ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~   作:松ノ木ほまれ

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第一話

 

 

~ 大洗女子学園 ~

 

 

 大洗港に寄港した大洗女子学園の学園艦に、多くの大型トラックが乗り込んでいく。搬入されているのは、学園艦で生活する人々の日用品であったり、艦内の商店が仕入れる商品であったり、生徒や住人が通販で購入した物品であったりと様々だ。

 その列を、一人の生徒が眺めている。

 茶色の癖っ毛が特徴的な、オリーブドライのバッグを背負った少女である。名は『秋山優香里』。大洗女子学園の一生徒であり、戦車道を学ぶ一人。そんな彼女であったが、トラックの一団を見やりながら、首をかしげていた。

 

「あれ、もしかしてこの間オープンした『レプリカショップ』の……?」

 

 校内の様々な所に目が行ってしまう中で、ふと気になってしまった。普段から校内のコンビニに商品を卸すトラックのロゴは、数分前に通り過ぎた。その他商店に商材や日用品を卸す業者はもっと前に通り過ぎている。

 ではあれは何だろう、と思わず眼を惹かれた。何せ【Sd.Kfz.11】なのだ。

 ドイツ国防軍・武装親衛隊で使用されていたハーフトラックである。それも後期に見られた牽引用の派生型では無く基本型。一体何を乗せているのだろう。

 

 大洗に吹いていた新しい風。

 

 それは洗車道のみならず、学園艦内にも広がっていた。各地に展開されている、『WW2当時』の品を再現したレプリカ品を取り扱うショップもその一つ。マニアには需要がある代物であるが、学園艦内では哀しいかなその手のお店は『せんしゃ倶楽部』しか無く、それは戦車絡みのモノはあるがそれ以外は最低限しか無かったのだ。

 故にこうして港へ停泊しているタイミングで、補充したり買い付けたりしていた訳だが、彼女にとっては嬉しい事に、学園艦上の街にも"その手"のお店が出来たのである。

 早速、最も趣味が共通していると言える松本里子 ―― もといエルヴィンと繰り出して大いに盛り上がったものだ。

 A.W.ファーバー・カステル社の鉛筆ケースや、当時占領下だったプラハで製造されていたミント入りドロップの再現品。ナチュラルカラーのM35図嚢。垂涎の品しか無いと言っても過言ではなかった。

 アスピリンのタブレットを模したラムネは流石に苦笑してしまったが。

 思わず、結構な数の品を衝動買いしてしまったのは記憶に新しい。

 

(……あれ、若い)

 

 それはともかくとして、引っ掛かったのは搬入トラックの運転手に座っていた男である。見た事のある顔だった。あのショップに勤めている店員の一人である。やはり、妙に若い。自分達より少し上。それこそ大学生とか、就職したての20代前半に見える若い男性だった。ショップの他の店員達も、総じてやや若かった事も思い出す。

 こんな事がどうして気になってしまうのかは、優香里にもわからない。ふらりと、脚がトラック達の近くに向いている。そんな彼女の様子を見つけたのだろうか、Sd.Kfz.11はその脚を止めた。

 

「……!? やぁ、君はオープン初日の!」

 

 運転手の男が、優香里の顔を視認し、破顔して声をかけてきた。明朗そうな青年だ。ただどことなく普通の男子学生とは違う雰囲気を纏っているのが解る。解ってしまう。優香里はギュッととの気持ちを押し込めて、運転手側の窓へ近づいた。

 

「覚えててくれたんですね」

「そりゃそうだろう、店内で【野戦電話機(M33)】に興奮する女子なんて始めて見たからさ」

「あっ……それは、すみません」

「いいのいいの。たくさん買ってくれたろう?

 あの日は解説いらずになったから助かったよ」

 

 こっぱずかしい事も込みでインパクトが強かったらしい。優香里は顔から火が出そうになった。確かに、当時の通信兵達が使用していた磁気式通話システムであるモデル33を見て舞い上がり、エルヴィンと大盛り上がりして語り合っていたのは覚えていた。

 訪れたお客様へ、各品々の解説も込みで接する彼らにとって、説明が省けて助かるという意味なのであろうが、そこをつつくのは止めて欲しいものである。

 

「そうだ、今日から『ショ・カ・コーラ』も並べるんだけど、買ってくかい?」

「―― ッ!? 本当ですか!!?」

「はははっ! やっぱ良い顔するよ、君」

「……むうぅ」

 

 こうして、食いついてくる話題をポッと出してくるのも、か。

 

「次に立ち寄ってくれた時には、ファンタとセットでサービスするよ」

「はい、その時は是非!」

 

 そう言葉を交わして、その場では分かれた。

 優香里は、胸中に湧いている一抹の不安がどうしても拭えなかった。何が引っ掛かっているのか、車両の尻が角を曲がって消えて行くまで思いつかなかったのだが、大洗の街を振り返った時に、湧いてきた。

 

「あっ……"発音"……っ!!

 ドイツ語の発音だけ、妙にネイティブだったような」

 

 そう、発音である。エルヴィンとお店に繰り出していた時に、店内で顧客へ商品の説明をする時の、店員達の発音は極めて流暢だった。それこそ日常会話ででもしているかのような。一人資格持ちだったとかならまだ聞き流せたが、大半がそうだった事がかえって不自然に思えたから、覚えていた。

 何もWW2期のドイツ軍だけ取り扱っていた訳では無い。

 イギリスの偵察車両【ハンバーLRC/マークI】があった事に度肝を抜かれたのは記憶に新しいし、M1ガーランドやウィンチェスターM1895のモデルガン、それに中東で用いられた短剣・ジャンビーヤの模造刀。

 それらの発音も、英語というより"ドイツ人が喋る英語"のような独特の訛りがあったようにも思う。ここで、優香里の脳裏に先日見せられた写真達の事がリンクした。戦中の偵察機そろい踏みに、少しテンションが上がった事も。つい先日の事だから当たり前であるが。

 

(先日の【Fw189】や【MDR-6】、他にも【ライサンダーMk.3】(英)と【一〇〇偵】(日)の写真もあったのは一体? それにしてもおかしい。『サンダース大付属』のように、多くの戦車を輸送するために【C-5M】を保有しているならともかく、偵察機?)

 

 それを大洗の周囲で頻繁に見かけるようになったとは、一体何が起ころうとしているのだろうか。加えてその機体も各国のものと来ている。

 夏の戦車道大会での優勝から、廃校の危機を経ての大学選抜チームへの勝利。よくよく考えれば、大洗女子学園は良い意味でも悪い意味でも『注目の的』という事なのだ。しかし偵察機が学園艦の周囲を飛び回り始めるのは良い気分はしない。

 

「それに、見つかっては偵察の意味が……わざとなんですかね」

 

 仮に"君らを見ているぞ"というメッセージなのだとして、一体何処から?

 

 あれらのような機体を有して運用するとすれば、少なくとも ―― 女子じゃない。

 

 

   (男子達の……『戦道』でしょうか。あまり考えたくは無いですが)

 

 

 最も、当たって欲しくない推測。似ている分野を歩んでいる武道とは言え、毛色がまるで違う代物。戦車砲と列車砲を比べるような、というのも妙な例えだが、それくらい違うのだ。

 決して交わらないモノだと思っていた。

 もし万が一、万が一にだ、共に試合をする事になったとするのなら、"戦車道しかしらない自分達"がどうなってしまうのか想像したくないのが本音である。

 

("随伴歩兵"に引き金を引かなきゃいけないなんて、無理でしょう)

 

 

   ※※※※※※※※※※

 

 

~ 国内・某所にて ~

 

 

 今日は良い『強襲戦車競技(タンカスロン)』日和だった。

 天は競技参加者を祝福せんがばかりに晴れ渡り、秋風が日差しの暑さを軽減してくれる。戦車の中は無論蒸し風呂が如くであるが、夏場の地獄よりは幾分かマシだ。今日は熱い試合模様が繰り広げられるだろう。

 

 そう、観客達も、参加選手も思っていた。先ほどまでは。

 

 異変が起こったのは、試合が始まってそう経っていない頃。互いに会敵するにはまだ多少の時間的猶予があるタイミングの事である。参加者の多くが、この試合の部隊となっている丘と木々の立ち並ぶ地帯、これから踏み込む事になる森林の向こうへ、空から何か降下していくのを目にしたのだ。

 

「あれは間違い無く、人だった」

 

 先頭車両の背を見やり、陣形を見回しながら、ボンプル高校チームの長『ヤイカ』はこの状況をどう見るか思案を巡らせている。見間違う筈も無い。あれは落下傘で降下してきた人間達だった。今自分達が行っている強襲戦車競技は、全てが自己責任の中行われる。第三者の参加も、その場での同盟・裏切り。そして安全策も建てられていないため観客達の危険までもが自己責任。

 そんな空間の中に降りてくるという事がどういう事が、きっとあの者達もわかった上での行動。その上で、理解が追いつかない。理由が思い至らない。

 戦車同士の打ち合いのど真ん中に降下してくる意図が。

 

「まさか最前線で観戦などという酔狂ではあるまい」

 

 それなら余程の愚か者だ。かの者達にかける容赦があろうか?

ここを死地と知ってなおそのような暴挙に至るその心胆がどんなものであれ、全てを粉砕してみせよう。このボンプルは強襲戦車競技の空間たるこの場において、何者も並び立てぬ者等出ある事を。

 

 ―― その時の事である。

 

 戦闘車両の履帯が真下。足下がピカリと光った。砲撃の音はしなかった。なのに光って、【TKS豆戦車】の右履帯が吹き飛び、車体が半回転した。一体何が起こったのかを、理解するのに二秒ほどかかった。

 砲撃の音がしなかった訳だ。先頭車両の行く先、()()()()()()()()()()

 

「……!? 地雷だ! 総員停止せよ!」

 

 強襲戦車競技においては、"戦車以外の携行兵器の使用も可"である。故に逸脱等という発想は湧いてこない。軽火器を豆戦車に可能なラインで外付けしたりするものもいる程だ。しかし、地雷は違う。

 戦車と戦車の鍔迫り合い。女と女の真剣勝負。戦人と戦人の意地の張り合い。そのどれにも当てはまらない、ただただひたすらに相手を破壊する事に努める、感情のこもっていないマシーン。

 

 地雷には誇りが無い。

 

 "温度"が無い。

 

 面と向かっての"戦車での対話"すら拒絶する忌むべきモノ。強襲戦車競技が、『戦車道』より一歩優れた競技と信じるヤイカと言えど、嫌悪感を抱くのを隠せない。

 

(この場にいるのは、私達と……)

 

「おい、無事か!?」

 

 林の向こうから、血相を変えて突き進んできた。赤い【九七式軽装甲車(テケ)】。

 

「……おのれっ!」

「待て! ヤイカ、待て!」

 

 ヤイカ達の前、色の変わった土の向こう側にそれは現れた。視線の先で、ヤイカらボンプル高校チームと同様に顔色を変えていた女を見る。

 

「しばらく、休止だ! 何かがおかしい!」

「ほざくな、鶴姫! 貴様の仕業では……」

「……()()は外道の所行なり」

 

 あぁ、そうだった。そういう女だった、この『鶴姫しずか』は。一瞬でも疑った事は後で詫びよう。鶴姫は、後ろに連れていた【BC自由学園】の面々に、そしてヤイカは自軍の皆に一時的な休戦・仕切り直しにすると伝え、車両を互いに降りる。

 ボンプル高校の先頭車両・TKSは右履帯、そして車輪も吹き飛んで車体にダメージがある。試合中の修繕復帰は不可能。それよりも、土の中に埋まっているモノが問題だ。

 お互いの生徒達はシャベルを取り出し、おそるおそる地面を掘り返す。

 鶴姫しずかの同乗者、操縦手の『松風鈴』が震えながら言う。

 

「これ、今爆発したりしない?」

「大丈夫だ、対戦車地雷なら作動荷重は数百㎏単位。人一人の自重で作動はしない」

 

 そして、少しばかりの土を取り除いたとき、金属製の丸い物体がその姿を現した。

 

「【Leichte Panzermine(軽戦車地雷)】か、もしやあの落下傘共が?」

「やはり彼奴等と思うか? ヤイカ」

「それ以外に考えられない、コレが出来る連中となれば」

「……ものの数分でコレが出来る連中という事になるが」

 

 「「「「「 ――ッ!!? 」」」」」」

 

 しずかの一言。それはその場にいた全員が、背筋に氷柱を突っ込まれたかのような悪寒に襲わせるに十二分。この場には既に"死臭"が漂い始めているのだ。それを皆が察した。

 この場に長くいれば自分達はまとめてやられる。

 各々が、すぐに乗車した。TKSの乗員達は、ヤイカが自車の上にのっているよう厳命すると、互いのチームは距離をとって中央の地雷原へと照準を合わせた。一旦吹き飛ばし、道を作らなければならない。TKSの修理費は高く付くだろうが、この際やむを得ないだろう。

 

 チュドッ ――

 

 着弾する音が聞こえる。それと同時に、木々の影の中である筈の空間が、真っ白な閃光で包まれた。響く轟音の中で、各々がこちらの方向に、逃した地雷が飛んでこない事を祈る。

 戻って来た静寂は、試合前の緊迫した、ある種たまらないソレとは大きくかけ離れていた。何せ水を差された直後に等しい。

 いってしまえば、へたくそな男に抱かれた後に、その腕の中でこれまたつまらない話を一方的に聞かされているような気分、と言えば良いだろうか。

 抱かれた事は皆無いのだが。

 

 ただただ困惑する面々の中でただ一人、一層険しい表情をしているのが、鶴姫しずかだった。

 

「姫、どうしたの?」

「―― ()()! 今は皆逃げようぞ、()()()()()!!」

 

 しずかは自らの袖をめくった。鳥肌がたって、震えている。

 鈴は急発進の合図を感じ取り、テケを全身させた。じすかはヤイカとアイコンタクトをとって、ボンプル高校・BC自由学園・楯無の三種混合な一団が、林の中を駆け抜ける。その時の事だった。

 

 バシュッ ――

       バシュッ ――

               バシュッ ――

 

 ()()()が聞こえた。しかしそれは戦車砲のそれでは無い。

 逃げる判断は正解だったらしい。それまで各車両が脚を止められていた地点に、それらは着弾した。あと二秒判断が遅れていたら何両か持って行かれただろう。菱形の弾頭が着弾していた事を、ヤイカは見逃さなかった。

 

「今度は【パンツァーファウスト(Panzerfaust)】か!」

「第3勢力が茶々を入れてくるにしたって、やり方が外道過ぎだ!」

 

 BC自由学園の【AMR35】に乗っていた『安藤レナ』も声を荒げた。いかに戦車道にくらべて何でもありな強襲戦車競技にしたって、最低限のラインというものはある。それを易々と踏み抜いてくるのは何処の連中なのか。

 三人は突き進みながら方々を見回す。乱入者の戦車らしきものは無い。それでも現実として対戦車兵器が二種類も襲ってきているこの現実は何だ。

 

「もしや"歩兵"か? まさかそんな事は」

 

 安藤がそう口に出す。それにヤイカは憤りながらも、「あり得る」と零して唇を噛んだ。あの落下傘がそうだというのなら。

 

「―― あれは()()共だ」

「「 ……はっ? 」」

「聞いた事がある。男子の武道は『戦車道』とはまるで違うと」

 

 曰く、男子は戦闘車両、航空機、野砲、携行火器を用いる。

  曰く、基本ルールは『総員殲滅』。全員戦闘不能となるまで続く。

   曰く、試合範囲は市町村一個~複数に跨がる場合あり。

    曰く、使用火器に安全策が講じられていれば良し。

 

「戦車だけじゃなく、歩兵から空軍まで文字通りの『何でもあり』ってか、クソ」

「…………」

 

 それはまさしく『武道』では無く『戦争』の間違いでは無いかと思った。軽い嫌悪感すら湧いてくる始末である。それらに相手への敬意が混じっているのであればフォローも出来ようが、先の"地雷"を思えば言葉に窮するというものだ。

 不意打ち上等、同盟・裏切りなんのそのな強襲戦車競技でそれを言うのかと言われればそれまでだ。ただそれでも矜持というものがある。何でもありと言えど決して越えてはならない一線というものがある。

 地雷はその一つだと思う。彼女らにとってアレは勝負の放棄・否定に等しい。

 

「楯無の、どうした。さっきから黙って」

「……感じぬか、BCの」

「ん?」

「我等は今、犬追物の『犬』ぞ。感じぬか、"眼"を」

 

 安藤は、しずかの顔を暮雨の如く流れる汗と、戦慄に震える笑顔。そして恐怖を全身で味わいしゃぶっているかの如き顔を見やり、ビリリとこの空間全体に張り詰めている空気を改めて察知する。しかし、この目の前にいる武士娘が見やっているのは、地平線では無かった。

 

 彼女は天を見ている。

 

「為朝か? 項羽か? それとも呂奉先か?」

 

「一体何の話だ、今は歴史のお勉強なんて」

 

 そして安藤は、しずかが笑っている意味を理解した。

 ビリリと感じていた()()の圧が、ドッと増えた。圧が増したと言うべきなのだろうか。それも違う、まるで魔縁の物に臓腑をつかまれ揺さぶられるかのようなこの感覚は何だ?

 吐き気がした。必死に押さえ込む。

  抑えねば死ぬ。そう思った。

   競技であるにもかかわらず、死ぬと確信した。

    天を見やった。青空だ。

     日差しが直接眼に入らないのが不幸中の幸いだった。

 今頃観客席側にいるであろう、チームメイトの所へ戻らなければならないと思った。理由は思いつかないがそう感じたのだから仕方が無い。

 

 迫ってくるこの感覚は、危機感だった。天の向こうに感じたのは、人間のソレでは無いナニカによるものだ。

 

 少なくとも安藤、しずか……そして、

 

何だ(Co)? コレは?」

 

 ヤイカも感じた()()。それはもうすぐわかるのだろう。

 木々の間を抜けた先、開けた盆地のようになっていた周辺を、黒いナニカが取り囲んでいる。あの重圧が主はコイツ等では無い。別の方向に、観客達が見える。こちらの様子を見て取り乱しているのが、遠目で解った。

 犬追物というしずかの表現は正しかった。自分達は追い立てられて、狩り場に飛び出した鹿の立場にさせられた。

 周囲を取り囲む黒い狩人共は、ドイツ軍の軍装で統一されている。

 【ティーガーⅠ】、【パンター】らの姿も見えたが数両。それらだけならと思ったが、その周囲に歩兵が防御陣地を築いているのがわかる。【7.5㎝野砲・7M85】の姿も見えた。対戦車兼用の野砲で、75mmの砲弾は重中戦車ならともかく、豆戦車や軽戦車からしてみればひとたまりも無い代物なのは間違い無い。

 それに、塹壕らしき穴という穴の中から見えている、"M35型ヘルメット"の数々。

 後ろを振り返ってみる。木々の間からふらりと現れる兵士達。【MP40】や【Stg.44】を携えた軽装歩兵。正面の陣地には【MG42】も見える。

 

「……男子生徒諸君、これはどういう事か!?

 強襲戦車競技は女の領域だ、貴様等が差し挟む余地なぞ無い!」

 

 ヤイカが、正面で待ち構えていた兵士達=男子達に対しそう啖呵を切った。この場における女生徒全員の心持ちなのは、一致している。ただ二人、しずかと安藤は、天を見据えていた。

 ひたすら押し黙り、砲塔と銃口をこちらに向けたまま、氷のような眼で居並ぶ男子達。この者達には感情というものが備わっているのか?

 そんな疑問すら湧いてきたヤイカは、女子の空気とは一線を画す重圧感の差にやや気圧される。巨大な一個の機械を前にしているような錯覚。その一挙一動が、命令で一個の生き物のように動き出すのだという確信。

 

「ボンプル高校、戦車道チームが長、ヤイカだな?」

 

 最奥、丘の上。【Sd Kfz 231重装甲車】が見えた。

 周囲の将校・兵士らと比較するとやや小柄な男が見える。声の主はその男だったらしい。雰囲気は、小柄でありながら周囲の兵士達を除いてもあまりある存在感を放っていた。強敵、という感覚では無いのが不思議であったが。

 

「私は。【ダス・ドリット・ライヒ学園】、【第1SS装甲師団】が司令を務めている。

 『ディートリヒ』である。諸君等が、自分達の状況をよくわかっているものとして警告する。速やかに武装を解き、投降せよ!」

「承服できるか! 何をもってしてこんな真似をするか!」

「我々の()()は、『強襲戦車競技』なる門派を快くお思いではないという事だ。

 今後の野良試合を防ぐためである、これ以上の警告はしない」

 

「横暴だ!」

  「女の領域に踏み込むなぞ恥を知れ!」

 

 と、後方から声が上がり始めるが、ヤイカはこの状況をもってもなお、周囲に感じる違和感が拭えない。どうにも、圧が一定以上に上がってこない。どうやら彼らが直接自分達に手を下そう、という訳ではないらしい。

 

「断る、と言ったら?」

「……『デモンストレーション』をするまでだ」

 

 そう言って、『ディートリヒ』と名乗った男は、傍らに置いていた無線機をポンポンと叩く。それは何処に繋がっているというのだろうか。

 ヤイカは今になって、ディートリヒの事を見ていたのが自分だけなのに気づく。鶴姫しずかと、安藤レナは、奴の方を向いていなかった。遙か高く、天を見上げているようで。

 

「おい、貴様等は今の状況が見えんのか!?」

「待ってくれ、ヤイカ。今……彼奴等どころじゃねぇ気がする」

「……あぁ、()()。間違い無くあの雲の間にいる」

 

 その様子を、ディートリヒという男は感心するように見ていた。そういう所は素直な男であるらしい。

 

「ふむ、君らは良いカンをしているな。

 それに意志も強い。実に良い戦車乗りだが、残念だ」

 

 そう言って、無線機をあげた。

 

 

「『スツーカ大佐(Stuka-Oberst)』、君の出番だ」

 

 

  ―― ゥゥゥゥゥゥ

 

 

 音が聞こえてくる。

 

 

    ―― ウウゥウウゥゥゥ

 

 

 ラッパのような音が聞こえる。

 

「……()()!」

 

 しずかは思わず叫んだ。サイレンの音が聞こえる。風切り音だ、何かとてつもないモノがこっちにむかって来る。

 

 

        ―― ウウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

 

 空の彼方、雲の間から鳥の群れが現れたのが、ヤイカにも見えた。背の裏と腹が入れ替わってしまうかのような、痛みと得体の知れぬ恐怖が襲ってくるのが解った。影が見えただけなのに。

 直感が告げている。全身の毛穴と肌と、骨と筋肉が「逃げろ、アレから逃げろ」と叫んでいるのが解った。

 

 アレは一体なんだ!?

 

  一体なんだ!?

 

 皆、遙か天空に黒い鳥の群れが見えた瞬間、観客席の方角へ転進して急発進し始めた。それを男子達は、ただ黙って見つめていた。まるで、水槽の中で泳ぎ回る金魚を見るときのような。

 ただひとり、しずかは天空を見上げながら、先頭でこちらに向かってくる存在を目に焼き付けようとしている。

 

「 来た! 来た! 来た! 」

 

 全身を沸き立たせるあの波動を放つ存在は、男だった。それはいい。

 あの西住姉妹を相対した時と比類する『恐怖』をまた味わえた。その喜びをもたらした姿は一体どんなものなのか、見たい。自分は今一体どんな顔をしているんだろう。天から、黒い塊が降ってくる。それは地に当たるや爆ぜ、周囲に衝撃をまき散らした。

 

 爆弾か? そうしずかは思ったが違った。

 

 あれは砲弾だった。あの鉄の大鳥は、脚に大砲をぶら下げているのだ。

 

 頭上を、大砲鳥が通り過ぎて行く。キャノピー越しに、目が合った気がした。

 

 西住姉妹に感じたあの目。あの目と同じ眼をしている男だった。

 

 

(あぁ、たまらない……)

 

 

 頬を立ち上ってくる昂揚を味わいながら、しずかはどう逃げ切るべきか算段を頭を巡らせることにした。

 

 

 

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