ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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模擬草原のひととき

 

 

  ~ 第三帝国学園・馬術訓練場 ~

 

 

 再現された草原の上を、風が撫でている。入り交じる草と土のにおい。日の光がやや落ちかけて、夕方がもうすぐ底まで迫っている頃の事。愛馬に跨がって空を見上げているこの時間が、たまらなく好きだった。

 ただ一人と一頭。一体となって天の下にいる。そこには誰も自分とコイツを邪魔するモノはいない。それは、愛機と共に天を行く時も同じだった。天と地、場所の違いはあるけれど、何者も止める者が無い"刹那の一時"。

 

「どこまでも駆けていきたくなる、そう思わないか」

 

 そう言って、愛馬の首筋を撫でてやる。鞍から降りて、人口の川へ近づいていく。上衣とシャツを脱ぎ、裾を膝の高さまでまくり上げて、ブーツを川縁に置く。ズボンのみの姿になって、脛のあたりが浸かるまで進む。人口であるが故に、流れは身体を持って行かれる程強くは無い。

 愛馬は着いてくる。この子は、川の水でこうして手ずから洗ってやるのが好きなのだ。

 ブラシで毛をすくと、毛の赤みが深く、明るくなるような感じがする。コイツの"命"が躍動しているかのようで、とても嬉しい。ブルルと振るわす首からしぶきが飛ぶ。

 

「女子と轡を並べる事になった。鉄の大鳥に乗るんだが、お前も連れて行けたらなぁ」

 

 抗議するかのように、頭をすりつけてくる。"俺を連れて行け"と、アピールしているかのよう。それとも、手が止まった事を責めているのか?

 

「お前と一緒に、風になれたらとても気持ちが良いんだろう。

 【大砲鳥】が心を持っていたら、嫉妬されるかな」

 

 だが自分は騎兵師団に所属している訳では無い。何時の日か、そんなタイミングが来れば思う存分駆けてやりたい。此奴の姿を皆に見せつけてやりたい。

 そしてコイツは、自分以外を背に乗せる事を許さない。騎兵師団の連中は、歯がみしていると聞いている。実際の試合で使う事が出来ない、最上級の馬体とその仕上がり。

 

< こっちに移ってきてくださいよ、大佐 >

 

 何度【第8SS騎兵師団(フロリアン・ガイエル)】からそう誘われたか。今もこうして、所属している訳でも無いのにお邪魔している訳だが。いつもの光景だから、彼らも何かを言ってくる訳でも無い。

 叶うことなら、自分とてコイツをこんな鉄の檻の上で燻らせておくのは本意ではない。

 だが、今の肩書き、そしてこの歳になるまで捧げてきたもの、打ち込んできたもの、積み上げてきたものを思えば、すぐにかなえてやれない我が身が怨めしい。

 

「許してくれ。全てが終わったら、思うさま駆けに行こう」

 

 ―― ヒヒィン

 

 愛馬が嘶く。風を切り、空へと届かんばかりのその音色。とても美しい響きだ。

 

 「了解だ」……そう言っているような気がした。

 

「終われるのかな、俺は」

 

 そんな言葉を口にしたとき、耳の中に微かなエンジン音が聞こえる。騎兵師団の皆は、馬のすぐ側で車両を動かすことを試合以外では絶対にやらない。これはこの訓練場に訪れた客人を乗せた車の音だろう。

 この時間に誰だろうか。そう思うと、遠目に見える馬群と、師団の騎兵達が動き始めたのがわかる。厩舎に馬を戻し始めたのだ。騎兵達は、少し浮き足立っているようにも見える。試合の最中でも無いのに一体何なのか、男子が反応する客人だとでも言うのだろうか。

 訓練場と厩舎の間に、人影が現れたのが見えた。

 騎兵師団の長、『グスタフ・ロンバルト』が、数名の客人を連れている。

 女子だ、黒森峰女学園の。馬術の訓練場くんだりまで案内とは、ロンバルトもとんだ役回りを仰せつかったものだと思ったが、どうやらその見立ては外れたようだ。

 最初はくだらない事をすると思って、愛馬の身体をもう一度洗ってやろうと、背を向けたのだが、足音はどうやらこっちに向かってきている。

 

「やはりここにおられましたか、ルーデル大佐」

 

 至福の一時に水を差されたような気分だ。ひと言もの申そうかと振り返った時、少し驚いた。女子の一人は、西住まほだ。

 そして後ろに控えていた女子が二名。三人でやって来たのか。不用心すぎると忠告しようかとも思う。しかし、此処に来たのはきっと、空軍の下に着くことになったからその打ち合わせか、何かしら聞きに来たという所だろう。

 

「……綺麗」

 

 着いてきていた女子には、見覚えがある。戦車道の特集記事で、まほと一緒に写っていた写真が何枚かあったのを覚えていた。確か、各々が【Ⅴ号戦車(パンター)】と【マウス】の車長だった筈。

 嬉しい言葉だ。コイツの良さがわかってもらえるというのは。言葉を発したのは、Ⅴ号戦車の車長の方。赤毛の少女だった。マウスの車長も、感想は同じなのか我が愛馬に見とれている。ただまほだけは、自分を見据えていた。

 

「そうでしょう、"大佐の愛馬"です。彼以外に全く懐きませんから実質専用馬ですよ」

「聞こえが悪いじゃないですか、ロンバルト少将」

 

 意地の悪い事を言う。愛馬の首筋から背までを撫でて、洗うのはお終いだと告げる。少し名残惜しそうにブルルと鳴いて、川から出る。タオルで顔と身体を拭きながら、まほの方を見た。

 彼女は意外な顔をしていた。戦車道の記事だとか、それこそ学園に訪れて出会った時の険しい顔がなりを潜め、少し何かが"抜けて"いるような顔をしている。呆けていると言った方が良いかも知れない。女人の前で、流石にこのまま上半身裸という訳にはいかない。シャツを着て、上衣を羽織った。

 

「西住さん?」

「……ぁ、はい」

 

 "自分の世界"の中にいたように見受けられる。ハッとなって、姿勢を正している。かつての()()()を思い出す。

 そう、()()()()()()()()()

 思い出の中にこびり付いているあの人に。

 

「このような所にまでいらっしゃるとは、どのような用件で……

 と、聞くまでもありませんね」

「……貴方の麾下に入る事となったと、我が校の生徒会より聞きました」

「そう、ですか。うちの生徒会も気を回すとは」

「貴方がそう打診したとも」

 

 口が軽い奴がいるらしい。少将を睨むと、私じゃないと全力でアピールするように顔を横へ振っていた。嘘をつくような男では無い。なら、きっと彼女たちを最初に出迎えた誰かだ。おおかた"宣伝相"だろう。

 少し苛つく。その時、愛馬がまほをしげしげと眺めている事に気づく。

 

「……どうした?」

 

 愛馬の眼を見る。とても澄んだ眼。光の奥に星空が見えるようで、その一つ一つが煌めいていた。

 コイツは"西住まほ"を測っている。人を測るのは、自分に対して向けられた、その時以来のこと。その意図する所は一つだ。「わかった」とひと言もらして、表情筋から力を抜き、まほへと視線を戻す。

 

「乗りますか、コイツに」

「えっ ――」

 

 提案に、当然驚いた彼女が、我が愛馬の顔を見る。

 

「乗馬の経験はおありですか」

「えぇ、機会は多くありませんが、何度か」

「手綱は私が引きます、コイツが"乗せたい"と」

 

 ロンバルトが口をあんぐりと開けていた。さもありなん、コイツが自分以外に乗せる事を許した事はコレまで無かった。今日までは。

 自分だって驚いているのだ。この頑固者が自分以外に興味を示したのは初めてなのだから。

 手をさしのべる。まほは、僅かばかり躊躇する様子を見せたが、おずおずと手を乗せてきた。

 

(平熱より少し高い、体調を崩したか?)

 

 華奢で柔らかいが、戦車乗り特有のタコができた跡がある。小さな手だ。自分の体躯が遙かに大きいのだから当然なのだが。あの人の手も今はこんなに小さいのだろうか。

 我が愛馬に、まほが跨がる。ぴゅうと音を立てながら、風が草をかき分けて吹き付けてくる。愛馬の鬣と、まほの髪が同時に揺れる。

 

「様になっていますね」

「隊長、こっち向いてください!」

 

 着いてきていた赤毛の女子が、携帯を取り出している。今のまほを数枚、写真に収めながら少し興奮している様子だった。

 

「やさしい、馬ですね。易々と私を飛ばせるパワーがあるのに」

「【赤兎】は、コイツはそういう馬です。人をよく観ている。測って、認めたモノしか乗せません」

 

 そう言って、まほの眼を見る。彼女は、自分が見つめているという事に気づくと、ほんの僅かだが視線を逸らす。動揺している。

 視線を逸らすというのは、大概後ろめたい事があるか、嘘をついているか、それとも何か言いにくい事を抱えているかになる。この反応からみるに、三つ目。

 黒森峰女学園に怒濤のように起こっている潮流を思えばそれも当然だ。

 

「歩きながら話しましょう」

 

 手綱を引き、訓練場をぐるりと回り始める。ロンバルトは気を利かせたか入り口の方へ先に戻っていった。自分と、黒森峰女学園の三人。4人だけだ。

 愛馬は、上にいるまほを気遣って、ゆっくりと歩く。まほは、そんな赤兎の鬣をおずおずと撫でている。不思議なモノだ。妬く事は無かった。

 

「ここに来る前、"他校"の方と会いました」

「む、ハンガリー系ですか、ルーマニア系ですか」

「どちらもです。皆貴方の事を褒めておられた」

「おもはゆい事です。ただの戦馬鹿ですよ私は」

 

 きっと、吸収された連中が、自分に会いに来たのだと言う女子の一団に色々と言ってくれたのだ。余計なことを言っていたら後で"お礼"を言いに行ってやろう。

 

「皆言っていました。バラバラにされずに澄んでいるのは貴方のおかげだと」

「……買いかぶりでしょう」

「私達も、その一歩手前だったそうです」

「――――」

 

 そこまで話したのか、彼奴等。実害がある範囲では無いが、彼女たちにはショックが大きいポイントだろうに。

 まほ達女子が出会ったのはおそらく、試合に負けた上、ハイドリヒと言った親衛隊上層部が手を尽くし、『()()』『()()』の憂き目にあった男子校の生徒達だ。今彼らは"外部生"と呼ばれ試合では先兵・死兵と見なされかねない立ち位置にある。

 

「彼らも、空軍の地上戦力と聞いています」

「それ以外に使い道がありません」

 

 かつては()()()()()()()()()だが、彼らの保有していた地上戦力。確かに戦車も持っていたが、米英ソといった他強豪校の戦車達を相手するに心許ない代物であったし、兵の練度や装備も第三帝国学園の基準からは遠い。

 必然と親衛隊や陸軍との連携は望むべくもない。だから空軍の管轄下に置いて地上部隊として運用するのが最も効率が良いだけだ。足を引っ張られたら陸軍もやりづらいし、吸収された彼らの立つ瀬が無い。

 

「……彼らは貴方に護られていると」

 

 何より相手の力量を測るための"捨て駒"よりはマシだろう。

 

「制服を棄てずに済んだと悦んでいました」

 

 生活規範といった部分は軍団毎にある程度の裁量は認められている。

 "制服"や生活習慣、食事といった『アイデンティティ』に関わる部分は大凡の形を残してやった方が心を砕かずに済む。それだけの話だ。

 

「ハイドリヒに任せれば、全てを破壊していました。

 制服も、飯も。歌も。そうなれば本当の意味での彼らは死ぬ。

 試合で使い物にならなくなれば困ります」

 

 そう、ただそれだけの話。

 

「……大佐」

 

 まほの声に、熱が籠もっている。

 

「私達の事も、護ってくれたのですよね」

「……」

 

 きっと、黒森峰女学園との共同となって、もし親衛隊麾下に彼女たちが置かれた場合を考えた時。きっとハイドリヒなら"併合校"と同じ措置をとっただろう。試合が始まる前に。あの男は悪い意味でも男女平等な男だ。

 『黒森峰女学園』の名前が残っていたかも妖しい。そう思える信頼があった。マイナスに振り切った信頼だったが。

 

「これまで関わってこなかった、女子のために何故ここまで?」

 

 手綱を握る手を少し緩め、振り返る。まほと、付き添いの生徒二名。皆表情は穏やかだった。まほの顔は逆光でやや見辛かったが、微笑んでいるのがわかる。気恥ずかしい話だ。それに返答に困る質問だった。まぁ、気になるのは当然か。

 

「ハイドリヒは金遣いも荒い。吸収した生徒に合わせて制服から何まで新調する。

 女子にも合わせれば予算が足りなくなります。空軍も割を食う。それに……」

 

 そう言って、やや夕焼け色が混じり始めている空を見上げながら、思った言葉を口から出してしまう。

 

「"貴女"の事はずっと見ていましたから」

 

 まほを見やり、言った。逆光のせいで表情はやはりよく見えない。

 

「戦車道のインタビュー記事や番組で」

 

 それは嘘じゃ無い。ずっと"西住"のニュースは追っていた。知りたかったからだ。あの人の後と、そして生まれてきた姉妹の事を。

 

「……」

 

 まほは何も答えない。まぁ、少し年上の男がずっと見てましただの、いきなり言えば言葉に詰まるだろう。自分だったらドン引きする、間違い無く。

 

「男女共同競技なる、狂気の沙汰が止められないと解った時……」

 

 だが、この局面になって嘘を言うのは良く無い。

 

「他の男子共の手を取る貴女を想像して、癪に障った。それだけです」

 

 我ながら気持ち悪い言葉のチョイスをしたのでは無かろうか。出てきたモノは仕方が無いが、無性に自分をぶん殴りたくなる心持ちだ。

 もし自分がアナグマなら、巣穴に引っ込んで出てこなくなるような。そんな感じ。むずがゆくて、腹も立つ。なんで今あんな言葉を選んだのだ。

 

「ぁ……ぅ……」

 

 まほが言葉に詰まっている事が、後頭部越しに伝わってくる。

 あぁ見た事か、やはり引かれているでは無いか。

 

空軍(われわれ)の基地までご案内します。一旦厩舎へ行きましょう」

 

 こっぱずかしい。視線を後ろへもう一度戻すことが出来ない。女子はいまどんな顔をしているのか見るのが怖い。

 多分ドン引きされている。まほとは直接会うのはこれで2度目。付き添いの生徒はこれが初めてになる。初対面の男が言って良い台詞では"断じてない"。

 

(俺も舞い上がったか……訓練が足りないな)

 

 そう思いながら、我が愛馬の首をかるく叩く。

 

「厩舎へ戻るぞ、【赤兎】」

 

 我が愛馬、赤く煌めく体毛を蓄えた、一際大きな馬体を持つ馬。

 

 ソイツは自分をからかうような仕草をみせて、また脚を進める。

 

 しかし大佐こと、雨流いずるは気づいていない。

 

 自分も、やはり()()()()()()()()という事に。

 

 肝心なタイミングで致命的に言葉を誤る。

      肝心な時に言葉が一言、二言足りないという事に。

 

 

 付き添っていた『赤星小梅』は、帰校の後述懐する。

 

「あんなに真っ赤っかな隊長、初めて見ました」

 

 

 

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