ガールズ&パンツァー ~ 大洗は大砲鳥の夢を見るか ~ 作:松ノ木ほまれ
変異の片鱗
~ 第三帝国学園・生徒会室 ~
「総統閣下、聞き入れるおつもりですか?」
「彼の我が儘は今に始まった事では無いが、聞こうと思っている」
第三帝国学園の、生徒会執務室。ロココ様式の大部屋が奥の机で、2人の人物が向かい合っていた。生徒会長である『総統』と、生徒会広報を担当する『宣伝相』である。彼らは今、一つの上申書に対し頭を悩ませている。
【黒森峰女学園】の戦車道チームを、どの部隊が麾下として運用するか。
目下の悩みどころである。親衛隊、陸軍、空軍のいずれにてかの乙女達には戦って貰う事にするのかというその一点。
「順当に行けば、ディートリヒめの『LSSAH』か、陸軍の『A・B軍集団』のどちらかでしょう」
「貴公もそう思うか、やはり」
「普通に考えればです。今回の彼の具申はいささか腑に落ちません」
宣伝相は、上申書の申請者が記名欄を指でコツコツと叩きながら言う。書面には空軍からである事を示す印鑑とサインが書かれていた。
「『航空団』の地上部隊編成へ組み入れさせて欲しいとは、流石に出過ぎた申し出かと」
「……しかしなぁ、彼の意見にも理解はできるのだよ」
空軍からの要請は至ってシンプルだった。“各試合において抑えた発着場の防衛にあたり、現行の戦力では相手校の戦車隊が踏み入ってきた場合不足である”という理由の一文において。空軍が保有する陸上戦力は高射砲や降下猟兵であり、装甲車両や戦車と言った陸上における対地装備は確かに、親衛隊や陸軍と比較して心許ない。
それを思えば、今回連携する事になる女子一同とも与し易いという、航空団の長を務める『ルーデル大佐』からの主張は一理ある。切って捨てる事が出来ないものだ。
「逐一発着場の防衛に陸軍から戦力を裂く必要も無くなるから負担も減る、そう思えば利のある事だと思うが」
「私とて、その主張自体には何も差し挟む事はありません。
彼の入学から今日まで、
"ゼップ"からは現にそう苦言が来ております」
総統と呼ばれた、第三帝国学園の生徒会長は眉間を軽く揉んだ。悩ましい話である。
本校開設以来、始めて『ルーデル』の名を許された男。その男の上申という時点で無視するわけにはいかないのだ。
"あの名"を得た。
ただそれだけであの男の言葉には万金の価値がある。現に、入学早々パイロットとしての頭角を現して、めきめきと戦果を挙げながら、かつての大英雄と戦果を並べた。これだけでも全国どころかそれ以上の所から、いまの第三帝国学園は注目を集めている。
異論を挟まぬ"最高戦力"。そんな彼が、上申書を出した。閣僚こと"生徒会執行部"は紛糾している。
「親衛隊や陸軍の顔も立ててやりたいが、あの男は替えが効かん」
「このまま我が儘を通せば、陸軍はともかくゼップの顔が立ちません。
"強襲戦車競技"なる野良試合の制圧に行かせた甲斐が無い」
「その程度で潰れる顔はあるか、アイツに。
とにかく、コレは"決定"だ。黒森峰女学園は共闘時に空軍麾下へ入れる」
宣伝相はそれ以上の具申はやめた。一旦決定した事を、おいそれと覆す会長では無い。
加えて、あの空軍が長、現時点では全く替えが効かない戦力を相手に、気分を損ねられでもしたらたまったものではない。
「それに、どの娘が気になるのかしらんが……
あの“万人敵”は女子が絡むと猛虎になるしなぁ」
現に奴は、女子との共同戦線に関する話が校内に出回った際、校風が近い黒森峰の話題において女子達を侮辱する発言をした『ディルレヴァンガー』親衛隊上級大佐を、
両腕、両足をへし折った上に、顔面の原形をを留めない程痛めつけたのだ。
押さえ込んでなだめるまでに、187人が少なからずなぎ倒されたり、投げ飛ばされた。何時の時代の豪傑なのか、と後日校内で話題になった程だ。まぁ“スツーカ大佐”だしなで納得する者が多い事がかえっておそろしい。
被害に遭った側が、普段からして素行不良の"汚点共"であったために、生徒会の方で表沙汰にはさせなかった。文句を言ってきた生徒達は無論いたが、数名を艦内の"生産科"送りにした所ピタリと止んだ。
しかし驚くべき事である。これまで我が儘はあったが、あれ程感情をむき出しにした彼は見た事が無かったからだ。"名"を思えば全く想像出来ない行動で、妙にあの男は女子の肩を持つ。特に黒森峰女学園に対しては。
「仇にならない事を祈ります。あの男は『ルーデル』でありますが、ハイドリヒからもたらされた一報に寄れば“もう一人”抱えているようです」
「そっちが悪さをすると言いたいか?」
「それは探っている最中のようで。女絡みで身を崩した者でなければ良いのですが」
会長は、宣伝相の最後の進言を"心に留めておく"と返答して退出させる。
"もう一人"という単語が何を意味しているのかを知っているのは、他校も含めてだが各校の首脳部、そして男子校を管轄している御上のお歴々だけ。OBの該当者もこぞって口を噤む部分。
かくいう自分も、そして宣伝相も。知っているが表には出さない。出せない。
(それはもはや私達が"生ける屍"も同義であると認めることだ……)
自分達男子が置かれている場が、試験場である事を。極東の島国の中に、一点集中で投入されている一種の実験。倫理、理性、良識から人心。それらが体面だけ保たれて成り立っているハリボテの造形物。
それが今の日本男子。
両親にもらったこの身体に、両親の血はどれ程残っている?
「あの獣の思いもわかるが、私もまた人間でいたい。
この名に引きずられて魔道に墜ちる前に、人である自覚を持ちたいだけやもなぁ」
我が校きってのケダモノ。金色の鬣の奥底で蠢いている"他虐性"の由来は何なのか。それを思えばある程度の理解が出来る。
女子達の戦車道や馬術、弓道や長刀に到るまで全て抱き込み一緒くたにして、全てを人間の獣性たる“混沌たる戦場”に落としこむ。
おおかたそのような事を考えているのだ、あの黄金の蛇は。
自分だけで無く、同胞や女子達同世代。そして大人達をも巻き込んで業火の中へ飛び込もうとしている、はた迷惑な破滅主義。
「エデンの園でアダムとイヴへ知恵のみを喰わせた蛇のように……
こんどは男子と女子にゲテモノを味わわせようというのか、ハイドリヒ」
※※※
~ 黒森峰女学園・格納庫 ~
「西住隊長! 昨日の呼び出しとは一体何だったんですか?」
生徒会室での一件から一夜が経った。
黒森峰女学園・機甲科の生徒一同が、不安を隠せない面持ちで格納庫の中で待っていた。その中に帰ってきた西住まほは、各戦車長に囲まれる。ここの生徒達の間においても、生徒会長の評判は良くない。仕事ぶりは評価されていたが、人格を褒める者は誰一人としていなかった。
故に心配されていたのだろう。特に逸見エリカには。
「男は狼なのよって聞いてましたが、何もされませんでしたか?」
「大丈夫ですか、ホットココア入れてきますか!?」
「いや、私は……大丈夫だ」
精一杯、胸を張っていたつもりだった。
「あの女狐、どうせろくでもない事考えてたんでしょう!」
「会見の時だって、隣のあの男子に色目使ってたし」
「マジっ? 最悪じゃんそれ。確かにイケメンだったけどさぁ」
思い思いに発言する皆の表情を見て、気持ちが緩む。
「心配してくれてありがたいが、本当に何もされてはいないぞ」
「つまり何かはあったという事でしょう、隊長」
「うん、どう伝えようか迷ってはいるんだ」
少し整理する時間をくれ、と伝えて奥の会議室に入る。
本当に、どこを伝えどこを伏せるべきなのか迷う事ばかりだ。口伝えの内容しかまだわからない事ではあるが、あの学校がかつてのドイツを模した点の非情に多い学校だという事もそう。
女子の学園艦は、それぞれ繋がりがあったり参考元だったりで校風からして違う。それは当然でわかっている話だ。しかし男子は女子以上に"顕著"と見ている。影響に多少の差こそあれ、女子の場合はあくまで"風"の話。
大部分を寄せているのだとしたら、恐ろしい事も起りうるとまほは見ている。
それこそ、今回生徒会室で相まみえた『ハイドリヒ』は学園保安本部と言った。風紀委員の事をそう称しているだけならまだコスプレの範疇だが、権能まで寄せている場合はそう言っていられなくなる。
「何を思い詰めているんですか?」
「……エリカ」
一瞬だけ、答える事に逡巡した。
「『スタンフォード監獄実験』の事を考えていた」
映画にもなった事がある題材故、エリカも聞いた事がある。アメリカで行われた著名な心理学実験であり、失敗に終わった事で教訓を残した"事件"。看守側と囚人側に被験者を分けて、『普通の人間が特殊な立場・肩書きを与えられた時、それに則した行動をとるようになる』かどうかを実験したもの。
発見された資料によって、信憑性は無くなりつつある実験だが、何故そのような事を考えてしまうのか。
「あれ、やらせって噂もありますけど。
『アブグレイブ刑務所事件』ならまだわかりますが」
「あぁ、私もそれを聞いて驚いた。だけど映画も見たことがあったから、どうしてもこっちが脳裏を過ぎってな」
「しかし何を突然、そんな事を……男子がそうだ、と?」
「まだ本格的に交流が始まった訳では無いから、ただの憶測だ。
ただ今日会ってきた"男子"が異例なだけなのかわからなくてな」
まほは、大まかではあったが、生徒会室での出来事をエリカに話した。ぽつぽつと、少しずつ。部屋には、エリカの他にも赤星小梅といった戦車長の内何名かがいた。全員に、伝える事に決める。空軍の男と会ったときの感情だけは伏せたが。
最初は氷室イルミのやり口に憤った一同も、ハイドリヒと名乗った男子生徒の下りで血相を変えた。何から何まで当時に寄せた装いというのもそうであったし、会見の時からも思っていたが、ハイドリヒの名前を名乗るという事の異常性に。ソウルネームだとしても拗らせすぎている。
きっと、会見を見た一般の方々からのお問い合わせで学園の庶務も大変な事になるだろうと予想しながら、逸見エリカ、『赤星小梅』、『小島エミ』、『飛騨エマ』らも頭を抱えた。
「あんな"名前"で、かつ学園保安本部なんて意識しまくりの部署名」
「男子は確か、小学校高学年から先行入学で学園艦に乗る子もいましたよね、成績優秀者とかは」
「つまり十代始めから、二十代前半までのほぼ十年間をロールプレイに費やしているって事な訳で……」
「成る程、会長が『スタンフォード監獄実験』を思い浮かべる訳ね。
つまり、ゲシュタポになりきって染まった男子がいるかもしれない、と」
エリカの発言で、皆の体温が低下していく。もしそれが真であるならば、悪夢だ。
「逆を言えば、真っ当に育っている男子もいると予測は出来る」
「それを見分けて、彼らと手を組むのは至難の業ではありませんか?」
「……多分そうだろうな」
心当たりはもうある。そう言いかけてまほは言葉を飲み込んだ。
まだそうとわかった訳ではないのに、そう思ってしまった事への理解が進まなかったのである。何故、『
不思議だ。また気分がふわりとなって、羽毛が脳の中を舞い散るような感覚。ぽかぽかと暖かな気分が同時にやって来る。それが何故なのか全く思い至らない。混乱する。雁字搦めに入り組んだ迷路の中に入ったかのよう。
「隊長、やはり何かされたのですか? 気分が優れないのでしたら」
「……ぁ、すまない。気分が悪いとか、そういうのじゃないんだ」
再び心が振り子細工のようにゆらめいて、それは不快じゃなくとてもふんわりとした心持ちだった。何かがおかしくなったのだ。自分の中で何かが、ボタンを掛け違えたかのようにズレたという他あるのか?
なんと言葉にすれば良いのかも、どう処理をすればいいのかもわからない。
その時、会議室の内線が鳴った。最も近かった赤星小梅が受話器を取る。
「はい、こちら機甲科……はい、はい。隊長はおられます」
まほ宛の用件らしい。小梅は小さく、「生徒会からです」とも言った。先ほど解放されたばかりだというのに、今度は何だ。ぽかぽかした気分に水を差されたようでもあり、一気に不快になる。
あの忌々しい顔が脳裏に浮かんでしまった。氷室。造形だけは良い生徒会長の。
「用件は?」
<―― 会長からの通信がありました。『黒森峰女学園は、第三帝国学園との共同試合において"
また、気分がふわりとなった。
<それから、こうも伝えなさいと……『良かったわね』だそうです>
「どういう意味だ、それは」
<いえ、すみません。私にもさっぱり>
生徒会との連絡が終わったとき、まほは周囲の空気が若干変わっている事にも気づく。皆、愕然として自分の事を見ていたのだ。何か可笑しな事があったか?
「皆、どうした?」
「いえ、隊長……何でもありません」
一様に、考え込むようなそぶりや表情を見せながら、まほと目を合わせまいとしているかのようだ。一体何だというのだ。別の意味で気分が悪くなる。
「まぁ良い。生徒会からの伝達だ。
我々、黒森峰女学園機甲科は、第三帝国学園の『空軍』と戦線を共にする事になった」
「戦車は飛べないですよ?」
「……おバカ、地上部隊と混成するって意味でしょ。
男子の随伴歩兵と一緒に最前線ってのをいきなりかまされるよりマシね」
エリカの言葉に、皆頷く。男子の試合ぶりという道の範囲、その概要はおおよそ聞いたものの、やはり本来の戦争に親しいスタイルは女子には経験の無い世界だ。随伴歩兵、塹壕にバリケード。きっと工兵や高射砲、携行対戦車兵器といった代物も色々と出てくるだろう。
いきなり矢面に立てという事が無いようにというあちら側の配慮なのかもしれない。
まぁ、航空戦力を無力化するために飛行場を潰すというのはかつての大戦においても行われた軍事行動であるため、矛を交える事はあるだろうが。
「マシかどうかは会って考えよう。小梅、エマ、伴をしてくれ。
エリカは、歩兵随伴の上での戦車運用について、事前に行動手順の仮組みをしておいて欲しい。摺り合わせはあるだろうが、前もって作っておいた方があちらも助かるだろう」
「「 わ、わかりました 」」
赤星小梅と飛騨エマを伴って、多少の手荷物を持ち機甲科を出る。生徒会を通してにはなるが、第三帝国学園側に空軍への訪問と取次を申し出てからであるが。
「あちらから来て貰うのではダメなんですかね」
「既にあちら側からの訪問があった今は無理だろう。
呼びつけてばかりと受け取られかねない。望まぬ形での盟だとしても」
「あちらの顔も立てなきゃ、ですか……うへぇ」
飛騨はやはり不安げだった。男子の学園艦がどんなものなのかもわからない中で、こちらから出向くという事がそうさせるのだ。
「そうめんどくさそうな顔をするな。武力の伴わない大物見だと思えば良い」
「それ、単なる観光って言いません?」
他愛の無い言葉を交わしながら、連絡用ヘリ『Fa223』へと乗り込んだ。
初めて見る男子側の学園艦への期待と不安が50:50な飛騨の表情とは裏腹に、赤星小梅は何度もまほの横顔へ視線をやっている。
隊長に起こっている"異変"が、どうしても思考から拭えなかったから。西住まほは、昨日の氷室イルミに似た表情をしていたからだ。
顔全体から緊張が抜けて、緩みが見えている。
それにまほ自身が気づいていないように見受けられた。
きっとコレまで、一度たりとも感じた事が無かったから、わからないのだ。
どうやって、隊長へ伝えようか。赤星小梅の頭は今その悩みでいっぱいだった。