ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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ピッツァ・マム

 

 

  ~ エンクレイヴ自由学院・演習場 ~

 

 

 わかっていたことだ。

 

 安斎千代美こと、アンチョビはゴクリと息を呑む。通信越しに聞こえてくる女子の、混乱や悲鳴。そして自分が駆る【P40】の乗員達の手も震えていた。わかっていた事だ。競技の内容、基本的な対戦基準からして"戦車道"とは似て非なるもの。

 アンチョビも、自分の手脚が震えている事はとうにわかっている。

 相手側に廻っているサンダース大学附属の【M4シャーマン】も動きが止まっていたのが遠目に見えた。当然だ。

 

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 映画なり何なりで、「童○卒業だな」と新兵が肩を叩かれるシーンを思い浮かべるが、スクリーンの向こうと現実では天と地程の差がある。当たり前の事、考えなくてもよかった環境にいたのだという事実が全てのしかかってくる。

 

< 動きが鈍いのは仕方が無い、慣れるまで時間はかけよう >

 

 と、アンツィオサイドに着いてくれた男子生徒がそう声をかけてくれる。

 『ブラッドレイ』と名乗っていた。演習開始直前の、女子全体に広がりつつあった圧迫感を和らげるのに尽力してくれている。故にパニックはまだ起こっていない。それに、男子側もこうなる事は想定しているのか、互いに膠着した状態が形成されていた。

 

 アンチョビ達は、突破した敵方の防御陣地。エンクレイブ自由学院の一部とサンダース大学附属の停止した車両の間と、破壊したトーチカ。そして転がって動かない男子達の間を進んでいる。

 敵味方識別のため、アンツィオ側の男子は赤い腕章を、サンダース側は青い腕章を付けていた。そしてこちら側の男子達が、道を空けるために動けなくなっている生徒を道端の方へ運んでいた。戦車や装甲車で踏みつけるわけにはいかないからだ。

 

 死亡扱いである赤ランプが着くと、試合場から少し離れるのがルール。

 

 と説明されたが、至近弾で気絶してしまったり、打撲で動けなくなってしまう事はままある。そのため、自力で離れられない生徒はこうする他無いのだとか。

 

「そう言ってくれるのはありがたいけどなぁ。"始めて人がいる所"に撃ったんだ、響くぞ。

 私だっていまめっちゃ脚が震えてるんだ」

<そうだろうとも、母ちゃん(Mom)。俺達だって最初はそうだ。みんなそうさ>

 

 そして、P40の左後方10mを走っている【M26パーシング】のキューポラが開いて、男が出てきた。アンチョビはじろりと視線をくれて、

 

「誰が母ちゃんだ、誰が」

「ハハハ、こっちについた奴等はみんなアンタに胃袋捕まれたんだぜ?

 そう呼ぶってもんさ、あの"二日目のタイフーン"の事を聞けば」

「うぐ……その話はよしてくれぇ」

 

 ~~~~~~

 

 アメリカ系のこの学校へ訪れて、一日経った時に起こった『食堂事変』。あの時の事を、エンクレイヴ自由学院の学食を担当していた男子生徒達は述懐する。

 

 「あの時私は始めて、"悪鬼(オーガ)"を見ました」

 

 「厨房の大扉がぶち破られて、その向こうにタイフーンがあった」

 

 「殺されると思いました。

  『この板きれをピッツァと呼ぶ奴は誰だぁ!?

  『これがパスタと言い切るヤツは誰だぁ!?』って」

 

 「あれが秋田の"なま○げ"ですか?」

 

 「あの後、怒濤のように厨房に女子がはいってきました。

  ……とってもいいにおいがしました。ごめんなさい、ゆるしてください」

 

 まぁ、そのような阿鼻叫喚の地獄絵図が、怒り狂ったアンツィオ女子の手によって顕現したのである。サンダース大学附属の2人組と、カルパッチョ、ペパロニすらもあっけにとられて、数分の間食堂側で立ち尽くしていた程の勢いだった。

 

 厨房から聞こえて着た、男子達の悲鳴。それにより真っ先に正気に戻ったケイが、アンチョビを止めなければと厨房に駆けつけた時には既に、アンチョビの手による『料理教室』という名の固有結界が発動していたのである。

 

 「良いか!? ピッツァのカリカリは~」

 「「「 Yes,ma'am! 」」」

 

  「パスタのゆであがりは~」

  「「「 Yes,ma'am! 」」」

 

   「ソースのバランスは~」

   「「「 Yes,ma'am! 」」」

 

「何これ? 何これぇ?」

「あぁ~、やっちまったッスね~。あぁなると姐さん、止まらねぇッス」

「アンツィオの大改革もあの人一代でやっちゃった人ですから……」

 

 よくよく考えればアンチョビ……安斎千代美は傑物だった。

 ケイはこの時に至って、彼女がもし黒森峰女学園やプラウダに行っていたらと考えてしまってゾッとする。しかし今、瞬く間に厨房を掌握してしまった彼女を見て、一抹の不安が頭を過ぎる。

 

 コイツ、このまま男子校の連中掌握しちゃったり?

 ……そんな漫画みたいな事あり得ないわ! Hahaha! ――

 

 ~~~~~~

 

 

「まさか本当に男子の胃袋掴んで祭り上げられるなんて……」

 

 アンチョビの対戦相手役になっていたケイは、遠目に見えているP40を見て先日の"アンチョビマジック"に思いを馳せていた。まったくもって恐ろしい女である。

 彼女の独壇場は丸一日続いた。厨房からお出しされるイタリアン、そしてジャンルを飛び越えたお料理の数々。

 

 『ゥンまああ〜いっ』と、路外にも響き渡る男子達の嬌声。

 

 その声を聞きつけてやって来る男子共はまさしく"人の海"だった。それらすらも含めて、学食の冷蔵庫といった備品達が悲鳴を上げるに足る状況下でアリながらアンチョビはさばききったのである。

 あっけにとられて見るしか無かった。

 面会予定だった男子校の幹部達も、ケイと同席してからその説明を受けて、信じられない目で厨房の方角を見ていたのは記憶に新しい。お出しされる本格イタリアンのおかげで、話が弾んだのはプラスと見て良い筈だ、多分。

 

「男は単純なんだよ、レディ・ケイ。胃袋をつかまれりゃイチコロさ」

「……後半はもはやパーティでしたもんねぇ」

「いやぁ、美味かった! そして楽しかった!」

 

 ケイの駆るM4シャーマンの隣につけている、M26から身を出していた男子は笑いながらあの時の事を語る。豪快な人物だった。『ジョージ』と名乗ったその指揮官は、あの味が恋しいのか目をつむって天を仰ぐ。

 

「"この演習が終わったらまたあのピッツァが喰いたい"です?」

「……わかるぅ?」

「よだれ出てるわよ」

 

 口元の緩みからして、相当な数の男子達があの味の虜になったのがわかる。

 ケイは内心、アンチョビが男子達以上の脅威に映って仕方が無い。アンツィオ高校というイタリア戦車中心の、言い方は悪いが素のパワーが低い学校だからこそ保たれていたバランス。

 そうでありながら、大洗が転用してここぞと言うときに光った"マカロニ作戦"なる欺瞞作戦を発案したり、それこそ消えかけていたアンツィオの戦車道をここまで一代で立て直したりと、やっている事は西住みほの影に隠れているが相当な事をやっている。

 

 ―― そこに先日、"アメリカパゥワー"が加わった。

 

 ―― ノリと勢いがありながらも地力すら揃っている男子共

 

 これは何を意味している?

 

 そして視線の向こう、地面が大きく揺れた。

 

 

「 行くぞ野郎共ぉおおぉお!!! 」

 

 

「 Yes ma,am !! 」

 

 

「 Sir,yes ma,am!! 」

 

 

「 Siamo il Duce! Ah, Duce!! 」

 

 

 こうなる。

 

<えぇ……>

<何をどうしたらこうなるのよ、おかしいわよ>

 

 と、ナオミとアリサの車両から呆れた心情を隠さない声が聞こえてくる。

 訳がわからない。理解が追いつかないものが向こうにいる。戦車道の時以上に、彼女の潜在的な何かが作用しているように思えてならない。天が全て良い方向に彼女に立ちして転がるよう働きかけているような感じ。

 

「【元:ジョルダーニ学園】の連中、こぞってアッチに廻ってるなぁ、当然か」

「そろそろ、試合はじめの"衝撃"が収まってきた頃だからかなぁ」

「君らもどうだ、流石に歩兵がぶっ飛ぶのは嫌な光景だったと思うが」

「……それは流石に戦車道履修者を舐めてるって事で良い?」

 

 パシッと、ケイは自分の両ほほを叩く。叱咤するためだ。

 流石に、飛んできたライフル弾で歩兵が倒れる光景は堪えた。怖かったし、身が竦んだ。ただしこれは男子達が乗り越えてきたものでもある。女子には出来ないだろ、と言われるのは癪にさわるというものだ。

 

 女子なめんな。

 

 見せつけてやろーじゃん!

 

 ケイの胸中にあるのはそれだ。そして、負けてられないとも奮起する。

 

 

「「「 Ma,am! Pizza Ma,am!! FOooooooo!!!! 」」」

 

 

 別の意味で怪物を目覚めさせたような気がするのだ。彼女が味方サイドで本当に良かったと思いつつ、卒業を迎えた後の事を考えて怖気が走ったから。もし大学の環境で、戦車道においてより良い戦車、人員で戦車道をやったなら、『安斎千代美』はどうなるのか。

 

「ここで震えてられないわよ、ケイ」

 

 そしてケイとジョージは、"部隊前進"の合図をした。

 

 

 

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