誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ 作:新品のタタリモップ
ミカさんが車に乗せられたあと、俺と先生はしばらく何も話さず並んで立っていた。少しずつ正義実現委員会の姿が疎らになっていくのを、太陽が昇っていくのを見ながら。俺は考える、自分に何ができるのか。俺にできることはなんなのか。今回のことで痛感したけど、俺一人の力はチッポケだ。先生みたいに初対面の人の心に寄り添う距離の取り方も、ヒフミみたいに自分の『好き』を貫き通す力も、アズサみたいに逆境に抗い続ける精神力もない。コハルみたいに自分の正義を貫き通す強さも、ハナコみたいに作戦を立てる賢さもない。つまるところ、俺はただの一般人なのだ。みんなみたいにすごくはなれない。だから、頼ろうと思う。先生を、みんなを頼ろう。何もかも全部救うためには、やっぱり俺だけの力じゃ足りない。俺だけの力で頑張る必要もないんだ。そこまで考えて、そろそろみんなのところに戻ろうかなと意識を戻して。
「ナナシちゃん!ここに居たんですね!」
「わっ、ヒフミ!?」
突然、背後からヒフミに抱きしめられた。驚いて振り返ると、いつのまに来ていたのか補習授業部のみんなが勢ぞろいしている。といっても先生みたいに謎ワープをしてきたわけじゃなくて、普通に歩いてきた感じっぽいけども。あんな人外挙動をみんながやりだしたら怖すぎるからそこはよかったんだけど……なんでここに勢ぞろいしてるんだろ。
「みんなナナシちゃんが心配だったんですよ」
俺の不思議そうな顔を見たからか、ハナコがそう言った。ヒフミに抱きしめられたままそちらを見ると、彼女は安心したようにほうと息を吐いているところだった。あ、隣でアズサが頷いてる。俺そんなに心配されるようなことしたかなぁ。いやしたわ。ミカさんとタイマン張るって冷静に考えると頭おかしいわ。俺なんでイケる気でいたんだ?
「わひゃっ!?」
俺が過去の自分を不思議に思っていると脇腹のあたりに何かが触れる感覚が……っこれめっちゃくすぐったい!ていうか何!?慌てて目を向けると、ヒフミが真面目な顔で俺の脇腹を触っていた。本当に何!?
「ちょ、ひ、ヒフミっ。く、くすぐったいからっ!」
「動かないでください、怪我してたらどうするんですか!」
あっこれ触診!?すごいくすぐったいんだけど!というか俺謎に硬いから大丈夫だし、ヒフミは別に医学知識持ってないでしょ!ちょ、これ本当にくすぐったい!誰か助けて!コハル!これえっちだったりしない!?助けを求めるべくコハルに目を向けると、頭の羽根をパタパタと動かして判断に迷っている様子だった。あぁうん、確かにヒフミに悪気というかなんというかは無いし、これ判断に迷うよね……でもくすぐったいから助けて欲しいな。
「そうですね、怪我があってはいけませんし……では私は下半身を担当しましょうか♡」
「アンタなに言ってんの!?エッチなのはダメ!死刑!」
あっ、ハナコは一発アウトなんだ。一応ヒフミよりは医療知識持ってると思うんだけど……まぁ普段の行いがアレだし仕方ないっちゃ仕方ない。それはそれとしてヒフミこれいつまでやるの?まだやる?あっ、そうですか……。
「コハル、触診ってえっち?なのか?」
「えっ!?えっと……とにかくダメなものはダメなの!」
アズサの純粋な質問でコハルが追い詰められてる。だんだん収拾がつかなくなってきたけど、どうすんのこれ。あとヒフミ、やっと終わったね。いや「怪我がないみたいでよかったです」じゃないよ?俺いまめちゃくちゃ息切れしてるからね?抱きしめられてなかったら立ってられないくらい疲労困憊してるからね?ヒフミに支えられて息も絶え絶えな俺、アズサ(無自覚)とハナコ(自覚しかない)に追い詰められるコハル、なぜかいい笑顔の先生……うん、
「あの、話したいことがあって来たのですが……この状況は、どういう?」
「ナギサ様!?」
ふと耳慣れない声がしたのでそちらを見ると、先ほどステージ上で見たよりかは少し顔色が良くなっているナギサさんが立っていた。あっ、ちょっと待ってヒフミ、今手を離されると……!
「へぶっ!」
「あ、ナナシちゃんごめんなさい!」
支えを失った俺はバランスを崩し、見事地面に熱烈なキスをかました。いや、うん。別にいいよ。原因は完璧にヒフミだけど、悪気があったわけじゃないのはわかってるし。俺は平謝りするヒフミに「気にしないで」とだけ言って立ち上がる。もう息は整ってたし、ナギサさんをいつまでも放置するわけにはいかないし。大丈夫だし、別に痛くないし。
「ナギサさん、何の用でしょうか?見ての通り私たちは疲れているのですが」
俺が立ち上がるのを待っててくれていたらしいハナコが、ナギサさんに向けて刺々しく言い放った。見れば、アズサとコハルも警戒した様子でナギサさんを見ている。ヒフミでさえ、他の三人ほどではないにせよ表情を強張らせていた。みんなからしたら今まで散々こちらを苦しめてきたもう一人の黒幕だし、そりゃこんな対応にもなる。それを見たナギサさんは悲し気に表情を歪めて……それから、頭を下げた。
「えっ?」
コハルの口から意外そうな声が漏れ出た。俺と先生以外の皆も一様に驚いた表情をしている。ヒフミなんて、目を丸くして口まで開いていた。そこまで驚くのは逆に失礼じゃないかなとも思ったけど、ここは黙っておく。
「本当に、ごめんなさい」
頭を下げたまま、ナギサさんは謝罪を口にした。みんなが息を呑む音が聞こえる。本気で、誠心誠意謝っていることが伝わる声色だったからだ。
「許されることではないと思います。それでも、ごめんなさい」
ナギサさんは、そう言ってまた一段と深く頭を下げた。たぶん、この謝罪には色々な意味が含まれているんだと思う。謝るっていうのは、簡単に見えてなかなか出来ない行為だ。自分が間違っていたことを認めなくちゃいけないんだから。しかもナギサさんには政治的な立場もある。彼女の頭は、きっと俺が思っているよりずっと重い。それでもナギサさんは謝ってくれた、頭を下げてくれた。
「あの、ナギサ様……」
ヒフミが口を開く。うん、そうだ。だからというわけではないけど、みんなはきっと許すんだと思う。俺も、ナギサさんを許したい。色々あったけど、こういう大団円を迎えられるなら、俺も頑張った甲斐があったと
「いえナギサさん!私は土下座を……いえ、裸での土下座をしてもらわなければ満足できません!」
「ハナコ!?!?!?」
「このタイミングで何言ってるの!?」
ちょっと待っていまみんなで許す流れだったよね!?マジでなに言っちゃってるのこの子!!ナギサさんが「は、裸!?」と困惑している。そりゃそうだよ困惑くらいするよ!俺たちだってよくわかってないもん!
「は、裸……いえ、私が皆さんにしたことを考えればそれくらいは……!」
「わー!しなくていい!しなくていいですから!スカートに手を掛けないでください!」
「ハナコは俺たちが説得しますから!大丈夫だから!」
本当にスカートに手を掛けたナギサさんを俺とヒフミの二人で止める。ナギサさんは「離してください!私はそれだけのことを」などと叫んで……さてはこの人もだいぶ正気じゃないな!?というか結構力が強い。より正確には俺が弱い。
「ちょっ、ハナコ!早く撤回して!ナギサさんの社会生命が終わる前に!」
「あらあら♡」
「あらあらじゃなくてぇ!!」
ちょ、だんだんスカート下がってきてる!ナギサさんのナギサさんが御開帳しちゃう!先生も空なんか見てないで手伝って!現実逃避しても無駄だから!生徒の(社会的な)命が懸かってるんだぞ!?
「大丈夫ですナギサさんよく考えて下さい!最悪俺は試験に合格しなくても大丈夫ですから!」
「えっ?ナナシちゃんも合格しないと……」
「だから俺に対して謝ることは……えっ?」
え?
「あの、ヒフミ……いまなんて?」
「えっと、三次試験はナナシちゃんも合格しないと私たちは退学になってしまうんですが……まさか」
冷や汗がだらだらと流れる。恐る恐るほとんど抱き着いている状態になってしまったナギサさんを見上げると、「え?本当に知らないんですか?」みたいな目が返ってきた。意外過ぎるのか脱ぐ手も止まっている。いやそれは良いわ。そのまま止まってくれ。
「あの、ナギサさん。ちなみにその変更っていつから……」
「三次試験の他の変更と一緒に……先生からの提案でしたので、知っているものだと思っていたのですが」
せんせいからのていあん?先生からの提案って言いました?先生からの提案って言ったよな!?バッと先生の方を向くと、先生は上を向いて口笛を吹いていた。あっ、これガチのやつだ。ガチで俺も合格しないとダメな奴だ。
「先生!?なんっ、なんでぇ!?」
「“ナナシ、信じてるよ”」
「いまこのタイミングにおいては最悪のセリフですからねそれ!?」
くそっ、先生の立ててる親指を逆向きにベキって……やるのは痛そうだから別でなにかしてやる!俺は肩を怒らせながら先生の方に歩み寄り……ぽんと誰かに肩を叩かれた。振り返ると、アズサがいつもの無表情で立っている。
「なにアズサ、俺これから
「いやナナシ、それより優先すべきことがある」
ふ~ん、言うじゃんアズサ。アズサには悪いけど、いま俺の心に燃えるこの怒りよりも優先すべきことがあるとは思えない。だからここは先生を一発殴ってから話を聞く感じにしよう、うんそうしよう。
「現在時刻は午前7時50分。試験会場まで1時間で着かないと間に合わない」
先生殴ってる場合じゃ無いじゃん!余裕持って作戦が終わったと思ってたんだけどなんでもうそんな時間になったんだ!?いやボーっとしてたからだ!朝日見てボーっとしてたからだ!何やってんだ俺!?振り返ると俺がやったのって朝日眺めてヒフミにくすぐられてナギサさんの
「さ、走ろう」
「えっちょっと待って俺いますごい疲れてアッ待って引きずらないで引きずらないでぇ!!」
俺が呆然としている間にアズサは俺の手を取って走りだした。というか引きずりだした。ちょ、わかった走る、自分で走るから離して。あっ、ちょっと待ってまた腕が変な方向に痛だだだだだ!!
「あ、あはは……」
「ごふっ!」
「“ナギサ!?”」
あ、結局ナギサさんって脳破壊されてたんだ。みんなは気づいてない様子だけど、先生が慌てた様子で介抱にはいっているから大丈夫そうだ。ていうか待って痛い!すごく腕が痛い!
「ここから走って着く距離ですか!?」
「う~ん、全力で走ればギリギリでしょうか?アズサちゃん、疲れたら代わりますから言ってくださいね」
「問題ない。ナナシくらいの体重なら本校舎まで持てる」
「なんで俺引きずられていく前提なの!?」
俺の叫びを無視して、みんなは走り出した。どこか清々しい様子で、朝の陽ざしを受けて駆け抜ける。みんなで綺麗にした庭から、この合宿所から、俺たちは駆け出す。泣いても笑っても、補習授業部の合宿はこれで終わりだ。ハッピーエンドまであと少し、大団円は目の前だ。……けど。
「アズサ!俺自分で走れる!走れます走らせてくださ痛だだだだ!!」
その前にこの状態はなんとかしたい!!
〇
第3次特別学力試験、結果──
ハナコ──100点
アズサ──97点
コハル──95点
ヒフミ──94点
特別枠
ナナシ──90点
補習授業部、全員合格!
ナナシ(ボロぞうきんのすがた)
もう一話、エピローグを書いたらエデン2章は完結です