねえかなってレベルの活躍を見せたゲーム開発部。
当然、そんな救世主部隊に俺が関わっていいわけがない。ないのだけど。ゲーム開発部には、ひとりコミュ力オバケがいる。本人が望めば誰とでも仲良くなる、もうそういう神秘を持っているんじゃないかっていうくらいの存在が。そんな存在とコミュ力ゼロの優柔不断人間が出会えば……。
「それでね、そこで先生が……」
「えっ、そんなことしたのか!?」
「ふふん、先生、実はちょっと抜けてるところあるからね!」
「はい!先生は魅力だけのユニットです!」
「アリスちゃん、誰もそこまで言ってないと思う……」
俺はすっかりゲーム開発部にほだされてしまったというわけだ。敬語もやめた。いや、違うんだ。話を聞いてほしい。だって無理じゃん、無碍に扱うとかできないじゃん。俺彼女たちのキャラすごく魅力的だと思ってるし。ぶっちゃけ推しだし。で、強く拒絶できなかったらその隙をモモイとかいうコミュ力オバケに突破されるじゃん。初手で敬語なんていいよ!は強すぎる。抵抗はしたけど、敬語に慣れてるわけでもないしすぐやめちゃった。やっぱ会話が始まった時点で詰んでたんやなって。ていうかこの子たちいい子過ぎて会話が楽しいんだけど。久々の感覚で胸がダンシングなんだけど。
今は四人掛けのテーブルに席を移し、俺とモモイが並んで、アリスとミドリと対面している状態だ。ふと、モモイがなにかに気付いたような顔になる。
「そういえば、ナナシはどうしてここに来たの?」
「たしかにシャーレだと初めて見るね」
「あ~……」
モモイの質問に、ミドリが乗っかってきた。アリスも興味津々な様子で俺を見ている。俺は新しく注文したオレンジジュースを見ながら、どう答えたものか考える。考えて、結局嘘はつかないことにした。
「ちょっと先生に相談事をしに来たんだよ」
「相談事……?」
首を傾げる才羽姉妹に頷きを返す。
「大したことじゃないよ、ちょっと調べものを頼んだだけ。今はその結果を待ってて……」
「“ナナシ、調べ終わったよ。……って、あれ?” 」
噂をすればなんとやらだ。声のした方を向けば、先生がカフェに入ってくるのが見えた。正直なところ、これ以上は相談事の内容にまで踏み込んで話す流れになりそうだったから先生の登場はとても助かる。すごい良いタイミングで現れたし、やっぱ主人公で救世主なんだなって。この世界だとそういうフラグとか働くのかな。
「あ、先生!遊びに来たよ~!」
「すみません先生、私は忙しいだろうからって止めたんですけど……」
「そんなこと言って~、ミドリが一番行きたそうにしてたじゃん」
「ちょっとお姉ちゃん!」
先生は才羽姉妹の漫才を見てほほ笑んでから、申し訳なさそうに「ごめんね、ちょっと待ってて」と言った。それから俺の方を見る。かなり早いけど、どうやら調査が終わったみたいだ。居住まいを正して、敬語になる。目上の人間で、しかも俺は
「“ナナシ、調べ終わったからちょっと来てくれるかな” 」
「はい、わかりました。ごめんみんな、出来るだけ早めに終わらせるから少しだけ待ってて」
「うん。あ、先生、私たちもちょっとは話聞いてるからぜんぜん大丈夫だよ!」
「ナナシちゃん、お姉ちゃんの言う通り私たちのことは気にしないで話してきていいからね」
「はい!クエスト開始までに時間がかかるタイプですね!アリス把握しました!」
アリスちゃんだけちょっとズレた返事だったけど、やっぱりみんないい子たちばっかりだ。ミドリ、ネットで才羽姉妹の卑しい方とか言ってごめんな。頭の中で謝罪し、口に出してお礼を言ってからカランカランとドアベルを鳴らしてカフェを出た。
ふぅと息を吐いて、意識を切り替える。談笑していたものから、事務的なものへと。本来俺はこの世界にいない異物。線引きはしっかりしていかないとな。……ゲーム開発部ともこれっきりにしないといけない。寂しさがないと言えばウソになってしまうけど、まあ世界が滅ぶよりはずっとマシなはずだ。
「“楽しかった?” 」
「……はい。とても楽しかったです」
「“なら、話が終わったら一緒に遊んでいかない?” 」
先生からの提案に、ちょっと驚く。驚いて、でもやっぱり断る。先生が驚いたような顔をするけれど、そんなに意外だろうか。俺はここだと……いや、ここでも招かれざる客なのに。
「“どうして?楽しかったんなら……” 」
「えっと、それも含めて話しませんか?あまり、ひとに聞かれたい話でもないので……」
適当に誤魔化して、廊下を進む。これ以上追及されたくないですオーラを先生は敏感に察知してくれたらしく、これ以上の追及はなさそうだ。流石は距離感取りの鬼だ、なんというか、油断すると頼りそうになる雰囲気があるなぁ。そうこうしているうちに、初めに通された部屋へと着く。ドアを開けて、深呼吸。
さて……俺の身の振り方を決めていかないとな。
2024/4/08 モモイ→ナナシの呼び方を「ナナシちゃん」から「ナナシ」へ変更