ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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吹き始めた大嵐
開幕 と 滑落


 

 

  ~ 男女共同競技大会・開会式場 ~

 

 

 まるで博覧会のようだ。

 西住みほは、会場に集う車両と、数多くの生徒達が纏う制服を見ながら考える。移動用の車両は無論、各校の保有する日独伊米英仏ソの戦車・航空機等も来賓への展覧用に展示されており、押し寄せた人々の注目を集めている。

 母も来ているのだろうか。ふとそんな事をみほは思う。

 来ていないはずが無い。戦車道への干渉・浸食とも言える今回の"事変"にあたって、怒りを露わにしていたであろう事は想像に難くないから。そういう人だとわかっているからだ。

 

 来客達の中に、『島田千代』の姿も見える。

 

 見るからに機嫌が悪そうで、傍らに付き添っている大学選抜選手の数名がばつの悪そうな顔をしているのも、だ。そして、『島田愛里寿』の姿も。居並ぶ戦闘機が珍しいのか、しげしげと眺めている様子を見ると、まだ現状の深刻というか、受け取り方が親子で違うのだとわかる。

 すこし、羨ましいなとも思った。ほんの少しばかり寂しさも感じる今この時に、両親を見つけられたならどれ程心強いだろう。

 姉はきっと、第三帝国学園らの並ぶ場所の中にいる。

 みほのいる場所からは反対側で、よく見えない程遠くにいるのだ。

 

 それこそこの場は、1936年のベルリンオリンピック開会式が如く、熱狂と共に時代錯誤的な冷たさを内包したカオスを作り上げていた。

 

 来賓、戦車道履修者達と、男子生徒達。そして各港の"軍首脳陣"が会場に座する。

 

 < ここに、第~ >

 

 壇上に上がり、前年優勝校だという第三帝国学園の生徒会長が立ち、開会の音頭を取る。この光景は何だろう。『民族の祭典』でも見ているのだろうかとすら思う。

 壇上に立つ生徒会長はまさしく、1936年、その場所に立っていた"その人"の面影を持っていた。"ちょび髭"こそ無いが、佇まいから身振り手振りまでも、同じだ。

 

(私、タイムスリップしているのかな。それともこれはただの夢なのかな)

 

 まどろんだ悪夢の中にいるようだ。それとも、女子達が今まで歩んでいた場所が、沢山の人達の手によって護られていた場所であって、男子はずっとこんな世界の中を生きていたとでもいうのだろうか。

 数十年もの年月の中編み込まれた糸くずを、手足にくくりつけられたマリオネットのように。

 

 各連合チームのリーダー格が、壇上に上がって札を引いていく。

 

 それは番号による割り振りではないのが()()()()()()らしい。

 

 では対戦カードをどうやって決める?

 

 相手を知らなければ対策の立てようが無いのに。

 

 考えなければならない事は山積みだ。それこそ自分達女子一同は、"あの環境"や状況に慣れなければならない時でもある。相手チームの構成は何校なのか、どの学校なのか。それらを知って作戦を立てなければならないでは無いか。

 

 その時の事だった。

 

 壇上に上がった生徒達の中に、女子が混じっている事に気づく。

 会場にも、響めきが広まった。当然だ、"チームリーダー"は男子が殆どである。男子の大会に女子が加わる形なのだから、そう考えるのが自然なのであるが……

 

 安斎千代美が立っていた。

 

 これにはみほも度肝を抜かれた。男子校を従えた、という事になる。一体何をやったのか、どうやって納得させたのか。頭の中に『?』のマークが浮かんでは消えて行く。それは観客席にいた来賓達も同じだったらしい。

 

 カメラマンのフラッシュが増え、響めきが収まらなかった。

 

 それこそ、壇上に上がっていたアラン・ブルック、旧日本軍の装いを来た男子、芬軍の軍服を着た男、ソ連の元帥服を着た大男に、そして"親衛隊"の制服を着ている小男。皆が皆、目を見開いてアンチョビを見ていた。

 完全に想定外。彼女が上がってきた場所の正面は、米と伊系の学校が座っている場所。つまり、彼らを統括して担ぎ上げられたのが彼女という事になる。

 

 千代美が降りたたたまれた大戦札を引いて、そのまま観客席側を向いて頭上に掲げる。

 

そして ――

「 Duce!! Duce!! Duce!! Duce!! 」

 ―― けたたましく鳴り響く、統帥コール。

 

 同じく壇上に並んだ男子達から向けられる目は、得体の知れないモノを見る目だ。

 想像出来なかった場所からの、理解が及ばない一撃を食らった人間とはああいう顔をするのかと、みほは思う。それと同時に、安斎千代美は一体どんな事をやったのかと気になりもする。

 凄まじい手腕を持っている戦車乗りの一人と、みほは見ていた。

 実際【P-40】、【CV33】、【セモヴェンテM41型】という、決して強いとは言い切れない車両しか保有していないアンツィオ高校の戦車道チームを、消滅寸前から立て直して全国大会第一回戦を突破する程まで練り上げた人物である。かつP-40は大洗との第二回戦を迎える直前に手に入れたモノ。つまり第一回戦はP-40抜きで勝っている。

 

 そんな彼女が、サンダース大学附属やアメリカ系の学校の物量と、イタリア系の乗りと勢いで突き進むことが出来たなら……?

 

 背筋にぞくりと、戦慄が走った。口元が緩む。

 

 楽しい戦いが出来そうだ。ふとそんな事を考えてしまった。つくづく自分も"戦車馬鹿"なのだなと実感する。楽しく出来れば一番良い。故に、安斎千代美の事はそういう戦車乗りという意味では好きな人の一人だ。そして、観客席でアンチョビに親指サインを送っている『ケイ』も。

 彼女達と当たるんだろうか。

 この場で対戦カードを公表しないというのは、お互いに対策する(メタる)事を抑制するためだろうか。

 

 ふとみほがそんな事を考えた時、司会者が一歩進み出る。

 

「それでは、各校代表の皆様、札を開いてください」

 

 壇上の生徒達が、手元の引いた札を開いて……

 

「今年は趣向が違うようですね」

 

 そう口を開いたのは、アラン・ブルックだった。他の生徒も意外な顔をしながら札の中を見ており、アンチョビは意図がくみ取れなかったか、中身の意図を知りたがっているように司会者を見ている。

 

「……今回は"陣地戦"ですか?」

「その通り! あぁ、初めての方は中身を読み上げないでくださいね」

 

 そう言って、司会者は会場に設置された大モニターに、画像を映すようスタッフに合図した。それこそ、初参加になる女性陣に向けたモノ。

 

「各校代表の皆さんに引いていただいたのは、第一回戦における『開始地点』の座標となります。開始日、緯度経度、そして敵陣の方角が書かれている筈。各校の方には、開始地点に『本陣』を設置していただきます」

 

 大凡の試合内容はこうだ。

 


 

 ●各校は各々指定された場所に『本陣』を設置する。

  "代表旗"を、高さ3~10m、直径5~10㎝のパイプを用いて掲げる事。

  相手校の旗を"攻撃して"折った方が勝ち。折る手段は問わない。

 

 ●『本陣』は移動しても構わない。しかし本陣の半径5㎞圏内に敵が確認され、

  それを審判員が確認出来る場合のみ可。

 

 ●一試合は最大一週間まで。7日目の深夜0時までに決着が付かなかった場合、

  "生存判定者"の多い方が勝ちとする。

 

 ●組み合わせは開示しない。その日戦闘開始より、会敵するまでその詳細公表を禁ず。

 


 

 至ってシンプルなルールだった。

 男子達の意外そうな顔の理由は簡単。このルール自体10年程前から使われなくなっていたもので、今の最上級生が入学する頃に変わったものだったからである。

 みほの近くにいたジャック・チャーチルが教えてくれた。燃えそうなルールだぁとテンションが上がっている。

 

「楽しみだよ。何せ"総殲滅戦"か"殲滅戦"しかやった事ないから」

「全車両戦闘不能になるまで、ですか?」

「普通の殲滅戦ならそうなんだけど、総殲滅戦だとなぁ……()()()()()()()()()になるまでだから……くっそ時間かかる」

「決着、つくんですかそれ?」

「これまでは二週間だったけど、その間につく事は滅多にない!!

 だから最後の判定勝負になる。つまらないんだよ~、こういう場合」

 

 女子が参加した事で良い案配のスパイスになって嬉しいと、ジャックは言って憚らない。嬉しいやら複雑やらで返答に困る。長期戦になった場合、気になる事は山積みだ。

 

「トイレとかお風呂とか、どうしてたんですか」

「……戦闘中だぜ? 市街地戦になるといいなって感じ。

 運が良ければその建物のを使えるし」

「つまり山間部だったりすると……」

「女子には辛いことなるかもなぁ。即席の穴なら掘ってやる」

 

 目眩がしてきた。

 

「ま、トイレはともかくもっとままならないのは"洗濯"だな」

 

「「「 ――ッ!!? 」」」

 

 同様の質問は各所で女子から男子に行われていたらしい。至る所で女子の、信じがたい事を聞いた時特有の甲高い悲鳴が響く。

 この混沌も楽しみの一つだったのか、司会者はにやりとした表情を崩さない。

 このク○野郎、手元に砲弾があったら投げつけてやったのに、と言わんばかりの視線が壇上のソイツに注がれる。

 

 女子の尊厳の問題だと言うのに。

 

「まぁアラン閣下によれば、今回に合わせて携帯トイレと石けんは買いためたらしいし、優先して廻すと思うぞ? あの人そういうとこ抜け目ないから」

「それを聞けて本当によかった。下手をしたらみんな暴動起こしてたと思う」

「……女の子だもんな、そりゃそうか」

 

 

  ※※※※※※※※※※

 

 

  ~ 開会式場・客席にて ~

 

 

「お久しぶりです、西住流師範代……いえ、家元殿」

 

 来賓席に座っていた西住しほの元に、一人の少女が歩み寄り、流麗な所作でお辞儀した。鈴の音色が鳴っている。そう思える程の可憐味を乗せつつも、どこか歪な水音が混じってもいる。そう、見える人には見せている動き。

 西住しほは、目の前でお辞儀をする少女が、まさしく長女の通う黒森峰女学園の現生徒会長である事に気づく。師範として学園に赴いた際に挨拶を受けたときの事を覚えている。生徒に会って、警戒が最初に出てきたのはこの子が初めてだった。

 

 戦車乗りとしてより、人間として。

 

 『氷室イルミ』はそういう人間だった。

 カミソリのような鋭利さを、言葉の奥底に隠している。言葉を交わす相手の喉元を、真一文字に切り捨てる隙を絶えず窺っている、"()()()"を相手にするかのよう。

 

「この場で、一体何の用ですか、氷室生徒会長」

「せっかくの開会式ですもの、()()()()()にご挨拶をと思いまして」

 

 欠片ほどもそう思っていまい。しほは、この場をもってまほとみほに、一つの事を打ち明けるつもりでいる。開会式が一通りの終わりを迎えようとしているこの時、心の準備をしていたというこの時に、一体何の用かと思えば。

 

「そのような事をせずとも良いでしょう。この後、一時の交流会がある筈。他校への挨拶回りの準備をする方が、貴女のためにもなる筈ですが」

「つれない言い方をなさいますのね。ご長女とそっくり……いえ、この場合はまほさんが貴女に似たというべきでしょうか」

「つまらぬ事を聞くのなら話はここまでです」

 

 からかいにきたのか、この小娘は。公の場だ、苛立ちを表に出さずに立ち上がろうと、脚に力を込める。

 その後、しほの脚は止まることになった。怯まず、仮面のような笑みを浮かべたまま、氷室イルミがしほの顔をのぞき込み、こう言い放った。

 

 

「それは残念、イイお話をお持ちしましたのに……()()さん

 

 

 時が止まった。少なくとも、しほはそう錯覚した。

 体温がみるみるうちに下がっていく。のぞき込んで来るイルミの眼には、それこそ首元に日本刀を突きつけられているかのような感触を味あわされる。一歩でも動けば、この少女は言葉を持って自分を切り刻む。

 社会的な意味を持って、"西住しほ"の足下を切り崩す。それを実行できる威力を持った刃が、すでにその細腕の中にある。

 

 立ち上がる事を封じられた。

 

「成る程、こうやって口出ししてくる大人達を()()()()のですね」

「あぁ、怖い。母親ともなれば眼光にも年期が加わるのですね。

 ま、貴女様の廻りの方が大変でしたよ? 本当に」

 

 霞ヶ関の御仁達は、可愛がっている六本木の"お囲い"さんのお話や、近頃登記が移動した"不動産"のお話。そういったお話をもちかけるだけで、快く珈琲を送ったり送ってくれたりするようになったと言う。九州の武門は、積み重ねた誇りの分なかなか大変だったとも。

 

「まぁ、学校の"犬"を男共に"あてがって"やったら、するすると」

 

 この少女は何歳なのか。しほは一瞬そんな事すら考える。十代の少女がして良い眼では無い。いつの間にか、澄み切った人形のようだった眼の中が、血だまりに浸かって濁りきった色に染まっている事に気づく。

 これまで、こんな眼をこの歳で持っている人間を、しほは見た事が無い。

 戦慄する。即刻にでもこの少女は生徒会長から解任しなければならないと、心が警鈴をならしているが、それが叶わない事は既に気づいている。

 OB会やPTAすら何も言わない時点で、この少女の手管は既に大人達を絡め取っているのは明白だった。

 

 そして先ほど口にした言葉。西住流が培ってきたものを、一押しで突き崩す事が出来る一手を既にコイツは持っている。我が身から出た錆びであり、押し隠してきた罪であるが故に、何も言い返す事が叶わない。

 

 怨めしげに睨むことしか出来ないのが口惜しい。

 

「後で私の『お兄様』をご紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」

「……全てその者の差し金か、小娘」

 

 しほの問いに、氷室イルミは満面の笑みで答える。

 

「私の全ては『兄様』のためにあるんです、西住殿」

 

 笑顔と、その瞳の最奥に宿っている()()が見えた。

 

「私、本当はこんな手は使いたくなかったんですよ」

 

 壊れたオルゴールの音色のような、軋みが言葉の節々に籠もっている。

 

「ご息女とは、本当に()()()になりたかったのに」

「そのような事、あの子が受け入れないでしょうね」

 

 その言葉にすら、にやりと口角を上げて答える少女。

 

「まさか。"西住まほ"は私と同類です。わかるんですもの」

 

 どんな遊びをもちかけようか、そんな楽しみを考えている幼稚園児のように無邪気な笑みを少女はみせる。人殺しのような狂気的な笑みと、純粋な子供の笑みを両方含んでいる、気色の悪い笑顔だった。

 

 少なくとも、西住しほにはそう見える。

 

 そして氷室イルミは、しほにずいと顔を近づけて言う。

 

 

「まほちゃんは、きっと"いずる君"の事を好いています」

 

 

 絶望の淵に突き落とすひと言を。

 

 

「……罪つくりですよねぇ♪ 家元様?」

 

 

 

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