誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
三が日は執筆をお休みするのでちょっと更新に間が開くかも知れません


彼女の止め方を教えてくれ

 爆風が目の前で吹き荒れる。なんとか飛ばされないように耐えて……あっ無理だこれ吹っ飛ぶわ。確信と同時に身体が宙を舞い、地面をゴロゴロと転がる。幸いにも大したダメージにはならず、ちょっと目が回った程度だった。

 うん、正直ぶっつけ本番で上手くいくのは予想外だった。いや流石に勝算がゼロだったわけではないけど、それでも上手くいくという確信があったといえばそれは大嘘になる。それくらいには無理難題だったのだ。だって考えても見て欲しい、俺はつい最近まで『神秘』なんて概念が存在しない世界に居たのだ。わかりやすく言えば耳を自在に動かすようなもの。そんなのをいきなりやれと言われて出来る人はまずいないと思う。

 そういうわけで、俺はそこそこスゴイことをしたんじゃなかろうか。なんたってあのミカさんの必殺技(?)を防いだのだ。もう勲章モノだと思う。……まぁ、とはいえ。

 

「わ~お。すごいね、まさか防いじゃうなんて☆」

 

 その勲章モノの行動も、ミカさんの前では時間稼ぎにしかならないのだけれども。現実逃避から意識を戻して身体を起こし、立ち上がる。まだなにも終わっていないからだ。俺はまだ、ミカさんを止め続けなければならない。

 

「ミカさんを止めるためには、これくらいしなきゃ無理なので」

 

 俺は息を整えながら言う。事実だ。ミカさんを止めるのは、生半可な覚悟で出来ることじゃない。奇跡くらい起こさないと、俺にミカさんを止めることはできない。救うなんて、夢のまた夢だ。それでも。

 俺は『パーフェクトガーディアン』を握りしめて、再び構える。照準はミカさんに合わせ、けれど彼女を狙わない。これはあくまで構えだから。俺のために、ミカさんのために、みんなのために立ち向かうという構え(ポーズ)だから。

 

「ここから、です……!」

 

 実を言えば、これは虚勢だ。俺の愛銃『パーフェクトガーディアン』の装弾数は三発。撃つつもりなんて無かったからこの合宿に替えの弾倉は持ってきていない。温泉開発部と戦った時に一発、合図に一発、そしてさっき隕石を撃つのに一発。計三発の弾丸は既に撃ち切ってしまった。俺に、あの隕石に対抗する手段は今度こそない。

 

「それじゃあ、これならどう?」

 

 ミカさんはそんなこと知らないとばかりに、三度(みたび)右手を高く掲げた。渦巻き、うねり、収斂していく光が、向かい合う俺とミカさんを照らし出す。エネルギーの奔流に、俺はそれでも怯まない。今度は素で耐えるしかない。直撃を避けて上手く転がる。それしかない。一秒でも長く時間を稼げればそれでいい。三度も見ていれば、だんだんとチャージが終わるタイミングというのもわかってくる。それは、もうじきに迫っていた。

 

「ね、ナナシちゃん」

 

 回避するタイミングをはかっていると、ミカさんが声を掛けてきた。たぶん、彼女もなんとなくわかっているんだろう。俺に、もう対抗手段が残っていないことに。つまり、これが最後の会話になるかもしれないということに。

 

「まだ、私と友達になろうなんて考えてるの?」

 

 ミカさんの表情は、俯いていてよく見えなかった。薄く笑みを湛えた口許だけが、わずかに見えるばかりだった。その感情はわからない。呆れているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか。いずれにしても、俺の返す答えは変わらない。

 

「当然です」

 

 そっか。小さく呟くように、そう言ったミカさんの声は。吹き荒ぶ風の中にあって、不思議とよく聞こえた。

 

「……少しだけ、残念かも」

 

 惜しむような声色で呟いて、ミカさんはさよならを告げるように右手を振るった。わずかに遅れて反応した隕石が再び俺に向かって動き出す。俺はまっすぐに隕石を見て、回避のタイミングを測り……横合いから衝突した何かが、隕石の軌道を大きく逸らした。

 

「えっ?」

 

 困惑が声となって漏れる。既に隕石の軌道は変わって、明後日の方向へと向かっていた。一拍遅れて轟く銃声。音のした方を、反射的に振り返る。俺の右後ろ、一度目の隕石が衝突してできたのだろう大きく開いた壁の穴に、人影があった。黒く、大きな翼を持つ、今しがた撃ったのだろうスナイパーライフルを構える人物。

 

「なんとか間に合ったようですね」

「ハスミさん!?」

 

 どうしてここに……いや、普通に援軍だ。俺はシャーレの先輩として見てるけど、彼女は正義実現委員会の副委員長。つまり、()()()()正義実現委員会が到着したってことだ。みんなとアリウスが戦っていた方を見れば、そちらにも増援が来ていた。

 

「うそ……だって、正義実現委員会は……」

「はい、あなたに足止めされていましたから、本来動くことはできません」

 

 微かに震えたミカさんの声を、聞き慣れた声が遮った。ハスミさんの方に向けていた視線を、再度ステージへと戻す。舞台袖から、堂々と。答え合わせをしに来たとばかりに、ハナコが楚々として歩いてきていた。先ほどハスミ先輩の逸らした隕石が穿った天井から差し込む月光が、スポットライトのようにハナコの姿を照らし出す。

 

「しかしそれは、ミカさんの権力が正しく行使される状況なら、の話です」

「浦和、ハナコ……!」

 

 ミカさんが呻くようにハナコの名を呼ぶ。二人は、ステージの上で対峙するように向かい合った。ハナコは、困惑するミカさんに向けて言葉を続ける。

 

「正義実現委員会に出されていた命令は、()()()()()()の待機命令。そのミカさんがクーデターを起こしていると伝えれば、動かないわけにはいきませんよね?」

「……証拠もなしに、正義実現委員会は動かないと思うけど」

 

 少し棘のあるミカさんの言葉に、ハナコは軽く頷いて応えた。

 

「ええ、その通りです。ですから、証拠を用意させていただきました♡」

 

 そう言ってハナコがポケットから取り出したのは、一台のスマートホン。その画面は暗く、()()スリープしていてどこにも繋がっていない状態。なんの変哲もないそれは、しかしずっと前に切っていた俺たちの切り札だ。

 

『ナギちゃんを襲うためだよ』

 

 ハナコが手慣れた様子でスマホを操作すると、録音されていたミカさんの声が流れた。ミカさんが息を呑む。

 

「ミカさんがここに来てから戦闘が始まるまでに話してくださった内容は、全て音声データとして保存してあります。あとはそれをコハルちゃん……補習授業部に所属する正義実現委員会の子に共有してもらいました」

 

 そう、これがハナコの考えた策。正義実現委員会への待機命令を無効化するための策だ。ミカさんの持つ権力によって動けないならば、その権力そのものを機能不全に陥らせればいい。

 

「そっか、うん、なるほどね。確かにこれなら正義実現委員会を動かせる」

 

 ミカさんはゆっくりと歩く。その場で小さく円を描くように歩きながら、彼女は言葉を続ける。

 

「でも、全員は動かせないよね?」

 

 ピタリ、と。歩くのをやめ、彼女はその金の双眸でハナコを射抜いた。ハナコはにこやかな笑みを保ったまま、ミカさんの言葉を聞いている。

 

「その音声にもフェイクの可能性がある以上、待機命令を完全に覆すことはできない。今来てるのは、確認のための人員」

 

 違う?そう挑戦的に問うたミカさんは、自分の銃の弾倉(マガジン)を入れ替えた。

 

「剣先ツルギだって来てないし……この程度の人数なら、まだ勝算はある。私はナギちゃんを探し出せれば勝ちなんだから、外で包囲させてるアリウスに時間を稼がせればいい」

 

 ミカさんが、ハナコに銃口を向ける。

 

「まだ王手(チェック)だよ」

 

 銃口を向けられても、ハナコはにこやかな微笑みを崩さない。ミカさんが怪訝そうに、苛立ったように表情を歪ませた。

 

「えぇ、そうですね。この状況では、まだチェックメイトには届きません。ですから用意しました」

「用意?」

「はい。このトリニティには、ひとつだけ。どの機関にも属さず、どの権力によっても動かない……そんな集団が存在しますから」

 

 まさか、というミカさんの声は、突如響き渡った爆発音によってかき消された。そちらに……体育館の入口に目を向ければ、そこにはシスター服に身を包んだ集団が姿を現していた。あ、マリーさんもいる。

 

「シスター、フッド……!」

「ちょっとした約束をしまして♡」

 

 そう、これがダメ押しの二の矢。シスター服の集団──シスターフッドの召喚だ。シスターフッドはこのトリニティにおいてどの権力にも属さない、完全に独立した集団。ティーパーティー(ミカさん)の命令も、この組織にだけは届いていない。だから、確認のためだなんて言い訳をしなくても動いてもらえる。……本当は、ハナコのためにこっちを動かしたくはなかったんだけどな。

 

「シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます」

 

 シスターフッドたちの先頭を歩く銀髪の女性、現シスターフッドのリーダーである歌住サクラコがそう宣言した。ミカさんの顔色が変わる。

 

「そっか、そっか。うん、こっちが本当の切り札ってところかな?」

 

 ミカさんは片手で銃をくるくると弄びながら、歌うように言葉を続ける。

 

「あ~あ、片付けなきゃいけない相手が一気に増えちゃったな。まあ、どうせホストになったら大聖堂も掃除しようと思ってたしちょうどいいかも?」

 

 それでも。人数の有利が覆され、詰みの状況に陥っても。ミカさんは止まることを選ばない。本当は、選べないのかもしれない。誰が聞いても強がりだとわかるセリフを吐きながら、彼女は空々しく笑った。

 

「……戦うつもりですか、ミカさん。この状況ではもう勝算がないことぐらいわかっているはずです」

「うん、そうかもね。でもここまで来て、『はい降参します』……なんてわけにはいかないでしょ?」

 

 ハナコの言葉に、ミカさんは笑顔で応じる。

 

「もう私は、行くところまで行くしかないの」

 

 ミカさんは言った。止まることはできないと。もう、自分は止まれないんだと。そうなのかもしれない。俺の力は及ばなかった。俺だけで、ミカさんを止めることはできなかった。ミカさんにしてみれば、今の状況は敵だらけ。誰も、彼女の心に寄り添うことはできない。けれど、それでも。俺にも止まる気はない。

 

「……違う」

 

 声を出す。きちんと、自分の意思で。ステージの上で向かい合っていた二人の視線がこちらを射抜く。俺は、もう怯まない。まっすぐに目線を返し言葉を続ける。

 

「ミカさんは、まだ止まれます。引き返せます」

 

 ミカさんが息を呑む。ハナコはふっとほほ笑んだ。そうだ、ミカさんはまだ引き返せる。俺は、そう決めつける。それでも、彼女が止まれないと言い続けるのなら。

 

「止まれないっていうなら、俺が止めます。止め続けます。まだ、誰も取返しがつかない状況にはなってない……!」

 

 俺が止める。結局1回も止められてないけど、それでも何回だって止める。彼女が止まれるまで、ミカさんが自分を許せるようになるまで。俺が、戻れない場所には行かせない。

 

「本当に、バカなんだね」

 

 そう言ってミカさんは、どこか柔らかく自嘲気に笑った。泣きそうにも見える笑顔で、それでも彼女に止まる気は無さそうだった。たぶん、彼女が止まれない理由は、十字架だ。殺してしまったという、重い重い十字架。

 

「言ったよねナナシちゃん。私は、セイアちゃんを……」

「……セイアちゃんは無事ですよ、ミカさん」

 

 ハナコの言葉に、ミカさんがバッとそちらを向いた。驚愕と期待に揺れる金の瞳が、月明りに照らされて光っている。

 

「ずっと、偽装していたんです。今は、トリニティの外で身を隠しています」

「セイアちゃんが……無事……?」

 

 ハナコは「はい」、と言って頷いた。悼むような沈痛な面持ちで、言葉を選びながらハナコは続けた。

 

「まだ目は覚めていないのですが……救護騎士団の団長が、今もすぐそばで守ってくれています」

 

 ハナコはそこで一度言葉を切って、未だ戦闘の続く体育館の入り口へと目を向けた。

 

「そしてあの時、セイアちゃんを助けてくれたのは……いえ、これは直接本人の口から聞くのがいいでしょう」

「……そっか」

 

 ミカさんが静かに俯いた。項垂れるように下を向いたその表情は伺えない。何を思っているのか、俺にはわからない。ハナコは言葉を継ごうとしているのか、息を軽く吸っていた。

 

「だから、もう……」

 

 瞬間、ハナコの言葉を遮るようにダン!と大きく銃声が轟いた。見れば、ミカさんが片手で銃を持ち上げ、真上に向けて発砲していた。

 

「うん、確かにセイアちゃんが生きてたのはいいニュースだね。でも、いきなりそんな話されて信じられると思う?」

 

 ミカさんは俯いていた顔を上げて、また張り付けた笑顔で笑っていた。調律の狂った楽器のような、どこか致命的に壊れた笑顔。ハナコが息を呑む。この場に居る誰もが、その雰囲気に呑まれていた。

 

「私を止めるために適当言ってる可能性だってあるよね?ううん、そっちの可能性の方がずっと高い」

 

 そこまで言って、ミカさんは再び俯いた。頭に繋がっていた糸が切れたように、かくんと頭を下げる。ステージの上で月光に照らし出されたその姿は、人形劇を見ているようだった。

 

「それに、私にはもう……失敗した時点で帰る場所なんてない」

 

 重い、言葉だった。底冷えするような声色は、この場の誰が差し伸べる手をもきっと拒絶する。ミカさんが顔を上げた。金の双眸が妖しく光って俺を射抜く。

 

「ねぇ、ナナシちゃん。『誰も取返しがつかない状況にはなってない』なんて言ってたけどさ……1人忘れてない?」

 

 私はもう、取返しがつかないんだよ。そう言ったミカさんは、何を思っていたんだろう。わからないことばかりだったけれど、それでもひとつだけわかることがあった。俺は、やっぱり彼女の心には遠く届かない。俺だけじゃ、彼女は止められない。「ちがう」と、そう否定しようとした声はミカさんの目に遮られた。

 

「違わないよ。もう私の居場所はどこにもないの。私の味方もね」

 

 そう言う彼女に、否定の言葉をかけられる人間は。今、ここには一人も……。

 

「違います!!」

 

 居ない、はずだった。悲壮な色をもって体育館に響いたその声は、ステージの端から……舞台袖の方から聞こえてきていた。かつ、かつと。先生に支えられながら不安定な足音と共に現れたのは、ミカさんと少し意匠の違うティーパーティーの制服に身を包み、プラチナブロンドの髪を少し乱した少女。

 

「ナギサ様!?」

 

 ミカさんの標的(ターゲット)である、桐藤ナギサその人だった。

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