誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
夜の体育館をひた走る。みんなとアリウスの戦闘音が背後から響くのを努めて無視しながら、恐怖でもつれそうになる足を必死に動かす。時折顔のすぐ横を流れ弾が突き抜けていくのを感じて、それでも走る。目指す先は体育館の奥へと動き出した聖園ミカの目の前だ。
走りながら、頭の中で自分のするべきことを復唱する。俺の役割は彼女を足止めし、時が来るまで桐藤ナギサの発見を阻止すること。策はあるけど、それが上手く行くとも限らない。油断しないように気を付けて……可能なら、倒す。
「あれ?もしかして一人?」
考え終わると同時、聖園ミカの目の前に躍り出て銃を構える。彼女は一人で飛び出してきた俺を見て心底不思議そうにするだけ。銃を向けられているにも関わらず、警戒しようとさえしていなかった。その態度に明確な力量差を感じながらも、ぎゅっと銃を握る力を強めてひるまないよう覚悟を決める。
「あなたを……倒します」
「あははっ、むりむり☆見るだけで素人だってわかるもん。あなたが何人居たって倒せっこないよ!」
奇跡でも起きれば話は違うかもしれないけど、なんて言いながら、聖園ミカはゆっくりと動き始めた。身がすくみそうになるのをなんとか堪えて、確実に俺に意識が集中する瞬間を待つ。フラッシュが最も効果的に放てる瞬間を。
しかし、聖園ミカの動きは俺の予想なんかよりずっと速かった。彼女は素早く片手のみで銃をこちらに向けると、その
「わっ、ビックリした~。まさか銃からフラッシュが出るなんて」
しかし、狙いがズレたせいでその効果は驚かせるだけに留まった。留まってしまった。俺は低く呟くように「ミレニアム製なので」と返して……ヤバイ、ここからどうしよう。なんとか表情に出さないよう努めているけど、正直内心めちゃくちゃ焦ってる。俺の『パーフェクトガーディアン』はもともと護身用にデザインされている銃だ。一発で相手の行動を封じ、その隙に逃げ出せるように作られている。それすなわち、ほとんどの機能が一発きりということ。
それはフラッシュ機能も例外じゃない。一発撃ってしまうと次に放つまでに少しばかり……十数秒とか数十秒くらいのクールタイムが必要になる。あまりバンバンと連発できるものじゃないのだ。今日は結構使ってるから、たぶんクールタイムは二十秒くらい。今モードを切り替えるのは悪手だから、その間俺が聖園ミカに対し取れる対抗策は肉弾戦のみ。それがどれだけ無謀かは、前の世界で彼女が「ゴリラ」と揶揄されていたことから伺える。
「それに、思ったよりずっと硬くて驚いちゃった。硬さだけなら私よりずっとすごいんじゃない?」
「……それが取り柄なので」
なんとか時間を稼ぐため彼女の言葉に返答してみるけど、どう考えても話題が膨らむそれじゃない。コミュ力の低さがこんなとこで仇になるとは思わないじゃん!
「うん、でもわかった」
俺が自分のコミュ力の低さを嘆いていると、聖園ミカが唐突にそう言った。え?わ、わかったってなにが?まさか策に気付かれたわけじゃないよね?冷や汗をかく俺を気にも留めない彼女は、ひとり言葉を継ぐ。
「フラッシュと異常なくらいの硬さ。確かに足止めには最適解かもね。でも、それだけで私を止められると思ってるなら……」
甘いよ。その声が聞こえたと思った瞬間、ドンっと音がして俺の全身に強い衝撃が走った。その衝撃に混乱する暇もなく、自分の足が地面についていないことに気が付く。それから、首のあたりを掴まれている感覚があることにも。
そこでようやく現状を認識できた。俺は聖園ミカに首を掴まれ、持ち上げられていた。どうやら彼女は少なく見積もっても10mはあっただろう距離を文字通り
「すごく硬いみたいだけど、至近距離での連射ならどうかな?」
「っ……!」
左手で掴んだ俺の腹に銃を当て、引き金を引く聖園ミカ。さっきまでの比じゃない痛みが俺を襲うも、首を掴まれているせいで呻き声さえ上げることができない。ヤバイ、お腹への銃撃はまだ耐えられるけど、首を絞められているのがかなりまずい。呼吸が出来ない。気絶してしまったら作戦は全ておじゃんだ。
フラッシュで怯ませようにも、まだクールタイムが足りていな……いや、こうなったらもうイチかバチかブラフでもいいからやるしかない!!なんとか右手で持っていた『パーフェクトガーディアン』を持ち上げて、銃口を聖園ミカに向ける。
「っ!」
息を呑む音がしたと思った瞬間、視界に映る景色がものすごい速さで流れていくのを見た。ほぼ地面と平行に吹っ飛んでいるらしいと、どこか他人事のように感じる。首にあった圧迫感が消えているのと合わせて、「投げられた」と気付いた。気付いたのとどこかに身体が叩きつけられるのは、ほぼ同時だった。
「がっ!?げほっ、げほっ……!」
ガシャン!と大きな音が響いた。叩きつけられた衝撃で肺の中にある空気が全て抜ける。さっきまで首を絞められていたのもあって咳き込んでしまい、上手く息が吸えない。酸欠でくらくらする頭を押さえながら、なんとか周囲の様子を把握する。
どうやら体育館のステージ脇にある倉庫まで投げられたらしい。バスケットボールの入った金属製の籠や跳び箱、マットなんかが整理された状態で置かれている。扉とそのすぐ横の壁が崩れていて、どうやら俺はそこからダイナミック入室したらしいとわかった。
そこでふと、俺の耳が音を拾う。もうもうと入り口近くに立ち込める土煙の向こう側から、一人分の足音が近づいてきているのを聞いた。……どうやら、まだ彼女は俺の相手をしてくれるらしい。土煙を払うように片手で持った銃を薙ぎながら、聖園ミカが現れる。
「……桐藤ナギサさんを探さなくていいんですか?」
「もちろん探すつもりだよ。でもあなたが話してくれるならその方が早いでしょ?ホラ、負けたから情報をくれるって映画とかだと鉄板だしさ」
底冷えするような金の瞳でこちらを見下ろして、既に勝負はついたとばかりにカラカラと笑いながら彼女は言う。それから、彼女は俺の服の胸元を片手で掴んで持ち上げた。
「じゃ、早く教えてよ。ナギちゃんはどこに居るの?」
襟元が締まって、また少し息が苦しくなる。なんとか反抗の意を示そうと睨み返して……俺は、ここで初めて聖園ミカの目を正視した。その不安に揺れる瞳を、それを隠そうと、歪んだ笑顔の表情を。思わず固まった俺を、彼女は不思議そうに見ている。
ああ、そうだ。また忘れるところだった。違う、忘れてしまっていた。俺はいつも大事なことを忘れている。見落としている。彼女は、聖園ミカは
「っ、ミカ、さん……」
黙って、宙ぶらりんに吊られたまま考える。今度は時間を稼ぐ方法でも、彼女を倒す方法でもない。最初に宣言した通り、彼女を止める方法を。けれど、思えば俺は彼女のことをなにも
そんな状況で、俺は何をした?言葉尻を捕まえて、彼女の本心を勝手に決めつけた。百合園セイアが生きていると知れば止まるだろうと、彼女の覚悟を嘲笑った。怒られて当然だ。止まれないだけだ、なんて。それは勝手な決めつけなんだ。俺はそれを自覚すらしていなかった。
俺は、どうやって彼女を止めれば良いんだろう。言葉で止められるだろうか、説得できるだろうか。説得のための言葉を考えようとして、わからないことが多過ぎると改めて思う。やっぱり俺は、あまりにも彼女のことを知らな過ぎる。
なぜ彼女は百合園セイアを襲わせたのか。原作で殺す気はないと言っていたけれど、そもそも襲わせたのはなぜなのか。アリウスを手引きし、ティーパーティーの
俺は右手に握っていた『パーフェクトガーディアン』の銃口を、さきほどの焼き増しのように聖園ミカへと突き付ける。彼女はそれを気にも留めていない。
「なに?ブラフならもう効かな……」
「ごめん」
バンッ!と破裂音がしたかと思うと辺りを白い光が満たし、短い悲鳴があがった。そうだ。だから俺は、やっぱり彼女を……ミカさんを、力づくで止めなければいけない。少しキャラクターを知っている程度の俺じゃ、彼女の心に寄りそうことは出来ないから。だから、俺は俺の為に、俺の理由で彼女を止める。ふらふらと体勢を崩した彼女の手を逃れて、自分の足で立つ。
「ミカさん、もう一度言うよ」
それから視力が徐々に回復しつつあるのか、微かにこちらの姿を捉えているらしい彼女をまっすぐに見据える。今度は、間違えない。彼女は倒すべき敵じゃない。
「あなたを、
今は止めるだけで精いっぱいだ。でも、けれど。ハナコに、一番の友達に『全部救う』と宣言したからには。いつか彼女のことも救わないといけない。違うな、宣言したからってだけじゃなくて、俺がそうしたいんだ。俺は、誰も彼もが笑って迎えられるハッピーエンドが好きだから。
そうだ、彼女を止めて、試験に合格したら話を聞こう。わからないことを、教えてもらおう。怒られるかも知れないけど、嫌われるかも知れないけど。それでも、俺はそうしたい。
「じゃ、そういうことで!!」
ということで、身体ごとくるっと反転。ミカさんの視力が回復しきる前にその場から駆け出す。え?逃げるのかって、いやそりゃ逃げるでしょ。この人と正面から戦って勝つとか無理だもん。かっこ悪いのはわかってるけど、俺は別に物語のヒーローじゃないんだから。かっこよく正面から戦って勝つのには、あこがれるだけでいい。
だから、俺はみんなと用意しておいた
「よそ見するなんて余裕だね?」
俺がたった今通ってきた舞台袖の方から声が聞こえた。バッとそちらを振り向くと、ミカさんが目をこすりながらこちらに向かって歩いてきているところだった。回復が予想よりずっと早いことに歯噛みしながらも、どうにか時間を稼ぐために返事を考える。
「は、早すぎません?」
普通に正直な感想が出てしまった。ミカさんはどうでも良さそうにしながら「これでもそこそこ強いから」なんて返している。やっぱり俺バカだと思われてるよね、これ。
「ねぇ」
項垂れそうになるのを戦闘中だからと留めた俺に、ミカさんが声をかけてきた。
「さっき私を
それなのに、どうして?そう繰り返したミカさんは、本当に理解できない様子だった。あるいは、期待しているのかもしれない。
「俺は、あなたのことを何も知りません」
俺の言葉に、ミカさんが何を言っているのかわからないという様子で首を傾げた。当然だ、質問の答えになっていないし、これはどっちかといえば救わない理由だ。それでも俺は言葉を続ける。
「どうしてこんなことをしているのか、どうすれば止まってくれるのか、本当のことは何もわかりません」
そうだ、俺はミカさんのことを何も知らない。家族でも、恋人でも、友達でも……知り合いですらなかった俺じゃ、彼女の心に寄り添えない。だから。
「だから、ミカさん。俺があなたを止められたら、俺と友達になってくれませんか?」
これから友達になる。俺の残念な頭が導き出した、残念な結論だ。なんの解決にもならないし、なっていないと思う。それでもいいんだ。これは、結局のところ俺の自己満足なんだから。
ミカさんは、呆気に取られたようにポカンと口を開いた。うん、まあそんな反応にもなる。お互いがお互いを倒そうとしているこの状況で「友達になろう」なんて、正気の沙汰とは思えない。俺だってそう思う。
「何を言うかと思ったらそんなこと?うん、別になってあげてもいいよ?
心底呆れたように、どうでもいいことのようにミカさんはそう言った。俺は「ありがとうございます」とお礼を返す。彼女は少しイラついた様子でトン、とひとつ爪先を床に打ちつけた。
「それより、早く私の質問に答えてよ。どうして私を
うん、そうだ。さっきの俺の言葉は答えになっていない。俺がミカさんを救う理由になっちゃいない。だから俺は少しだけ考えて、今度はちゃんと答えを口にした。
「都合の良い真実があるって、そう信じていたいからです」
怪訝そうな顔をするミカさんに向け、俺は夢物語を口にする。あり得ないと断じられるような、甘い甘い虚像を口にする。
「ミカさんが良い人で」
──そうだったら嬉しい。
「ナギサさんを守ろうとしていて」
──きっとそうに違いない。
「本当は、なにかどうしようもない理由がある」
──もしそうなら、助けなきゃいけない。
「そんな風に、決めつけていたいから、決めつけているから。俺は、そんなくだらない虚像のためにミカさんを
俺の言葉を、ミカさんは俯きながら聞いていた。『信じる』んじゃなくて、『決めつける』。俺が初対面のミカさんに出来るのは、結局それだけだ。信じるなんていうのは、結局のところ勝手な期待。それでも、俺にはそれしか出来ないからするしかない。ミカさんが、静かに顔を上げた。貼り付けた笑顔が、月明かりに照らされる。声色だけは、不愉快そうだった。
「なんだ、やっぱりバカなんだね。この世界には、都合の良い真実なんてないんだよ。私は権力の為にセイアちゃんを殺して、ナギちゃんも捕まえようとしてる……それだけなんだからさ」
だから、やっぱり敵同士だね。そう寂しげに言って、ミカさんは俺との距離を詰めようとしたのだろう、一歩、足を前に出した。俺は『パーフェクトガーディアン』を彼女に向ける。けれどフラッシュにはチャージが必要だともう判っているのか、あるいは脅威と思っていないのか、彼女に怯む様子はなかった。それでも彼女は、ふと何かに気付いたかのように一度その足を止めた。
「ね、あなたの名前ってなんだっけ?」
「……ナナシです」
「ふ~ん、そっか。じゃあ、ナナシちゃん」
ミカさんは、どこか懇願するように、叫ぶように言葉を続けた。
「止められるものなら、止めてみせてよ!!」
ミカさんがもう一歩、今度は身体をわずかに前傾させた姿勢で踏み出す。力強く踏み出された足はドン、という音を立て……
「当然です!!」
一言吠えて、俺は先ほど射撃モードに切り替えておいた『パーフェクトガーディアン』を
「きゃっ!?」
瞬間、ステージの床板に仕込んでいた
温泉開発部と戦って、気付いたことがある。それは、神秘による防御は生理現象によるダメージや行動不能は防いでくれないということ。だから脳震盪は普通に起きるし、爆発で吹き飛ばされれば平衡感覚も怪しくなる。なにより、爆発の音と光はその威力以上に混乱をもたらす。
この即席の落とし穴は、きっと平時のミカさんならばなんの問題も無く着地できる高さだ。でも、足を踏み外し、一瞬のうちに爆発で囲まれ、そして自由落下をする。この急激な変化には、流石に意識が追い付かない。だから!
「っ、痛たた……」
だからミカさんは、落とし穴の中で致命的に体勢を崩す。それこそ、普段ならば簡単に避けられる、銃弾より遥かに遅い飛来物を避けられないほどに!
俺は『パーフェクトガーディアン』を操作し、モードを切り替える。選択したのはテーザーガン。教わった通りに構え、狙いを定める。狙うのは首のあたり、最も電気刺激によって気絶しやすい場所。
「これしか出来なくて、ごめんなさい」
謝罪を、祈りを込めて──俺は引き金を引いた。
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