ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ 宮城県・仙台港 ~
「なぁ、そろそろ満足したか?」
「ん~、もう少しだけ」
大型商業施設内に敷設された、ゲームコーナーのクレーンゲームに釘付けになっている"
準備時間はまだある。視界開始の日時までに、初期配置に就けば良いのだから、小僧こと『エーリヒ・ハルトマン』の行動はまだ許容できる範囲である。しかし緊張感というものが少し足りないような気がする。
「そんなに欲しいのか、その"ボコ"とかいう熊ッ子が」
「ご当地モデルなんだよぉ、コレ。通販やってないんだこのシリーズ」
ルーデルにとってはルームメイトでもある男、航空団の戦闘機部隊を任せている片腕と言っても良い男。そんな彼は今、それこそ弾丸でぶち抜く時と同じような鋭い目をもって、硝子の向こうに鎮座している珍妙な熊のぬいぐるみとにらめっこしている。
昔、雑誌の一面を飾っていたような記憶はあるが、いつの間にか見なくなった。そんな印象はあるシリーズだった。少なくともルーデルはそう記憶している。古参・潜在的なファン以外がもはや購入する事が無くなった長期シリーズのような、そんな立ち位置。
コイツの部屋。つまる所ルーデルの部屋でもあるのだが、そこにはそこそこコイツが収集しているぬいぐるみやフィギュアで机が圧迫され始めている。ルーデル側の方が殺風景なため、ある程度浸食する事も許しているが、そろそろ注意しようかとは思っていた。
「その手に持ってるのは"笹かまぼこ"か? それでどうするんだ」
「戦うんだよ、ボコは」
「かまぼこだぞ? 武器になるわけが……」
「ボコは戦うんだけど必ず負けるのさ」
「……おきまりなのか、ソレ。地酒の瓶の方がまだマシじゃないか」
「それがボコだから」
絶対に逆転しないアン○ンマンのようなものか? お約束なのか?
当たり前のように弱く、負けても負けても立ち上がる。そんな不屈の精神が好きなのだとハルトマンは言う。負けてもなお屈しない精神は、まぁ捉えようによっては素晴らしいのだろうが、それは最後に逆転してこそでは無かろうか。
好みとは人によって千差万別だから、無下なコメントは差し控えるものの、ルーデルにも少し理解しがたい趣味だと思っている。
しかしある程度の理解はしなければ、とも思っている。
"西住みほ"は、これに目が無いのだとか。それも今目の前にいるハルトマンの系統ぶりを彷彿とさせるくらい。昔のインタビュー記事に、好きなものが"ボコられ熊のボコ"とあった。一体何なのか解らなかったから調べた所、理解を超えた代物に出会ったわけだ。
あの子といずれ話をするなら、知っておいて損は無い。
たぶん。きっと。メイビー。
「……変われ、ブービ」
「―― !? え、お前が?」
「この熊っ子には隙間有るだろ、そこを狙えば安く済む」
だから切っ掛けとして1個は持っておくべきか。
この"仙台仕様"らしいモデルは、笹かまぼこを右手に装備している。伊達政宗の兜を模したかぶり物を被っていて、かまぼこが縦横無尽に動かないよう腕と兜両方に縫い付けられていた。つまり、右側に円形の隙間がある。
獲得口からは少し遠い。だからアームを深く差し込んで、アームの分と爪の分だけ移動させながら近づけていく。ここだけで300円、最後の一押しに、ストップボタンを押して爪の分だけ引き出してやる。ここで100円。
400円で1個手に入れた。ハルトマンは怨めしげにコチラをみている。
「お前が既にぶち込んだ"五分の一"で済んだのが悔しいか?」
「……やぁ~ってや~る、やぁ~ってや~る、やぁ~ってや~るぜ」
大抵このクレーンゲーム筐体は、一定以上金額を入れれば取れる。だからそう追加投入しなくとも、獲得できるラインには入っているはずだ。
案の定、200円の追加でもう一個。ハルトマンはその手にボコを握りしめて、トリップしている。それ程までに嬉しいのかそれが。
「目的は済んだろ。それは荷台の
「へぇ~い」
試合直前の準備期間でこの緊張感の無さ。少し羨ましくも思う。
試合前という事もあって、仙台市内もまだ人が多い。東北地方における主要都市の一つだ。試合一つでホイホイ機能が止まってはならない。
それにこれから向かうのは、仙台市の一番北に近いこの港から北上した、多賀城市を通過した先、塩竃市である。かつての高校跡地をぶち抜いて作られた、戦道用の飛行場を目指す事になる。
その前に何か腹に入れておこう。そんな事を考える。
試合が始まれば食事は基本的に糧食、栄養優先で味は期待しない方が良い。
「これからお食事ですか? 大佐」
本屋の入り口から出てきた、西住まほと逸見エリカの2人組。彼女達とばったり出くわした。表情が対照的な2人だと、ルーデルは思う。まほの反応は、日を追うごとに柔らかくなっていく。それは航空団の長としても、個人的としても嬉しい変化だった。
逸見エリカ嬢は、警戒をまだ解くには至らない。むしろ彼女の反応の方が当然だとも思う。まだ一月は経っていないのだから。
「えぇ、近辺で何か軽く腹を満たそうかと」
「ご一緒しても良いでしょうか」
「西住さんがご迷惑で無いのでしたら、喜んで」
少しばかり迷う。大型商業施設の中は家族向けであったり、小洒落ているにしても"西住家の跡取り"の丈に合うかという尺度で見ると、どうなのだろう。そういう"家格"のようなものとは縁遠い世界にいた。それが今まさに足を引っ張っていると感じる。
しかし、そういう『男の見栄』というものを、女は敏感に察知する生き物であるらしい。
施設内にある"
思わぬ形で、女性と席を同じくする事になったからか、ルーデル以上にハルトマンが固まっていた。そう言えば、コイツも自分同様まだ女子への免疫なぞ無いに等しかった事を思い出す。
「……少し良いですか、"大佐殿"」
ドーナツ屋で、陳列されている品を見、選んでいるまほを遠目に、ルーデルにエリカが話しかけてくる。
「あの人に、何をしたんです?」
「何をとは、どういう事です、逸見さん」
「貴方達男子と絡んでから、あの人は明らかに変わりました。
見た目は解らないですが、私や付き合いの長い子はとうに気づいています」
目に見えて変化が現れた訳では無く、表情や所作に多少の変化が出ている。そうエリカは言った。朗らかな色を見せる瞬間が明確に増えて、言葉の節々も柔和なニュアンスで話すようになったとも。
それと、ウォーミングアップ中にはおくびにも出さないが、普段のメンテナンス作業等の一般作業において、少し"心ここにあらず"なタイミングが現れるようになった。
どれも僅かな変化なので、気づかない生徒の方が圧倒的。
しかしエリカや小梅のように、すぐ側で見てきた生徒にはハッキリとわかるのだ。
西住まほの日常に
「この間のスカーフ事件から明らかに増えました」
「ぐっ……、あれは私も想定外でして」
「それは解ってるから、
じろりとルーデルを下から睨み付けながら、エリカは続けた。
「私達では隊長のあんな
心を解したのが他ならぬ男子なのが、腹立つだけです。ただの八つ当たりなので」
悔しそうに、トレーを握るエリカを見ながら、ルーデルは内心まほが悪い意味でも"あの人"に似たのだなぁとちょっぴり哀しくなった。思い出の中のあの人。表情豊かな人だった、ただ表情筋に出る事は無く、所作やちょっとした声音などに現れるような人。
初見さんには十中八九誤解を与えてしまう人。
この逸見という副官の女子は、西住まほを間近で見てきて、その変化もわかるようになっていた。それ自体を誇らしく思う程、西住まほを慕っている。
それは、ルーデルとしても喜ばしい事だった。その理由を言う訳にはいかないのが辛い所だが。
「このぐらいの矛先ならいくらでも」
「その余裕とした所もですよ」
ふんっ、と小さく鼻息を吐きながら、自分も選ぶために陳列棚へ向かうエリカの背を見る。まほは良い後輩を持っている。そこは素直に喜んでしまうルーデルだったが、同年代の友人がいる印象が見られない事だけが気になる。一抹の不安。ただそこに踏み入る資格が自分には無いとも自覚している。
「何でそう隊長ばっかり女子と縁出来るんです?」
と小言を言ってくるハルトマンを軽く横目に小突いて、男2人も女子2人に続いた。
※※※
「大佐の故郷はどのような所ですか?」
唐突な切り出しだった。それぞれが選んだドーナツ数個。ミルクや珈琲。それらに口を付ける事をする前に流れた、ほんの僅かな間の沈黙。言葉を選んで、どんな話題にするべきか逡巡していたまほから放たれたのは、故郷の話。
「故郷、ですか」
まほは、テーブルの上。珈琲の湯気を掴むかのように、両の手の五本指を、着けたり放したりしている。表情を見ると、コレまでとは別種の緊張に苛まれているのがわかる。迷っているのも。これでいいのかという不安。手探りで、コチラが引いたりしないような言葉を選ぼうと必死になっている。
ルーデルの方と、彼の手元と、交互に視線を動かしていて、一定の箇所にとどまっていない。照れている。あの、西住まほが。
「私は故郷の学園艦に、そのまま通っているので、その……」
「そう、ですね。生まれたのはドイツの"ドレスデン"ですが、幼少の思い出があるのは滋賀の安土なので、心情としての"郷里"は滋賀、になるんでしょう」
「安土、織田信長の?」
「まぁ、真っ先に出てくるのはそうでしょうが、今は片田舎ですよ」
人の中には、自分の郷里の話をしたがらない者もいる。その不安だったのだろうか、まほは少し安心したように頬を緩めて、今度は熊本の話をまほから切り出した。
交互に、どういう所だったのかを。日本という山岳の多い島国だから当然の話だが、お互いに山が近い、のどかな地で育った事は共通している。都市部の生まれでは無く、自然が常に近くにあった事も。
小さい頃のヤンチャさは、ルーデルの話を聞くとむしろまほにとって妹のみほを思い出すような点が多かったし、逆に彼にしてみれば自分はこの時期こんなにおとなしかったかと思いを馳せる部分が多い。
(( 隣に俺or私達いるの忘れてる…… ))
口にしてるドーナツ以上に、空間の空気が砂糖に浸かり始めているような感じ。それに襲われているなかで飲む珈琲はミルク抜きでも異様に甘い。ハルトマンと逸見エリカ、2人は妙な疎外感と、横やりを入れてはならない雰囲気を横見に、"互いに大変ですね"と目配せで会話している。
気分が悪い訳では無い、かと言って快調という訳でも無い。
"尊敬している先輩"の意外な一面が見られて嬉しい反面、それが今まで見られなかった切っ掛けを思うと複雑極まりないだけである。
(( あの人は、俺or私が隣にいる時はあんな顔した事無い ))
と、むしろ互いに互いの相手方、西住まほとルーデルに軽いジェラシーを抱いている。そういう意味では思考が一致する2人なのだが、それには流石に気づく事は無かった。
方や双方の思い出話に興じる男女、方やそんな男女の様子を見て嬉しさ半分悔しさ半分で浮き沈みしている男女。
奇妙な合わせ鏡だった。
「その滋賀には、今も
「――っ!?」
地雷を踏んだ。少なくともハルトマンが気づいた。西住まほに悟られないよう、彼女から見て死角になるテーブルの影、そこで拳を握って"耐えている"。
それは、斜め対面に座っているエリカにも見えた。隣に座っている、つまり正面からルーデルに向き合っているまほは気づいていない。
エリカはハルトマンへ目をやった。彼は額に小さな汗を浮かべて、小刻みに顔を横へ振るわせる。
< 大佐に家族の話はNGなんだ >
と、台紙代わりに敷いているチラシの脇に、彼は小さく書いた。エリカは内心頭を抱える。知らなかったにせよ、そんな地雷は誰もが踏み抜きかねない危険物にも程があるでは無いか。
「……あの場所にはもう両親はいません」
ルーデルが、重く口を開いた。
「御引っ越しされたのですね」
「いえ、私が3つを数える頃、母が出て行きました」
「えっ……」
地雷を踏んだ事に、まほも気がついた。しかしもう聞いてしまった。取り返しがつなかい部分にまで。
「母が実家に帰って、父と2人でしたが、小学校にあがってすぐ父も身罷りました。
母方の実家は諸事情で頼れませんでしたし、父方は父が天涯孤独なのもあって所在も知らない」
まほの顔色が青くなる。『どうしよう』とエリカを見てくるが、もはや彼女にもフォローのしようが無い。
「今の私に"家族"はいません」
まほにも、ルーデルの左腕が小さく震えているのがわかった。
「その、知らなかったとは言え……」
「気になさらないで。知らないのが普通です、他者の家庭事情など」
それに、会話が弾めば家族の話が話題に載ることは普通にある話。世間には踏み入ってほしくない家庭事情を抱えた人間はごまんといる。そこまで気に病む事では無い。当人としては辛い事この上ないが、質問をしたまほには悪気があった訳では無いのだから。
「しみったれた男の昔話より、貴女の話が聞きたい。妹さんの話とか」
じぃと見つめているルーデルの眼は、暖かいままだった。ハルトマンは、彼女だからああいう眼のままなんだなとひとり合点がいくが、少しひっかかる。
やはり、"西住まほ"が何か、大佐にとって特別な何かなのだとは思う。ただ男子として真っ先に考えがちな、『
「貴女と妹さんの、熊本の頃の話が聞きたいです」
何故そんな、『父親』みたいな眼をするのかがわからない。
まほは、大佐の地雷を知らずに踏んだ同様で、それに気づいていない。何とか
遅れた時間を取り戻そうとしている老人のような、そんな印象すらあった。
それはもの悲しげでありつつ、どこか不気味に映る。それこそ、亡霊が鏡の中から生者を羨んでいるようにも見えるし、檻の中からこちらを怨めしげに睨み付けている猛獣も住んでいる。そんな眼光を大佐は放っていた。穏やかな光の奥底で揺らめいているもの。
怨恨と、嫉妬と、人一倍強烈な自制心。それに慈愛と羨望が入り交じっている眼。
憎みたい、それでなお愛したい。負の情を抱く事そのものへの後悔と嫌悪感。己の中の何者かと戦っている。
何者も入ってはならない領域が、ハルトマンとエリカには"見えた"。
昔の話をする内に、まほもだんだんと落ち着いてくる。それを見計らって、大佐は言葉を発した。
「やはり優しい人ですね、西住さんは」
「先ほどは、思わず古傷をえぐってしまいました。まだまだ思慮がたりません」
「その謙遜も美徳だと思いますが、私なぞにそれ以上使わない方が良いですよ」
そう言って、ドーナツを一口囓り、ミルクを含んで、喉へ通す。
「……"勘違い"してしまいます。特に私のような男は」
大佐は、致命的なミスを犯した事に気づかない。言葉が少し抜けた。古傷の痛みのせいでもあるが、言葉を選んだ中で少し抜けてしまったのである。
『周囲が』と、頭に付け加えるべきだった。
『男共』と複数形にするべきだった。
先のスカーフの件もあってからというもの、大佐も部下から何かと『進展どうですか』と弄られる事が多くなった。何せ、筋トレと乗馬といった事にしか余暇を消費しない偏屈者でも通っていたから。
西住まほが、黒森峰女学園でどのような私生活を送っているのかを知らない。しかし、先の件以降の周囲の視線を、彼女ももっと考えるべきとは思っている。
しかしこの局面で言葉を誤った。『私と貴女がデキているかのように思われるような振る舞いは、これ以上抑えた方がよろしいのでは』とするべきだった。
『特に我々男子はすぐに舞い上がってしまうから、廻りが真似をすれば風紀にも影響が出ます』と直球に言えば良かったのに、ここに及んで明確に傷つける事を恐れた。
大佐は無意識下で彼女に甘えた。
だがそれは西住まほを誤解しているものの見方だった。
まほの表情が、みるみる明るくなった。表情筋はさほど動いていないが、眼がやや見開かれ、髪の毛がほんの僅かながら逆立っている。エリカはあの表情を知っている。隊長は心の底から嬉しいとき、ああいう反応をするのだ。
「大佐……」
真っ直ぐ、ルーデルの眼を見ながらまほは言った。
「
大佐の手から、ドーナツの欠片が落ちた。
「もっと