ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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"カタクチイワシ"はどこ行った?

 

 

  ~ 関ヶ原南東、山中 ~

 

 

 何かがおかしい。

 【モシン・ナガンM28】の照門を覗きながら、視線の先に陣を敷いている敵方を見る。M4シャーマンと、セモヴェンテ。火力という意味では脅威であり、かつ妨害陣地を構築するための物資・物量もあちらが多い。じっくりと時間をかけられた場合、あちらに軍配が上がることになるだろう。

 そうなる前に、突破して敵本陣の陥落を目指さなければならない。

 自分の仕事は、少しでも南ルートの敵方を減らすこと。そして脚を止める一助になる事。部隊の隊長は、東方へ抜ける為山道を少しずつ東に向かっている。北ルートは、徐々に押し出し始めているという。

 幸い、頭上からの攻撃は殆ど無かった。我が方のトップエース、イッルはそうとう頑張っているらしい。地上部隊にとって最も脅威となる地上攻撃機『A-36A』を数機初日に落としている。

 そのおかげか、南北ルートでの航空機による地上軍の被害はまだ軽微で済んでいる。

 視線の先、こちら側の動きを注視する偵察兵を見つける。ゆっくりと、狙いを定めて、当たるという確証を得られるまで待つ。照準の先にいる兵は、殆ど動かない。

 

(……当たる)

 

 ヒット

 

 弾は頭部に当たった。有機体に"当たる"と感知すると破裂する仕組みだ。出血を表現する赤いインキがソイツの頭に広がった。身を隠す。実際の弾なら命を刈り取っていた。しかしこれは競技。相手は意識があるし、撃たれた方向も大凡把握される。

 次の場所へ移動しなければ。

 身をかがめて、茂みの中を隠れながら駆ける。この瞬間がたまらなく好きだ。

 構えて、狙って、撃つ。移動する。極めてシンプルな言葉だが、この3ステップにはミルフィーユのように幾重もの技術が積み重ねられているのだ。群れるのは苦手だ。こうして好きに動いて、好きに出来る方が丁度良い。

 次のポイントへ向かう。偵察兵の次は、その場における指揮官。次点で戦車長。狙えるようであれば、統率を担当する生徒を中心に狙いたい。

 

 第2ポイント。南東に見える民家の2階に、偵察兵とは思えない格好をしている生徒が見える。その地点における隊のとりまとめ役だろう。狙いを定める。ソイツの視線は西北西、前線の方を向いている。

 

(……当たる)

 

 ヒット

 

 制服の赤ランプが点滅した物は、直ちに試合から離れなければならない。その時点から試合に関わる事は禁止となる上、破った者はすべからく"違反者"として嘲笑の対象になるのだ。試合場の各地点に、味方側の退避地点は必ず作られている。

 しょぼんと肩を落としてその地点に向かう生徒を見やる。

 落ち込みもするだろう。【赤星】こと"死亡回数"は記録されるのだから。学園生活の中で、卒業するまで加算され続けるその数字。成績として反映もされるのだ。

 

(いつか、"赤星0組"の世代が卒業する)

 

 【赤星0組】、その名の通り、入学からこれまで試合において一度も死亡判定を喰らわなかった者の事を言う。ただ逃げ回っても達成できる条件であるため、一定の戦果を挙げつつ、かつ達成出来た生徒が暗にこう呼ばれる。

 

 数は極めて少ない。

 

 戦果を立てるために前線に立ち、墜とされたり撃たれたり。基本的に死亡判定を喰らうような攻撃を受けやすくなるリスク。それをかいくぐった強さの証明になる。

 それを倒した。初の赤星を付けた。それだけで栄誉にもなるのだから、不思議なものだ。 我が校にも、一人いる。

 空を縦横無尽に今駆けている、『イッル』がその一人。アイツは今まで、機体の被弾すら"かすり傷一つ"で済ませている、人間の領域を一歩踏み外した男だ。実兄である"うちの隊長"は、試合中に酒の瓶に弾が当たって発火。そのせいで赤星喰らう大ポカをやらかしたので却下。

 人望がある人なのだがなぁ。

 

 そして有名処こそが、第三帝国学園の【エーリッヒ・ハルトマン】と【ルーデル】。

 

 空は今彼ら3人の時代と言っても差し支えが無い。かつてのWWの再現に親しい競技ではあるが、条件は違うのだ。一試合の時間もあるし、個々人が積める戦果も知れている。そんな中で偉業を成し遂げた連中が、一つの世代に3人も出たのだ。

 

(いつかこの()()()()()()()も終わる)

 

 彼奴等が撃破数を稼ぎすぎるせいで、他の生徒が戦果を挙げられない。空も、陸も。

 陸が何故余波を?

 

  それは決まり切った話……ルーデルがいるせいだ。

 

 アイツが撃破しすぎるので、第三帝国学園内ですらアイツは実質浮いている。勝利という形で、学園全体は恩恵にあずかっている立場であるから、大手を振って文句を言えないだけ。

 この間、ようやく【ヴィットマン】が出た。10年近い期間が与えられるに等しい中で、これは異例の事。

 戦車撃破数を稼ごうにも上空をルーデルが通過すると一気に数が減るのだ。

 航空機も、ハルトマンやイッルが稼ぎすぎた事、他の生徒が萎縮して"名前負け"する生徒が増えている。

 

「だから、女子の導入?」

 

 なんとかしてこの流れを変えたいという意思は、世間全体から感じていた。どこへ言っても、ルーデル、ハルトマン(ブービ)、イッル。特にルーデル。今は奴の時代と言っても過言では無い。前人未踏の戦果に"再び到達した男"。

 男子達の間に、見えないが確実に流れていた"逼塞した空気"。女子の参入は、これを確実に違う流れへ持っていこうという御上の意思を感じる。

 

「まぁ、俺には関係無いか」

 

 自分は狙撃手だ。

 戦車でも似たような事は出来る。自走砲や、砲身の大きな戦車で。一回砲声・銃声が鳴る度に、一人・一両が確実に持って行かれる。これは相手方へ精神的に大きな揺さぶりをかけられる。この道に入ったら、この丘を越えたら、やられる。そう思わせる事。

 相手の集団へ二の足を踏ませる事が目的。まぁ、大将首を撮れれば大金星だろうが、さすがにそれは二物を求めすぎというものだ。

 

「この南街道を進む敵を討つのが、俺の任だ」

 

 天は一つしか与えない。撃つチャンスは特にそう。

 撃つ、狙いを定めて、撃つ。当たると思った時に撃つ。ひたすらそれの繰り返し。

 練習と本番。本番と練習。どちらも同じようにできるために、それを何度も何度も繰り返す。日常的な動作と思え。頬に当て、サイトの先に標的を捕らえ、見守り、引き金を引く。

 

 ――タァーン

 

 シャーマンの車長を獲った。代行しなければならない分、シャーマンの動きは鈍くなるだろう。女子じゃなくて、男子の車両でよかった、とはちょっぴり思った。心の準備は出来ているが、多分自分は性格として引きずるだろうから。

 

< そちらの調子はどうだ、『ハユハ』 >

「シャーマンがポコポコ湧いてきますよ。嫌になる。

 たまにCV33とセモヴェンテ。『M24』も奥の方に見えました」

< 止めたのは? >

「ボンプルの娘達、よくやってますよ。シャーマンはともかく、豆と軽戦車らは食い止めて押し返してます」

< やるねぇ、"ヤイカ"ちゃんだっけ? 後でお誘いしよっかな >

「……隊長相手だとタマ潰しにかかりそうな子でしたよ」

< マジで? >

 

 試合の最中だと言うのに、緊張感のない人だと思ってしまうのはいつもの事。だが、それは正確では無い事くらいとうに知っている。通信先、アールネ隊長は何時もの調子。常にリラックスした状況で試合を見ている。ただそれだけ。

 それが極めて難しい事だからこそ、素直に言う事を聞こうとも思える。そんな人。

 

< あぁ~あ、お前ぇの見立てなら当たってるだろうな。くっそもったいね~ >

「して、何の用です? こんな会話趣味じゃないでしょ」

< んぁ? じゃあ質問な。そっちにいたか? 【P-40】 >

「昨日、一両見ました。

 マジノの子が仕留めて、イタリア女子っぽい子達が回収してましたね」

< そっか、そっちにいたのか >

「P-40がどうかしましたか」

< 北の街道で見かけなかったと、継続高校の子と確認してな >

 

 あの開会式で異彩を放っていた、イタリア系学校の隊長を務めている女の子。

 こちら側についてくれた女子達から聞いた情報では、学校としては弱い部類に入るとこぞって言う。少なくとも強豪校にはカウントされていない。しかし経歴を聞くと目を見張るものがある。斜陽どころか廃部一歩手前、数人程度のスタートから、全国1回戦突破までこじつけたのは並の手腕では無い。しかもイタリア戦車でだ。

 

< なんかヤベぇ香りがしたからよぉ、どこに隠れたんだか。って思ってたんだが >

「心配はした方が良いかもしれません、突入の時は気をつけるべきです」

< あたぼうよ。して、ハユハは何が心配だ >

「その撃破されたP-40、セモヴェンテが押してったんですよ。

 南東の市街地の影に。そこまで乗員は姿を見せませんでした」

< ……ダミーか? >

「いえ、煙も立ってました。少し小火も。バルーンでも、プラモのガワでも無い」

 

 嫌な予感が拭えない。戦場はどれだけ静かになろうと、苦しい沈黙やひりついた感触が憑き物だが、今回は少し違う。

 背中や脇腹といった、やらしい部分をずっと見られている。そんな感触がする。

 釈迦の掌を逃げ回っていた孫悟空のような気分だ。見られているというよりも、見透かされているというか、そんな感じ。この街道で陣を張っているセモヴェンテやCV-33はこちらの攪乱を試みるも上手くいっていないように見える。シャーマンも防戦に近い動き。

 北方街道が、押し始めているという通信も入って来た。

 

< 凄っげぇぞ、継続の隊長。掴み処無い系ちゃんだが、出てく度に一両二両刈り取ってくるってよ >

「それ、あんたもヤッてる事じゃないですか」

< そ~お? もっと褒めてもいいのよ >

「野郎が言ってもキモいだけです」

 

 ふざけた隊長だが、腕は間違い無い。ふらりと陣地の外に行ったと思ったら、敵陣の戦車が炎上するなぞ何回みた事か。今は、山中を東に抜けて、本陣へ突撃する準備がもうすぐ整う頃だろう。

 それに合わせて、南北から押し込む。本陣から5㎞地点に最初は北方を押し込ませて、押し返している。故に本陣の軍も移動要件は既に満たしていた。機を窺い、東進する。その号令が降るのを待つのみ。

 

 しかし順調すぎる。何かがおかしい。

 

 ただ今をおいて、東進する好機も無いというジレンマ。これ以上の長期戦になるとこちらの弾薬が先に底をつくだろう。故に、さきにあちらに大量に弾を吐いてもらう事にする。

 

< アールネ、"カワウ中隊"を前進だ。皆の視線をお前に釘付けにさせる >

< いぇい、ようやくお立ち台の番がやって来たってね! >

 

 前進の号令は降った。殆どがら空き同然になっていた山の東方、真ん中の部分。どっとアールネの率いる部隊が躍り出る。わざと、大きな音をたてながら。囮と見過ごしているとこのまま本陣へ突っ込むぞ。そう言わんばかりの様相。

 

 狙撃手、ハユハの見やる南方の敵陣後方が、動揺し始めている。

 

 数台、軽戦車と機械化歩兵を乗せたトラック数台が先に陣を離れていくのが見える。抑えられる最低限。その量を残して本陣の守備に回る動き。それを見逃さず、ハユハはボンプル高校とマジノ女学院の戦車隊へ連絡を入れた。

 

「前進開始してください。うちの御転婆さんが東に抜けた」

< 了解した、このまま食い破ってくれる >

< 私達も遅れはとらないわよ、ヤイカ! >

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

  ~ 山中にて ~

 

 

「……勝った」

 

 その場を支配していた空気は、緩やかに、かつ爽やかに変わっていく。

 遙か視線の彼方、かつて石田三成が関ヶ原の戦いの折陣を敷いた山に、兵が集まっている。そこから、南東と東へ通信と兵站を繋ぐための小さな拠点がぽつぽつと見えている。そして今、その本陣が動こうとしていた。

 じっと待った甲斐があった。数日待った。動かずに、味方の戦況を逐次聞いて指示を出しながら。一旦、北方を押し込んで一定のラインで退くよう指示した甲斐があった。サンダースに頼み込んで、ファイアフライも北方に廻している。ケイとナオミ、ジョージらで固めた陣はそう易々とは崩せまい。

 押し込んだ事による、立て直しの要と、反撃における戦力の補填・増強。それらを加味して、本陣の戦力を追加するなら北方にしたくなるように。

 南側のアリサ、カルパッチョ、ブラッドレイには、申し訳無いが受け役をお願いしている。適度に戦い、適度に消耗し、ちょっとずつ()()()()と。だめ押しに本陣の戦力追加を招かないよう、適度に、適度に。

 

 歩兵隊の活動でちょっとずつ削れば行ける。そう思わせろ。

 

 ちょっとずつ負けろ、調子に乗らせろ、勢いに乗せろ、 相 手 を 。

 

 ただ時間は無くなってきている。

 北方の戦線に、継続高校の姿が見える。ミカがいる。恐ろしい女。これ以上時間をかければ、きっと自分が何を狙っているのかあの女は気づく。同等の眼を持っている指揮官が男子にいるならば、もうそろそろ気づかれる頃合いだ。

 

「さぁ、早く来い、こっちに来い」

 

 動き出した。本陣が。旗が。

 

 向かうのは、東か? 南東か?

 

 南東だ。南東の道を辿っていって、東に入った。

 

「よし。……よし。こっちに来るぞ、来るぞ」

 

 ファイアフライの配置も、山の北方における中山道の南側、関ヶ原バイパスでは無く山沿いの通りを通りたくなるよう、北方の関ヶ原バイパスを狙える場所を選んだ。対空砲もファイアフライを護るためつけさせている。

 山の東側に残してきている監視役達から、そぞろ報告が入ってくる。

 東側に中隊規模が1個飛び出してきたと。数両も無かった戦車があっという間に処理されて東に向かっている。

 そう、相手にとって反攻に転じる絶交の機会がやって来たという訳だ。

 

 満を持して、本陣の戦力も投入し突破する時が。

 

 西側の市街地に散らばらせている偵察員から、本隊が来ていると報告が入って来る。トラックに本陣の旗を乗せ、そぞろ旧中山道、21号線を東に向かって来ていると。

 

 アンチョビ、安斎千代美

 

      ……ノ皮ヲ被ッタ何者カ。

 

 その者は思う。いわば今回の試合は、男女混合による"初めての試合"である。願掛けの一つもしてバチは当たるまい。この場所は日本という国において極めて重要な出来事が起こった地。この近辺には、それを制した"覇者"にちなんだ場所がある。

 この国の民として生まれ、疑似とは言え軍人として人を束ねる者の心情を想う。

 

 絶対に、此処に立ち寄る。

 

「……姐さん」

「ん? ペパロニか、どうした」

 

 その確信を持って、遠方に聞こえてくる音へ耳を傾けている時、アンツィオ高校戦車道の一員、ペパロニが駆け寄ってくる。CV-33を予備戦力として付近に伏せさせている。そこにいよと言った筈なのだが。

 

「持ち場を離れるな、もうそろそろ敵が来る」

「……ホントに姐さんっすか?」

 

 手が止まった。ペパロニと呼ばれている少女を、まじまじと見やる。眼が揺れている。信頼と不安、板挟みのそれ。『何者カ』は、この眼に覚えがある。嫌と言う程見てきた。義勇軍でも、司隷の地でも、徐州でも、荊州でも、益州でも。

 あぁ、特にあの義弟はしょっちゅうこんな眼をしていた。可愛い子だ。放っておけない。

 P-40の車体から一旦降り、ペパロニの躯を抱きしめてやる。小さく震えている。頭を撫でてやった。あの義弟もこうしてやると、震えが収まったものだ。この娘も同じだ。ひたむきで、純粋。パワフルな激情のやり場を与えてやれば大いに働く。ただその発散の仕方が下手なのだ。

 

「姐さん、なんか姐さんじゃないみたいで」

「ペパロニは賢いからな。お前自信、変わり始めてる証拠だぞ」

「変わる? って、太ったり痩せたり」

「お馬鹿。"廻りを見る眼"が育ってきたって意味だ」

 

 おでこに軽いデコピンをする。少し涙目になっている妹分。楽しみな子だ。

 

「私が少し変わった事が、妙だと想ったんだろ?」

 

 こくんと頷く。それに"アンチョビ"は微笑んで、

「これからの戦い方は、これまでと少し変わるから、そのせいだろう。

 アンツィオの流儀に、色々混ぜなきゃならなかったからな」

 

 そう言って、振り返る。周囲の草木を駆使して擬態しているP-40を囲むように、男子と女子。皆が散開して待ち構える光景。やはり、何度見ても良い景色だ。情熱を宿している若人の眼差しは何度見ても良い。

 

「その揺れる感情を忘れるなよ、ペパロニ。その激情も不安も、お前を強くしてくれる」

「……姐さん?」

「大事な妹だと想ってる。

 そんなお前がこうやって私を想い、迷っている。それが嬉しい」

 

 頬を撫でる。暖かな温度。少しばかり熱が上がっている。

 

「強くなる時が来たぞ、ペパロニ。アンツィオは一歩前へ。

 サンダースと、男共もそぞろ引き連れて前へ行く。

 あの継続も、ボンプルも、マジノも出し抜いて前へ」

 

 光が戻ってくる。いつものペパロニの眼に。

 安斎千代美が羨ましい。かつて持っていたこの輝き。包まれていた温もりを今、彼女は持っている。そんな彼女は『そんな恥ずかしい事言うな先生!』と心の中で赤面している。今はまだ変わってやらない。

 熱と共に感じる昂揚、勝利の蜜の味を味わってから戻ってやる。

 

「CV-33に戻れ、ペパロニ。私の取りこぼしはお前が掬うんだ」

「姐さんなら取りこぼしたりしないっすよ。あたしよりパスタ作るの上手いんすから」

 

 音が大きく鳴ってきた。ペパロニを急ぎ持ち場に戻し、"アンチョビ"もまた車内に戻る。息を潜め、機会を待つ。読んだとおり、本隊は現れた。総大将と、本陣の旗を乗せた車両が、通りの向こうに。

 

「来い、来い、ここへ」

 

 

 ここは桃配山。覇者、徳川家康が関ヶ原で最初に陣を置いた場所である。

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 ここに至ってもなお、暗闇の中を松明の明かりで進むが如く、不安が晴れる事が無い。

 

 何かがおかしい。陣を引き払って後退していく相手方を見ながら、『ミカ』は胸中で渦巻くこの不安を払拭できぬ訳を探る。地雷に注意しつつ、妨害柵を除去しながら進むので、前進といってもゆったりとしたものだ。

 

< 順調だな >

「そうだね。不安になるくらい」

< それ程か? 過ぎはしないが、ようやく自体が好転した、って具合だが >

「好転するタイミングが、あまりに良い」

 

 悪い癖だとは想っている。『得意の絶頂は、絶望の崖っぷち』と。

 これは得意になるタイミングとは違う、調子に乗りすぎるような押し込み方では無い。何せ最初、サンダースとエンクレイヴ。アメリカ系の男女による猛攻に耐え忍ばなければなら無い程、こちらが押し込まれていたから。

 そして、後方で何かが起こった。

 同時に南方の前線で、P-40を撃破したという報告が上がってきた。それを境に、勢いが衰えた。作戦の練り直しを迫られたかの如く。

 

 アンチョビ……安斎千代美が退場した。

 

 こちら側のほぼ全員がそう思った。一夜明けるまでミカもそう確信していたからだ。

 北方に詰めかけていたイタリア系、特にアンツィオ高校のCV-33の動きに普段のキレが見られなかった。そしてアメリカ系の連中がイタリア系の制御に苦心している様子が見えたから。

 

 本当にそうか?

 

 今はそう思っている。アンツィオ高校のマカロニ作戦を思い出せ。

 試合の中継中、見ていて思わず感心してしまった欺瞞作戦。詰めが甘かった欠点を差し引いて考えると、突き刺さった時に恐ろしい効果を発揮する。そんな事を実行できる女なのだ、安斎は。

 例えば、P-40のあの色はこの野山の木々に紛れてしまえば見つけ出すのが困難だ。

 あの車体を山の中進めるのは骨が折れるだろうが、実行できてしまえば?

 

 先日撃破したP-40はアンツィオの車両か?

 

 もし男子校のであるならば、今安斎千代美は何処にいる?

 

「もし私がアンチョビの立場なら……」

 

 今がむしろ絶交の機会では無いか?

 

 本陣が最奥から移動して、こちらに向かっている。護衛は本隊とは言え僅か。

 

 

 つまり、 が ら 空 き だ。

 

 

< 誰か、本陣に戻ってくれ! してやられたぞ!! >

「「 ――ッ!! 引き替えす! 転進! 」」

 

 3名、気づいた。通信機からアールネ・ユーティライネンの声が聞こえる。

 彼は突破して眼を引きつけるポジションだ。前へ出すぎている。間に合わない。

 

 ミカと、南方戦線のヤイカが気づいた。

 

 ヤイカの視線の先、撃破したP-40は【ジョルダーニ】の車両。男子の車両。

 

 

 アンチョビのP-40は何処へ行った?

 

 

 

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