ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ ?????? ~
自分は夢を見ている。
何故ソレがわかるのかは至って簡単だ。こういう時の光景は、決まって見た事の無い景色であったから。時には大河のほとりで。時にはどこかの亜細亜風なお屋敷。時には戦場の直後らしい、死屍累々のど真ん中。
今回は、初めて見た頃の夢と同じ場所。
蒼天の下に、美しいピンク色の花が一面に広がっている。それは桃の花だった。国内では桃の産地で、季節によって見る事が出来るもの。しかし哀しいかな生まれ育った地は有名処という訳では無いので、見る機会は無かった。
だが何故そんなものが夢に出てくるのか。
それはきっと、こういう時の夢に出てくる人に関わっているのだろう。そう、こういう夢の時、必ず出てくる人がいる。風景によって歳は違うが、同じ人。それは何故かわかってしまう。心がそう理解している、としか答えようが無い。
居並ぶ桃の木の奥に、敷物が見える。誰かが酒盛りでもしていたのだろうか。
最初にここの夢を見たときも、あった。桃の木の一本に背をもたれて、蒼天を見上げる。澄み切っていて、吸い込まれそうな蒼い空。雲菓子のようにみずみずしく、甘そうな形をしている雲を見る。
アンツィオの皆や、自分を好いてくれる、慕ってくれる人達と共に、この蒼天を駆けてゆけるならば、どれ程気分が良いのだろう。どれ程"燃える"のだろう。
そんな事を考えると、かならず
「やぁ、また来たんだね」
「お久しぶりです、"先生"」
自分はこの人の事を、先生と呼んでいる。この人は人生において大切なことを、大事な時にふらりと夢に現れては教えてくれた。その度に救われてきたのだ。こんな事を他の人には言えないとも思っている。変な事を言うと、妙な眼差しを向けられるだろうから。
小学生の時、今の自分でも信じられないくらい"人嫌い"だった。人と関わるのが怖かったと言っても良い。
傷つけまいと言葉を選んでいる内に会話に取り残され、不思議チャン扱いされれば良い方だった。戦車が好きな事も、その要因だ。今でこそ連盟などの働きで"戦車道"は再び勃興の兆しも見せているが、斜陽の武道である事が偏見に拍車をかけた。
―― 戦車好きの根暗
歳を重ねて高学年に近づく程、そういう扱いを受ける日々が続いた。
周囲でも戦車道が盛んな地域であれば良かったのだが、不幸なことに幼い日を過ごした地域はそうでは無かったのだ。
< いなくなっちゃいたい >
そう思った事も一度や二度ではない。そんな事情が変わった転機は、小学校卒業間際の時期の事。
原因不明の高熱で、生死の境を彷徨った。
幸い、父は研究者であると同時に医師であったから、父の賢明な手当によって一名をとりとめて、今もこうして元気に生きていられる。
この不思議な夢を見るようになったのも、その頃からの事だった。
「俺は先生と呼ばれるような人では無いよ」
「でも、私を救ってくれました」
こうして現れる"先生"は、その頃から夢の中で自分の相談を聞いてくれる。
小学校の時に受けた仕打ちに弱り切っていた時、"まず外側から明るく振る舞う事"を教えてくれた。自信というものは、後からでも着いてくるのだと。
いきなり強く振る舞おうとしても、強いの意味がわかっていなければ空振りになってしまうもの。実際にやってみると、効果はでた。声を張る、胸を張る、見た目を整える。そうやってみるだけで、周囲からの当たりは変化した。
180度ではないが、その頃は多少の変化すらも敏感に感じるお年頃だったから、すぐに効果が出ている事に気づけた。不思議なことに、明るい声を発すると気分も明るくなってくる。清潔感を意識すると、今まで周囲が腫れ物扱いしてきた理由が客観的にわかってくる。
学んだ事の二つ目は、反撃する事。そして体を鍛える事。
"受けた仕打ちは同等か倍にして返せ"。
戦場のような場所で、鎧を着ている先生はそう言った。夜が明けた後、心ないひと言を浴びせてきた男子の頭に、椅子を振り抜いた。脚の部分を持って、背もたれの金属部分を。当然校長室行きになったが、その男子は普段の素行もあって大事にはならずに済んだ。
翌日から、いびりが止んだ。
「"いびり"というのは、自分より弱いモノしか狙わない畜生のする事だ」
先生の言った通りだった。対象が変わったからだ。
三つ目。戦の趨勢を決するのは
戦略の動向を見て、戦術を定め、相手の戦法を制して、こちらの戦を押し通す。そのためには負けても良いから数をこなせ。ただし死んでは何にもならない。自分が外れた後も常に戦況の行く末を見て吸収せよ。
「俺は常に負ける時は
どこか、草盧のような場所で先生はそう言った。
故に中学生に上がった時、その学校で戦車道を選択した。それ程強いチームでは無かったが、吸収できるものは全て吸い取ったつもりだ。2年の後半に、中学校のチームで隊長を任された。
手持ちの
中学校全国戦車道大会で、準優勝までこぎ着けた。それまでベスト8入りが最高記録だった学校で、だ。
「先生、
「それは良い。俺にもいたよ、そんな奴が」
先生は、常に負けるときは相手の方が一手二手早かったと言って憚らない。
どこか、亜細亜風の宮殿のような場所で、先生は腰掛けながらそう言っていた。
全国大会の決勝戦、戦った相手は【黒森峰女学園・中等部】。他でもない、辛酸をなめさせられた相手は『西住まほ』だった。憧れていた人でもある。強かった。これまで出会って来た誰よりも、高く、遠く、大きかった。
「早かっただろう、ソイツは」
「はい。周囲を見る眼も、判断して戦法を練り上げ決定する事も、そして戦車の動きも」
全てが負けていた。どれも一手遅れをとった。それを瞬時に判断出来た。
「それが出来ただけでも上出来だよ。自分は奴より一手考えるのが遅いだけだと」
「負けは……負けでずっ!!」
涙声になる自分の頭を、先生は撫でてくれた。暖かい手だった。大きい手だった。まるで父親がもう一人増えたかのよう。不思議なもので、夢の中でも泣こうと思えば泣けるのだと、この時知った。
「負け? 馬鹿を言ってはいけない。そう言って折れてしまえば本当に負けてしまうぞ」
「……?」
「最後の最後に勝ってしまえば良い。生きている限りその機会は必ずやってくる」
だから、考えるのを止めてはいけない。前の夢で出会った、先生から教わった直近最後の教え。一手遅いのならば、先に考えていれば良い。3歩、4歩と考え続けていれば、相手が手を休めた時に追い抜く好機が生まれるのだと。
だから戦場が変わっても考え続けた。
倒したい人が出来たから、【黒森峰女学園】からの誘いを蹴った。自分が埋もれかねない所も避けた。目標に、自分という存在を刻みつけて追い抜きたかったから。
戦車道が殆ど"形骸化"している学校に入り、死にものぐるいで考えた。
戦車のせの字も知らないような子から、そうじゃない子にも声をかけて集めた。その条件下で戦う方法、戦える方法、勝つ方法を考えた。
時間はかかった。2年も。そして、全国大会一回戦を突破した。
えらい遠回りだったと思う。そして同時に、嬉しい事も起きたのだ。
「先生、私、倒したい人が増えました」
「……素晴らしい」
そして今日、また先生に出会った。
振り出しの、最初の勇気を貰ったこの花が咲き誇る園の中で。決意を新たに聞きに来たかの如く、優しい微笑みで自分を見つめてくれる。とても、心強い。
「独学にして友なければ、則ち孤陋にして聞くこと寡し。
良き友と強敵を得たんだね」
「はい、今日また、その競い合いが始まりました」
「俺も
先生が、膝を突いて自分の顔をじぃと見る。鳳凰のようだと思った。夢の中で出会っている人であるから、きっと自分が理想としているだれかが人の形をとって現れているのだと思っている。故にそう見えるのだと思っていた。
だがこうして、顔を撫でてくれる大きな手の温度は本物だ。
この人は一体何なのだろう。
お祝いだ、と言いながら、手の上に杯を乗せてくる。中に先生が手ずから濁り酒を注いでくる。
「先生、私未成年です」
「……ここはまどろみの中。誰が責める?」
あぁそうだ。こういうお茶目な所もある人だと思い出す。
くぃっと、一口含んでみた。とても甘い。そして体が温かくなって来て……
「じゃあ、ほんの少しの間だけ
「……はぇ?」
「体で覚えるのも良いが、たまには見て覚えるのも訓練だと思いなさい」
意識がまどろんでいく。そうだ、今は夢の中なのだから当然のこと。
「君は"
今度はすこしばかり後押ししてあげよう。そして見せつけようじゃないか」
※※※
~ 関ヶ原南東、山中にて ~
空気が一変した。
少なくとも、アンツィオ高校戦車隊の一人、『ペパロニ』はそう思った。実際に臭いが変わったとかそういう事では無い。肌で感じる"空気"というか、雰囲気というか。そういった類いのものが別物に変わった気がした。
アンツィオの戦車道で感じていた"楽しさ"というものが一旦消え去って、重く暗く冷たいものが一挙になだれ込んできた感じ。
一夜明けた。
北方の街道と、南の街道。双方で両陣営が衝突した。戦車だけでは無く、野砲や歩兵を引き連れての打ち合いである。これまでの戦車道における戦いのようには試合が進まなかった。
当然だが、戦車道では一両白旗があがれば、その車両はそこまで。地雷や杭で通行が阻害される事も無い。しかし今回はそうじゃない。演習でも味わったが、通行妨害を目的とした金属製のバリケードも、杭も道に設置されれていたりする。工兵の除去を妨害しにかかってくる歩兵隊。それめがけて撃たねばならない女子の戦車。
男子の戦車との連携があったとしても、潰して前へというのが中々簡単にはいかない。陣地一つ取るのにどれ程の時間が費やされる事になるだろうか。戦力として頼られるのは嬉しい反面。やはり"人"が射線の中に見える光景になれない女子が多く出ている。
通信越しに聞こえてくる弱音。それを男子に聞かせるなよと、叱咤する。
統帥・アンチョビはそれに何も答えなかった。初日の夜にさしかかったあたりから、少し統帥の様子が変わったとペパロニは思っている。
怖じ気づいたとか、そういうマイナスの代物では無い。しかし不安になるものであった事は確か。自分の知っている人が、知らない人になっていく。その過程を見ているかのよう。
砲声と銃声が鳴り響く夜を過ごし、戦車の中で固くなった体を解す。交互に交替しながら夜の見張りを行って迎える朝の、何と寝覚めの悪い事か。
「……
一食に消費して良い量が少ない。栄養価としては正しい配分。しかしアンツィオの流儀には反する。水と一緒に、流し込む。変わらなきゃダメだ。
今は作戦中だ、統帥には、大きな音を立てるなと言われている。歩哨に出ている生徒が戻るのを待つ。一人だろうが敵の姿を見かけたら戻ってこい。統帥が歩哨に下したただその一点のみ。敵兵を見ていない方向へ動く。
少しずつ、少しずつ。何かに耐えているかのように。
それはまるで、統帥が変わろうとしているかのよう。
統帥が目を覚ました。ゆるりと周囲を見回して、皆が揃っている事を確かめる。P-40が一両、CV33が一両。そして歩兵35名。7名の分隊が5個。1個小隊程度の数のみ。米伊の男女を束ねる立場に担がれた女が率いるには、あまりに少ない数。
この数だけ、彼女は選んだ。各校から足腰に自信がある生徒のみ集めて。試合会場が決まって、方角を聞かされた瞬間に決めた事だった。
<いくら何でも無茶よ!>
真っ向から反対したのはサンダースのケイだった。米系の男子、ジョージは面白そうだし変わりたいくらいだと言い出して、ブラッドレイに怒られている。他の面々がそう紛糾する程には、無茶だとはペパロニも思う。
「皆、
統帥は、低く、そう言った。人間、生理現象は抑えられない。出てくるべき場所から出るモノを、数mの深さまで掘った穴へ全て流し込ませ、土を被せ、上に火薬をまかせた。臭いを誤魔化す為だ。
尿と人糞の臭いは、時が経って腐れば人体に有害であるのみならず、臭いでここにいた事がバレるから。臭いの痕跡は全て消させた。戦車の通る道は仕方が無いとして、人の足跡も少なく済むよう行動を徹底させる。
進軍スピードは、遅い。エンジンの音が嫌でも響くから夜間の行進は出来ない。
「相手にも、この山を突き進む事を考える者はいる。絶対に、かち合うな」
故に、バレる要素は一つずつ潰す。
「ここにいた証を残すな。進む先に勝利がある。諸君等の命運、このアンチョビが預かる。
行くぞ、果てようぞ。共に。戦って戦い抜いて、戦えなくなった時共に果てよう。
それを戦人の誇りとする者のみ着いてこい」
そう、発破をかける。「ここまで来ておいてそりゃあ無いっすよ」と、合いの手を入れた。不思議な感覚だ。今また南北から砲声が聞こえている。銃声が響いている。見つかっていないのが奇跡。そんな状況下だと言うのに、気分が軽い。
歩哨が戻ってくる。中坊の男子。ソイツが向かった先の山道を、敵が横切ったのを見ていた。南東へ向かったと。やはり山中を抜ける敵がいたとわかって、身が引き締まる。
「……君が無事に戻って来た。これで勝ったぞ」
そう言って、統帥は少年を抱きしめて頬ずりした。柔らかな女の体に戸惑って、少年の顔は赤くなったり青くなったりしている。大声を出すわけにはいかなかったが、妙な一体感がこの小隊規模の人数に漂っている。
「
統帥は正念の両肩を掴んで、真っ直ぐ顔を見据えて言った。少年の眼は、既に統帥に魅入られている。
「はい!」
「良い返事だ。だが今は作戦中だ、静かにな」
そう言って、統帥は皆へ振り返って、前進と手振りで伝える。
「行くぞ、この先が我らの"勝利の道"だ」
これまで見た事の無い顔だった。
あれは一体誰なんだろう、とふとペパロニは考える。
(あれ? 統帥は統帥だけど、なんで統帥じゃない感じがするんだろ)
高揚感の中にある一つのひっかかり。ただそれは重要か考える時間が無い。
「……まぁいいや」
この先の事を考えよう。そうしてペパロニもCV33へ乗り込んだ。