ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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※渋辞典にもあったりした『島田ミカ』説
  拙僧、面白いと思って結局逃れられず
  そういうの苦手なの、という方はすみませぬ


芽が出るにはまだ早い

 

 

  ~ ???年前・某所 ~

 

 

「白組、走行不能! よって紅組の勝利!」

 

 視界がぐにゃりと曲がっていく。曲がっているのは己の眼なのか、それとも心なのか。はたまた両方か。きっと、最後だ。血流が乱れ、脈拍が乱れ、心がかき乱される。

 これまで培ってきたものが崩れていく音が聞こえた。それまで集まっていた視線が離れて、向こうの車両から身を乗り出していた幼い躯に注がれているのがわかったから。さんざん自分を持ち上げてきていた連中も、結果がわかればあっけないものだ。

 

 < お見事ですな、ご息女の才能は! >

 < "西住"の連中が白目を剥く様が見えるようですわ! >

 

 周囲の音すらも、歪んで聞こえる。脚が震える、キューポラを掴んでいる手にも力が入らなくなり始めていた。

 私は負けたのだ。僅差で。ただし相手はまだ10才にもなっていない幼女である。

 母の姿に憧れて、戦車に乗るようになった頃から、ずっと打ち込んできた大好きな戦車道。周囲の人達も可愛がってくれた。母も認めてくれた。

 

「ミカは頑張り屋さんね」

 

 そう言って、頭を撫でてくれる母の手が好きだった。母の背を追いかけて、何時か隣に立てればいいな。そう思って必死に打ち込んできたもの。戦車と同じくらい好きだったカンテレも。その何かが狂ったのは、妹が生まれてからだった。

 妹は()()だったのだ。何もかも。

 可愛い妹だ。それは否定しない、否定させない。したくない。眼に入れても痛くないくらい、いなくなる事なぞ考えたくも無い程に愛おしい。母も私も、そう思って妹に接してきた。我が家に加わった可愛い天使。それが妹だと思っていた。

 何かがおかしいと気づいたのは、母と私が将棋を楽しんでいた時の事だった。

 横からじぃと盤面を見ていた妹が、私の持ち駒を勝手に動かしたのである。一手、ただそれだけなのに、私も母も、度肝を抜かれた。あの日のことはよく覚えている。

 

 「――かぁち!」

 「「 えっ? 」」

 

 妹はまだ発音のよろしくない声でへらりと笑う。可愛い顔、頬をぷにぷにとしてやりたいと思ういつもの天使顔。しかし、あの日だけは違った。

 そう、その一手で勝てる。見なおしてみるとちゃんとわかる。母も私も驚いた理由はただ一つ。ルールも教えていなかったのに、どの駒がどんな動きをする"決まり"なのか、王玉を獲られれば負けだとか、見て覚えたのだ。

 

 それから妹の事が、天使だと素直に見えなくなった。

 

 妹は常に、母と私の想像を超えてきた。妹はただ楽しんでいただけかもしれない。覚えるのが楽しかったのかも知れない、できる事が楽しかったのかもしれない。

 ただそれだけ。そう思えば良かった筈なのに、私は妹に『恐怖』した。

 頭を撫でてくれた母の手、その温もりが嬉しくて戦車に乗っていたのだ、そこにもし、妹が入って来たら? この常軌を逸した才能が戦車に乗ったなら?

 

 ―― ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、思ってしまった。これは呪いだ。

 "嫉妬"というのは、一旦発動してしまえばどうあがいても振り払えない、超弩級の呪物である。どう頑張っても、"コイツは私より上手くやるんだろうな"という後ろ暗い感情が付いて回る。

 それが肉親であったなら最悪だ。同じ家に住んでいて、否が応でも毎日顔を合わせる。それが上の子であれ、下の子であれ。

 

 母にとってもそれは胃痛の種であったろう事は想像に難くない。

 

 家に訪れる関係者や親類縁者にも、妹の目を見張る才能を褒める声と、西住に対抗しうる姉妹としての期待をこめた声が届くようになった。母は、自分の生き写しとも言ってくれるくらい、私に様々注ぎ込んできてくれた。

 

 ―― この場所は私のものだ、たとえお前でも渡さない。

 

 一時でもそんな事を考えてしまった。それを自分が考えているという事にすら最初は気づかなかった。自覚したのは、我が家の訓練用戦車に私が乗ろうした時の事。

 

「のるぅ!」

 

 そう言って、着いてこようとした妹の手を、払ってしまった。未だにあの時の手に走った感覚すら思い出せる。

 

 そして、起こった出来事を理解するまでに、その場にいた全員が数秒を要した。

 

 私、母、そして妹。戦車を動かす乗員役達も。あの時の私はどんな顔をしていたのか、母は教えてくれなかった。しかし真っ先に動いたのは母だった。私の頬をはったのだ。そして私と妹両方を抱きしめていた。

 

 次いで、姉に拒否された事を理解した妹がわんわんと泣き出した。

 

 私は、泣くことが出来なかった。

 

 涙が出てこなかった。

 

 妹を泣かせてしまったのだと理解してはいたが、その理由があの時はわからなかったからだ。だが後日になっても、冷たい姉だの何だのという声は家中からも聞こえてこなかった所を見るに、私は()()()()()はしていなかったのだろう。

 八年近く経った今思い起こせば、簡単な事だった。『戦車は私と母の"繋がり"だ。そこまで浸食されてたまるものか』なんて感情を抱いていた筈だ。正確なのかどうかは、今も断言はできないが。嫉妬と愛情と、恐怖と慈愛。相容れない二つどころか四つも五つも、一気にわき上がってくれば混乱するというものだ。

 

 母は悩んだと聞いている。

 

 これまで頑張ってきた姉を無下にする。妹が戦車に乗ればきっとそうなるという確信すらあった。圧倒的な才能。変幻自在・一騎当千を体現する、お家初の戦車乗りにすらなるかもしれない。

 家中の声もさる事ながら、自分自身が優秀な戦車乗りであるからこそわかる片鱗。

 天秤にかけるまでも無いという"戦車乗り"としての冷徹な心と、長女へ向けてきた愛情すらも歪んでしまいかねない結果を招く事を恐れる母親の心。

 

「あの子も鍛えるわ、すこし練習を見てあげられなくなるの」

 

 そう言われた当時、そんな事を考えるだけ心は成長していなかった。

 ただただ絶望した。母の手の温もりが離れていくような、そんな感触と、足下が奈落の底にまで落ちていくような感覚だけが身も心も支配した事だけは。母として、娘へ向ける愛情は変わらないのだろうが、『親の心子知らず』という言葉の通り、大人の心を解するだけ、この時の私は成長していなかった。

 

「お母様は……"愛里寿"の方が可愛いんだ」

 

 この時の私はどんな表情をしていたんだろう?

 母の表情が、驚愕に歪み、悲しみと混乱と怒りといった負の感情に支配されていたという事は記憶している。そんな事はあり得ないと母に叱られた。次期後継者の貴女がそんな事を言うものではないと。混乱して言葉が選べなかったのかもしれない。

 "次期後継者"という言葉すらも、ただの重みにしか思えなくなっていた。妹の背に乗せる事になる単語だ。そうとすら思えて、馬鹿馬鹿しくなっていたのだ。

 

 妹は、愛里寿は想像通り、めきめきと才覚を発揮した。

 

 なまじ優秀だった我が身を呪いたくすらなる。"居場所が無くなっていく"という実感も抱けないくらい馬鹿だったならどれ程楽だっただろう。妹に素直に凄いねとすら言えないくらい、なにくそと思いもしたし、嫉妬したし、恐怖していた。

 それを、母に打ち明けられればきっと今の自分は無かっただろう。そうなれば、今の学校で今のチームを作り上げることも出来なかったから、人生どう転ぶかわかったものではない。

 

 天才を真後ろに控えることの恐ろしさ。

 

 それを味わい続ける事数年。家中と親類縁者を交えた交流試合が開かれた。野良試合とはいえ家の者達で行われるものであり、規模も大きめの代物。

 その中で、紅組と白組に別れて試合が行われる事になり、姉妹でそれぞれに分かれた。

 はっきりさせてやる。その時の私は、今考えても正気では無かったと思う。妹への愛情が、戦車に乗っている間は反転してしまうようになっていた。嫉妬、羨望、憎悪。それら全てが詰まっていたと思う。愛情、慈愛は変わらず持っていた筈なのに、競技の場において比較対象となった時、消失するようになっていた。

 

 母は終ぞ、私のこの感情をどうにかしようと躍起になっていたとは思う。

 

 頭角を現し才覚を見せつけ始める妹をもって、家中の皆や親類縁者が持ち上げるのを必死になって押さえ込んでいた事も知っている。日に日に、母の顔に影が差していくのも見ていた。

 

 だから、野良試合が始まって、最終的に姉妹の一騎打ちへと至り……

 

       ……私の車両に白旗が立った時の母は、どんな心境だったのだろう

 

 ただ一つだけわかるのは、『もう取り返しが付かない地点へ至った』という事だけだ。

 

 我が家は、日本戦車道において『世界に日本戦車道ここにあり』と言わしめた立役者を輩出した家。『西に西住あれば東に島田あり』と国内で呼ばれている"()()()"の宗家である。

 今日この日をもって、母=『島田千代』は私ではなく妹=『島田愛里寿』を後継者としなければならない所にまで追いやられた。

 

 天才少女・島田愛里寿。

 

 その今後を考えた時、家中を乱しかねない存在はいない方が良いでは無いか。過去、家を滅ぼしてきたのは大概が内部分裂なのだから。今回の騒動を経て、島田家も実質そうなりかけていた。

 才覚があまりにめざましいとは言え、姉を差し置いて妹が立つのは道理にもとると叫ぶ派閥と、武門が強きを重んじて何が悪いと妹を立てる派閥。

 数や勢力を思えば、長引けば必ず家が滅茶苦茶にになるのが見えている。

 

 だから私は、家を離れる事にした。

 

「もう決めたんです、お母様」

「……私には、反対する資格はありません」

 

 そんな事を言わないでください、と母に言った。これから進学する先をここにしたいと言ったのは自分なのだ。母はあの日からずっと、家中に響き渡る『愛里寿を後継者に』という声と、『姉を差し置くな』という両方の派閥を押さえ込もうと躍起になる日が続いていた。

 姉妹で家と戦車道をを盛り上げていくのでは駄目なのか。その道筋を何とか模索しているように見えていた。しかし、戦車道は全体的にお金が動くし、かかるし、関係者の生活を考えると縁者の声を無視することはとうてい出来る事では無い。

 このままどちらを獲っても、幸せな結末は望めない。よしんば私が家を継いだとしても、妹はきっと分家筋を継ぐ形で利用される事が見えている。私が残っていたとしても同じ結果に落ち着くことになるのだろう。

 

 家の中をギスギスしたものにしたまま。

 

 だから島田流とは縁の無い、田舎の学園艦へ行く事に決めた。

 

 貧乏でも戦車道は盛んだが、島田流のしの字も知らない空間。そこへ行く事が、自分にとっても最も良い選択になるだろう。それを母に打ち明けた。もっと早くこうできていればと後悔もするが、もはや手遅れだ。母にはしきりに謝られた。

 

「ミカ、これだけは忘れないで。ここはどれだけ時間が経っても貴女の家よ。

 いつでも帰ってきて良いの。私がかならず、時間がかかってもそうしてみせるから」

「ありがとう、お母様」

 

 妹のせいとは思いたくなかった。

 そう考えてしまった自分の疑心暗鬼が、結果として自分を追い込んだのだ。まだ師範代という、トップである家元と家中の声を無視する事叶わない立場である母にも迷惑をかけてしまった。

 今は、私自身を見つめ直して、家族とどう向き合うのかも考えて行こうと思う。

 "私だけの戦車道"を見つけられたら、それも叶うのかもしれない。

 

「私、お姉ちゃんみたいになりたくて、乗ったの」

 

 【継続高校附属中】への入学、つまり学園艦に乗る日を迎えた日、愛里寿はそう言った。

 

「いつか、カンテレ教えてね」

「わかった、いつかね。約束だ」

 

 この日、『島田ミカ』は島田を棄てて『"名無し"のミカ』になった。

 

 そして約六年。約束は未だ果たせていない。

 

 

  ※※※※※※※※※※

 

 

  ~ 桃配山 ~

 

 

 何が起こったのか、その場にいた【カルマル・サガ学院】の生徒達が理解するまでに少しの時間が必要だった。

 徳川家康最初の陣地跡。その石碑に手を合わせるべく、本陣の旗を積んだトラックと、護衛の『T-80』が二両。他の主力は先行させ、北方街道の我が方へ加わるべく進んでいる。山から東部への進出と相手方の混乱が露わになった事で、反攻開始に絶好の機会が訪れた。コレを逃す選択肢は無かったのだ。

 相手方の方が弾薬の数などの地力が強いため、長期戦はどうあがいても不利に直結する。

 ユハンの名を持っているとは言え、日の本に生まれた民である。かつての偉人へ戦勝祈願をしたくもなるというものだ。神社では無いが、東照大権現へ手を合わせてもバチは当たらない。

 

 そう思っていた。ただそれが迂闊であったらしい。

 

 "バチ"はすぐに降ってきた。陣地跡はちょっとした坂を越えた上にある。そこへ登り、石碑と解説の看板、そして家康公が腰掛けたとされる石が見えた。感慨深い気持ちに浸りたくなるのを抑えながら、手を合わせる。

 

 そして目線を高く上げた時、木々の間に『P-40』が見えた。

 

 暗いグリーンの車体と、その上に身を乗り出しこちらを見下ろしている少女。その手には【ウィンチェスターM1897】があり、既にこちらに向けられていた。見間違える筈も無い、開会式の壇上で見た姿であったから。

 何故、"統帥アンチョビ"がここにいる。

 

「やぁ、待ちかねた」

 

 そう言い終える瞬間、間髪置かずにアンチョビが引き金を引いていた。"人体"、つまり生身に直接当たる場合のみ、弾丸は破裂してペイント弾の役割を果たす造りになっている。しかし軍服の場合はその限りでは無い。安全のために貫通しないよう、戦車道の戦車同様に特殊素材を編み込んだ軍服である。

 

 貫通しないのである。

 

 それが何を意味するか。あえて胴体を狙うと衝撃がそのまま伝わる。至近距離からショットガンの放った弾を喰らえばどうなるか。

 

 ―― ミリミリミリッ!!

 

 肋骨に嫌な音が走った。体内を通じて脳に伝わって、ユハンの意識はそこで途絶えた。

 

 

 ※※※

 

 

「走れ! 走れ走れ走れ『ミッコ』!!」

「やってるよぉ!!」

 

 やられた、やられた! やられたっ!! してやられた!!

 何故油断した、普段であれば継続高校のチームでやって来た事。"釣り野伏"で相手主力をつり上げて大将首を獲る。その戦法を練り上げて勝ってきたのを忘れ、相手にソレをやられるとは何たるザマか。いや、今回の場合は最初上手く決まった筈だったのだ。

 

「ミカ、やられたってどういうこと!?」

「最初、私達が押されて、相手の主力がやられたか退いていったろう?」

「P-40がやられたって、何時もの私達の手を男子もやって上手くいったんじゃ」

「その"上手くいく事"が最初から狙いなら今はどん詰まりなんだよ」

 

 何時ものようにカンテレをひいて指示を下す精神的余裕が無かった。

 いつもと違う環境、条件。そして直近で戦った大学選抜選手との試合のためか、脳裏に甦っていた記憶。勝利を目前にして降って湧いてきた敗北の可能性、得意の絶頂が転落するこの感覚。

 嬉しさの高みから絶望に追いやられたあの感情をどうしても思い出す。

 冷静でいられない。結局あの時も、直接相手チームと顔を合わせることは終ぞしなかった。気づかれてはいたかもしれない。足早に去ったから、母は気づいているかもしれないが、妹は気づいていまい。

 

 この試合も、どこかで母は見ているのだろうか、妹は見ているのだろうか。

 

 西へと猛進するBT-42の傍らを通り過ぎて行く本隊の車両にも、一旦本陣へ戻って欲しいと懇願しながら通過していく。方向転換するのは容易では無い。恐らくもう間も無く、アンチョビは本陣の旗へ攻撃を開始しようとする筈。

 自分ならそうするからだ。

 魚を釣り上げた猟師は両腕が竿にふさがれ、身を仰け反らせた格好になっている。胴体へ食らいつき食い破るにこれ以上の好機は無い。相手の絶頂はこちらの絶頂。まさにミカが練り上げてきたものをそのまま"使われた"。

 

 ―― ダァンッ

 

 と銃声が遠くから聞こえた。

 遅かった。ここは関ヶ原の地、各地に偉人にちなんだ碑がある場所だ。きっとその一つへ手を合わせる事を考えたのだ。こと何が起こるかわからない戦場において、人は験を担ぎたくなるものである。生徒を預かる指揮官の身にもなれば尚更だ。

 ずっと戦況を見守らなければならない張り詰めた環境から前線へくるにあたって、気持ちを新たにしようとする気持ちは理解出来る。

 

 理解出来すぎる。

 

 そうしたいと思うものだ、そうなればルート上で相応しいのは一箇所しかない、というより一人しかいない。徳川家康。勝者たる覇王へのお参り。

 アンチョビはそれ目当てでずっと張っていたという事だ。銃声はその場所から聞こえた。つまりもうまもなく、砲声が聞こえてくるという事だ。

 

 ―― ドゴォンッ

 

 やっぱり。視線の彼方。21号線の上に『T-80』だった車両が一両押し出された。走行不能となったまま、ガソリンスタンドの建物を引き倒して、一挙に道路を塞ぐ形になってしまったのが見える。本陣旗のポールを固定したトラックが逃げ道を失い、旧中山道へと逃れるべく北進したのが見えた。

 

「……迂闊な」

 

 急勾配だったら、トラックでは戦車のように道を越えられない。それを知らない筈は無いが、東進する訳にはいかなかったのだろう。ミカにも見えていたからだ。左前、陸の上から打ち下ろすP-40が。

 その射線の中をくぐり抜けて21号線を東へとはいくまい。

 ここから狙うにはまだ早い。射線が切れやすい位置にいる。アンチョビ程の女なら既にこちらにも気づいて……いる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 何と数奇なことだろう。あの時彼女が叫んだ言葉を、うちの操縦手が叫んでいる。

 

 P-40がもう一発、発砲した。それと同時にまたT-80が打ち抜かれる金属音と爆音が聞こえる。つまり、彼女を討てるのは自分達以外にいなくなったという事だ。

 さぁやってやろう。そう思った時の事である。

 アンチョビが陣取っていた陸の上に、いくつか小さな影が現れる。兵士達だ。男子達の姿が見えた。ここまで彼女に従ってきた男達。

 その方に、なにやら筒状のモノが見える。見間違いで無ければ、あれは米軍がかつて使用していた【M9 2.36インチ対戦車ロケット発射器】。ありていに言えばバズーカ砲である。空挺部隊用に、取り回ししやすいよう2分割できるタイプ。アレを担いで山中を踏破してきた訳だ。

 

「ミッコ」

「おうさぁ!!」

 

 打ち下ろされてくるロケット弾を避けなければならない。面制圧するように撃たれなくて良かった。というより鈍重な重戦車などでは無くBT-42だから助かった、と言うべきかもしれない。

 右よりに入って、そのまま道路に着弾するのを横目に駆け抜ける。

 しかしこれで道を通って逃れるのも容易ではなくなった。何としてでも本陣旗を護りながらP-40を仕留めなければならない。

 左側に、家康本陣跡から降りてきたP-40と、歩兵隊が見える。1クラス分はいた。半分程度に減ってはいたが。

 各々が物資役と、M9の発射役など分担していたのだろう。こちら側の歩兵隊と衝突して、互いに消耗は始まっている。時間はもう残されていない。それは相手も同じだ。

 

 アンチョビが、意外なモノを見るようにこちらを見ていた。

 

 何だその眼は。

 

「継続高校の『ミカ』!! 何だその哀しそうな眼は!」

 

 想定だにしない事が起こった。

 アイツはBT-42の、ほんの僅かな()()()からこちらの眼を見ていたというのだろうか。

 アンチョビが指揮鞭を振るう。P-40の砲塔から砲弾が放たれて、BT-42の斜め前方、上面をかすった。塗装がはげる音がする。

 

「それが黒森峰を追い詰め、大学選抜をかき乱した女のする眼か!

 帰る家を無くしたような眼をしてるぞ!」

 

 どす黒い感情が心中に湧いてくる。お前に何がわかる。今更掘り起こしてくるな。

 新天地で見つけた"私の戦車道"を貫いているだけだと言うのに。未だに、定期的に届いてくるこの声。島田の亜流、傍流のつもりかと言ってくる縁者共の雑音。教え込まれた根本が、尊敬する人のものなのだから似て当たり前だ。それの何が悪い!

 

 音が乱れた。

 

 きっと、動きにもそれが現れたのだ。見逃すアンチョビでは無かったらしい。

 P-40の車体をずらして、こちら側の砲撃を最低限の被害に抑えた。爆風に歩兵が巻き込まれる。バズーカは二本つぶせた。

 ロケット弾はまだ飛んでくる。前へ行ったり、後ろを言ったり曲がったり。

 P-40との応酬を続けながらバズーカ砲を携行した兵士の場所を把握して、榴弾を撃つ。散開している兵達の数は確実に減っている。正味、P-40を倒せればこちらのペースを取り戻せる。

 勝てない相手ではない筈なのに、心がかき乱されている。さっきのひと言のせいだ。

 『アキ』と『ミッコ』、『ユリ』にも明かせていない心の闇。そこを的確に突かれた。アンチョビは無論知るまいが、こうも的確に、言われたくないひと言を言われるとこんなにも集中できなくなるものなのか。

 

 ―― "お前は所詮妹の後塵も排せない"

 

「……何がそんなに苦しいんだ!! 」

 

 苦しい? そんな顔をしていたのか?

 

「見ろ、私は追い詰められている!

  お前は気づいて戻って来た!

  凄いじゃないか、胸を張れ!」

 

 何でこの女は試合中に相手を応援しているんだ?

 

「もっと楽しめ、この状況を! 裏をかいてやったと思ってた!

 勝ったと思っていたんだぞ私は、お前が来て台無しだ!」

 

 カンテレの音の乱れが、落ち着いていく。

 

「流石だ! 去年黒森峰をあれだけ苦戦させる試合をした奴め」

 

 音が加速していく。あの声が、まるで太陽のような。不思議な温度で耳元に届いてくる。魔性と言ってしまえばそれまでだ。だが何か人を魅せる力を持ってこちらを引き込んでくる声だった。

 

「悔しい顔をしたいのはこっちだぞまったく。ちょっとは楽しそうな動きをしろぉ!」

 

 打ち合いをしているのに、キューポラから上半身を出しながら、プンスコとまるでコミックのような動きを見せているアンチョビの姿。

 緊張がほぐれていく。アンツィオ高校とはそういう手合いだったなと思い出す。不思議だ、先ほどまでわき上がってきた怒りも静まっていくのがわかる。

 歩兵隊から、最後のロケット弾が放たれて、BT-42の履帯が片方獲られた。片方のみではバランスを大きく欠く。もう片方は自力で外す。P-40の左反面を榴弾で持っていく。こちらも右側、転輪正面がえぐられた。カンテレの音が乗り、心の高揚も最高潮に達する。

 

 8の字を描き砲弾を飛び交わしながら交わされている、アンチョビとミカの()()

 

  「撃てっ!(Tulta)

      「撃てっ!(fuoco)

 

 さながらそれは逢瀬のようだったと、後にその光景を見ていた一人の男子生徒が証言している。

 

 ―― ズガァンッ

 

 互いの砲弾が、互いの砲塔の根元を直撃する。白旗が両方の車両にあがる。

 相打ちだ。どっと、カルマル・サガ側の肩の力が抜けた。

 

 そして陸の上から音が聞こえる。爆音だった。

 

「今がそうっすよねぇ!! 姐さぁん!」

 

 ちょうど、石碑のある丘を背後にとっていたタイミング、陸の上からCV-33が飛び出してきたのである。何故、P-40一両だけだと思ったのか。しかしもう遅かった。こちらは一両でP-40の相手をしていたからあの車両を止められない。

 コチラ方も対戦車兵器の持ち合わせが無いという最悪なタイミング。誰もCV-33を止められなかった。爆走する鉄塊を止める手段が無いままに、再び鉄塊は宙を舞う。

 

 無理に旧中山道へ逃れようとして、脚を壊したトラックの上へ。

 

 < 相手校の旗を"攻撃して"折った方が勝ち。折る手段は問わない >

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 CV-33はあの小ささだが3.15tある。普通車の大きなタイプよりも重たいのだ。そんな鉄塊が上から降ってきた時、パイプが耐えられるのかを考える。

 耐えられる訳が無い。特殊素材で作っている訳では無いのだ。砲弾を耐えてしまったら競技にならない。

 

  ベ  キ  ン

 

 CV-33が、パイプをトラックの荷台ごと押し潰した。

 

 『 パイプの断裂を確認! 決着! 決着! アンツィオ高校連合の勝利!! 』

 

 

 ※※※

 

 

「ミカ、泣いてるの?」

 

 アキが心配して声をかけてくる。胸に手を当てて、カンテレを傍らに置いていた時の事。どうやら自分は本当に泣いていたらしい。頬に手を当てると、暖かな感触と共に水分が垂れている事に気づく。

 途中から、泣きながらカンテレを笑顔でひいていたという事になる。

 気分がスッキリしている。不思議な感覚だった。アイツは、自分を"苦しんでいる"と一目で言い放ってきた。何故バレたんだろう。

 継続高校の仲間には、身の上を明かしていない。信用していないとかそういうのでは無く、心配をかけるし気を遣わせてしまうことになるのを避けたから。それがかえって負担になってしまっていたのであれば、やはりアンチョビは恐ろしい女と言わねばならない。

 

 楽しそうにしろ。

 

 その言葉が何度も頭をリフレインしている。

 私は戦車道が嫌いなんじゃない。楽しんでいない? まさか。それは私をコケにしている。母と妹の事こそあれ、楽しくなかったら今の今までこんな事をしていない。

 ちょっとだけもの申してやろう。そう思って、車内から出た。

 P-40から降りていたアンチョビが、こちらを見ながら待っている。こうしてくると見透かしていたか?

 

「うん、やはり今のその眼の方がお前らしいな」

「私も楽しんだつもりだったんだけどね」

「……いんや、アレは間違い無く()()を向いている奴の目だった」

 

 アンチョビはそれまでの笑顔をスッと伏せ、少し大人な顔をした。

 

「かつての()と同じ眼をしていた。故に口に出た」

「同じ?」

()()()()()()()()()()()のは並大抵の心労では無いからな」

「――っ!!?」

 

 まさか、あり得ない。アンチョビが知るはずは無い。

 私の出自を知るのは、継続高校の首脳と、実家、親類のみ。親類に至っては表に出すまい、"愛里寿の名前に傷が着くから"。

 

「どん詰まり、追い詰められた時の眼さ、間違えるものか」

「だから私がまた出し抜かれた訳か」

「まさか、出し抜いたと思ったのに巻き返される所だったぞ」

 

 そう言って、両肩を掴んでくる。暖かい手だと思った。

 頭では無いが、かつての母の手と同じくらい暖かくて大きな手だと思った。華奢な手なのにどうしてそう感じるのかは不思議だったが。

 

「お前にそんな眼は似合わない。仲間を得たその目の方が断然良い」

 

 そう言って微笑んだアンチョビの顔は、かつて見た妹の笑顔にも似ていた。不思議なものだ。試合が終わった後、しかも負けたというのに心は昂ぶったままである。

 

「最後の最後に追い抜いてしまえばこっちの勝ちだ。

 お前も後ろ向きに見てないで、一回はそう思って見ろ。全部が楽しくなる」

 

 最後に追い抜く。そんな事を考えた事は無かった。

 ただそれは、自分が諦めていたからそう思っていたのでは、とも考える。何故今まで思い至らなかったのか。それも簡単な答えだった。"妹を泣かせる"事を無意識に考えないようにしていたから。

 ただ、楽しんでそうしろと彼女は言う。仲間とならそれが出来る?

 

「私に出来るかな」

「何を卑屈な。何時もの飄々とした感じでいろ。こう、『風にのって~』って」

 

 ぽかぽかしてくる。不思議な感じ。アンチョビの顔を見る。

 変な感覚だったが、嫌いじゃないし、むしろ好ましいとすら思える。もう少し味わいたい美味な代物。これは一体何なのだろう。

 

「そう見てくれるんだ、私を」

「……あぇ?」

 

 試合の決着が余韻で、肩を落とす者や悦びに打ち震える者達がいる中で、一人、全く違う感情に突き動かされた者が一人。

 一時の情動と呼ぶなら呼べ。これがただの吊り橋効果だと言うのなら、知った事か。これは間違い無く本物だと思った。だからこうする。

 

 ミカはアンチョビの不意を突いた。

 

 彼女の顔についている、薄桃色の花弁をひとつまみする。口で。

 

 周囲が一瞬、静寂に包まれる。

 

 状況判断、それに時間がかかる者達ばかりであった。

 

「どういう、風の吹き回しだ」

「さぁね、でも季節外れな春の風だと思う」

「桜が咲くにはまだ早いが」

「……待つさ」

 

 アンチョビが落ち着いてそう答えてくれた。動揺するのをこらえている。それも良い。あの不思議な高揚感を味わわせてくれるなら、もう一回やってもいい。少なくとも彼女にはそう思える。

 

 後は、仲間の説得かな。後ろでフリーズしている二名にどう言ったものかとミカは考える。

 

 ただ失念していたのは、試合の実況中継がされていて、観客席にもその光景は流れていたという事。

 

 

 島田千代が、観客席で失神した。

 

 

 

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