誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
「こ、ここまで多いなんて……」
「大隊単位だ。多分、アリウスの半数近くが……」
先ほどまでの戦闘痕が色濃く残り、ところどころ床が剥げた体育館。そこに、大勢の人間が行進しているような音が響いていた。というか、実際に大量のアリウス生徒たちが所せましとひしめいてる。この様子だと、たぶん逃がさないように体育館……なんならこの合宿所全体が包囲されているんだと思う。よく考えなくても絶望的だ。
一応、体育館自体に入れる数には限りがあるから全員と真正面から戦うってわけじゃないけど……それでも悪い状況なのには変わりない。俺たちだけでこの数を殲滅するのは物理的に不可能だ。どんなに上手くやっても弾薬が足りない。
「こ、こんなに敵がいるのに正義実現委員会が動かないの……?」
「それは仕方ないよ」
コハルの声に、ひしめくアリウス達の奥から返事があった。見れば、ガスマスクと褪せたような白のフードで統一されたアリウス集団の奥から誰か歩いてきている。不釣り合いなほどに、白々しいほどに白いティーパーティーの制服に身を包み、薄い桃色のロングヘアを靡かせながら歩く人物。
「“……ミカ”」
先生が低く呟いた。そう、聖園ミカ。桐藤ナギサと同じトリニティの
先生には事前に伝えてあったんだけど、やっぱりショックだったみたいだ。先生と聖園ミカは数回会っているから、先生にとっては気づけなかったことが悔しいのもあるんだろう。
「やっ、久しぶり先生。また会えて嬉しいんだけど、なんか反応薄くない?」
気づかれてた様子はなかったんだけどな、なんて言いながらイタズラが失敗した子どものようにブーブー言っている。その無邪気さがこの場に不釣り合いで、どこか不気味さを醸し出していた。
「あっ、そうそう。正義実現委員会なら動かないよ。
「“どうして、そんなことを?”」
聖園ミカは先生の質問に一度きょとんとしてから、心底おかしくてたまらないという風に笑った。嘲笑するように、愚弄するように、馬鹿にするように。
「あははっ。どうしてって、もう分かってるんでしょ?」
彼女はそこまで笑い混じりに言った。それから一度息を吐くと、すっと口角だけを上げる笑いを作った。
「ナギちゃんを襲うためだよ」
先生が息を呑んだ。いや、違う。俺も息を呑んでいた。その一言は、さっきまでの無邪気な言葉とは毛色が違い過ぎた。どこか覚悟したような、けれど迷っているような、そんな複雑な感情の混ざり合った声色。でも、これで確定した。彼女は、原作通り敵として現れたということが。
「まっ、わかりやすく言うなら黒幕登場☆ってところかな?」
聖園ミカは嗤う。元の無邪気な調子に戻って、「これでわかったでしょ?」と。
「私が
体育館の窓から差し込む月光が弱まった。雲に隠れたのか、地平線に沈んだのかはわからない。
「そういうわけだから、ナギちゃんをどこに隠したのか教えてくれる?私もそんなに時間があるわけじゃないからさ」
そう言ってから、まあここに居る全員を消し飛ばしてからでもいいんだけど、なんて当然のように付け加えた。俺は知っている。このセリフが誇張でもなんでもなく、彼女にとっては簡単に行えることだと。もちろん、それは先生の指揮がなければという但し書きは付くけれど。
それでも彼女が十分な実力を持っていることには変わりない。ギリ、といつのまにか銃を握る手に力が籠っていたことに気付き、それを緩める。落ち着け俺、今すぐに戦うわけじゃない。俺たちは時間を稼ぐべきなんだ。俺の様子を横目で見てから、先生が聖園ミカに声をかけた。
「“ミカ、どうしてこんなことをしたの?”」
「え?その質問はさっき……って、あぁ違うか。うん、先生が聞くんなら答えてあげようかな☆」
そこで彼女は、底冷えするような目の色になった。それを見て、俺はなんとなく「正気じゃない」という文言が頭を過った。それだけ、今の彼女には鬼気迫るものがあった。
「それはね、ゲヘナが嫌いだからだよ」
言葉が続く。
「私は本当に、心から……心の底から、ゲヘナが嫌いなの」
自分に言い聞かせるようにそう言う彼女の瞳には、もう俺たちの姿なんて映っていなかった。きっと、先生の姿でさえも同様に。何も映さないその瞳で、彼女は理由を口にした。
「そんな奴らなんかと平和条約なんてゾッとしない。絶対裏切られるに決まってる。背中を見せたら刺されちゃうよ」
彼女はそこで言葉を区切り、小さく、本当に小さく「そんなこと、させるわけにはいかない」と呟いた。
「っとと、ごめんごめん。ちょっとお話しすぎちゃったかな。……そういうわけだから、ナギちゃんを返してくれる?大丈夫、痛いことはしないから」
きっと、彼女の言葉は本当だ。ゲヘナが憎いというのも、桐藤ナギサに危害を加えないというのも。きっと、嘘は言っていないんだと思う。でも。それは本当を言ってるってことじゃない。さっきの言葉で確信できた。やっぱり聖園ミカは、彼女は悪人じゃない。まだ引き返せる。
「み、ミカさん!」
俺の言葉が、震えた声で発されたそれが嫌に大きく響いた。ちょ、ちょっと声大きかったかな。全員の注目が俺に集まっているのを感じる。尻込みしそうになるのを、手をぎゅっと握って耐える。
「み、ミカさんは……守るためにやったんですよね」
俺の言葉に、心底驚いた様子でぽかんと口を開ける聖園ミカ。それから大きくため息を吐いて、呆れたように身体ごと下を向いた。
「はぁ。たぶんあなたがナナシちゃん、だよね?先生から聞いてバカな子なんだなとは思ってたけど、ここまでバカだとは思ってなかったなぁ……」
聖園ミカはそこで言葉を区切り、「私もここまでじゃないよ」ともう一度ため息を吐いた。あの、そんなにバカバカ言わなくてもよくないですか?って、そうじゃない。ここで誤魔化されたらダメだ。
「っ、でも、言ってたじゃないですか。『裏切って背中を刺されるなんて、そんなことさせるわけにはいかない』……って」
俺の言葉に、ピタリ、と。身体を傾けたままの姿勢で固まる聖園ミカ。そう、彼女は言っていた。「そんなことさせるわけにはいかない」と。「そんなこと」は、きっと桐藤ナギサが裏切られてしまうことだ。それで、彼女が傷つくことだ。
「それは、桐藤ナギサさんを『裏切り』から守りたかったからじゃ、ないんですか」
もちろん矛盾はある。それなのに桐藤ナギサを襲おうとしていることなんて、その最たる例だ。でも、俺は
「ミカさん、百合園セイアは……」
「生きている」と、そう言いかけた瞬間、ダンッ!と銃声が鳴り響き、俺の頬を何かが掠めた。思わず固まった俺の瞳に、俯いたままこちらに銃口を向けている彼女の姿が映る。俺を心配してくれたのか、ヒフミが俺の名前を叫ぶのを遠く聞いた。
「あははっ、流石に見ないで当てるのは無理だったかな。でもさ、そこのナナシちゃん?が悪いよね、勝手に私の本心を決めつけてさ」
そこまで言って、彼女はゆっくりと顔を上げた。その顔は、表情は。なんの感情も映さない、張り付けただけの笑顔だった。
「うん、そうかもね。私はナギちゃんを守りたかったのかもしれない」
「私はみんなを守るためにエデン条約を阻止しようとしているのかもしれない」
一度、言葉が区切られる。聖園ミカは嗤う。無邪気に、けれどどこか決定的に壊れた様子で口角を釣り上げる。その先を言わせてはいけない気がして、しかしカラカラに乾いた喉は、声を発することができなかった。
「私はそのために、セイアちゃんを殺したのかもしれない」
決定的な言葉だった。全員が息を呑む音が響く。それだけ、今の言葉には重みがあった。
「私はそのために、アリウスと手を組んでクーデターを起こしたのかもしれない」
「私はそのために、そこにいる白洲アズサをスケープゴートにするのかもしれない」
「私はそのために、ゲヘナを滅ぼそうとしているのかもしれない」
彼女は朗々と読み上げる。教科書を音読するように、自分の犯した罪を、犯そうとしている罪を読み上げる。
「あははっ、『守るため』にこんなことするなんて……とっても素敵な美談だよね?」
「“ミカ……!”」
先生が彼女の名前を呼んだ。どうして呼んだのか、その理由は判然としない。きっと無意識なんだと思う。それだけ、今の彼女は危うく見えたから。
「ああ、ごめんね先生。本当はもっとお話したいんだけど……まずは色々と邪魔なのを片付けてからにしよっか?」
「っ!!」
その一声で聖園ミカの背後に展開していたアリウスが一斉に銃を構える。こちらも慌てて身構えた。このまま聖園ミカが突っ込んで来れば俺たちに勝機はなくなる。彼女が俺たちをかく乱し、そこをアリウスの数の暴力で叩かれれば、きっとひとたまりもない。
「ま、とりあえずこの子たちと遊んでてよ。私はナギちゃん探してるからさ☆」
けれど聖園ミカはアリウスに任せることを選んだらしい。……ひとつめの賭けには勝った。聖園ミカの勝利条件は桐藤ナギサの奪取だから、なにも正面から戦う必要はない。ハナコが「体育館に隠してある」という情報をアリウスに流した(というか、そう推測されるよう仕向けたらしい)から、十中八九聖園ミカは探しに出る。アリウスが先に発見してしまえば桐藤ナギサは死んでしまう可能性が高いからだ。俺とハナコの予想は当たっている。やっぱり彼女は、桐藤ナギサを守ろうとしている!
とはいえ、本当に探し当てられてしまえば俺たちの方は勝利条件の『桐藤ナギサを守り抜く』をクリアできない。だから、聖園ミカを足止めする人員が必要だ。そしてその適任は……。
「“ナナシ、ミカを任せたよ”」
「……はいっ!」
謎に硬い俺しかいない。時間稼ぎだけなら実績もあるし、なんなら倒せるかもしれない
──作戦開始だ。