ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ 大洗女子学園・上空 ~
「見えた、あれが"大洗"か」
操縦桿を握り、キャノピー越しに見える大洗女子学園の学園艦をみやりながら、パイロットは口から感嘆の声を漏らす。あれこそが、全国を震撼させた"偉業"を成し遂げた女子高生達の住まうくろがねの船なのだと思えば、胸中に沸き立ってくる高揚感を抑えるのが大変だった。
学ぶ者がおらず、"戦車道"が無くなってから長い年を経て、今年度復活しそう時の経たぬ内に全国を制覇した。それだけでも快挙と言っても差し支えないにもかかわらず、履修した者の大半、いや実質
聞けば、その一人を除いたほぼ全員が"戦車"のド素人。加えてメカニックにあたる者達も数名しかおらず、構成する戦車はいわば『多国籍軍』の様相を呈していると言う。その時点で驚くべき事だろう。
「規格も違う、運用方法もまばらな戦車で構成。
加え一個中隊すら満たさない中で。さすが"
パイロット、雨流いずるはこの高揚感の正体が、強敵と垣間見ゆソレとは似ても似つかない、穏やかな代物であるという自覚はあった。しかしながら、それ以上に不安が勝る。正直、行きたい気持ちはあったが、『自分は行けない』だろうと思っていたからだ。
―― 自分が行けば"悪い心象"しか与えまい、だがこれは自惚れという奴なんだろう
という確信もあったからである。自分の立場がそう。そしてそれ以上に自分の"愛機"が何よりその要因になるだろうと。
その発想こそが、これ以上無い彼女たちへの侮辱に他ならない。それが解っているからこそ、気分も重かった。
「腹を括れ、雨流。もう決めたことだろう」
そう自分に言い聞かせる。この道に入って、自分で選んだ結果なのだ。道が交わる事があるのなら、いずれこうなっただろうと予想していたではないか。
今更怖じ気づくな。
―― "戦車乗り"に臆するか
脳内で声が響く。これはきっと自分のモノでは無く。別の何か。こう来る事は覚悟はしていた。【この声】は、いつからか聞こえるようになっていた。心の奥底から己を突き動かしてくる何か。操縦桿を握るようになってから……いや、飛行機にのると決めた時からかも知れない。
「引っ込んでいてくれ」
そう言った所で、引き下がるような
心の中で祈りながら、操縦桿をひねった。
※※※※※※※※※※
~ 大洗女子学園・校内 ~
その日の朝刊は、大洗女子学園中を震撼させた。
より正しく言うなれば、戦車道を嗜む日本・世界の人間全てに、程度の差こそあれ衝撃を与えるにあまりある『凶報』という名の砲弾が飛び交ったのだ。
【強襲戦車競技の試合、"
『戦車道』を歩む者の中には良く思わない者もいるとは言っても、戦車競技は女子の聖域と言っても過言では無かった。そこに、男子校の生徒達が土足で踏み入ったのだ。これは由々しき事態である。
何の理由があって、こんな事をしたのか。女子生徒の大半の論点はそこだった。記事を書いた記者自身、鎮圧現場において観客側にいたそうだ。サイレンの音が聞こえてきたと思った時、女子達の駆る軽・豆戦車のいた箇所から、巨大な土煙と轟音が立ち上ったのだという。
―― あれは【500㎏爆弾】の爆発だった。
記事による記者の述懐である。参加者が撮影した映像がネット上に流出し始めており、そこからの映像では恐らく【
これは示威行為に違いない、という見立ては記事を読んだ女子達も感じていた。
観客達の中には、彼らへ抗議に向かった者達もいたと言うが、少なくとも彼らが撤収を開始するまで戻ってくる事は無かったとも書かれている。数日経って、『帰宅できました』というSNSの投稿が見られた事で、おおよそのあらましが見えてくる。
―― 彼らは敗者を捕らえ『捕虜』として扱う。
三日の間、雑居房のような部屋をあてがわれ、質素な食事と"尋問"を受けたとも。何とたちの悪いロールプレイであろうか。プレイと称するのも憚る程だ。
「……"映像の○紀"を見ている気分だな」
戦車道履修者が集まる、大洗学園の格納庫。その中でエルヴィンこと松本里子が声を絞り出した。この空間にいる女子達は全員、曇った顔をしている。一見そうでない者も、心中穏やかならず。思いが噴出する者も見られた。
「こんな事あって良いはず無いよ。試合を邪魔して、捕虜扱いなんて」
西住みほは、陰鬱な表情のまま四号の装甲を撫でていた。
これはまさしく皆の共通意見だった。強襲戦車競技は非公式とは言え、女子の矜持をぶつけあう真剣勝負には変わりない。それに水を差し、ましてや相手が小さな戦車しか持っていないにも関わらず、わかった上で力の差を見せつけるかの如き振る舞い。
これを妨害と呼ばずして何と言うのだろうか。
しかしながら、目を付けられた結果という意味である事は変わらず、水面から飛び立つ水取りに浮き足立った『富士川の戦い』の平家が如く、心安まらない数日間。
「だがそれが
あんこうチームの操縦手『冷泉麻子』がみほの静かな憤りに対しそう答えた。これもまったくな意見であり、故に怒りのやり場が無いのだ。
―― 『男女混合試合』の実施。
これこそ、女子達の心中に一石を投じ、波紋を巻き起こしている流星群。まさに寝耳に水な通達だった。文科省のお偉方は一体何を考えての行動なのか。現在、戦車道に携わっている大人達の大半が、事実確認に奔走させられていると聞く。
「そう言えば、会長達の仕事はまだ終わらないのか?」
「うん、三日前の報道の頃からずっと」
そして新旧生徒会の面々はこの数日間、授業中なのを除いて生徒会室に釘付けになってしまっていた。さきのこの凶報からすぐ、大洗女子学園にも何か大きな
それを聞きつけ、新任で引き継いだばかりでは勝手がわからない点も多かろうと、『角谷杏』、『小山柚子』、『河嶋桃』ら"旧生徒会"も手伝いに入っているのだ。嫌な予感がする。みほは大洗女子学園の中に漂い始めている空気の変化に、悪寒を感じずにはいられない。
改めて、記事に掲載されている写真を見る。
記者自身が撮影したものの中には、走行不能に陥っていたTKSやAMR35が見えており、顔見知りが虜囚の憂き目にあってはいまいか心配であった。遠目に見える土煙の写真や、走行不能になった車両から女子を引きずり出している黒衣の軍装達。
短時間でありながら、飛び出してきた女子の一群を攻勢に出るだけで包囲出来るよう構築されていた防御陣地。見事と言う他無かった。みほとて、同じ条件下で同じ状況に置かれたのだとしたら、腹を括る他無いというのが最初の感想。
他の皆のように、男子に対する憤りだとかそういう感情も湧いてくるのだが、それを差し引いてもこの図を引いた人間とは相手をしたくないなと思ってしまった。
(あれは、小さいけど多分【7M85】と、【PaK40】もある。陸の上に【ティーガーⅠ】と【パンター】。数は7。即席の塹壕、歩兵にはパンツァーファウスト携行。そして野砲での
それでもなお頭の中で、逃げるための図面をこの場ならどう引くか。そう考えてしまう自分の習性が恨めしい。きっとあの場にいた女子達、それこそ率いていた生徒は瞬時に考えていた事だろう。
あの場にいたのは、ボンプル高校、BC自由学園、そして楯無高校。
(ヤイカさんと、鶴姫さん、それに……マリーさんの線は無いか。
あの二人のどちらかかな。抵抗も出来ずやられるような人達じゃない。
だけど……だけど『
視線の先に見える写真は、"鋼の大鳥"を映している。
それは周囲の大鳥と姿形は似ていた。しかし、一羽だけ違った趣を見せていた。みほはその大鳥たちを見て息を呑み、その異様な一羽を見た瞬間、呼吸が僅かな間だが止まったのを自覚する。
その時の事である。
「はぁ~い、みんな注目ぅ」
格納庫の入り口から、快活な声が聞こえた。前生徒会長となった角谷杏である。
皆の視線が、入り口へ集中する。新旧生徒会の6名がそこにいた。杏は声こそ明るさを保っていたが、目が笑っていない。武部沙織と河嶋桃は憤りのためか顔が真っ赤になっていたし、逆に秋山優香里は真っ青と対照的であった。そして小山柚子はかつてない程の困惑した表情を見せている。
そして現生徒会長・五十鈴華は、腹を括ったかの如き形相であった。何事かが起きたのだ。その場にいた全員が察するにあまりある様子を見て、五十鈴華と角谷杏は顔を見合わせて、杏が頷いた。
五十鈴華が一歩前へ進み出て、口を開く。
「……【第三帝国学園】の方が、本日見えられます」
※※※※※※※※※※
~ 大洗女子学園・格納庫前の校庭 ~
空気が張り詰めている。
格納庫の中に車両をしまい、シャッターを下ろして、一同は生徒会一同が向いている方向へ視線をやり、雲の合間を見つめていた。
"使者"は航空機でやってくる。そう言ったのは華である。
それを聞いて、各々が様々な表情でソレを待つ。不安に染まっている者、彼らの使う航空機を見られる好奇心と半々な者。
「どういう人なんだろう」
「あぁいう事した人達なんでしょ? きっと怖い人だよ」
「……『炎6○8』に出てきたみたいな?」
「うえぇ、あれもう見たくないぃ」
と、どこか危機感が足りていない一年生の面々。
「松永久秀かの如き梟雄だろう」
「いや、かえって河上彦斎のような人斬り系やも」
「いや、エレガバルスだろう、悪徳の少年皇帝」
「ディルレヴァンガーだろう」
「「「……それ……どれも嫌だなぁ」」」
と、いまいちいつものノリになりきれない歴女チーム。
他にも、やって来る使者が一人であるために、バレーに誘おうか、出来るかの論も出せずに燻っているバレー部チーム。
所行からして、とてもでは無いが趣味の共有は出来そうに無いなと半ば諦めているネトゲチーム。
よからぬ事を考えているならば、真っ先に引っ捕らえてくれようと息巻く風紀委員達。
門外漢とはいえ、実際に当時のレシプロ機がどういう動きをするのだろうかという好奇心の方が完全に勝っている自動車部。
まさに"三者三様"の言葉通りの様相である。
「危機感があるんだか無いんだか……」
「まぁ、0じゃ無いし良いんじゃないかな」
河嶋桃は皆の様子を半ば呆れ気味に言いながらも、一番足下が震えている。そんな彼女の肩を撫でながら、小山柚子も皆を見回してそう答えた。
―― ピカッ
その時、雲の合間で何かが光る。反射した光のようにも見えた。
「……来た」
西住みほが、静かにそういった。あれはおそらく、航空機のキャノピーに光が反射したものだろう。空の彼方に、一つの点が光と共に姿を現したのが、皆にも段々と伝播して行く。
雲は多いが本日は晴天。陽光差し昇る、秋風の気持ちが良い一日。そうでありながら、陽光の暖かさや風が撫でる感触も麻痺し始めている。まさしく、迫ってくる黒点から感じる"圧"がそうさせているのだと、みほは確信していた。
ビリリと肌を撫でるその圧力は、戦車から感じるそれとはまるで違う。見える視界、感じる風、そして座っている世界が自分達のいる"道"と異なっている。悪い言い方をすれば『異分子』であり、良い風に捕らえるならば『新しい風』とも言うべきなのだろう。
それがそよ風なのか、暴風なのかしか違いは無い。だがそれは天と地程の差がある。
影がどんどん、大きくなっていく。主翼はアルファベットのWの字を思わせる、下方に屈折している"逆ガル翼"だった。大きめのズボン・スパッツが付いている固定主脚。ややずんぐりとした印象を持つ全体の造りが、それこそ『WW2期の航空機』で思い浮かぶスマートなイメージとは少しだけ離れた、無骨さを思わせる。
しかしその"無骨"さが、まるで鎧武者がこちらへ駆けてくるかの如く見えた。
大太刀を掲げる鎌倉武者、十文字槍を抱えた赤備え、方天戟を振りかざす古の猛将が如き圧迫感。誰かが、ゴクリと息を呑む音がハッキリと聞こえる程だ。
逆ガル翼の姿がより明瞭に見えてくるにつれて、各々の反応が変わってくる。
航空機には、戦車とはまた別種の魅力があるのは、女子にも伝わるものだ。大地にどっしりと根ざした戦車の重厚感を"女性的"とするのであれば、航空機のそれはまさしく、狩りにくりだしていく騎馬武者の"男性的"さを感じる。
圧迫感を感じさせつつも、それを振り払うばかりの爽やかな突風が頬を撫で、その魅力に魅入られたかの如く、大洗女子学園の女生徒の顔に変化が現れる。
彼女たちの上空を、8の字を書くように機体が旋回する。聞こえてくる円陣とプロペラの音が、心臓の音とリンクした者達がいた。
「カッコイイ~ッ!!」
「どんなエンジンなんだろ、あの音!」
そんな風に魅せられた者がいた。
その一報で……
西住みほ、秋山優香里、エルヴィンの顔は青ざめ、引きつった。
「よりによって、
「これ、使者じゃなくて降伏勧告ですかね」
「……【Ju-87】。それも、Gタイプ」
皆、アレを見上げている。故に3名の顔を誰も見ていなかった。
臓腑に氷を突っ込まれたかのような感覚だ。不快という情はまだ感じていないが、理解が追いつかないというのが今の本音である。
よりにもよって【
ゆっくりと、大砲鳥が降下してくる。学園の地表、校庭へとゆったりと脚を下ろした大鳥が、速度を落としながら女子達の方向へ進行してきたのを見て、一部の女生徒が正面には立たないようにしながらも、駆け寄っていく。
段々と止まっていくエンジンの音。あれが完全に止まったとき、パイロットが降りてくる。その者は、ここへ何を言いに来たのであろう。
不安な気持ちを抱えたまま、みほを始め他の大洗女子学園の女生徒と、新旧生徒会の面子も後へ続いた。
―― シュッルルルルルル
エンジンの音が止まり、プロペラの回転が穏やかになり、止まる。
キャノピーが開いて、パイロットが身を乗り出すのが見える。男子だ。女子達は身を強ばらせる者もいれば、先ほどの"魔性"にあてられたまま、しげしげと眺める子もいる。男子はそんな彼女を見回すと、機体から出てきた、地に足を下ろす。
背が高い男だった。
バレー部チームの河西忍よりも、一回り以上大きい。飛行帽を外し小脇に抱えて、左手におそらく室内着が入っているであろう鞄を提げた男がゆったりと、彼女たちの所へ歩いてくる。革製の飛行ジャケットと、革手袋。そして鞄から取り出した制帽を持ったその姿は、学生というよりは軍人そのものだった。
「あれ?」
みほは男の歩き方に違和感を覚えた。右足を無意識に庇っているのか、ほんの僅かであったが動きが鈍い。
男は彼女たち、正確には中央で待っていた新旧生徒会の面々の前へ立ち、制帽を胸へあてて口を開いた。
「お初にお目にかかります。大洗女子学園が代表、『五十鈴華』殿ですね?」
「はい。今期生徒会長を務めます、五十鈴華です。
【第三帝国学園】の方がいらっしゃるとは聞き及んでいます」
とても綺麗な声だと思った。鉄のような意思の堅さを持ちながら、羊毛のような柔らかさをもってそれを覆い隠しているような。第一印象として好感の持てる声音。
「御用向きをうかがうには、ここは不適切。生徒会室までご案内いたしましょう」
「痛み入ります」
そう言って、男は制帽を被った。フライトジャケットの下に見える、ブルーグレーの制服と同色なソレ。一層軍人にしか見えない風貌はまさしく容貌魁偉。少しばかり年上であろうが、20前半とは思えない剛毅木訥さを漂わせている。
華が先導し、男が後へと続く。新旧生徒会の面々が二人の後ろをついてくる格好になる。
「皆さんは各自、"持ち場"に待機か、自習をお願いしますね」
華が他の女子達にそう声をかけたときの事である。
「あ、あの!」
一年生チームの一人、阪口桂利奈が男の視界の前へずずいと進み出た。
「どうかしましたか、
「ひこーき、近くで見て良いですか!?」
爛々と輝く目で桂利奈は男の目を見据えている。好奇心のなせる技だろうか。みほは後輩の"胆力"に内心舌を巻く。この局面で、堂々とそんな質問を投げかけるのは、みほには真似出来そうも無い。
男はと言うと、航空機にこのような食いつき方をされるとは予想だにしていなかったらしい。鳩が豆鉄砲を食ったような表情を一瞬見せた後、頬を緩めて言った。
「えぇ、かまいませんよ。ただし、主翼から上には乗らないでください。
……頑丈な機体ですが、私が帰れなくなりますので」
「「「 はぁ~い!! 」」」
乗り手直々のOKが出た。桂利奈の返事に呼応するように、一年生チームのと自動車部までもが【Ju-87】へ駆け寄っていった。
「元気が良い子達ですね」
「良すぎる所もありますが、皆立派な生徒なんですよ」
プロペラを触ったりしている事に眉をひそめる事無く、優しげな表情で見つめている男。その様子を見て、みほも少し警戒心を緩めた。きっと悪い人では無いのだろう。そんな感情を抱いていたみほの横へ、角谷杏が近づいてきた。
杏はみほ、エルヴィンらに耳打ちする。
「二人もついてきて。あたしらより二人の"知識"が必要になるかも」
「……了解」
「わかりました」
やはり"元"にはなったが、会長が最も冷静に男をみていた。警戒を全く解いていない事が身のこなしからもわかる。格納庫に戦車を全て入れておく事を発案したのも彼女であったし、戦車道履修者で出迎えて、早々に生徒会室まで案内する事を華へ指示していたのも彼女である。
可能な限り、保有戦車や大洗の内部などの情報は伏せておきたい方針だった。
間近で見る航空機は始めてである、テンションの上がっている子達を余所に、男と一部の女子達は、生徒会室へ歩き出した。
道中も、男は注目の的だった。
それも当然、ここは女子校なのだ。学園艦の上には生徒達や関係者達、商店も建ち並んでいるのだが、
「堂々としていてカッコイイよね。で、どういう人?」
容姿を褒める声は共通している。威風堂々・容貌魁偉、ジャケットと制帽を着こなす軍人めいた若年男性。黄色い声をあげるもの。先日のニュースを知っていて不安がるもの。様々なトーンの声が方々から聞こえてくる。
巌の如き存在感を持ちながらも、朝露の如き爽やかさと、春の木漏れ日のような暖かさ、一見矛盾しかねない印象を併せ持つ不思議な男だ。
「なんだか面はゆいですね」
「みんな珍しいんですよ」
思わずそう声を漏らす男は、無闇に周囲を見回すような事はしなかったが、自分に注がれている視線には思う所がある様子。あちらも男子校であるならば、女子の注目という事そのものに不慣れなのは、ある意味一緒という訳だ。
思わず警戒を緩めそうになるが、状況がそれを許さない。何せ『先日の凶報』を思えば、それが出来ない学校から来た男である。
廊下を進んで、生徒会室の扉を開ける。華を先頭とし、一行が入室して、扉が閉まった。
扉の向こうからは、まだ女子達のざわめきにも似た声が響いてきている。
「にぎやかで、良い雰囲気ですね。ウチとは随分違う」
「そんなに違うものですか? 男子校の様相は存じませんが」
「いえ、我が校は男子校の中でも極めて特殊でして」
扉の向こうを想うように目線を向けていた男の眼には、羨望が混じっているように想えた。どこか哀しげで、何かを思い出すかのような色を、みほは見た。
「おかけになってください」
「では」
華に応じ、男は生徒会室の椅子へと腰掛ける。何時もの習性で、小山柚子がお茶を入れに立ち、他の面々も椅子へと座り。男と向かい合う。椅子に座ってもなお、大きい。
「ここに至り、申し遅れました。
私、【第三帝国学園】より罷り越しました。雨流いずると申します」
そう男は名乗った。
「あらためまして、大洗女子学園の現政党会長。五十鈴華です」
華はそう答え、室内の女子を一人ずつ雨流と名乗った男へ紹介していった。
前生徒会長・角谷杏。現副会長・秋山優香里。先ほどお茶を入れに席を立ったのが前副会長・小山柚子である事。そして現広報・武部沙織、前広報・河嶋桃。
「後、生徒会のメンバーではありませんが、2名同席させてくださいな」
「こちらはかまいません。それに、他所へ来て
エルヴィンこと松本里子と、西住みほも席に列する事を華は申し出て、男は受け入れた。断る理由も無ければ、言える立場でも無いからである。それに、エルヴィンの趣味全開の格好は好評だったらしい。
「……【
「は、はい」
制帽の紋章、襟章や肩章は完全なレプリカでは無かったが、野戦仕様の上衣と台布の色などから大凡の見当をつけられた。少し恥ずかしくなったか、それとも男子への免疫の無さからか、エルヴィンは緊張でやや声が裏返っていた。
その様子も、やや羨ましそうな眼で見る、雨流と名乗った男。
彼が最後に目線をくれた相手、それがみほだった。
途端、大渦が如き感情が眼の中で巡りだした事がみほにはわかった。
わかってしまった。その色は"愛憎"だったから。
理由はわからない。暖炉の火が如き優しさと、燃やし尽くさんばかりの業火が入り交じった、激情と静寂。静と動。どちらも内包した、己の中だけで争い合っているかのような感情がこもっている眼。
どこかで見た事がある眼の形だった。
こんどは色では無い。顔立ちも、凜々しく端正に作り込まれた造形の中、いくつかのパーツはどこかで見た事がある。見覚えがある。
(どこかで会ったことがある? いや、そんな事は無い筈……)
その理由は、みほにはわからなかった。
何故、母に似ていると思ってしまったのだろう?