ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ 大洗女子学園・校庭にて ~
大洗女子学園、戦車道履修者一同と、雨流いずるが校庭に立っている。購買で打っていた焼きそばパンを頬張りながら、雨流は【Ju-87G】をまだ観察している女子の一群を優しい光を宿した眼でみやる。
この男の真意が何処にあるのだろう。そして生徒会室で見せた
そんな事を、横顔を見ながら西住みほは考える。
大渦の中に突っ込む事は避けられない。それならば被害は最小限に抑えたい。彼はわざわざ、「うちと組むな」とハッキリ言った。その理由もまだ判然としていない中で、自分達は進むルートを決めなければならない。
「貴女は、ここへ来て幸せですか?」
「……へ?」
いきなり雨流は、隣に立つみほにそう問うた。唐突な一言に出鼻を挫かれたような感覚になる。
「戦車道絡みの記事は、ぽつぽつですが読んでいました。
黒森峰女学園の連覇を逃した後、大洗女子学園へ転校。そしてこのチームを作り上げた」
みほを見ている彼の目は、真剣だった。探るようなものでも無く、何か裏があるような声音でも無い。ただただ単純に、純粋な疑問からくる声。
「実質ゼロからのスタートに等しかった筈でしょう。
そこからこの"空気"を仕上げるのは並大抵では無かった」
「そう、ですね。大変でした」
転校してきてそうそう、角谷杏らに声をかけられたあの日を思い起こす。
戦車道から離れたくて、授業も設備も無かった筈の大洗女子学園へ転校したのもつかの間、復活させるから自分達を導いてくれと要求されたあの日。きっと生涯忘れる事は無いだろう。あの時は迷惑千万と思いもしたが、事情を知ってしまえば、あの時心中穏やかでは無かったのは間違い無く杏会長だった。
そして、頑張った。黒森峰にいた頃とは別の方向だったが。何せ皆戦車に関してはど素人で、強いて言えば秋山優香里が知識とある程度のスキルを身につけていたくらい。それがよくここまで来られたものだと、言われても否定できない。
「ですが、みんなで頑張ったんです。私にとってもみんなが必要で、みんなが私を必要としてくれて。みんなで勝ち取った」
「……よい友人に出会えたんですね」
雨流の声音は、ひどく優しかった。穏やかで、何故か悲痛さを僅かながら帯びている。しかしとても嬉しそうですらあった。みほは、彼の顔を見る。校庭に降り立った時から今に至る中で、最も美しい顔をしている。そう思った。しがらみから何まで取り払ったような、純粋な喜びで溢れた顔。
どこかで見た事があるような気がした。あぁ、そうだ。幼い思い出の中で、お誕生日を祝っている時の両親の顔だ。あの時の母の顔にそっくりなのだ、目の前の彼は。
何故だ?
胸中にささくれのように残るこの感情は何だろう。
「はい。みんな私の大切な仲間です」
その答えを知りたくないと思った。こういう時の、嫌な予感というのは何故か当たってしまうものだから。知ってしまったとき、きっと今感じているこの摩訶不思議な暖かさも、きっと砂上の楼閣のように容易く崩れてしまう。そんな感じがする。
「よかった」と、みほの返答に満足げな表情を浮かべた雨流の顔も、次の瞬間、一気に怜悧な"爆撃機乗り"のそれに転じる。耳が微かに動いた。
それと同時にみほの耳にも、鳴り響くエンジンの音が聞こえてくる。
彼が校庭に出ようと言った理由がわかるのだろうか。
雲の彼方に、点が4つ現れた。音の主はそれだ。此処へ雨流のJu-87が現れた時と同じようでいて、すこし鋭さを加えたような。それはゆるりと大洗女子学園の上空を円を描くかのように廻る。
「あ~っ! 『空○大戦略』に出てきたやつ!」
一年生チームの面々がそう口々に叫んでテンションが上がっている。
正解だが、少し惜しい。【スピットファイア】である所は当たっていた。赤と白と蒼、そして黄色の特徴的な円マーク。他と比較しても独特な形状をしている楕円の翼。Ju-87と比較するとシャープな体。
ザ・戦闘機。WW2期の機体を思い浮かべる中でまず5本の指には入るであろうその形(紛糾しかねない個人差あり)。
「でもあれ、"イギリスの機体"……だよね?」
そう一年生の『宇津木優季』らが雨流と、スピットファイアの一群、おそらく一個小隊とを見比べながら言う。まぁ不安にもなるだろう、モチーフが敵国同士なのだから。もしかしたらと、ふと思ってしまうのだ。
まさかここで一矢まみえるつもりだろうかと。1対4でそんな無茶はしないだろうが、不安は拭えない。
「やっと来たか、『足なしバーダー』め」
スピットファイアを見上げて、口角を上げた彼は言う。気を許した人物を迎えるときの顔だった。
五十鈴華の携帯が鳴る。おそらく船舶課の生徒からだろう。学園艦管制担当から、着艦許可申請の是非を問う電話に違いない。その様子を見た雨流が、華へ頭を下げた。その意を酌んで、華は『可』の採択を下す。
そして十数秒が経ったとき、スピットファイアの隊が艦の校庭へ降りて来た。目まぐるしく事態が進行していくのを肌で感じる女生徒達は、息を呑んで機体の動向を見守る。
着陸した機体から、パイロット達が降りた。隊長らしきパイロットが地に足を付けた時、がしゃりと金属質な音が鳴る。彼らは華の前へ整列し、隊長のかけ声で敬礼した。
「突然お邪魔して申し訳ありません、レディ。【ユニオン・オブ・オナー学院】より参りました、『ダグラス・バーダー』であります」
「大洗女子学園、生徒会長の五十鈴華です。本日は来賓が多くて驚くばかりですが、如何様でしょう」
「そちらの『スツーカ大佐』の要請にて参じた次第」
そう言って、ダグラスと名乗った青年が雨流を見やる。視線が合うや、互いに口角をあげて表情を和らげた。
「すまんな、ダグ。こうする他無かった」
「一つ貸しだぞ、ハンス。うちの閣下の分と合わせて菓子折一セットだ」
「バームクーヘンの上物で良いか?」
「シュネーバルも付けろよ」
そう言って、ダグラスは雨流の肩を軽く叩く。雨流は頭の中で勘定をしているのか、少しばかり空の方を見上げると、ちょっとだけ表情を曇らせる。高くつくなぁという計算結果らしい。
「して、何処まで話が進んでる?」
「
「同情するよ、
「うるさい」
そこまで話をした所で、ダグラスは華の方へ再び姿勢を正す。
「私もラジオで聞き及んでおりました。先の凶報より今日まで、心穏やかならずと推察いたします。男子の一人として、恥ずかしい限り」
「いえ、他校の方の事でそこまでなさらずとも」
「抑えられますな。我々男子側でも、何故女子との無理矢理な合同協議を強行するのか、理解に苦しむ者の方が圧倒的に多いのですよ」
そう言って、ダグラスは自分の隊を見て零す。麾下の者達も、その視線に返答に困ったか、視線を逸らしている。
最初に見てしまったのが、よりにもよって最も特異かつ異質な連中だったのだと、ダグラスは付け加えた。あの連中は『一番ガチってる手合い』なのだとも。
「貴校の"閣下"の事だ。お前を寄越してくれるだけじゃないだろ」
「まぁな。すぐソコに来てるよ、1時間はかからない」
「なら少し後が好機か」
「あの、"好機"というのは?」
みほがそう聞いた。ダグラスは驚いた表情で彼女を見やる。
「おぉ、貴女が『大洗女子学園の英雄殿』ですか?」
「ふぇっ!? 英雄って、大げさですよ」
西住みほの顔と名前は、男子にも知れ渡っているらしい。何故か女子群の中で武部沙織が少し怨めしげな表情をしてみほを見ているが、この時ばかりは皆がスルーした。
「何てことはありません、もうじき、『我が校』と『聖グロリアーナ女学院』がこの大洗港に入る算段です。それが、コイツを
あぁ、成る程。生徒会室にいた面々はそれにようやく合点がいった。"ただ断られて帰った"では下がってしまう彼の体面を守り、【第三帝国学園】からのオファーを蹴ったという大洗女子学園への印象低下両方を防ぐためなのだ。
「【第三帝国学園】は妙に形式にもこだわる校風ですからねぇ。
委任状なんてたいそうなもんも付けられりゃぁ、手ぶらで帰れない」
「……外交中に邪魔が入ったとすれば言い訳も立つという事ですか」
「そんな所ですね。それにウチと【第三帝国】は設立期からずっと仲が悪い」
そうなると、雨流は獅子身中の虫という事になりはしないか?
みほはそう思うと別の意味で不安になる。それに、聖グロリアーナの名前が出てきた事にも驚いた。やはり同系列の学校同士での連携は既に進んでいるという事なのだろうか。ここでまた華に、同じ番号からの着信が入る。管制から立て続けに二度目の連絡。内容を大まかに聞いた華は、承知の返答をして電話を切った。
「その方の言う通り、大洗港の方から管制に一報が入ったそうです。
これから大洗港に二隻、学園艦が入港すると。それと……」
「「「 それと? 」」」
「大洗ではなく那珂湊漁港からですが、そちらの沿岸にも学園艦が停泊していると。
そこから数隻の上陸艇が港に入ったそうです」
「那珂湊へ、って。それを何故私達に?」
「そこから上陸した"戦車"が一両、こっちにむかっていると。
"赤い豆戦車"とも言っていました」
※※※※※※※※※※
~ 大洗市 ~
"県道二号線"を、一両の豆戦車が走っている。海風をその身に浴びながら、戦車から身を乗り出している少女・鶴姫しずかの双眸が、大洗港に停泊している大洗女子学園へと注がれていた。
先日の襲撃から日を置かぬ内に、上空で視認した【大砲鳥】を見て、いてもたってもいられない衝動に駆られ、ここまでテケ車を走らせる。
全身から
(項羽に追われた劉邦も!
呂奉先を前にした曹操・劉備も!
源為朝に射貫かれた伊藤忠直も!
きっと味わったのだ、
天から降りてきたあの時の"
何もかもが圧倒的だった。
西住姉妹と戦車にて相対した時とはまた別種、猛き狂う虎や、眠りを妨げられた竜を相手にした時とはまた違う【何か】との対峙。
『暴』 『貪』 『渇』 『餓』 『健啖』
その全てが詰まっている。そして『不屈』も織り交ぜたような波動を全身に浴びせられた。それが女子に向けられていた、というよりも
あぁ、そうだ。【滅尽】という言葉に集約していると言った方がしっくり来る。
身を引き裂かれようと
地べたへ叩き着けられようと
折られようと
切られようと
撃たれようと
翼や脚を奪われようと
きっとあの大鳥は、大砲を掲げし猛禽は、何度でも立ち上がる。大空へ飛び立つのだ。
あれは鳥では無く、『魔龍』なり。
悉くをなぎ倒し戦い続ける滅尽龍なり。
そんな確信が、この全身を駆け巡る熱情と共に少女の中を渦巻いている。
「早う、鈴、早う! かの方はあそこぞ!」
「……うぅ」
「何がそんなに不満か」
「だって
操縦手である『松風鈴』の様子が少しおかしい。何をそんなに不機嫌にしている? 足袋がそんなにおかしいか? そこは何故かわからない。共にテケと一体化して、人馬一体ならぬ人車一体となっている時の昂揚が、いつもより抑えめだ。
一般車両の昇降口から、大洗女子学園学園艦に乗り込む。半ば強引に、受付を突破した。きっと船舶課の者共から後々退去勧告が来るであろうが、長居するつもりは無いのだ。学園艦上を戦車が通るのは、どの学校でも珍しい事では無い。だが見慣れない戦車はやはり眼を引くようだ。
だがそれも今は気にかけるまでも無い。あの"闘気"を浴びる事にくらぶれば。
「見えた、見えた!」
「む~……」
鈴よ、だから何がそんなに不満なのだ?
そんな事も考えながら、大洗女子学園の校舎の外苑を廻り、戦車道チームの格納庫であろう場所を探す。やはり小規模とは言え、それでも元々戦車道の無い楯無高校とはやはり雲泥の差を感じつつも、見えて来る開けた場所。
その中に見える五つの機体。航空機だ。
「あぁ、おられた! おられた!」
頬を昇ってくる熱よ収まれ。今はまだだ。
大洗女子学園の皆の姿が見える。「何でここに!?」と聞こえても来た。さもありなん。自分とて非常識な行動だと理解している。だがソレにも勝るこの情動なれば。後で頭の一つや二つ差し出してもよかろう。
魔龍が鎮座しているのが見えた。あれはマークからして
いらっしゃった。
懐から五分四枚の草履を取り出して、地に降りる。テケのハッチから、むくれた顔の鈴がこちらを見ている。先ほどからずっと不機嫌だ。この格好がそんなにおかしいか?
「……なんで『引き振袖』なの?」
大洗女子学園・あんこうチームの武部沙織がそう言ったのが聞こえた。
『引き振袖』なのがそんなにおかしいだろうか。何せ意を決した女子が男児に、己の意を発しようというのに、何時もの制服では味気ないでは無いか。男の子には男の子の戦装束があるように、これもまた立派な女子の戦装束。
ブルーグレーの軍装を纏った男が見える。彼だ、間違い無い。
男もまた、テケを見て何かに気がついたらしい。こちらに対して居直った。
「随分と大胆なお越しですね、
どくんと、心臓が大きく波打つ。
戦場でのあの圧倒的な威圧感は、声音が穏や、かつ"凪"が如く平静な様相でありながらもそのままだ。戦車を視認した瞬間、スイッチが入ったかのように。見た目に違わぬ戦人なのだ、この人は。頬の熱が再び上がってくるのを感じる。
「数日前、強襲戦車競技の最中に闖入したのは、貴殿なりや?」
「――っ。いかにも」
「身共は楯無高校、強襲戦車競技が"百足組"。我が姓は鶴姫、名をしずかと申す」
大洗女子学園の皆が、あんぐりと口を開けているのが横目に見える。強襲戦車競技の最中でも見た時とも違う出で立ちでありつつ、戦人としての眼光はそのまま。にもかかわらず、内股で歩幅も小さくしゃなりと歩む姿。
「この場に『引き振袖』でお越しとは驚きです。それに『末広』もお持ちとは。
どこぞで式に参列された帰り際ですか?」
「否、貴殿に会いに来た。北東の我が校上空を飛ぶ大鳥が見えた故」
「なる程、情報に無い学園艦だったが、あれは楯無高校と。
"楯無"という事は、武田家ゆかり。栃木か長野系」
「然り」
探るような眼だ。あの時はきっとこの男の目には標的の一つとしてしか映っていなかったのは想像に難くない。それだけでは嫌だと思った。だから来た。
「あの時の"赤いの"は貴女だったとは。し損じたのは久しぶりでしたから、覚えていますよ。するりと木々の間に隠れられた」
「よく仰る。木を楯に砲弾を避け続ける間、死線を見る嵌めになりました」
「して、ここは大洗女子学園です。私は客分でここにいる訳ですが、いかなる用で私に?」
そう男が言った時、一歩前へ出た。男を見上げるような位置で。
「
「 ―― よう言うたな、小娘」
空気が震えた。
異変……それとも豹変と言うべきか?
周囲の光景が歪んだ。
ただこれは錯覚だとわかる。男が自分へ注いでいる眼光の
そして男の顔が変わった。穏やかで柔和な青年が引っ込んだ。そして眼から暖かさが消え、ただただ冷たく平静、かつどす黒く染まったナニカが出てきたのがわかった。
「私に槍を付けたい、と。戦場の片隅で夢を見たままなのか?」
臓腑がひっくり返りそうな感覚だ。あぁ、これだ。コレだ。これを味わいに来た。大空から方天戟を振り下ろしに来た時に見たあの眼。左右を掠めた鏃の向こうに見たあの眼。鉄の大鎧が向こうに感じたこの波動。
まさしく降り来る『飛将軍』。
巌の如く巨大に見えていく体躯。そして愛馬たる漆黒の魔龍。その喉元に食らいつける事があるならばどれ程幸せなのだろう。
今、自分はどんな顔をしているのだろう。
「夢ですか。まさしくそうでしょうな、今もなお夢心地なれば」
「百足の牙で俺の喉元をかっ切ろうと、ハハハ」
そう言うや、男はしずかの耳元へ顔を近づけて、囁いた。
「なら、次に戦場でまみえたら相手してやる」
"恐怖"や"戦慄"に浸されていた中に、突如一本の矢が打ち込まれたような感覚に襲われた。下丹田から脚へ、そしてそこから上へ。上へ。騎馬隊が駆け上ってくる。
ふくらはぎを、太ももを、下腹部を。そして腹から双子の丘を駆け上がって、首元に這い上がってくる電流。
「――ッ!!!?」
この人身まるごとが焔の如く。ただ"闘気"を浴びるだけでは無いナニカ。
「断られるかと思っていた。かたじけない」
そう答えるのが精一杯だった。しずかは大洗女子学園の方、西住みほや五十鈴華の方へとそのまま歩みを進めて、頭を下げた。
「お邪魔して申し訳無い事をした。先日の襲撃が折、かの方を忘れ難く。見かけて思わず来てしまった。断りなしに踏み入った事をお詫び申し上げる」
「……実害があるわけでも無いですし、言ってくれれば断る理由もありませんでしたが……その、大丈夫ですか?」
「大丈夫、とは?」
「お加減が悪いのではと。
汗がすごいのと、熱がおありなのでしょうか、お顔が真っ赤ですよ」