ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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壊れる

 

 

  ~ 滋賀県・近江八幡市 ~

 

 

 駅を降りてすぐの和菓子屋で買ったモナカを頬張る。

 第三帝国学園、学園保安本部の校外諜報部門に所属する男子、『ヴァルター・シェレンベルク』は、口の中に広がる餡子の味を噛みしめながら街を見回した。かつて覇王が最後の城を建造した土地も、今はのどかな田舎の風景が広がる街の一つになっている。

 "へし切り長谷部"のレプリカとか売っていないかなぁ、などと考えながら街を散策している彼のルックスは、あたかも外回りの新人が一休止しているかのようである。ブラウンのトレンチコートと黒革の鞄。そして上等なスーツ一式。安物では無い、どこぞの良いとこ勤めの若造な装い。

 

「兄ちゃんも安土城跡に観光かいな?」

 

 お店のおばちゃんにはそう聞かれた。覇王・織田信長の史跡巡りに訪れる観光客はさぞ多かろう。かくいうヴァルターも、半分はそのつもりで来ている。役得というものだ。何が楽しくて、()()()()()()をまさぐらねばならんのか。

 

「いやはは、それも目的なんですが、ちょっと人探ししてまして」

 

 そう言って、この地域へ来てから所々で聞き込みを行っている。持ち歩いている写真を、主に中年以上から還暦の年頃の方を対象として。

 

「美人だねぇ」

 

 見せていたのは"西住しほ"の写真だ。琵琶湖のほとりであるこの地域に、"鍵"が落っこちている筈で、今はそれを探している。それが彼の任務であった。

 

 ―― 西住しほの経歴には"一年"の空白期間がある。

 

 手がかりは殆ど残っていなかった。あの時期の関係者の証言や足取りがほぼ抹消されており、この地が候補として浮かんでくるまでに骨が何度折れたことか。

 ドイツへの留学から帰国した後、一年。姿を消していたかと思った後に再び、熊本の西住家にて活動の記録が再開している。黒森峰女学園を経て、大学生活と留学。そして西住流の師範代として活動を再開。それまでの間に差し込まれている"一年"。誤差と呼ぶにはあまりに長い。

 

「……? あれ、この人『ちか』さんじゃ」

「――っ!?」

 

 当時の日独間を飛んでいた航空便の空路を調べ上げ、到着する空港と運航していた地上の交通機関をあたった。タクシーに関しては期間が期間であったため半ば諦めていたが、奇跡というものは意外なところで起こるモノだ。

 しかも連続で、である。

 記録は消せても、記憶は消せない。人の口に戸を立てるにしても限界はある。

 

「知っているんですか、お姉さん」

「やだよぉお姉さんだなんて~。そうだねぇ、随分歳をとっちゃってるからすぐ思い出せなかったけど、間違い無い。この人は『ちか』さんさ」

 

 そう行って、お店のおばちゃんは北東の方角を指さした。それこそ安土城の城下に近いあたり。

 

「短い間だったけど、とっても若いご夫婦が住んでたよ。幼い男の子の三人家族で」

「住んでた? 短い間って?」

「トラブルでもあったんかねぇ、奥さんが出て行っちゃったのさ。

 親御さんが迎えに来てたから、引き離されたって感じだった」

 

 よくそんな鮮明に覚えておられますね、と聞いてみる。

 

「そりゃぁ、私はご近所さんだったからだよ。

 男の子はわぁわぁ泣いて、旦那さんもしば~らくふさぎ込んでさ」

「それで、その男の子と父親はどこへ?」

 

 そして、深入りしたことをすぐにヴァルターは後悔した。

 

「……五年くらい経った頃に、旦那さんは亡くなったよ。

 男の子は8つくらいだったかねぇ、孤児院に行ったきりそれっきりさ」

 

 

  ※※※※※※※※※※

 

 

  ~ 大洗にて ~

 

 

 夕暮れを背に浴びながら、一人の少女が商店街の道を歩む。周囲の奇異なモノを見る視線すら意に介さず、片手にはとっくりを持ってふらついている。

 鶴姫しずかは、頬を紅潮させ、焦点が合わぬ眼で周囲を見回したりしながら歩いて行く。明らかに"酔っていた"。

 

 無論、法の範疇で。

  場酔いするレベルで、彼女は戸惑っている。

 

 ノンアルコール日本酒を注いだとっくりを、時間を置いては仰ぎ呑み、口元からこぼれた液体は首筋を塗らし、垂れていく。端から見れば、悪酔いしているようにしか見えないだろう。

 

 祭りの雰囲気は、この数日で止んだ。

 

 今は着々と、試合の準備が進んでいる。大洗女子学園と聖グロリアーナ、BC自由学園。そして英系と仏系の男子校。日英仏混合国籍軍というかくも混沌とした混成軍で、一回戦を迎える事になるのだ。しずかは今、胸中に巣くうこの感情の処理に戸惑っている。

 

 ―― "反董卓連合軍"に参じた時の劉玄徳も、この心持ちであったのか?

 

 小粒。圧倒的な小粒。今の楯無が"百足組"の立ち位置はまさに。

 

 全陣容を繋げるだけでも、㎞単位の大軍だ。戦車、軍用装甲車、そして歩兵の織りなす巨大な帯。天を突くのは槍では無く、居並ぶ鉄砲である。

 そして【Ⅳ号戦車】を初めとする大洗女子学園の戦車群。聖グロリアーナの【チャーチル】、【マチルダ】、【クルセイダー】。BC自由学園の【ルノーFT-17】、【ソミュアS35】、【ARL-44】。俯瞰して見ると圧巻の並び。

 英仏戦車部隊も、女子と一部被っている戦車もあるが【オチキスH39】や【コメット巡航戦車】の姿も見える。

 まさしく、何の肩書きも無しに諸侯の居並ぶ天幕に列席させられると同じ。

 なにくそと言う気持ちがあまりある。故に参陣するに今更戸惑う事はなし、意を発するに萎縮する理由なぞ存在しない。

 

 (なのに何故、私の心は揺れ動いているというのだ!!)

 

 納得出来ないのは自分自身の感情である。

 こうして気を紛らわせようとしても、間髪を入れずにこみ上げてくる高揚感と、耳元で囁かれた声の響き。射殺さんばかりに強烈な視線と、圧死するかと身体が錯覚した程の波動。全身を覆い尽くしていたあの"()()()()()"は、何にも代えがたい程の多幸感を鶴姫しずかにもたらした。

 その後の事はうろ覚えだ。何せ天に立ち上らんばかりの夢心地の中にいたのだから。

 何故あの時の私はあんな事に、と思いもした。天から舞い降りた凄まじき"闘気"を今一度と訪れたこの地で、思いも寄らぬ総量の圧をこの身全てで浴びた。

 

 高鳴る鼓動、燃え上がる闘志。

 

 そう、あの時感じていたのはまさしくソレだった筈。なのに何だ、この感覚は。

 この下腹部からわき上がってくる情動は、鶴姫しずかにとっては理解が及ばない代物である。いや、理解では無く納得できないと称するが正しい。理解はすれども理性が受け付けない。心が受け入れたくないと叫んでいる。

 

 ―― 我は間違い無くあの時、()()していた!!

 

 あの巨躯から放たれる黒い波動。それに包まれていたかった。あの抱擁が自分のためだけにあるのならばと願った。この細い首なら難なくねじ切ってしまいそうな腕に抱きしめられたのならと、(はら)が脳に働きかけている。

 この娠に注ぎ込まれる事を少しでも想像してしまった我が身が怨めしい。

 こんな戯けた事の為に、戦装束を纏ったのでは無い。断じて否。

 

「唖ァああぁああァアアっ!!」

 

 ―― ゴッ

 

 雑念だ、これは明らかに雑念。振り払わんと、真横のフェンスに頭突きした。

 

「我は()()()などでは無いわぁ !!」

 

 往来で叫びながら奇行に走る少女を、周囲の人々が響めきと共にみやる。

 

「断じて ! 違う ! 違う !!」

 

 周囲の目すら、この溢れんばかりの激情には届かない。意識の片隅にすら入ってこない。ふがいない己、武者としてあるまじき己の顔。女子の身であった事をこれ程までに呪った事も無い。

 あの漆黒の巨竜が首元に、我が手にて弾丸という名の刃を突き立てられたならと想像していた筈。百足の牙で食い破り、地べたへ引きずり下ろしてトドメを差す。それを夢想して、わき上がってくるこの溶岩の如き猛りへと捧げよう。

 

 そう思っていたのになんだこの()()()()()は!!

 

 自分の中の『鶴姫しずか』が死ぬ。そう思った。

 

「我は ! 鶴姫 ! しずかぞ !」

 

 死にたくない。

 こんな所で戦車乗り"鶴姫しずか"が終わって良いはずが無い。この名は無防備に男へ股を開いて子種を貪る淫○女のものでは無い。

 赤き大百足の背に乗って、【赤備え】が如く九八式三十七粍戦車砲(大太刀)をふるって駆け抜ける女武者のものなれば。

 

「―― 鶴姫さん!? どうしたの!?」

 

 西住みほの声が聞こえた。心がぶれる。驚いたのだ、この自分が。

 思わぬ声に脚がもつれる。地べたが見る間に大きくなって、前腕に鈍い痛みが走った。転んだのだ。

 側に西住みほが駆け寄ってくる。そしてその後ろから聞こえてきた悲鳴ににた叫び声。松風鈴も近くにいたようだ。二人が近づいてくる。

 

「……見るな

「――姫! おでこから血が……」

 

 見るな、こんな我を。そう言葉を発しようとしたが叶わない。

 感情の処理が追いつかない。これは昂揚でも、武者ぶるいでもなく、ただひたすら自己否定を繰り返す"魔"の類いだった。

 振り払えない。

 はき出せない。

 馳せ参じた鈴の胸を掴んで、顔を埋める。

 口から嗚咽が漏れた。何と情けない事か。今更になって手足が震えてきた。ここに至ってようやく理解した。

 あの時感じていた多幸感や高揚感、武者としての悦びを上回っていた一つの答え。

 

「ふっぐ……ぐううぅうぅえぇ」

 

 

 ―― 怖かった

 

 

 これまでの生の中で始めて浴びせられた"殺意"。きっと世の中ではそう呼ばずにプレッシャーだのなんだのと言葉を当てはめるのだろう。しかしあの時浴びていたモノはそんな生ぬるい代物では無い。断言出来る。

 

 虎牢関の前に現れた、紫金欄の兜をいただき、漆黒の大鎧を着込み、魔性の馬に跨がった古の大豪傑を前にした心持ち。

 

 そうだ。視線だけで月牙が真っ直ぐ、自分の首を一閃した。それを実感した。着込んでいた引き振袖が真紅に染まった光景が見えた。宙を飛ぶ我が首が見えた。槍をつけるもなにも、槍を振りかぶる前に刃が首に届いたのだ。

 嬉しかった。首が飛んだ感触が何よりも心地よいと思った。意思に反してまた下腹部が熱くなってくる。内股が熱を帯びていく。

 

 嫌だ

  嫌だ

   嫌だ

 

 違う

  違う

   違う

 

 鈴の胸から顔を離せない。顔を見せられない。

 女武者の色が落ちている。きっと今の自分は情けない顔をしているという自覚があるが故に、何より鈴には見せられない。西住みほにも見られたくない。

 涙が溢れていて、声が震えているのに頬が緩んでいる。矛盾している。

 

 きっと"鶴木しずか"の顔は、雌の顔になっている。

 

 

 

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