誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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職場に友達が来たときの対応を教えてくれ 下

 それからしばらくして。あのあと全員で朝食をとった俺たちは業務に勤しむ運びとなった。先生に確認した結果特に今日の当番だったとかそういうわけでもなく、マジで遊びに来ただけだったっぽいハナコを交えての業務は驚きの速さで進んでいき……そして!

 

「ふふっ、まずはどこに行きましょうか」

 

 言いながら、俺と繋いだ手を楽し気に揺らすハナコ。日はまだまだ高く、夏風がアスファルトを撫でる街中。そう!太陽がじりじりと暑い昼下がりに、今!俺たちは午後の街へと繰り出していた!

 今俺たちが歩いているのはD.U.シラトリ区の街中だ。高いビルと調和した街路樹の緑が目に嬉しく、強い陽射しが景色に水彩画のような透明感を与えている。それはそれとして、日本のやつに似たじっとりした暑さもあるから最高ってわけではないんだけれども。あ、でも今日は良く風が吹くからちょうどいいかもしれないな。まぁとにかく、ハナコと二人でお出かけって言うのは実は初めてだから、すごく楽しみだ。ついつい足取りも軽くなるというもので……え?サボりじゃないのかって?

 ……いや、あの。ちゃうんすよ。これは別にサボってるとかじゃなくて。いや遊びに繰り出してるのは事実なんですけど、サボってるのとはちょっと違うくて。というのもシャーレで仕事してた人間、実はキヴォトスでも屈指のシゴデキメンバー(ただし俺は除く)なわけでして。

 考えても見てほしい。ユウカさんは普段からミレニアムの会計周りをほぼ完璧に熟しているし、先生も真面目にやればあのとんでもない量の仕事を普通に捌ける。ハナコに関してもその知能と要領の良さはキヴォトス随一なわけだから、当然仕事ができないなんてことはない。むしろ出来すぎるくらいにできる。原作のストーリーでも分厚いマニュアルを短期間で丸暗記してるような描写があったし、その能力は折り紙つきだ。で、そんな三人がそろえば文殊菩薩も真っ青な知恵が完成するわけで……え?俺が人数に含まれてないって?俺はあれだよ、こう、左手は添えるだけみたいな。ま、まぁ俺の仕事ぶりについてはともかくとして、要するに仕事が早く終わったから自由行動になったのだということだけわかってもらえればそれでいい。

 で、何しようか悩んでた俺をハナコが連れ出してくれたってわけ。あのまま暮らしてる部屋(シャーレ居住区)に戻る選択肢もあるにはあったんだけど、それよりもハナコと遊びに行った方が絶対楽しいだろうから素直に嬉しいお誘いだ。ちなみにユウカさんと先生は切れてた電球の買い出しに行くとかで、セールをやっている電気街に行ったらしい。でも電球なんて切れてたっけな。

 

「ナナシちゃんは行きたい場所とかありますか?」

「え?う~ん……」

 

 なんて考えていたらハナコが話しかけてきたので、電球に向かっていた意識を戻しつつ考える。う~ん、行きたい場所、行きたい場所かぁ。正直言うとまず友達と遊んだ経験が少ないし、外出は目的を決めて最小限に済ませる人間だったから『遊ぶための場所』をまず思いつかない。どうしよう、割とウキウキ気分で歩いてたけどこれどこに向かってるのかも定かじゃないぞ。

 

「と、特にはないです……」

 

 とりあえず何も思いつかなかったのでそう返すと、ハナコは少し苦笑してから「それなら私の行きたい場所に行ってもいいですか?」と聞いてくる。

 

「行きたい場所?」

「はい、洋服屋さんを見に行きたいんです。せっかくのお出かけですから、制服のままだと味気ないじゃないですか」

 

 そう言って笑いながら、自分のスカートをつまみひらひらと揺らすハナコ。なるほど、確かに夏服とはいえトリニティの制服は作りがしっかりしていて若干暑そうだ。それに最近はどんどん暑くなってきているし、夏用の私服が欲しいと思うのは普通のことなんだろう、たぶん。なんでよくわかってない風なのかというと、前までの俺がロクに外出しないような季節感絶対殺す生活を送っていたからなんだけど……それはいいや。ハナコが色んな服着てるとこは見てみたいし、代案も不満もない。

 

「うん、じゃあ行こっか」

「はい♡あ、そうです。せっかくですからナナシちゃんの服も選びましょうか」

「え?い、いや、俺のは別に……」

 

 言われて少しビクッとする。だ、だって、今はユウカさんと一緒に買った服とかたくさんあるし別に新しく買わなくてもいいんじゃないかな~って。正直に言うと着せ替え人形にされたときめちゃくちゃ疲れたから遠慮しておきたいな~って。あ、ちょ、ハナコさん1回手離そ?そしてほら、こう、話し合おう。

 

「あ、そうだハナコ!ゲームセンター!俺ゲームセンター行きたい!」

「そうですね、それじゃあ洋服屋さんのあとに行きましょうか」

 

 ちょ、待って!わかった!じゃあどんな感じでお店見るのかだけ聞いていい!?ねぇハナコ!メインはハナコの服なんだよね!?ハナコ!?

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 俺はベンチの背もたれに身体を預け、深く息を吐きながらそう呟く。今居るのは屋外型のアウトレットモールだ。座っているベンチの前にはさっきまで俺たちの居た服屋さんがあって、今はハナコを待っている状態。なんでも買った服を着てくるんだとかで。ちなみに俺の恰好もいつもの黒セーラー服じゃなかったりする。

 ちら、と。視線を落として着ている服の状態を確認する。今俺が着ているのはシンプルな白いワンピースだ。腰のあたりには白いリボンが巻かれていて(シルエットが膨らまないようにとか言ってた気がする)、ふわりと広がるスカートの裾にはレースがあしらわれている。ファッションのファの字もわからない俺の目から見ても仕立ての良い、夏らしい一品だ。実際、お値段もそこそこだったりした。というか服ってあんなに高いんだね、前回はユウカさんにまかせっきりだったからあんまりわかんなかったけどびっくりした。

 あ、うん。結局かなりの時間服屋さんに居たよ。といってもハナコは俺を着せ替え人形にするみたいなことはしてこなくて、お互いに服を選びあったりする楽しい時間だった。ハナコがたまに……いや、三回に一回くらいのペースでめちゃくちゃ際どい服を着たり着せようとしてきたりしたから、そこはちょっと疲れたけど。せっかく選んでもらったんだからと一回だけ着てみたら「本当に着るとは……ここは私も」とか言いながらその場で服を脱ごうとし出したのにはめちゃくちゃ慌てたけど。

 

「でも、楽しかったんだよなぁ……」

 

 そう、色々言ったけど結局のところ楽しかったのだ。ハナコに似合う服を考えてそれを喜んでもらえるのも、選んでもらった服を着るのも、すごく楽しかった。買い物を、それも服を買うのを『楽しい』と感じたのは、前の世界を含めてもこれが初めての経験だったと思う。

 空にでかでかと浮かぶ入道雲を見上げながら、次はどこに行こうかなんて考えていると。ふいに視界が暗くなった。影が落ちたとかそういうレベルではなく、それはもう真っ暗に。わっ、と声を上げて立ち上がろうとするけど、頭が固定されていて動けない。というかこれ誰かに後ろから抱き着かれてない!?

 

「だ~れだ♡」

「ひゃっ!?」

 

 軽くパニックになりながらばたばたと藻掻いていると、耳元でそんな声が響いた。というか、ものすごく耳慣れた声だった。具体的には二週間くらい寝食をともにした、初めて自分から作った友達の声だった。なんならもう率直に言ってハナコの声だった。

 

「……ハナコでしょ」

「あら、バレてしまいましたか」

 

 ハナコがそう言ってくすくすと笑うので、俺は耳がくすぐったくなった。こんな至近距離というかゼロ距離というかで囁かないでほしい、俺が耳弱いの知ってるだろ。くすぐったさに身をよじらせるけど、体格通りかそれ以上に腕力が違うので全く抜け出せない。別に嫌ではないんだけど、俺も結構汗かいちゃってるから色々気になってしまう。少しばかりもぞもぞ動いて、まだ離す気がないらしいので諦める。

 ハナコは俺が落ち着いたのに満足したのか、そのまま俺へと体重を預けて……まってなんか頭の上にすごい柔らかい感覚あるんだけど!これまさかとは思うけど俺に載せてる!?何がとは言わないし思い至ってしまったらこのまま意識暗転しちゃうけどこれ俺に載せてる!?

 

「ナナシちゃん」

 

 頭の上に感じる『神秘(やわやわ)』にパニックを起こしかけながらも努めて冷静さを保っていると、ハナコが俺の名前を呼んだ。聞いて、すっと頭の中が冷えるように感じる。その声が真剣に、いや、すごく寂し気に聞こえたから。さっきまで聞いていた雑踏やら蝉の声やらを遠く聞きながら、俺は静かに続きを待つ。俺の目を覆っているハナコの手が、ひとつ迷うように震えて。言葉が継がれた。

 

「嫌じゃ、ありませんでしたか?」

「え?」

 

 ハナコにしては珍しい、素直で、そして不明瞭な質問。俺は何のことを言っているのかわからなくて、つい聞き返してしまう。ハナコは「ごめんなさい、これだけじゃわからないですよね」と苦笑して。そのまま、するりと俺の目を覆っていた手を外した。俺は何故だか目を開ける気になれなくて。密着していたハナコが動くのを、彼女の細い髪が俺の首を掠めていくので感じた。目を瞑ったままの俺に、ハナコの言葉が降ってくる。

 

「ナナシちゃんは、女の子らしい恰好をするのに抵抗があるようでしたから。我儘を、言ってしまったんじゃないかって」

 

 ジジッ、と。どこかすぐ近くで蝉が飛んだらしい音を聞いた。あたりの喧噪を作っていたうちのひとつが遠く飛び去って、それでもまだ、うるさいくらいに夏の音が響いている。ハナコが肩に置いたままの手から、じんわりと熱を感じた。

 ハナコの言っていることはその通り。確かに俺は女の子っぽい恰好をすることに抵抗があった。男なんだから当然と言えば当然だ。でもそれは、今の今まで忘れていた程度の感情だ。いや、違う。その感情が小さいんじゃなくて、ハナコと遊ぶのがあんまりにも楽しかったから、忘れてしまっていたんだ。けれど、俺はそれを上手く言葉にできる気がしなかった。言葉にすると陳腐になってしまう気がした。

 だから、俺は目を開けた。それからそのまま上を向いて、ハナコの顔を確認する。思った通り、泣き出す前の迷子みたいな顔をしていた。

 

「えい」

「な、ナナシちゃん……?」

 

 だから俺はそのまま両手を伸ばして、ハナコの頬を挟んでやる。驚いたようにこちらを見下ろすハナコに、今の気持ちのまま笑顔を向けて。心のままを、口にする。

 

「楽しいよ」

 

 最高に、と心の中で付け加えて。カーテンのように俺へ降り注ぐ桃色の髪の中、零れそうなくらい丸く目を開いているハナコを見て、悪戯が成功したような気分になる。ハナコはすぐに目を細めて、「よかったです」と。呟くように言葉を返した。

 ハナコはそのまま身体を後ろに引いて……うわ眩しっ!?遮るものがない夏の直射日光ってこんな眩しいの!?慌てて下を向いたけど、ちょっと目がしょぼしょぼする……。

 

「それなら、次はどこに行きましょうか」

 

 目をぱちぱちしている間に、ハナコはベンチを迂回して俺の前に移動していたらしい。下を向いたままの俺の視界に、ハナコの白い手が差し出される。俺は言葉を返そうと、「それなら涼しい場所に」と言いかけて。顔を上げてそのまま固まった。こちらを向いて楽し気に笑うハナコが、あまりにも綺麗だったから。ハナコはそんな俺を見て一瞬不思議そうな顔をして、それから悪戯が成功したように笑った。

 

「少し、暑い場所に長居しすぎちゃいましたね」

 

 これをどうぞ、と言って、ハナコは麦わら帽子を俺に被せた。それからもう一度俺の方へ手を差し出してきたので、今度はそれをしっかりと握る。

 

「先ほどナナシちゃんが言っていたゲームセンターに行きましょうか。きっと冷房が効いているでしょうから」

「あ、う、うん……」

 

 そのまま立ち上がって、俺たちは並んで歩き出す。雑踏へ紛れるようにしながら、誰よりも楽し気に。身長も髪色も髪型も違うのに、似ている姿で歩き出す。

 

「ねぇ、ハナコ。その恰好ってもしかしなくても……」

「ふふっ、いいでしょう?」

 

 俺が聞くと、ハナコはこれ以上ないくらいの笑顔で俺の方に向き直った。蝉時雨の音が遠く響き渡る。

 

「ナナシちゃんと、おそろいです♡」

 

 そう言って笑うハナコは、俺と同じ格好……白いワンピースに、麦わら帽子を被っていた。夏風が、俺たち二人のスカートを楽し気に揺らしていく。俺たちの表情は、帽子の影で見えていない。たぶん、きっと。二人っきりだ。




閑話が終わりました、いったん更新を止めて書き溜めます
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