ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ 東京都新宿区・某所 ~
「やはりここにおられましたか、博士」
新宿の一角、地下にあるこの区画はかつて、旧日本軍の防疫研究室が置かれていた。
真上は元々旧軍の軍医学校が建っていた場所であり、今は国立感染症研究所が建設され、病原菌・細菌に関する研究が日夜行われている。
この場所は、それこそかつての大戦時における日本の犯した"過ちの象徴"の一つ。
埋め立てられる訳でもなく、ひっそりと息づいていたその場所には今、数多くの機材が居並んで明かりが灯されていた。
その中で、少数の研究員がモニターや被験体を見守っている。
モニターの中には、細胞の構造組織と、
「やはり、進展はみられませんか」
「かつての"成功例"が、"神の奇跡"と呼べる代物だと実感するよ」
博士と呼ばれた人物は、一本目の薬液を血液サンプルと混ぜる行程を進めていた。
ゆっくりと交わっていく二つの液体と、その課程が画面に映し出される。血液は、十才になったばかりの男児のもの。身体を構成する生体物質。
たとえば見た目だとか、どんな病気には強くてどんな病気には弱いのか、アルコールに強いか弱いか等細かな部分を決めるもの。
そして何より"個人の情報"を記録すると信じられている。与太話だと切って捨てるのは簡単だ。だが可能性を追求するのが科学者という生物の生態。
「こうして一方を"寄生"させる事は出来る。従来通りに」
アンプルの血液は、薬液と混じった時に
「しかし二本目を加えると……」
"博士"は、二本目と混ぜ合わせる行程にOKをくだすボタンをクリックした。
すると、今度は瞬く間に画面上の情報に変化が起きた。二重らせんがほどけて、構成する物質がバラバラになっていく。
「
「ハイエナに食い尽くされる草食獣と変わりませんね」
「そう。あの成功例達を除いて、基本こうなる」
博士はそう良いながら眉間を抑える。成功例が数える程度しかない"二重寄生者"。その製造工程の安定化を目指したい。この研究室の存在する理由はそれだ。
「一人の人間に、人間を
そう良いながら、薬液の表面に添付されている文字列に目をくれる。
『ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ』と書かれていた。この研究室の奥、限られた人間のみが入る権限を持っている保管庫には、コレの他にも様々な薬液が保管されている。
ここは、人間に人間を植え付ける技術を培ってきた蠱毒の底なのだ。中に住まう魑魅魍魎は、ノアの箱舟と呼んで憚らないが。
「まだ、完成には至っていないけどね」
「成功例はやはり、生き残っている"二重"の連中ですか?」
そう言って、助手が数枚のファイルを博士へ手渡した。
「そうなる。よりによって同世代ばかりとは……【最悪】だよ」
博士はそのファイルをめくる。約12年前に起こった奇跡。被験体の数名が二重寄生に成功したのである。大本のプラン通りの"第一寄生"に加え、突如計画変更によって追加された"第二寄生"。
失敗作は無論死亡した。
哀しい事故だ。練習中の事故として社会的には処理させている。
ただし、生き延びた者達も"二人目"の発現はまだ見られない。
「……もしや"御上"は、彼らの
「そういう事だ。今回の男女共同で女子までも巻き込み始めた"凶行"の元凶だよ」
男子だけで実験を続けるから上手くいかないのだ。御上の考えた事は至ってシンプルな事だった。
戦の根源には"自分のコミュニティ"を護りたいという思いがある。個人間の喧嘩や殺し合いは、自分の命だけでも成立する。しかし戦は違う。家族・村・町・そしてより大きな共同体と、護る規模が拡大した集合体同士の衝突だ。その根っこには"家族"がある。
そしてその一個下の単位こそ、「男と女」。
「流れを変えれば、能率的に"発現"を促せる筈だと老人共はお考えだ」
「エロ爺共の酔狂とも言いませんか、それは」
「そうとも言うが、どん詰まりなのも確かだよ」
博士はそう言いながら、ファイルの人物達一人一人に目をやる。今まさに、学校で青春を過ごしながら、殺伐とした空間に身を投げている者達の写真。
ファイリングされた対象の寄生者達に添加された薬液アンプル。その供給元は『大陸』からだった。しかも、二世紀の遺物から抽出されたもの。上手くいくかも解らないのに強行された"第二寄生"の選別。
上手くいったのはまさしく神の奇跡だ。
「ですが、それが実験というものです『安斎博士』」
「……私はね、既に皆"発現"してると思うんだ」
「その根拠は?」
「私の先輩達も、私も舐めていたというべきさ。
人間……その長い足跡の中で出てきた"英雄・奸雄"と呼ばれる連中を」
安斎という苗字を持つ博士は、ファイルのなかから一枚だけ取り出して、助手に見せる。そこには、第三帝国学園の第2地上攻撃航空団の長、ルーデルの顔写真があった。彼の入学以後の足跡と、発現予測、そして実数値が書かれている。そしてその遙か下に書かれた『もう一つの名前』。それはまだ現れていない。
「人間の中でも規格外な連中しか、名を残さない。次代を遡れば遡る程。
そんな者達を御してみせようなんて、おこがましいと思わない?」
「まさか、"彼ら"が自発的に隠れているとでも?
所詮は"遺伝子情報"です、そこまで出来るとはとても」
甘い。やはりこの助手も甘い。
安斎博士は考える。自分達の研究はまさしく『人工の英雄』を作る研究だ。人類史の中で名を残してきた人物、傑出した者というのは得てして"規格"から外れている。発想、肉体といったものが。常人のソレと比較してはいけない。
もしも"彼ら"が、目覚めた瞬間に状況を理解した場合、どう出てくるかの予測はある程度立てている。
・瞬時に第一寄生体を食い尽くし擬態する。
・第一寄生体と意気投合・同一化し事実上消滅する
・素体や第一寄生体と反発しつつ共存する
「怪物の遺伝情報だよ。ちょっとでも油断をすれば、首を切られる」
自分の置かれた立場を理解して、打開・譲歩・潜伏する。そういう発想が忽ち出来る人間で無ければ生き残れない時代を生きた者。
安斎博士は、身につけているロケットを取り出して、中の写真を見た。
怖くなったときは、こうするのだ。中の写真を見て自分を奮起させる。
「……娘さんですか?」
「あぁ、しばらく会えていない。寂しい思いをさせてる」
非情に内気そうな10才くらいの女の子。明るいグリーンの髪の毛を一本の編みへまとめ、眼鏡の向こうにある眼がとても可愛らしい。
「久々に、
「まさか博士、……女子にも?」
「おかしいかい? いくつかサンプル体を仕込んである。7~8年前にね」
狂っていると言うなら言うがいい。
元より私はそういう"博士"だ。
「 ンンンンンン ―― 」
考える。引っ込み思案で、自分の言葉を発するのもやっとだった娘が、一体どんな変化を遂げているだろう。故に中学への入学から学園艦へ上がった頃、合う頻度を意図的に下げた。
「愉しみだァ。あぁ、くく。ンンンンン」
ロケットの写真の片隅には、『千代美』と書かれている。