ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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"分け目"の始まり

 

 

  ~ 岐阜県・不破郡 ~

 

 

 笹尾山。聞く人が聞けば、此処に何があったのかは解る場所。

 

 かつて豊臣秀吉の懐刀であった男が、古狸との決戦がために陣を敷いた場所である。

 

 そのやや東南にあたる場所、広場に『本陣』を設置した。中央には黄色と赤色を中心に作られた旗が掲げられている。【カルマル・サガ学院】の旗であった。その下に、各校の旗を連ねてある。

 

「私達が"下"なのは、気にくわないわ」

 

 クマと砲弾をあしらった、ボンプル高校の校章を見上げながら、『ヤイカ』は毒づいた。あの日の屈辱以来、男子の試合模様のVTRを見たり、それこそ声をかけてきた彼らと演習を重ねたりと、雪辱を晴らす機会を虎視眈々と窺っていた彼女であるが、試合の前準備の段階で、少しばかり機嫌を損ねている。

 

「縦向きのポールなんだ、そうなるのは仕方がないさ。

 でも、旗の上下がそのまま、私達の上下じゃない」

「わかってるわよ、それくらい。私が気にくわないのはね、

 危機感が無い貴女達の下に、我らが校旗がある事よ」

「ヤイカ隊長、今は味方なんですから……」

 

 カンテレを引きながら、飄々とした姿勢を崩さない"知り合い"に苛立ちを隠せない。

 そんなヤイカを見かねてか、隊員たる『マイコ』が思わず口を挟んでくる。

 

「わかっているわ」

「……気にしなくてイイよ、マイコさん。皆、まだ納得はしていない」

 

 強襲戦車競技とも、戦車道とも違う、まだ本心から受け入れがたい男子のルールが渦中に放り込まれる形になった。この時点で、ボンプル高校の保有する戦力だけでは力不足。これほど歯がゆい思いをした事があったろうか。

 今、設置中の本陣となる地点に、各校の隊長と副隊長等が集まっている。

 他のチーム以上に、混成軍というか、連合軍じみた空気がこの場には漂っていた。女子校では、ボンプル高校のみならず複数の学校が集まっている。

 

「事情が事情だからね、お互い全力を尽くそう」

 

 白と水色を中心とした制服を着ている、【継続高校】の面子。

 隊長である『ミカ』と、KV-1の車長・『ユリ』。この二人が本陣の顔合わせに参加していた。

 

 設置が進む本陣は、音頭を取っている【カルマル・サガ学院】の隊長の意向からか、すぐにでも移動が出来るよう最低限の設備のみ設置を進めている。無線機、野外テント、図面一式。通信兵を各校から選出し、連携役としてさらに生徒を数名。各校車両、リーダー同士を繋ぐための無線機だ。

 近く、そして交戦地域に至るまでの民家は、用足しや入浴のため、住民の方々へ交渉して使用許可を貰っている。無論、プライバシーに関わる荷物はすでに地下や二階、納屋などに避難済。そしてその間の水道代や電気代は運営から出るとの事。

 

「して、男子達はまだかしら」

「南に至るまで、各々がスタート地点に配置中だよ。

 そろそろ揃うと思うけど」

「……しかし、何故よりによってこの場所なのかしら。

 "西軍"だなんて縁起が悪いったら」

 

 石田三成・島左近の陣地跡がすぐそこに見える場所。そして南東に向かって広がるのは関ヶ原。この国に住んでいれば、否が応でもあの戦いが脳裏を過ぎる。

 

「向こうに"イエヤス"がいない事を願うばかりだな、お嬢さん」

 

 そう言いながら、継続・ボンプルの代表者がもとへ、男が一人やってくる。本陣の陣立てを指揮していた男だった。『ユハン・ハッグルンド』と言う。【カルマル・サガ学院】の部隊指揮官を務める男である。

 

「私達のチームから"小早川"が出ないかしら、って意味よ」

「ハハハ、本当に相手がイエヤスならあり得るかもね」

 

 そう答えつつ、ユハンは本陣に設置した無線機のチェック作業を開始するよう、部下に命じる。最初に無線を通したのは、空軍だった。南南東が少し先、古戦場西首塚の南にある大広場に拠点を設置、簡易飛行場とした場所である。

 偵察機と戦闘機を飛ばせるよう準備させている。制空権の確保は開始直後に試合の明暗を分けると言っても過言では無いからだ。

 

「ま、出さないように頑張ろうか、お嬢さん。ウチの学校、曲者揃いだから」

「"ヨシツグ"のような者を出さない自信が?」

「そうなる前に潰すからね、ソイツを」

 

 からっとした声音でとんでもない事を言う男だ。その自信を裏打ちしているのは、"曲者の部下"によるものだと豪語する。

 ()()()()は、藤堂高虎が陣を置いた地点、簡易飛行場のすぐ北で待機している。藤子川が牧田川へ加わる方向である南廻りと、徳川家康の陣がかつて置かれた方向である北回り。どちらにも向かう事が出来る場所。

 

「"イッル"准尉、厳しい試合になるが、飛ばす準備をしてくれ。

 今回は山間に近く狭いフィールドだ、互いに飛ばせる数は多くない」

 < 了解です。近づけさせない程度で抑えますよ >

「"アールネ"……酒()()()ないだろうな?」

<……まだ飲んでねッス>

 

 ユハンのテストも兼ねた通信に対して、何とも対照的な返答が帰ってくる。

 確かに、曲者らしい。

 

 ……"後者"が。

 

 呑気に鼻歌を歌っている音がこちらにも聞こえてくる。ウッドチェアがギシィ、ギシィときしむ音も。ユハンが頭を抱えているのがわかる。

 

「あ~、テステス。『ユーティライネン』大尉。

 なんとなく、ロッキングチェアの音が聞こえるが、今日持参してきてたのか?」

< ―― 私物っスよ? >

「……ビンのぶつかる音と賑やかな声が聞こえるがこれは何だ?」

< あぁ、こっちはこっちで女子の歓迎会中なんスわ。大丈夫、酒じゃないんで >

「試合前だぞ馬鹿野郎!!」

 

 あぁ、これは確かに曲者だ。女子側は、ミカ以外がドン引きの感情を隠せず表情を歪ませる。そしてこちら女子側も、ミカという人物だけは普通の感性とはちょっと違う部分があるらしい。

 

「楽しそうだね、あっちは」

「そういう所、よくわからねぇよ、やっぱ」

 

 ユリにそう突っ込まれる。音での以心伝心は出来るのに、口では上手く出来ないのは何故なのか。そんな事を考えているのか、ユリはちょっと居心地悪そうに頭をかいている。

 しかし、いつも以上にミカは楽しそうだ。そんな彼女の横顔を見ると、それ以上ユリは突っ込もうとも思えなかった。

 

 テスト、と言うにはもう本通信になってしまっている、ユハンの連絡。

 

 ―― 『敵陣』の方角は東。濃尾平野の西側にあたる"大垣"の地。

 

 関ヶ原から養老山地を越えて美濃へ進行するのが行軍ルートとなる。

 

「……何時から試合って戦国時代風になったのよ」

 

 ヤイカは、()()()()()()が狂喜乱舞し、全裸で舞い踊るのでは無いかと、思わず身震いしていた。

 

 

  ※※※

 

 

 西美濃……もとい大垣市から関ヶ原に至るまでの道中。

 相川が流れている両端を、兵士達と戦車が進んでいる。上空に目を配り、そして左右に見える山にも目を向けながら。

 大垣市の西側へ陣取った彼らが進むルートは西方。敵陣は西方にありと書かれていた。

 代表者の男子、そして女子戦車道の各隊長も、衝突するのは北部ルートでは垂井町、南部ルートでは上石津町あたりと見ている。こちら側は南廻りではじゃっかん大回りせねばならず、時間は取られるが無視出来ない位置。

 山を活用しやすい場所からスタートした西側が、試合という意味では有利とも言える。

 

 男子の一人が、歩兵に合わせて進む女子校の戦車を見やる。

 

 何時も我が校の戦車隊が使用しているものと同じ車体。違うのは、乗っているのが乙女だというその一点。

 ただそれだけで、緊張感が跳ね上がる。演習で吐いてしまっていた子を見たときは心が痛んだ。何故、俺達が味わっている感覚を女の子も舐めねばならないのか。

 誰かが、女子にも味わわせてくれようと巻き込んだのか?

 もしそうなら、人の心が無い真のサディストだろう。ならば、普通の俺達男子共が何をすべきなのか。至ってシンプルだ。身を張って、女子を護ろう。

 

 『リベリ=ベレッタ自動式カービン』を撫でながら、意を決する。

 

 走行する深緑の車体を見上げる。その上で、底の見えない目を山へ向けている少女を見て、なんと麗しい人かと考える。

 学園に来訪した時のエピソードを聞いた時は、驚愕したものだ。そんな大それた事が出来る胆力と行動力はどこから湧いてきたのだろう、と。

 そして現にこうしてハッキリと姿を見たとき、太陽のような人だと思った。

 吹いてくる秋風の寒さも、この人を見ている間は春風のように感じる。そして今、地図を片手に、交互に眼を山と、地図と、地平。三方へ向けて思考を巡らせている姿も、一個の絵画が描かれているのを生で見ているかのよう。

 

「不苡を采り采り (いささ)(ここ)に之を采る

 不苡を采り采り 薄か言に之を()つ」

 

 そう、彼女が口にする。何の詩歌(うた)であろうか。

 

「不苡を采り采り 薄か言に之を拾ふ

 不苡を采り采り 薄か言に之を毟る」

 

 彼女の持つ地図は、自分達が見る方向とは、逆である。

 

「不苡を采り采り 薄か言に之を(つまど)

 不苡を采り采り 薄か言に之を(つまばさ)む」

 

 意図は一体何なのか、と考えていると、彼女は自分が見つめている事に気づいた。

 顔をこちらに向けてくる。体温が上がった。

 

「どうした、少年」

「あ、いえ! すみません」

「気にするな、諸君等のような階級は女子(こちら)には無いんだ」

「そ、その。地図を逆さに見ているのはどういう事なのかな、って」

「――っ? あぁ、コレか?」

 

 少年呼びは、仕方がない。自分は中等部で、相手は高校生だと言う。年上のお姉さんという訳だ、緊張しない訳がなかろう。そうでありつつも、恐縮しない範囲の声音で答えてくれる人だった。

 

「相手目線で考えている」

「何処で待ち伏せするか、とかですか?」

「そんな所だな。どこを通るか、どこで待つか。

 これから行くのは山間か、()()()()()になる」

 

 そう言って地図に目を落とす少女の目が、一気に鋭くなる。

 山そのもの、と聞いて成る程と思ってしまった。周囲を見回して見る。女子はともかく、この女子グループにつけられた自分達男子の選抜基準が、『足腰自慢』が多かったからだ。これを質問するのはマズい、と思った。

 顔を引き締める。

 この人はきっと、山をこのまま抜ける気だ。あの車両は、完全に平地向けな重戦車、他校のそれと比較するとどちらかと言えば中戦車に近いが、あれでやりきろうと思うその心根がすごい。素直にそう思えた。

 

 この人の言葉には、『出来そう』という魔力を感じる。

 

 そして、相手目線で考えていると言った。相手もまた、"自分の考えている作戦"と同様のモノを持っているならば、かち合わないようにしようと言うのだろうか。

 彼女は、音を聞いていた。風を肌で感じながら、目を閉じたり、開いたり。

 頭の中で、反芻して、反芻して、反芻して。今この時、相手がもしこう考えているのなら。

 

 「 よし! 」

 

 やることは決まった。そんな顔を、彼女はしていた。手元の通信機を取って、味方に連絡を始めた。

 

「作戦決定だ! 『"スポイトと千枚通し"』を発動する!」

 

 

  ※※※

 

 

< こちら"イッル"。こちら"イッル"。敵方機体と交戦。繰り返す、敵方機体と交戦 >

 

 味方機から入って来た通信が、各地の隊長各と車長達に伝わった。

 上空にてこちら側の『Bf109 G型』中心の戦闘機隊と、偵察隊の『I-153 チャイカ』が敵方の航空機隊と遭遇。明らかに偵察機では歯が立たない機体相手であったので、隙を見て周囲を見回せと一旦避難させたという内容だった。

 

< 真面な情報支援が難しい、と偵察機の詫びも伝える! ……相手に『P-51』がいやがる。 後は『A-36A』と『G.55 チェンタウロ』だ、米と伊だぞ >

 

 つまり、女子の面子は『サンダース』と『アンツィオ』混成軍が相手という事。それが解っただけでも上々だ。問題があるとすれば、こちら側の航空機で押さえ込めず取りこぼした連中から降り注ぐだろう、機銃やロケット弾の事である。

 

「どれ程持ちこたえられそうですか?」

 

 と、ヤイカは本陣を通して戦闘機隊に連絡を入れて貰う。

 

< 幸いマスタングは『A型』と『B型』だ。後ろのお眼々が弱い奴相手には負けないさ。ただ、時間食うわ、ごめん >

 

 頼もしい返事を貰った。試合に当たって、地上の脅威となるであろう対地攻撃を行える機体は、まだ十分では無いが有名処は抑えた。

 『P-51 マスタング』。女子達が歩む戦車の道において、例えるのが難しい機体である。

 大戦後半に至り、アメリカが投入した傑作戦闘機。WW2の航空機ランキング(ジャンル問わず)を作るなら間違い無くTOP5に入るだろうなという印象をヤイカは持った。

 Bf109シリーズも、入るであろう名戦闘機だ。しかし比較対象とするとやや厳しい。

 

 "ガン○ム"で言う、【ザクⅡ後期型(FZ型)】と、【ゲルググ】を並べて比べるようなものだ。

 

 上空の趨勢が決する前に、地上において優位に立っておかなければならない。

 ヤイカらボンプル高校チームと、マジノ女学院戦車隊。そしてカルマル・サガ学院の戦車部隊は、南廻りのルートを辿る。藤古川から、合流後の牧田川を辿り、濃尾平野へといたる道を、だ。

 かつて、関ヶ原の戦いではこの方向へ島津軍が井伊軍へすてがまりを敢行した方向になる。島津豊久を偲ぶ碑はとうに通り過ぎていた。

 

 成る程、鶴姫しずか(あのおんな)が日頃考えていたのはこういう事か?

 

 などと思ってみる。かつて武者が歩んだ道を、戦乙女が辿る事を想起する。あぁ、悪く無い。

 男子共同なのは確かに気にくわない。さっきもそう言った。だが試合に至って感じているこの高揚感だけは別。それは戦車道でも、強襲戦車競技でも、そして今味わっている戦道でも変わらない。

 

 牧田の地で、先遣隊の戻りを待つ。敵方との交戦が前に、前線陣地を構築する必要がある。そしてバイクが戻って来た。敵方の地上部隊発見の報と共に。現在、採石場前を緩やかに進軍中。

 

「『M4シャーマン』と『CV33』、『セモヴェンテ』です」

 

 車両の中心はサンダース。アンツィオが補助という事なのか、それとも男子達の同型車量なのかがわからない。

 

「ファイアフライのはそのなかに?」

「いえ、方針の改造が施された車両はありません。シャーマンのみ」

「なにより。礼を言うわ、これならやりようはある」

 

 こちら側の戦力は、ボンプルの『TKS』・『7TP』。マジノ女学院の『ソミュアS35』と、カルマル・サガ学院の『T-34』。戦力で言えばこちらが勝る。しかし山と川に挟まれ、緑も多いこの場所は視認性が悪い。万一こちらが低地に出てしまった場合、シャーマンに抜かれるのは容易に想像出来る。

 しかし山の中に入るのもリスクが高い。

 急勾配を抜くに戦車は不向きだ。山中を進むとすればコースが限られる。進む道が限定的になりすぎる上、敵工兵・歩兵の対戦車兵器で固められでもすれば一巻の終わり。

 

「各々方、山から下りてくる歩兵に注意しつつ、ここに妨害陣地を作る。

 北方の"継続"部隊の戦況を伺いつつ、『遊撃隊』の報告を待つ!」

 

 そう、まさに今山中を歩兵隊が進んでいる。南北ルートの交戦に目を取られている隙を突き、真ん中を突っ切って本陣への攻撃を敢行。生じた混乱に乗じて、南北からも押し上げを開始する。至ってシンプルな作戦であるが、山間地から突破を試みるならこれが良いだろう、という意見で皆が一致した。

 平地・市街地のみであれば、ヤイカは自らが遊撃隊を勝って出たいところだった。

 しかし今回はルートの絞られる場所での対戦になった。試合とはそういうモノだ。

 

 どちらに有利・不利な地形か、車両の性能差はどうか、人員の練度は?

 

 もとから不平等が当たり前なのだ。全体の底力は基礎的な財力に裏打ちされて然るべきだ。そこをなんとかするのは"発想"と"工夫"である。

 

 『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』と聞けば、今の時代はもはやパワハラだなんだと言われる死語と化している。しかし戦車道、そして男子の戦道においてもそれはまだ生きている言葉だ。

 

「……『継続』や『知波単』の奴等に置いて行かれてたまるものか」

 

 はるか上空に響いているプロペラ音。

 

 < ―― ウウゥウウゥゥゥ

 

 幻聴が聞こえる。あのサイレン音が、あの日から毎晩夢で響いている。

 

 脚が震えていた。指揮鞭を持つ手も、小さく震えている事実。受け入れなければならない。あの日から、あの音に怯えているのだ。このボンプル高校の『ヤイカ』が。

 これ程の屈辱、はらさでおくべきか。

 男を従え、男を打ち倒す。その先で、この震えは止まるのだろうか。

 

 

 

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