ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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そして前夜まで

 

 

  ~ グローリー・オブ・オナー学院 演習場 ~

 

 

「「「 ――ハァッ ――ハァッ ――ハァッ 」」」

 

 荒く、呼吸のリズムが乱れる。こみ上げてくる吐き気と、耳にこびり付いてしまう音の数々。西住みほ、ダージリン、マリーら三名が、それぞれの乗車が脇に腰をかけ、この一日で浴びた"洗礼"を振り払おうと己に向き合っていた。

 

 歩兵が戦車の横を歩く。前を歩く。追従する。敵の歩兵が建物の二階から、塹壕の中から、木陰や草むらのカムフラージュから湧いて出てくる。構築された陣地の奥にある、野砲から浴びせられた砲撃。

 反撃しようとしても、どの照準の先にも"人"がいる。

 意を決して放った砲弾が建造物を打ち壊し、中にいた兵が落ちてきた。陣地を砲撃して野砲を破壊した跡に転がった、力なくうなだれる男子達。

 

 ―― 『うわぁっ!』

 

 対戦車兵器の残弾が無くなった所を見計らって塹壕を突破する際に、土を被って動けなくなった敵役男子の叫び声。

 

 そして、飛んできた男子の体が戦車の装甲に当たった時の、独特な音。

 

 ―― ドスンッ

 

 始めて経験する事だった。75㎜砲が掠める音や、曳光弾・機銃の弾丸が車体に当たる音には慣れたものだと言うのに。

 

「……うっぷ」

「だ、ダージリンさん。大丈夫ですか?」

「い、いえ。全く。これは堪えますわね」

 

 みほはダージリンの側へ寄り、彼女の背中をさすった。本来であれば聖グロリアーナの副官ポジを勤める『オレンジペコ』や『アッサム』がこの役割を勤めるのだろうが、彼女らも相当堪えたようで、自車の傍らで横になっていた。

 

 大洗・聖グロリアーナ・BCといった女子の面々は、こぞってダウンしている。

 

 皆が皆、本演習で味わった感覚の洗礼を受けた事による反動を喰らったのだ。当然である、いかに演習とは言え試合と同様の環境で行われた。

 大洗・楯無・BC・聖グロリアーナの連合軍に、男子が補強する形で加わり、相手方に廻っている男子の防御陣地を攻めるという"攻勢"を体験する事になった演習。かつ、航空戦力は初回で味わうには刺激が強すぎるとして、無しにもしてくれた上でもこの衝撃である。

 

 当たり前だが、宙を舞う人体を見て平気でいられる人間はいない。

 

 機銃の掃射で、声と共に人が倒れる音がして、平気な人間はいない。

 

 崩れた瓦礫の下から人の声が聞こえて、平気な人間はいない。

 

 破壊したトーチカの向こうに人が見えて、平気な人間はいない。

 

「みほさんは、大丈夫?」

「私は、みんなよりはちょっとだけ」

「そう言えば、ここの誰よりも戦車道歴が長かったですものね」

 

 呼吸を整える。これすらも重労働に思えてくるのは久しぶりだった。"戦車道"の試合の空気というものを始めて味わった頃と同じくらいか、それを上回る程の緊迫感。女子一同、身をもってして噛みしめている最中なのだ。

 マリーの傍らには、いち早く動けるようになっていた安藤が寄り添って、マリーの背をさする。吐き気を必死にこらえている様子を見るのと同時に、安藤の順応はおそらく先日の襲撃による若干の慣れがあったからだと、みほは推測した。

 

「う……うぇ……」

「マリー様、こらえないでください。袋をお持ちしました」

 

 そう気遣う安藤に、気遣い無用とマリーは胸を張る。ここでもし万が一乙女にあるまじき姿をさらせば、間違い無く()()する。それだけは避けなければならない。それに、コレは今後しばらくつきまとうことになる感覚なのだ。慣らすに丁度良い機会と思えば良し。

 ふんわりお嬢様ルック、かつ本人の趣味もその系統である『マリー』だが、その芯には各校のリーダーにも劣らぬしなやかさを持っている。

 

「いやはや、皆様気丈ですな。始めての体験を経て、()()子が少ない」

 

 そんな女子一同の元に、グローリー・オブ・オナーの軍団を統括する男、アラン・ブルックがやって来た。引き連れている男子達が、大きなバッグを背負っている。それらからは長いチューブが伸びていて、アランの合図で散開すると、女子達が伸びている所へ各々向かっていった。

 かくいうアランも、水筒からカップに何かを注いで、ダージリンとマリーに手渡す。

 

「経口補水液です。胃に優しいものはとった方が良いですよ」

 

 けろっとした顔をしている、英系男子の顔を見ると、先ほどまでの演習の時と変わらないその顔がとても恐ろしくすらある。

 

「ありがとうございます、アラン大将閣下」

 

 ダージリンも、マリーも、そしてみほも補水液を口に含む。

 とても美味しかった。これを美味しく感じるという事は、肉体に相当な疲労が溜まって塩分を求めている証拠。硝煙の臭いが残る原の上で、火薬の煤を見ながら味わうピクニック。紅茶やケーキ、という気分には今はとてもなれなかった。

 

「……いやはや、ニュースで見ておりましたが、お強いですね」

 

 アランは、西住みほを見ながらそう感想を述べた。

 あれ程の動き、指揮を見せながらもなお、涼しげな夜風に当たった帰りのようにさわやかな顔を保っているこの男がとても不思議に思う。

 

「私の『コメット』が白旗を揚げるとは」

 

 そう、この演習後の休止に至る直前に、ようやくあんこうチームの『Ⅳ号』と、ダージリンの『チャーチル』。2両で挑んで、アランが指揮車両として搭乗していた『コメット巡航戦車』を討ち取るのに相当な手間を取られた。

 

「『口説は身ら逢うに如かず、耳もて聞くは目もて睹るに如かず』とはよく言ったものです」

「よく仰る。防御陣地の配置換えでこちら側を分断し、歩兵と車両を駆使して私とみほさんだけ、貴方が陣取っている本陣の中に引き込んでおいて」

 

 大洗女子学園の戦車道チームや、BC自由学園、楯無高校の『テケ』。そして聖グロリアーナ女学院の車両達も、歩兵を護ったり護られたりで普段通りの動きは流石に出来なかった。それもあるが、後方に伏せていた歩兵に追い立てられる形で、みほとダージリンだけが敵本陣の中に追い込まれる形になったのだ。

 

「"手玉にとられる"ってこういう感じなんですね。

 いつの間にか、みんな自分の目の前の相手をしなきゃいけなくて。

 私とダージリンさんの車両は、少しずつ本陣に押し込まれていって……」

 

 押し込んでいたのでは無く、誘い込まれたのだと気づくのに2手遅れた。気づいた時点では既に遅く、既に相手の一差しで奥に進まなければならない状況にされた。周囲の男子車両や歩兵が、こちら側の車両と歩兵を押しとどめ、まるでドーナッツの中に自分達だけになるように。

 

 誰も援軍にこられない。2対1のバーリトゥード。

 

「でも僕は負けた。どちらかを撃てばどちらかに撃たれる所まで追い込まれたし」

 

 褒められているのだろうが、今の言葉もダージリンとみほには刺さる。

 

「確か、"戦道"では車両じゃなく、自身が"死亡"扱いにならないと勝敗がつかないのでしたね」

「えぇ」

「……嫌らしい方。私のチャーチルを行動不能にして、Ⅳ号にコメットを落とされた。

 その時貴方、既に車外に脱出してⅣ号のキューポラの上にいらっしゃったでしょう」

 

 みほとダージリンはその時の光景を思い出す。

 炎と煙の広がる中で、コメットから飛び上がった彼の姿・動きはまさしく"流水"のようだと思った。コメットが行動不能になった時、彼はⅣ号戦車の、キューポラから身を乗り出していたみほの目の前にふわりと降り立ったのである。水鳥がゆっくりと水面に降り立つかのようで、時がゆっくりと流れているような感覚だ。

 

 <―― お見事、僕の負けだ>

 

 そう言ってからからと笑った彼だが、みほも納得出来るかと言われると微妙な心持ちである。

 

「あの時、貴方は『ウールワース爆弾(No.73手榴弾)』を手に持っていた。貴方達男子のルールに則るならば、それをⅣ号の中に放り込むだけで"貴方の勝ち"になる」

 

 考え込む様に、アランは顎に指を当てていた。空気に慣れて貰うため、演習もある程度人員を絞って行ったが、それは帰って彼女たちにとって屈辱的に映ったのだろうか、と。

 そう考えるに至り、アランは改めて彼女たちに頭を下げた。

 その所作一つとっても、優雅な貴公子の佇まい。まっこと、不思議な男だ。

 

「やるならば、徹底的にやってほしかったですわ」

「私も、同じ感想です。手を抜かれたとわかる振る舞いは、止して欲しかった」

「申し訳無い、レディ。諸君らも"都督"であった事を失念していました」

 

 アランは言う。戦、試合とは流れの激しい大河の水が如くである、と。

 チームとは大船と小舟の集合体である。チームの長は都督であり、各車長は船頭である。大河のうねりを読み、船頭は舟を操る。波に呑まれぬように。その小舟をとりまとめるリーダーは、波の流れ全体を読んで舟を動かす。

 集団を率いてきた人間を、違う河を渡っているからといって素人扱いするのは、確かに相手を侮辱する事に他ならない。

 事実、ダージリンの言う通りアランは"手を抜いた"。あの時手榴弾を用いればⅣ号戦車のみほ達をも戦闘不能に出来た。

 まさしくそれは彼女への愚弄になる。それに気づいて頭を下げたのだ。

 

「貴女達も"武人"であると思わねばならなかった」

「……"淑女"と言って欲しいですわね」

「私達も、その……"武人"だとごついかなぁ」

「ははは、手厳しい」

 

 何処までも、澄んだ水のような男である。

 竹林の中を吹き抜ける涼風とも言えるし、暖かな温度を保ったまま肌に降り注ぐ小雨のようでもある。しかし根っこの部分に、負けず嫌いで、竈門の炉もかすむ程の温度を有しているというのが、コメットの動きを通して伝わってきた。

 炎と清流。真逆の性質を違和感為しに一つに内包している男。

 

「まだこの、歩兵の皆さんがいる感じは慣れるのにもう少しかかりそうですが、なんだか楽しみになってきました」

 

 いろいろな人が見られそうだ。

 初体験の余波から来る吐き気やプレッシャー以上に、みほを突き動かしているのは何か。それは戦車乗りとしての闘志にあたる部分。"武人"としての根本部分が反応しているのだ。つくづく自分は戦車が好きなのだと。

 どういう戦い方が出来るだろう。試せるだろう。

 

 周囲を見やる。皆、立ち直り始めている。

 

 マリー以上に堪えていた押田も、ようやっと脚の力が入るようになっていた。

 

 大洗一年生チームは、まだもう少しかかりそう。

 

 

 ……そんな中、一際異常性を垣間見せる存在が三つあった。

 

 

 少し離れた丘の上で、一組の男女が向かい合っている。

 

 

 長刀を構える女子と、ロングソードを構える男。戦車や小銃が居並ぶこの場所において、一際目立つその場違い感。

 

    「よもや……」

          「かような所で……」

 

 「「 武者と死合おうとはぁっ!! 」」

 

 周囲の憔悴をそっちのけで、有り余る体力と気力のやり場に困っていた男女。

 鶴姫しずかと、"マッド・ジャック"こと、『ジャック・チャーチル』である。鬼気迫るイイ笑顔で向かい合う二人は、同時に脚を踏み出し、互いに得物を一閃させる。

 

 斬り合いが開始された。

 

 可笑しな話だ。試合は戦車といったWW2期の兵器で行われていた筈なのに、あそこだけ何故中世のような武装で試合をしているのだろう。

 そしてすぐに、何故この二人が出会って、勝手に試合を始めたのか仕組みがわかった。

 

「 すっげーですわ! ちゃんばらですわ! 時代劇ですわあぁあ!! 」

 

 そしてまた体力が未だ有り余っていたのが一人。持たせたら乱入しかねない程、目を輝かせている聖グロリアーナの"狂犬"。

 

 先ほどの演習では、楯無高校の参戦車両であるテケは別働隊。ジャック・チャーチルの歩兵隊とは別方向で戦っていた筈だ。そしてローズヒップ隊は、彼のいる陣を攻めていた。

 

 この二人の戦闘狂を引き合わせたのは、ローズヒップ(コイツ)だ。

 

「ローズヒップ! 何やってますの貴女!?」

 

「誰かそこの狂犬二頭を止めろ! 演習は終わったんだぞ!」

 

「あ、あはは……賑やかなチームになるなぁ」

 

 西住みほは、ちょっぴりお腹が痛くなった。

 

 

 

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