ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
閲覧注意です、R-15と18の線引きがどの程度なのか
書いている内にわからなくなりタイトル部と前書きに添えさせて戴きます
~ 第三帝国学園・学園保安本部 ~
息苦しい場所だ。
西住まほは、プリンツ・アルブレヒト宮殿を模した豪奢な廊下を、ルーデルと一緒に進んでいる。この一際巨大な学園艦は今、黒森峰女学園の艦と共に、自分達の試合会場となる地点の最寄り港へ向けて進んでいる。
何故こんな所にいるのかと言えば、作戦会議の最中に"要請"が来たからである。親衛隊の長から、態々ご指名で。親衛隊の現行の長はディートリヒの筈なのだが、何の理由かハイドリヒへ会いに行ってくれという内容。
そのため二人ともすこぶる機嫌が悪い。悪感情の対象が一緒であるため爆発する事は無かったが。
すこぶる"ムカつく"。その一点は心が一つになったと言っても良い。ルーデルは"飛行士用長剣"を腰部に提げ、まほは腰に【P-08】を収めたホルスターを付けていた。「持っていた方が良い」と、ルーデルがまほに渡したものだ。学園の中には一定数、よからぬ事を考える輩はいると言いながら。
「武器をお預けください、大佐」
「……やってみろ」
強引に、入り口を通り越してきた。守備兵が、2~30程詰めている。学園艦内で守備兵とはおかしなものだが、習慣というのは恐ろしいもので、これに口を差し挟む者が艦にはいない。
保安本部の長、いけ好かない金髪野郎がいる執務室へ向かう。
わざわざ、試合前の大事な時間を潰す理由が何なのか。それを問いただせると思えば多少はマシな気分になる。何せ第1試合の中継は続いている。戦況の確認が出来ない事自体が大きなデメリットなのだ。
秘書官の姿があった。彼は"西住まほ"の姿を見て、ほんの僅かながら動揺の色を出したことを隠せていない。
「保安本部長殿への顔出しだが、女子が来る事に問題があるのか?」
「いえ、問題は無いのです……」
そう言いながら、気まずそうな表情をしている。問題はあるが"障り"はあるだろうなという事を暗にこちらに伝えている。口にはおおっぴらに出せないような。女子の前では流石に言えないと、そう判断する何か。
「いらっしゃったらお通しせよ、とは言われていますが」
秘書は、そう言って執務室の扉を開いた。あえて足音を抑えて中に入る。
ルーデルとまほは、"おや?"という感情を隠すことも無く部屋を見回す。姿が見えない。執務の途中であったのか、机の上には書きかけの書面と万年筆。そして部屋のソファの背もたれにかけられたままのトレンチコート。
まほは、フワリとそのコートから漂ってきた香りに、覚えがある。
オリエンタル系、ガーデニアとジャスミンが混じっている匂いは、間違えようが無い。忌々しい奴が好んで使っているものだから。
何故ソファに脱ぎ捨ててあるのか、想像
奥で、微かに音が聞こえる。
防音性能が良いのか、どういう音なのかはよくわからない。まほは、ルーデルが少し離れている事に気づかぬまま、ドアに手をかけた。マナー違反なのはわかっている。しかし試合前にわざわざ、打ち合わせを途中切り上げて来た事の怒りがやや勝っていた。
それがまほの判断力を、わずかながら鈍らせていた。「――ッ!? 待て!」と、気づいて制止しようとしたルーデルの声が聞こえない程度に。
―― プチュ
小さな水音が聞こえる。
カーテンが閉められて、蝋燭の小さな明かりに照らされている部屋。その奥に、寝台が設置されている事と、その上に何かあるのは見えた。
真っ赤なシーツで包まれたベッドはそれこそ、血の海のようにも見える。
黒と、金と、赤。三色の組み合わさり方がまるで吸血鬼の寝床のようだとまほは思った。
寝台の上にいたのは、女である。汗ばんだ胸元をはだけさせたまま、しどけなく男にもたれかかっている女。白くしなやかな首を傾かせて、鬼灯の如く赤く光る唇を男に預けている。先ほどの水音はこれから聞こえたものだ。仰け反った顔は、金色の髪に隠れて見えなかった。
―― クチュ
口と口、その間に伝っている光の橋が、その音を立てている。絡んでいたのは唾液だ、その間をてらついた肉を交えながら、時にはだけられた胸の上に垂れる。むき出しになった白い双丘の上で、男は薄紅色の野イチゴを摘む。それと同時に、薄明かりの中に嬌声が響いた。
そして、華奢な顎がこちらにゆっくりと向く。
氷室イルミ。
まほは思わず、左親指の付け根を噛んだ。そうしなければ、この場で怒鳴り散らしてしまいそうだったから。こちらまでもが醜態をさらしてしまうわけにはいかない。頭に血が上っていたが、その程度の理性は残っていた。
肉を破って、血が流れてくる。鉄の味。血の味。口の中にふわりと広がっていく。
部屋の奥、男の顔は氷のようだった。表情の動きが殆ど無い。ルーデルがまほの一歩前に出る。藍色のハンカチをまほに渡しながら。
「手に巻いてください」
静かにそう言っていた。声音は低く、感情を抑えているのが解る。彼も怒っていた。
寝台の横で躯を重ねていた男女は、動揺する事も無く、事も無げにコチラを見ている。その事が怒りに拍車をかけていた。
「これは私の記憶違いですかね。ここは学び舎だ。
ましてや風紀取り締まりが総本山での所行とは思えませんが」
寝台の男女は悠々とした態度を崩さない。
「兄妹のスキンシップだよ。3年会えなかった
「ノックも無しに闖入したのはそちらの筈ですが。大佐……西住隊長」
ドクロの装飾が施されている寝台の意匠と、照らされている色味によって、何かの儀式画のようにも見えた。まほの視線は、嫌でも二人の下腹部付近、"結合している部分"に注がれてしまう。免疫が無いが故の衝撃。杭が、鮭色の谷に突き立っている。
汚らわしいと思っているのに、視線が離せない。理由がわからない。わからない。
ルーデルがまほの視線を塞ぐように抱き寄せる。これ以上見せまいと、少し遅れて判断した行動。しかしまほとっては今、逆効果だったかもしれない。
ふわりとまほの鼻腔をくすぐった"大佐の匂い"は。
「その点はお詫びする。しかし、我々がここへ来る事は、ディートリヒ大将からの連絡があった筈」
「あぁ、あったよ。だけど君らは何時も僕らの予想より
一時間も予想がズレたじゃないか。イルミ、シャワーを浴びてきなさい」
「……ぁん、兄様。まだ」
「浴びてきなさい。いい加減目に毒だ」
ズルリ
鈍い、粘性のある水音が聞こえて、まほの身が小さく震える。ポタリと何かが垂れる音。それも聞き逃さなかった耳が怨めしい。そして既に、鼻腔の奥底へ入り込み、脳髄をたたき壊そうとしてくるこの匂い。包んでくれる匂い。大佐の匂い。
見せないように。そんな気遣いのためまほの眼前に廻されていた袖口。鉄と火薬、洗剤と男物の芳香剤。そしてほんの僅かながら漂う汗の匂い。
―― ハァ
自分の呼気の音が、より大きく聞こえる。口の中に残っている血の味と、匂いと、鼻から降りてくる匂いが混じっていく。
浸食してくる。匂いが。脳に。
変だ。この人に会ってからこのかたずっとへんだ。へん。変。
あの嫌なおんなはシャワーを浴びにいった。せいせいする。アイツはきらいだ。
身があくがれて、浮くような心持ち。ふわふわして、暖かい感じがする。これは一体何だろう。匂いを一回吸うと、ふわりとする。より深く吸うと、ふわふわする。頭を縛っている縄が緩んでいくような、お風呂の中に浮くような。
これいいな。いいな。
「……これは伽羅?」
「違う、それ
しかし、アレとの逢瀬では必ず焚いている。結びついているからね」
「
「聞こえが悪いな。最初の思い出だ。
初心を忘れないためのピースなんだよ、あの香は」
そう、大佐と金髪の男の会話は続いている。
いけない。頭が纏まらなくなってくる。大佐の腕に、名残惜しいが大丈夫だと示すように2階軽くタッチする。腕がどかされて、眼に入ってきたのはシーツを下腹部までかけた男、ハイドリヒの姿。氷室の姿は無かった。
「ようやくの
「……」
その問いにまほは無言で返す。焼き付きが、ぶり返しそうになるのを耐える。思考が半分ずつになるという経験を、まほは始めて味わった。『理性』と『欲』と言えば良いのだろうか。頭の中身が綱引きで行ったり来たり。
金髪の男にとってもそれはとても分かり易かったのだろう。
対処の方法を知り得ない感情相手であったから、顔に出さない事も難しい。言葉を交わせば、きっと足下を掬おうとしてくる。それを交わしきるだけの冷静さが今は無いという自覚がある。
「お言葉は聞けず、ですか。残念」
「大将殿。質問はいくつかある」
ルーデルが割って入った。
「聞こう」
「アレは、妹御と聞いていましたが」
「そうだよ」
「血の繋がった、実の?」
「……そうだね」
流れる、少しばかりの沈黙。言い放たれたひと言の"意味"を、受け入れる事そのものに時間が必要だったから。
「正気ですか?」
「いたって、正気だ」
「
「その正気の境がおかしいと思った事は?」
こんな問答をするために来た訳では無い。かといって踵を返すわけにも行かない。知ってしまったと言うべきなのか、知らされたと呼ぶべきなのか。どちらかなのかもわからない。難儀な性格に生まれた事を呪う他無いだろう。
人の弱みを知ってどうこうと考えてはならないと、理性が訴えかけてくる。それでいて、許される事ではないから糾弾するべきという心の声。
ただ一方で、明かしてしまった後、つるし上げられる事になるだろう兄妹の事を考える。そういう思考のループに嵌まってしまった。
この一点が、"大佐とまほ"の欠点。こういう事をするには何か因がある筈と、すぐに蹴落とす判断は下さない。美点だが、無道の徒には隙になる。
「哲学のお話をするつもりはありません。ここは学校です。
場所をわきまえていただきたい。ましてや貴方のお立場で」
「相も変わらず、真面目で優しいね、君は」
この親衛隊大将は解らない事が多い。こうして常識外の事をするかと思えば、武道場にふらりと現れては競技や練習に興じたりする。そればかりは人の事を言えない大佐ではある。だがそれを差し引いてもわからない。
ルーデルとまほが、学園のみならず方々に情報を公にしてこちらを追い落とすかもしれない、とか。これ幸いを首輪を付けようとするのでは、と恐々とするのが自然な反応というものだが、この大将はこの状況下すら楽しんでいるように思える。
理解しがたい。
「さて、と。ディートリヒ大将の件だったね。
二つ目の質問は、『何か彼から聞いているか』かな」
「……如何にも」
「それは至って簡単な話だ。次の試合、親衛隊の指揮は彼じゃ無くて私が執る。
アレも同席させるつもりだ」
「「 ―― はい? 」」
耳を疑う。だが間違い無くハイドリヒはそう言った。指揮を執ると。
違う管轄の人間が口を差し挟む道理なぞ無いが、親衛隊のLSSAHが連中は受け入れるのか? そこはお得意の手管で何とかするのか。それはどうでも良い。ただそこに、同席? 誰を? と一瞬考えてしまったが、この局面で指す対象は一人しかいない。
妹をという意味だ。正気で言っているのならそれこそ狂気が正気。
ただあの娘の肩書きは"生徒会長"だ。対外的に見れば、学校同士の政治的結びつきの一環にしか見えまい。
気にくわない。
ルーデルとまほ、無意識のうちに、そっくりな顔つきになっていたらしい。
見比べるように、交互に二人を見たハイドリヒは、不敵な顔を崩さぬまま、「すまないが、執務室で待っていてくれ」と言った。
「私もアレがあがった後、躯を洗ってくる」
よくよく考えたらそうだ。シーツで隠しているが、そのシーツにすらぽつぽつと残っている蜜の跡。
まほの視線は、またその透明なヨーグルトの跡に注がれる。嫌でも眼に入る。
未だ部屋の中に充満している、香木の香りと、その中に混じり合っていた汗、そして躯から吹き出たであろう分泌物の混合した臭い。くらくらする。あのいけ好かない女は、昔からこの匂いの中で、金髪の男と
まるで猛毒のようだ。
遅効性、かつ皮膚や臓器に影響は出ないが確実に進行する毒。
心の毒だ。じっくり、ゆったり、ふんわりと脳へとあがってくる。
まほは眉間に指を当てる。これはあの毒婦の捲いた毒だ。
あのコートから漂って、この部屋の中にも存在する匂い。あの香水は
この匂いと共に、まぶたの裏側にまたあの痴態が浮かんでくる。
蝋燭の明かりに照らされる、艶やかな寝台の上で絡み合っている肌色が二つ。
交わる肉の芽はらせんのようで、その間をつたう愛の橋は透明のようであり、白くもあり赤くもある。想像するのが止められない。華奢な腰を撫でている、大きく強い手。もう片方の手が、双丘の丘が一つを制圧する光景。
明かりの中こちらを向いた……"西住まほ"の顔。
男の顔は、大佐。
「――っ!!?」
思わず、先ほど出血するまで噛んでしまった左手を握りしめる。痛みをもってして、思考を正気の中に引き戻す。
西住まほ、お前は今一体何を考えた?
そう言い聞かせながら。痛みをこらえる。鋭い痛み。鈍い痛み。両方来る。
これが無ければ正気を保てる気がしない。這い上がってくる毒気が抜けない。大佐がこちらを見る。待って欲しい。心配そうな表情をする。待ってほしぃ。膝を突いて、こちらをのぞき込んで来る。まって。
「痛みますか?」
優しく手を持ってくれる。鍛え上げられた、大きくて固くて強い手。
この手が、あの光景の中の手だったら? そう考えるのが止められない。腹を、腕を、脚を撫でていた手がこの手だったら?
「大丈夫、です」
「先にソファにかけましょう。こんなものを見たのです」
そう、こんなものを見た。見てしまった。目に毒?
確かに毒だ。毒だった。想像した以上に効果がある代物じゃないか、これは。体温をあげる効果も、動悸も、"幻覚"も。
脳に廻ってくる。
染み込んでくる毒が、先ほどの光景を塗り替えて、忌まわしい光景から変質させる。確かに嫌な気分になる光景だった。間違い無い。
だが、目を塞がれた時に鼻の奥でハッキリ感じて、刻んでしまった香りと混じり合って、
氷室イルミの顔が"
ハイドリヒの顔が"大佐"に。
―― ドクン
心臓が一際大きな鼓動を打つ。
あぁ、やっぱりこれは猛毒だ。
「西住さん、先にソファへ……」
浸透していく。西住まほに生じている異変を、間近で見ている大佐は気づけていない。無意識下に『フィルター』を通して見ているからだ。その存在は、きっと本人にはわからないだろう。
端から見れば気分を悪く
(変な男だ。自分には絶対に"そんな情を向けることは無い"と、思っていないか?)
それが何故なのかを、この場で知っているのはハイドリヒと氷室イルミのみ。後は"情報"を持ってきたヴァルターくらいであろう。これが脅しとして、大佐には通用すまいと思っているから口には出さない。
効くとしたら、九州にお住まいの"ちかさん"くらいのものだ。
(お前は、その子に打ち明けたのか? していないから、一定以上踏み込めない。
その子が逆に踏み込んできた時にお前はどうするつもりだ)
先日の"スカーフ事変"の事は聞いている。距離感がバグっているとしか思えなかったこの出来事は、男女共に衝撃的な印象の変化をもたらしている。だがハイドリヒはそうは思わなかった。
妙な力が働くのだ。そういう"繋がり"がある関係の相手というものには。
方や事情を知っていて、方や事情を知らない。その差はあるにせよ、大佐は優しすぎる男だ。一定以上に踏み込んでいく事が怖くて出来ず、かといって無下に突き放すことも、己のトラウマで出来ない。
そのせいで、こうなっている。
(……でも、突き放すのだろう。"お前の母親"のように。親子だものな。
西住流後継者も難儀なものよ。嗜好も母親に似てしまったがばかりに)
毒気に当てられて、鋼が腐りかけているぞ。熱で溶けて、鋼に不純物が混じり始めているぞ。お前を見るその子を眼をちゃんと見ろ。鋼の心はそこにあるか?
< お前の"毒"は確かに効いているな、彼女に >
ハイドリヒは、枕元に置いていた携帯から浴室の妹にメッセージを送った。
すると、そう間を置かずに、ピコンと音が鳴る。
< 毒が効いているんじゃないわ。蓋が開いただけよ? >
< どういう事だ? >
< あの子は私と"同類"。最初から"毒"をあの子も持っている >
暗く湿った音がする。
< 私は、"愛した男がたまたま兄だっただけ" >
毒が浸透していく。鋼鉄の心に。
< あの子、自分の毒に耐えられるのかしら。楽しみね >