誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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答え合わせのタイミングを教えてくれ

 日が昇る。夜が明ける。徐々に、徐々に、少しずつ街並みから顔を覗かせる太陽は、綺麗な金色に輝いていた。俺は、合宿所の庭で立ったままそれをぼんやりと見つめる。みんなにはここに居ることを伝えていない。少し、一人になりたい気分だったから。

 そう。結局、ミカさんは捕まった。ナギサさんの説得を受けて投降した彼女は、もうじきに本校舎へと送られるらしい。すぐに送られないのは歩いて移動させるわけにはいかないとかで。本校舎に送られて、それからどうなるか……俺は、ぼんやりとしかわからない。

 ぼーっとしているうちに朝日がすっかり顔を出して、俺の顔を照らす。暖かさとまぶしさを同時に感じて、思わずそれを手で遮った。視界に映った手のひらが小さくて、少しだけ自分が嫌になる。

 

「俺、なんかできたのかな」

 

 ぽつりと零れ出た言葉だった。結局、俺はミカさんを自力で止めることはできなかった。やったことはただの時間稼ぎ。それは解決に繋がらない……なんてことはないかもしれないけれど。つまるところ、俺は自分の力じゃなにもできなかったってことだ。

 

「“ナナシ、ここにいたんだ”」

「……あっ、先生ですか」

 

 またも背後から現れた先生に……なんかもうちょっと慣れてきたな。なんならそろそろ出てくる気もしてたよ、うん。先生はそんな俺の反応を見て、少しつまらなそうな顔をした。いや、なんでつまらなそうな感じなんだこの人。やっぱり驚かせて楽しんでただろ。

 

「“どうしてここに居たの?”」

 

 先生はいつもの調子で質問しながら、俺の隣にやってきた。相変わらず俺の睨みを無視してるのには少し腹が立つけど、この人のこういうところを気にしていても仕方ない。諦めて、質問の答えを考える。「どうして」、か。

 

「別に。少し、一人になりたい気分だっただけです」

 

 考えて、本当に大したことない理由しか浮かばなかった。もやもやとした気持ちをそのまま吐き出したような言葉だ。先生は「そっか」とだけ頷いて、朝日の方を見た。遠くを見るその黒い瞳が何を考えているのか、俺にはわからない。

 

「“ナナシは、なんでそういう気分になったんだと思う?”」

「なんで、って……」

 

 聞かれて、思う。そういえばなんでだろう、って。ミカさんは止まってくれた。補習授業部のみんなのことは守れた。悲劇は少しだけ良くなって、ハッピーエンドはもう目の前。思えば、なにも嫌なことなんてないはずなのに。けれど、そこまで考えて気が付いた。

 

「そっか」

 

 言葉が続く。言葉が、溢れる。

 

「俺は……約束を守れなかったんだ」

 

 そう、俺は自分のした宣言(やくそく)を守れていない。ミカさんを止めたのはナギサさんだった。ミカさんの心を救うきっかけを作ったのは先生だった。俺はミカさんを止められなくて、『何もかも全部』は救えなかった。俺は、それが嫌だったんだ。

 

「“約束?”」

「俺、約束したんです。ミカさんと、ハナコと。……止める(救う)なんて、宣言(やくそく)したのに」

 

 俺の言葉に、先生は「そっか」と言って頷いた。

 

「“ナナシは、約束を守れなかったと思ってるんだね”」

「思ってるもなにも……」

 

 本当のことなんです。そう続けようとした言葉は、途中で止まった。なぜって、先生がすごく真剣な顔で俺を見つめていたから。思わず先生の目を見る。黒くて、どこまでも透明な『大人』の目。透徹したようなその瞳には、不思議そうに、不安そうに先生を見上げる俺が映っている。

 

「“自分で答え合わせをするのは、大事だと思う”」

 

 先生が、俺の頭をくしゃりと撫でた。褒められた、と気付くのに少し時間がかかった。

 

「“でも、まだちょっと早いかな”」

 

 そう言って、先生はふわりと笑った。どこまでも無邪気に、どこまでも安心させるように。意図が読めずに「早い?」なんて聞き返した俺の頭を撫でて、先生は「うん」と頷いた。

 

「“まだ、答え合わせをするには早いかなって”」

 

 えっ、と……ど、どういう意味?いや、わかることもあるよ?答え合わせっていうのは、たぶん俺のした選択が正しいかどうかだと思うし。でも、まだ早いって部分がわからない。今回の事件はほとんど完結していて、もうあとはみんなが合格するだけ。それだけでひとまずのハッピーエンドが手に入るんだから、むしろ遅いくらいなんじゃないの?

 そんなことを考えながら不思議そうに先生の顔を見上げていると、また頭をなでられた。な、なんだよ。いまは別に褒めるようなシーンでもなかっただろ。というか、頭撫でられるとちょっとふわふわした気分になるからあんまやんないで欲しいんだけど。

 困惑しているうちに先生はスルッと俺の手を取って歩き出して……え?な、なに?俺これどこに連れてかれるの?というか子どもじゃないんだから手繋がなくても歩けるよ?

 

「せ、先生?」

「“じゃ、行こうか”」

「えっ?ちょ、行くってどこに!?」

 

 引っ張られるように歩く状態のまま、手を引かれたまま、俺は先生に聞く。先生はこちらを振り向いて、にこりと微笑んでから答えを返してくれた。

 

「“答え合わせをしに行こう”」

 

 昇る朝日に背を向けて、俺たちは再び歩き出した。あっ、ちょっと待て!手ぇ離して!これ見られるの結構恥ずかしい!

 

 

 

 先生に手を引かれてやってきた、というか引きずられてきたのは合宿所の入り口だった。あたりには疎らに正義実現委員会が居て、みんなどこか忙しそうだ。いや、俺もうニートじゃないから別に疎外感とか感じないけどね?なんならここに来てるのも仕事だし?やってることがどんなに遊びに見えてもこれ出張だし?

 

「“ナナシ、そろそろ来るよ”」

「んぇ?」

 

 俺が自分の高度な社会性を再確認していると、先生が声をかけてきた。来る?来るって誰が?不思議に思って顔を上げると、いつのまにやら正義実現委員会の子たちがあわただしく動いている。えっ?本当になに?

 俺が困惑しているうちにも状況は進み、合宿所の入り口から誰か出てきた。……いや、違う。()()じゃない。合宿所のボロボロになった入り口から姿を現したのは、ミカさんだった。両脇を正義実現委員会に固められ、細い手首には手錠がかけられている。その瞳は、どこかさみし気で。けれどその口許は、満足したような、安心したような微笑みをたたえていた。

 やっぱり、と思う。どこか諦めに似た感情を抱く。これは、この景色は。ミカさんが自分の意志で止まったというのは、俺じゃ手に入れられなかった結末だ。少しだけ薄れていた自己嫌悪がまた強くなる。啖呵を切って、結局人任せにして、ミカさんを自力で止めることができなかった。やっぱり、俺じゃ何も得られなかった。背筋が曲がって、視界に地面が映る。まだ低い位置にある太陽によって照らし出された影が、長く長く伸びている。

 

「あれ?先生に……ナナシちゃん?」

 

 自己嫌悪に沈む俺の耳に、ミカさんの声が届いた。恐る恐る顔を上げると、彼女は合宿所の入り口から出て少し歩いたところに立ってこちらを見ていた。交差する視線に焦燥感が募る。「なにか言わなきゃ」と思って、けれどなにも言う資格なんてないんじゃないか、という言葉が頭を過った。

 

「ミカ、さん……」

 

 結局、言葉にできたのはそれだけ。ミカさんの名前を呼んで、それ以上の言葉は出てこなかった。俺の隣に立つ先生も、なにも言わず静かにミカさんを見つめている。ミカさんも数度なにか言おうするように口を開けては、それを閉じることを繰り返していた。

 

「ごめんね」

 

 ミカさんは、こちらから静かに目を逸らした。

 

「今は、なにも話したくないかも」

 

 言葉が、俺の心に重くのしかかる。結局俺は何もできず、何も救えてないんだって。そう突き付けられた気がしたから。苦しいような、悔しいような気持ちになって、気付けば顔を下げてしまっていた。瞬間、ぽんと誰かに肩を叩かれたのに気がつく。反射的にそちらを見れば、先生が俺のことをじっと見つめているのが目に入った。なにかを伝えようとしている目だった。

 

「あ。でも、これだけは言わなきゃダメか」

 

 先生の意図を考えていると、ミカさんの呟くような声が聞こえた。小さい、ただの独り言なんだろう声が。それを聞いて、突然。本当に突然、先生の言いたいことがわかった。そっか、俺は、逃げちゃダメなんだ。これが、ここからが、()()()()()だから。俺は彼女から、ミカさんからどんな言葉をかけられたとしても、それを最後まで受け止めなきゃいけない。それが今の俺が取るべき『責任』なんだ。

 

「先生、ありがとう。ナギちゃんを連れてきてくれて」

 

 ミカさんは、まず先生の方を見てそう言った。先生は、どこか悔し気に「私はなにもしてないよ」と言葉を返している。きっと、先生も悔しいんだろう。言外に、なにもできなかったという後悔の言葉を聞いた気がした。

 

「そうかもしれないけど……それでもちょっとだけ、安心したから」

 

 ミカさんはそう言って、言葉を切った。そして数瞬の後、こちらに、俺に目を向けた。思わず緊張して、ピシッと気を付けの姿勢になってしまう。いやだって、何言われるかわからないし。他力本願チキンとか言われたら泣いちゃう自信あるし。けれど、ミカさんからかけられた言葉はこちらを責める色をしていなかった。

 

「ナナシちゃんは、これからよろしく……なのかな?」

「えっ?」

 

 予想外の言葉に固まる俺を見て、ミカさんは不思議そうに首を傾げた。

 

「あははっ、何その顔。ナナシちゃんが言ったんでしょ、止められたら友達になってくれって」

「あ、や、そうなんですけど……」

 

 確かに言った。言ったんだけど……こんな形で止められたってことにしていいのかな。俺は、結局なにもできなかったのに。俺じゃ力不足だったのに。それなのに、俺なんかがミカさんの友達になっていいんだろうか。

 

「それとも、やっぱり私みたいなお友達は嫌?」

「そ、そんなわけないです!……ただ、その」

 

 ミカさんが悲しそうな顔になったのを見て慌てて否定する。で、勢い余って余計な部分まで言ってしまった。聞こえてなかったりしないかな、なんて願ってみるけどミカさんには最後までバッチリ聞こえていたらしい。「その?」と聞き返しながら続きを待っている。え、どうしようこれ。ここから誤魔化せるほど器用じゃないんだけど俺。

 というか、誤魔化していいんだろうか。たぶん、適当なことを言えばどんなに誤魔化せていなくてもミカさんはそれ以上追求しないと思う。いまの彼女は少し弱気になっていて、しかもここで話せる時間も長くはないから。けれど、ここで誤魔化したら、誤魔化してしまったら。俺は、また秘密(ウソ)を作ってしまう。それは……ちょっと嫌かも知れない。

 

「その……俺、なにもできなかったから」

 

 だから言葉にした。言葉にすれば、意外なほどに簡単だった。そして、意外なほどに苦しかった。「俺はなにもできなかった」。改めて言葉にすると、その重さで潰されそうになる。あれだけ止める(救う)と豪語したのに、宣言したのに。いつのまにかまた、視界は地面を映していた。

 はぁ、と小さなため息が耳に届く。ミカさんのものだろう。それから辺りが一気に騒がしくなって……ん?騒がしく?なんで騒がしくなるの?今の今まで朝の静謐な雰囲気だったよ?頭を疑問符で埋め尽くしながら顔をあげると、ミカさんが目の前に立っていた。

 アイエエエ!ミカさん!?ミカさんナンデ!?というか拘束は!?ミカさん両脇を正義実現委員会の子に固められて……あっ、よく見たら引きずってる!ゲームでも良く見た正実モブちゃんが引きずられてる!やっぱこの人収容不可能(アンチェイン)だろ!

 

「一回しか言わないからね?」

「えっ?み、ミカさん?」

 

 よく見れば少しだけ怒っている様子のミカさんが、俺の耳元に顔を近づけてきた。え?なに?なんでちょっと怒ってる感じなの?というか「一回しか言わない」ってなにを?

 

「止めてくれて、ありがとう。私の王子様(ヒーロー)

「……ぁ」

 

 困惑しきっていた頭の中で、ミカさんの言葉はその困惑の全てを打ち払った。打ち払ってくれた。そっか、俺はミカさんの目にもちゃんとヒーローに映っていたんだ。どこがそう見えたのかはわからない。でも、こんな俺でも。少しは彼女の支えになれていたんだ。そう思うと、胸が温かい気持ちで一杯になった。

 そうだ、ミカさんを止めることは、()()()できなかった。でも、きっと()()()()()()()出来なかったんだ。ミカさんが自分の意思で止まるというこの結末を導いたのは、きっと原作よりも少しだけプラスになっているこの結末の要素を作ったひとつは、俺なんだ。

 

「それだけ。じゃあね☆」

 

 固まっている俺の前から、ミカさんは慌てた様子の正義実現委員会に手を引かれて去っていった。ああ、そうだ。だったら俺も、改めて宣言しなくちゃいけない。俺をヒーローだって、そう思ってくれる人が二人も居るのなら。それが、俺だってそう在りたいと望む姿なのならば。なりたい。

 

「ミカさん!」

 

 タっと駆け出して、ミカさんの後ろ、その道の真ん中に躍り出る。既にミカさんは歩みを進めていて、その姿は朝日が逆光になってよく見えない。それでも俺は、ミカさんに向かって宣言(やくそく)する。俺が、そうしたいと思ったから。

 

「辛い事があったら、いつでも言ってください!」

 

 宣言する。約束する。今度は決して破らないように、心の深いところから声を出す。

 

「きっと、友達(ヒーロー)が駆け付けます……!」

 

 そうだ。形はどうあれ、ミカさんを止めることはできた。なら、今度は救わなくちゃいけない。ミカさんだけじゃない。ハナコと約束した通り、『何もかも全部』を。

 

「ふふっ、そっか」

 

 ミカさんが立ち止まって、首だけを動かしてチラとこちらを見た。朝日が逆光になっていて、その表情はよく見えない。

 

「もっと、早く会いたかったな」

 

 小さな、呟くような独り言は。それでも俺の耳にしっかりと届いた。




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