ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

11 / 26
大人の場合

 

 

  ~ 水戸市・某所 ~

 

 五十鈴家の奉公人、『新三郎』の持っていた携帯に着信が入った。

 懐かしいメロディである。設定したは良いが、鳴る事が無かったため久しく忘れていた音。これはその一つ。

 

諸君は東方の夜明けが見えるか?(Siehst du im Osten das Morgenrot?)

 自由と夜明けの兆しだ(Ein Zeichen zur Freiheit, zur Sonne!)

 生死を賭して我らは団結する(Wir halten zusammen, ob lebend, ob tot,)

 如何なる事が起ころうとも(mag kommen, was immer da wolle!)

 

 思わずかれは口ずさむ。封印していた思い出が紐解かれて、思わず青春の日々に還ってしまうかのように。新三郎は携帯を取るのが少し遅れた。

 

「はい、もしもし」

<以前より取るのが5秒遅かったね、()()

 

 ここが人目に付かない場所で良かった。後に新三郎はそう述懐する事になる。思わず背筋が伸びて、姿勢を正してしまった。この声、互いに歳を取ってしまったが忘れようが無い声音。張り。電話越しからでも解る迫力。

 

「申し訳ございません、()()()()

<止してくれ、意地悪をしてしまってすまない。僕も君ももう卒業した一般人だ>

「いえ、私にとってはまだ閣下は閣下であります」

 

 あぁ、とても懐かしい声だ。かつて学生として過ごしてきた思い出が蘇る。好き好んで話すことは歳を重ねる毎に少なくなったが。今が楽しいし、未来が楽しみな歳になったからだと思う。

 

<そう言ってくれると僕も嬉しいよ>

「して、こうして突然のお電話とはどういう用件です?」

<大佐も見ただろう、例のニュースは>

「……はい、OBとして恥ずかしい代物でした」

 

 先日の、強襲戦車競技の制圧。そして男女共同試合における女学校との提携。全て率先して推し進めているのは、【第三帝国学園】。新三郎にとって、母校であった場所。OB会の重鎮は何をしていたのかと、憤ったのは昨日のことのよう。

 そしてそれは、青春を共にした"少将閣下"も同じであった事、それは新三郎にとっても一抹の救いであった。

 

<僕も、妻共々憤ったよ。娘がまさに今、学園艦に通っているからね>

「娘さんが? あぁ、そうでしたな。卒業されて少し経った頃、ご結婚された」

 

 旧知と話して、ぶちまけたい心持ちだったのだ。その相手として浮かんだのが自分だった事でも上々ではないか。ただ、それだけでは無い筈だ。閣下は昔から、行動される時は迅速かつ的確に動く方だった。それ故『俊足』の二つ名を得たのだ。

 

<実は、その娘の事で……力を借りたい>

 

 気持ちが引き締まる。『俊足』に頼られるのは、思い出の中における"最後の試合"を思い出す。あの激戦の最中、歩兵隊を率いる自分に、戦車長としての彼から語りかけられた時の記憶。

 全身に"あの頃"が甦ってくる。しかし今の自分は五十鈴家の奉公人だ。

 

「私は今、華道の家に仕える身です、しばし……」

<あぁいや、言い方が悪かったね。"大洗"近辺の宿泊場所を紹介して欲しかったんだ>

 

 肩の力がどっと抜ける。緊張するような言葉選びをしないで欲しいものだ。ただでさえ、部下であった頃と同じように心と体が今でも連動してしまうのだから。

 

「……閣下、お人が悪い。……ん、大洗ですか?」

<――大洗だよ? 妻は来られないけど>

「娘さんは、大洗女子学園に?」

<うん、下の娘だけどね>

 

 段々と、古い記憶と新しい記憶がリンクしていく。

 かつての記憶の中で、"少将閣下"では無くなって、一般男性として生きるようになったあの人と、白無垢を着た花嫁が並んでいる光景。確かお嫁さんの名前は……

 そして新しくは無いが、次いでの記憶の中で『家族が増えました』の文言と共にはがきに印刷されていた赤ん坊の写真。確か赤ん坊の名前は……

 そしてもっと新しい、今年の記憶。仕える家の愛娘、五十鈴華お嬢様に出来たご友人。歓迎ムードの中では無かったが、そのご友人の一人の名前が……

 

「あぁ、ようやく結びつきました、『マイヤー閣下』。いえ、今は『西住常夫』でしたな」

<『()()』から君の事を聞いた時は驚いたよ、『シュトロハイム大佐』。

 今は『新三郎』だったね>

 

 なぜ、こんな大事なことを忘れてしまっていたのだろう。新三郎は電話で話している最中ではあったが、無性に自分を殴りたくなった。

 

 

   ※※※

 

 

  ~ 熊本某所 ~

 

 

「うん、うん。じゃあ今度茨城で」

 

 夫の背中が、かつて見ていた頃よりも大きく見える。

 西住しほは、憔悴しきった顔で窓の外を眺めてながらそんな事を考えていた。この数日、心が"掃除中のぞうきん"さながらに締め上げられ・絞られるような感覚に耐え続けていた。家の内外で、怒濤のように事が起こるのだ。

 

「ご友人ですか?」

「えぇ、学生時代の」

 

 夫・西住常夫。この人と夫婦となってどれ程経ったろう。まほとみほ、二つの宝物にも恵まれて、こうして熊本の地で【西住流】の人間として生きてきた。共に歩んで長くなったが、未だに夫について解らない事がある。

 夫の"学生時代"の事を、あまり聞いた事が無かった。昔の思い出を話すことは無かったとは言えないが、具体的に何をしてきたのか、その内容を語った事が無い。どんな音楽が好きだとか、そういう話はしてくれる。しかし学生時代に打ち込んだ事だとか、どんな学生生活だったのか、とかは記憶の中に無かった。

 

 出会った頃は既に『常夫さん』だったから。

 

 だが今、世間を賑わせている【第三帝国学園】が母校とは聞いている。

 

「あなた」

「どうしたの、しほさん」

「あなたは学生時代 " () " だったの」

 

 思いっきり、踏み込んでみた。心の中をずっとざわめかせている、一つの言葉。

 

 < 今の俺は『ルーデル』です、()()()()

 

 先日、家の門を叩いた一人の青年。応接間で出会った時の事を思い出す。忘れようも無い、忘れられる筈も無い。一気に掘り起こされた"己の罪”の重さ。呼んでくれるはずの無い言葉を期待した。

 自分には、彼に……あの子にそう呼ばれる資格なぞ最初から無いというのに。

 長い時間、ちゃんと眠れなくなった。夢にたたき起こされるからだ。"いかないで"と泣き叫ぶ幼児の声で、現実に引き戻される。

 

「……『クルト・マイヤー』、それが通名」

「"俊足マイヤー"ですか。戦車の整備の腕もその頃から」

「えぇ。名を貰ったとは言え学生でしたから。

 ある程度は自分でできるようにと頑張ってたら、こっちが板に付いたんですよ」

 

 恥ずかしそうな顔をしながら、夫は頬をポリポリとかいている。彼もまた、あの青年が家にやって来た時の事を想いだしているらしい。それと、学生時代だろうか。複雑そうでありつつも、どこか懐かしげな色を持った横顔だ。

 

「それにしても、そっくりだったね。彼は。

 帰ったら菊代さんが血相を変えて飛んできて、客間に通されたらいたんだもの」

 

 そう言いながら、夫は寝室にしまってあったアルバムを持ってきていた。しほも見せて貰った事が無い、夫の秘密アルバム。開いた中には、学生時代の夫・学友達の写真が飾られていた。

 その中の一枚、パンツァージャケットを着た若かりし頃の夫と、訪ねてきた青年にとてもよく似た空軍のパイロット。『我が盟友・バルクホルンと共に』と写真の横には書かれていた。

 

「僕があの頃、最も尊敬して、最も嫉妬に燃えた人という事になるのかな」

「……ごめんなさい」

「しほさんが謝る事じゃない。僕もあの頃は狂っていたから」

 

 苦い思い出であり、出来れば思い出したく無い感情だったと夫は語る。

 

「しほさんとの縁談を聞いた時、本当は耳を疑ったんだ。先輩はどうしたんだ……て。

 それと一緒に、"チャンス"だと思ってしまった。それと、"勝った"と思った。醜い男だよ、僕は。できればあの時の僕を殴り飛ばしたいくらいだ」

 

 うつむいて、黙って聞いていた。夫は、私の罪を知っている。知りながらも愛してくれた。だから、愛を持ってお返しした。故に、まほとみほという宝物まで、この家にもたらされた。

 愛を手放して愛を手に入れたのだ。これが今に到るまで、"西住しほ"を蝕み続けてきたモノ。

 

「だから、怖かったよ。家に来た彼を見たとき、僕は揺れた。

 でもきっと、彼はもっと怖かった筈だ。君と同じくらいに」

 

 そう言って、夫は手を伸ばしてくる。いつの間にか、自分の頬を涙が伝っていた。それを拭ってくれる。こんな事をしてもらっても良いのだろうかと、自虐的な思考のスパイラルから如何しても抜け出せない。

 

「しほさんはどうしたい?」

「私は……"西住流家元"です。

 あなたの妻である以上に、まほとみほの母である以上に」

「……うん」

 

 しほさんならそう言うと思った。そう言って頬を撫でられる。

 胸が引き裂かれそうになってしまう。救いようが無い程に、自分は"西住"の人間なのだ。

 

  幼い頃は当然引き継ぐモノと思い ――

   少し歳を重ねた頃には反発して ――

    自分の道を見つけようともがいていた ――

 

  その頃に"あの人"に出会った ――

   これが私の"道"だと思っていた ――

    でも甘かった。"西住"の名は考えている以上に重かった ――

 

「私は西住宗家の娘です」

「うん」

 

「分家の皆、関係者の皆のキャリアや生活全てを巻き込みかねない」

「うん」

 

「そんな事も考えられないくらい"狂った"のも私です」

「うん」

 

「……まほとみほには、私から言います」

 

 意を決した。分家や関係者には話すわけにはいかない。

 だが、愛娘であるまほと、みほ。2人に話さないのは人としてもはや許されない領域に入っている。本当なら、とっくの昔、最初に話さなければならなかった事。

 

「2人はまだ学生ですが、聞かせられない年でも無いでしょう」

 

 間に合って欲しい。しほはそう思いながら、空けても構わない日数や行く先を思案し始める。試合が始まってしまえば、会うタイミングが掴みづらくなる。

 それは、夫からのアドバイスだった。

 

「……男子の試合は、長い時は二週間かかるから」

 

「……はぃ?」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。