誰かキヴォトスに生徒の肉体で落っこちた一般人がとるべき行動を教えてくれ   作:新品のタタリモップ

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勤務時間内なのに仕事をさせてもらえないときの解決策を教えてくれ

 さて、俺がシャーレで働きだしてから四日が経った。ナナシと呼ばれることに慣れてしまったり、30分ごとに休憩を打診してくる先生(さすがに冗談だと思いたい)と少し打ち解けたような気がしたり、マジでほとんど変わらない仕事内容に慣れ始めてきたり、着替えの調達で悩んで結局着てるのと似たような服を見繕ってもらったり。大した出来事はなかったものの意義のある……たぶん、きっと、恐らくは意義のある時間だったと思う。

 で、迎えたシャーレ勤務四日目。つまりは、この世界に来て五日目の今日。俺はありえんくらい出勤するのが嫌だった。いや、お世話になってる職場へ向ける感情じゃないのはわかってるよ、わかってるけどさぁ。行きたくないよぉ。というか職場で生活してる身だからまず起きたくないよぉ。でもなぁ、先生に不義理なことはしないって誓っちゃったしなぁ。1回ずる休みしたらもうその選択肢消えてくれないしなぁ。行くしかないかなぁ。

 なんでこんなに嫌がってるかって、別に新しい業務が追加されたとか、昨日エグいミスをしたとかそういうことでは全然ない。じゃあなんでって、先生曰く今日は当番の生徒が来るらしいのだ。昨日の夕食中にさらっと言われて危うくオレンジジュースを噴き出すところだった。

 忘れてたわけじゃないけどさ、前日にいきなり言われると心の準備とか、なんかこう、わかるだろ?わからない人は俺にその安定した心をくれ。先生わかってんのかな、俺があんまり人と関わると世界滅んじゃうかもなんだよ?ナナシを知ると世界が破滅に向かっちゃうんだよ?いやよく考えたらそもそもシャーレ所属になってるとこからおかしくないか?先生の人望ならバイトの紹介くらい普通にできそうなものだけど。

 

「あ~、なんか考えてたら頭痛くなってきた……ような気がするなぁ。これ出勤無理なんじゃないか?無理な気がするな、無理だな!ヨシ、先生には申し訳ないけど今日は休みということに……」

「“おはよう、ナナシ”」

「……え?」

 

 ギギギ、と糸が切れた機械のように部屋の入口を見る。開いたドアから見えるのは、なんとまさかの先生!どうしてここに先生が!?……じゃなくて。いや、あの、ちゃうんすよ、先生。これはずる休みとか、そう言うんじゃなくて。……あわあわと手を動かすくらいしか出来ねぇ。

 

「“大丈夫?体調悪いの?”」

「あっ、や、悪く……ないです、はい」

「“そう?”」

「はい……ぜんぜん元気です……」

「“それならいいけど、無理はしないでね”」

 

 先生は「今日は当番の子もくるけどいつも通りで大丈夫だよ」と言い残し、部屋を出て行った。……普通に心配してくれてたな、先生。やっぱ休めないわ。あの人、たぶんほぼほぼ仮病だとわかってる状態でも本当だという可能性が残ってる限り本気で心配してくれる人だ。流石にそんな人を裏切るのは無理。ただでさえずる休みとか一日中心をすり減らす行為なのに。

 

「……がんばるか」

 

 なんかもう、申し訳ない。意志薄弱ですみません、と心の中で謝り倒しつつ寝間着から着替え、俺はシャーレの執務室に向かった。……あ、先生に誰が来るのか聞いておけばよかったのでは!?

 

 

 

 朝食を済ませ、いよいよ仕事が始まるぞという午前8時30分。俺は、自分に与えられたデスクでガタガタ震えていた。武者震いとかじゃないです、普通に怖いだけです。あのあと先生に誰が来るのか聞いてみたんだけど、結局教えてくれなかった。会えばわかるから、とか言ってたけどそれ当たり前だからな!?これでもブルアカのファンだぞ俺は!!あ、いや、ネームドキャラじゃない子まではわからんけども。

 どうしよう、砂狼シロコ(メインヒロイン)とか来たら。でも彼女ならあっち向いてホイすれば帰ってくれたりしないかな……しないよな、あれほとんどただのネットミームだしな。アビドスでの話は終わってるみたいだけど最終編は残ってるし、彼女に今会うのは得策じゃないってレベルじゃない。

 なんかガチャを回してるような気分だ。いや、モブがSSRになるガチャなんてなかったけどさ、こう、気分的に。そうだ、逆に考えよう、これは単発ガチャと同じだと。よく考えてもみろ、俺よ。このキヴォトスにいったい何人の生徒がいると思っているんだ。……具体的な数字は全くわからんけど、とにかくたくさんいるよな?その中から200に満たない生徒を引き当てる確率がいったいどれだけあるというんだ。……よくわからんけど、けっこう低いはずだろう?

 つまり、ここに来る生徒は十中八九メインストーリーと関わりのない生徒ということになる!穴のない完璧な証明だ、我ながらほれぼれする。そう考えると一気に心が落ち着いてきた、コーヒーでも飲んで悠々と構えさせてもらおうか。

 

「“……ナナシ、カップを持つ手が震えてるけど大丈夫?”」

「……ハイ」

「“声小さいね!?”」

 

 無理です落ち着くわけないよぉ。来る人によっては世界滅んだりするかもしれないんだよ?落ち着けるわけないよぉ。あ~、もう扉の前にバリケード作ろっかな、机とか椅子を重ねてさ。え?なんですか先生?ああ、大丈夫ですよ、正気正気。新しい身体で元気百倍ですって。心配いりませんって。

 

「“心配しなくても大丈夫だよナナシ、今日の当番は……”」

 

 見かねた先生が俺にとっての重大ニュースを発表しようとしたその瞬間、ドアががちゃりと開いた。慌ててそちらに目を向けると、そこにいたのは……。

 

「先生、早瀬ユウカで……なんでナナシちゃんはガッツポーズしてるの!?」

 

 

 

 ということで、当番の生徒はユウカさんだった。『条件はクリアされました』の幻聴を聞いてガッツポーズしそうになったのはあんまり思い出したくない。うん?いやしそうになっただけだよ。してないよ。どうでもいいだろそんなこと!

 ……さて、そういうわけで俺は今ユウカさんと一緒に仕事をしている。先生が俺の十倍のペースなのに対してユウカさんは更にその1.5倍くらいのペースで書類をさばいていて、それはもう圧巻の一言だ。ユウカさんは先生と違って俺とほとんど同じ仕事をしているから、そのすごさが更によくわかる。やっぱり冷酷なる算術使いは違うな。というか、この人が居ても忙殺されそうになるセミナーの業務ってどんだけなんだ?流石にシャーレよりは少ないと思うけど、ゾッとしない量なのは確かだよな。

 

「“二人とも、そろそろ休憩に……”」

「せ・ん・せ・い?」

「“仕事は楽しいなぁ!”」

 

 あ、先生が休憩の打診を却下されてる……。まだ始めて30分しないくらいだし当然っちゃ当然なんだけど、なんでもう壊れかけなんだあの人。でも、ユウカさんの断り方は参考になるなぁ、ああやって圧を出せばいいのか。俺はまだ流されて2回に1回は休憩しちゃうし、こういうところも職場の後輩として吸収した方がいいのかもしれない。ユウカさんに対する尊敬の念を強くしつつ、少しキーボードを打つペースを早める。

 

「あ、ナナシちゃんそこ間違ってるわよ」

「え、ど、どこですか……!?」

「そこの……そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても大丈夫よ、漢数字になってるってだけだから」

「あ、本当だ。ありがとうございます、ユウカさん」

 

 お礼を言うとユウカさんはなぜか感極まった様子で俺の頭を撫でて自分の仕事に戻っていった。小さい声でこんな後輩がほしかったって呟いてるの聞こえたけど、やめた方がいいと思う。今は先生への恩返しも兼ねて一生懸命やってるけど、普通の環境だったら普通にサボりまくると思うよ、俺。それに学園に在籍なんてしたらそれこそバタフライエフェクトが起こりかねないし、俺のウソはなんか普通に見抜かれるっぽいからほかの生徒に隠しておくのも難しそうだし。

 あれ?ふと思ったけどユウカさんが俺のこと結構知ってるのってわりとマズい?キーパーソンとまではいかなくてもメインストーリーにがっつり関わってくるキャラだったし、もしかして俺もう既に関わり過ぎてるんじゃ……。うん、これ以上は考えるのやめよう。すでに手遅れとかではまだないはず、俺ストーリーに関わってないし関わる気もないからね。あ、ユウカさん書類とってくれてありがとうございます。

 

「さて、これで私のぶんは最後ね。あ、ナナシちゃんも最後の一枚じゃない」

「えっ!?あ、本当だ……いつも夜までかかるのに」

「私もちょっと手伝ったけど、ナナシちゃんのペースなら午後には終わりそうな量だったわよ?普段はもっと多く配分されてるのかしら……」

 

 後半は独り言のようにそう言うユウカさんだけど、別にそんなことはない。俺が担当した書類の量は変わってないんだけど……あ、わかった。休憩だ。流石に30分置きではないけど、1時間くらい置きで休憩してるからだ。これ伝えるとたぶん先生怒られるよな、俺も休憩が嫌ってわけじゃないし黙っておこう。これも恩返しだ、たぶん。

 

「じゃあ、俺先生から次の仕事もらってきますね」

「あ、待ってナナシちゃん。今日分のノルマは終わったわけだし、ちょっと休憩にしない?」

「“休憩!?”」

「先生はまだ終わってないみたいですけど……まあいいです」

 

 なにやらゾンビみたいな状態でパソコンに向かってた先生も食いついてきた。ユウカさんのお許しも出たし、みんなで休憩する流れだな。時計を見ると11時頃を指している。少し早めのランチタイムにするのもアリかもしれない。

 

「“ちょっと待ってて、お弁当出すから。あ、ナナシのぶんも買ってあるよ”」

「いつもすみません……」

 

 先生がいつもの折り畳みテーブルを出して準備を進めていく。ユウカさんも見慣れた光景らしく呆れ顔だ。……ひょっとするとこの机を経費で落として一悶着あったのかもしれないな、なんて考えているとユウカさんがハッとなにかに気づいた顔になった。どうしたんだろ、お弁当忘れたとか?

 

「先生、ナナシちゃんって自分の荷物持ってないんですか?」

「“あるにはあるけど……お給料が入ったら自分で買うからって最低限しか”」

「……まさか」

 

 それを聞いて戦慄した様子のユウカさん。なにがどうしたんだろう、お金がなかったらなにも買わないのは当たり前だと思うんだけど。いや、流石に服とかは買ってもらっちゃったけどそれは不可抗力だし、それも幾らしたのかメモしてるからちゃんと返せば問題ない。

 

「その“最低限”ってどこにあるんですか!?」

「“そこのバッグの中に……”」

「失礼します!ナナシちゃんちょっと中身見るわね!」

 

 言うが早いが俺のバッグを開けて中身を検めるユウカさん。驚く俺の前でごそごそとバッグの中身が明かされていく。イカれたメンバーを紹介するぜ!一昨日買ってもらった筆記用具、数字がゼロだけの預金通帳、唯一の身分証明証になる学生証、なんか最初から持ってたスマホ、あと昨日食べきれなかったぶんのお菓子……以上だ!ちなみに着替えとかはもらった部屋の中に置いてある。逆に言うと着替え以外のほぼ全財産がそこのバッグに入ってるわけだ。それで、あの、ユウカさん。なんかわなわな震えてらっしゃるけど、流石にそろそろ説明がほしいです。

 

「やっぱり!銃がないじゃないの!?」

「“!”」

 

 叫ぶユウカさんと、ハッとする先生。え?いや、そんな頻繁にシャーレから出るわけでもないし別に持たんでも……。

 

「先生!なんで銃のひとつも持たせてないんですか!」

「“ごめん!ここ数日シャーレから出てなかったから……”」

「ああもう!ナナシちゃん、今から買いに行くわよ!先生もいいですね!?」

 

 普通にいってらっしゃいと言ってすでに見送る姿勢の先生。え?え?マジで今から買いに行くの?本気で?ユウカさんシャーレのお手伝いに来てたんじゃないの?ちょ、手掴まないで、自分で歩けるから!あ、いやそれより一番の問題があった!

 

「あの、俺お金持ってないんですけ……」

「い・い・か・ら!」

 

 一番の問題を四文字で解決(?)し、俺の手を掴んだままずんずん進んでいくユウカさん。なされるがまま半分くらい引きずられるようにして俺は進んでいく。あの、お金ないし、まだ勤務時間内なんですけど……あ、もうシャーレの外に出た。俺たちを見たヴァルキューレの子がぎょっとしてる……そりゃそうだよ。というか、そんなに大事なの?銃持ってないって。

 

「まったくもう!なんで銃を忘れるのよあの人は!」

 

 ……なんかすごい剣幕だけど、ユウカさんが言ってるのって俺が思ってる銃と同じものだよね?




ナナシをかわいいと言ってくれる方が多くて嬉しいです。
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