黒石要の異世界探訪 作:ハンギング
轟々と音を立てて流れていく大河を眺めて、ぽつり呟く。
「ここ、何処だ……?」
川縁に座り込み、
突然に、という他ない。少なくとも、要には思い当たる節が無かった。
「異能力者に巻き込まれた?それとも、向こう側の術者の策略?」
胡坐をかいて座り込む、顎を撫でつつ首を傾げる。彼の口から零れるのは、考えられる幾つかの可能性。
彼は元々、
だからこそ、超常現象が相手でも平静を保つことが出来る。年の頃は十代半ばであるものの、その経験は凡そ常人からは外れたものばかり。
故に、
「ん?」
水面が不自然に揺らぎ、巨大な、という言葉が陳腐に思えるほどに巨大な大蛇が現れて鎌首を擡げようとも慌てない。
『貴様、ここで何をしている』
「オウ、テレパシー……何っと言われてもね」
大蛇が人の言葉を話すという状況を前にしても、要は揺らがなかった。この図太さは、元々居た場所でも発揮されていた特性なのだが、ソレがこの場でも遺憾なく発揮されていた。
「そもそも、ここが何処か分からないんだ。オレとしては先にそこが知りたいね」
『なに?』
「人が居るのなら、そっちに行くさ。どう?」
『……良いだろう。だが!それだけでは、面白くは無い。何より、ここは我の領域。どのような理由であれ、踏み込んだのならば
「ゲーム?」
『然様。この箱庭の世界におけるルールを教授してやる』
鎌首を擡げていた姿勢から、更にその長大な胴を空へと伸ばし大蛇は宣う。
ポカンと見上げていた要だったが、このまま荒事へと移行する気配を感じ取って立ち上がる。
「オレ、荒事は好きじゃないんだけどな」
『案ずるな。この箱庭へと足を踏み入れた時点で、大なり小なり荒事は向こうからやって来る』
「嬉しくないねぇ」
肩を竦めた要。その彼の足元が、不意に黒く輝く光の線によって凡そ一メートル四方の正方形に区切られた。
地面が区切られる様にして光の枠組みよりせり上がって来るのは、黒い物体。
それは、立方体だった。質感は、石のようで、金属のようで。その表面にはびっしりと幾何学模様のような文字が刻まれている。
足元からせり上がった直方体に乗る形で、要の体は宙に立つ。目線は大蛇の頭部と同じ高さまで持ち上がった。
「で?ゲームってのは、何をするんだ?まさか、ババ抜き?」
『力、知恵、勇気の三種から選べ。我に自身を示して見せろ』
「ほー?じゃあ――――」
顎を撫でた要の周囲に、三つの黒い枠組みが現れ、一メートル四方の正方形によって構成された黒の立方体が三つ現れ周囲をゆっくり回り始める。
「力で。シンプルに行こう」
『良いだろう。この我を打倒してみせよ!!!』
*
黒石要の異能は、黒い石か金属かも分からない立方体を大小の大きさ問わずに創り出し操るというもの。
最少は、一ミリ四方の立方体。最大は、三十メートル四方の立方体。一度に作り出せる数は、立方体の大きさに依存する。
「ひゅー♪強烈ー」
口笛を吹き、迫りくる大嵐を高速回転させた五メートル四方の立方体をぶつけて相殺する。
荒事は苦手、と自己申告した要だが中々どうして、手強い。
大蛇、蛇神は“神格”を持つ存在だ。
神格というのは、簡単に言えばパワーアップアイテム。ただし、相応の制限とデメリットを持つタイプの物。
これを得れば、人ならば神童や現人神。鬼ならば、鬼神。そして蛇ならば、蛇神となる。
蛇神は、水神と同等クラスの力を振るう。嵐を呼び、風水を操り、鉄砲水をぶちまける。
本来ならばたかが人間一人が戦える者ではない、のだが。
(この小僧、何者だ?)
蛇神は押し切れずにいた。
石なのか鉄なのか分からない黒い立方体は、どれだけ嵐をぶつけようとも罅の一つは愚か軋む事すらない。加えて、大きさ相応の重量がある為に一撃一撃が重い。生半可な水の壁ならば突破されて、そのまま痛撃をくらう事になるだろう。
何より、要の攻撃は底知れない。
能力そのものはシンプルだ。だからこそ、その応用範囲は広い。
速度は大砲程度だが、何処からでも呼び出せる。それこそ、要の周囲のみならず蛇神の真上であったり、真横であったり。
『くっ……!』
直撃すればただでは済まない。その事実が蛇神の攻め手を阻んでいた。
咄嗟に躱した降ってくる立方体が水面へと叩きつけられ、大きな水飛沫が上がる。
「うーん、良好。力の行使はガンガンいけるっぽいな」
ズボンのポケットへと両手を突っ込み、立方体の上に立った要は次々と立方体を創り出しながら操作していく。
補足をすれば、彼自身の耐久力含めた身体能力は特筆する事のない程度を出ない。一般人よりは遥かに強くとも、それでも現在相対している蛇神を素手でどうこう出来るレベルではない。
しかしそれは、道具の有無で打ち消せる部分でもあった。
「んじゃ、ぼちぼち仕掛けていこうか」
手に呼び出すのは、五センチ四方の正方形より象られた黒の立方体。それが幾つも現れ、連なり、繋がり、角が取れ、二メートル程の一本の黒い棒へと変貌する。
同時に、彼の意思を反映した足元の立方体が動き出す。
初速はゆっくりと、しかし直ぐに速度が乗る。
掌でクルリと回され、振り抜かれた横一閃は、容易に水の壁を引き裂いた。
棒術。突けば槍、薙げば薙刀、持たば太刀。単なる棒ではあるが、破壊不能な代物で出来ているのならばその破壊力は恐ろしいものになる。
生身の身体能力が劣れども、だからといってそのままにしておけば異能オンリーでは対応できなくなってしまうだろう。
という訳で、鍛えた。具体的には、身体能力などが格上の相手であろうとも技で制することが出来るように。
とはいえ、体格差は如何ともしがたい。そこで編み出したのが。
「ッ!」(振り被った棒の先端に、キューブを接続したか!!)
十メートル四方の正方形に因る立方体を棒の先端に取り付けて、即席のメイスとしてぶん殴る、というもの。
本来ここまで巨大なものを振り回せる腕力を持ち合わせている訳では無い要だが、先端の立方体そのものを動かす事によって重量問題を解消。棒をただ振り回すのと変わらない速度で、大質量をぶん回すことが出来た。
予想外の速度で振り回された鈍器が、蛇神の顎を下から上へと勢いよく跳ね上げる。
明滅する視界の中で。蛇神は見た。
「そぉら、トドメぇ!」
大上段に鈍器を振り上げる少年の姿を。
*
箱庭。修羅神仏の跋扈する街であり、それぞれがそれぞれに思惑を持ちながら日夜鎬を削る場所。
「いやー、広いな」
外界と箱庭を繋ぐ門を潜り抜けて、要は空を見上げる。
蛇神とのギフトゲームは彼の勝利で幕を下ろした。そして、ゲームに勝てば景品を与えられるのだが、要はこれを辞退。代わりにこの世界の情報と、ここ箱庭の場所を教えてもらっていた。
「さて、どうするか……いや、元の世界に変える手段を探すべきか?」
石畳に舗装された道を歩きながら、考えるのは今後の事。
残念ながら、要はゴリゴリの武闘派異能者だった。当人は荒事苦手、等と嘯いてはいるもののその能力は戦闘行為時にこそ輝く。
逆に細かな結界などの補助系は苦手としていた。
考え込むが自体が好転する事は無い。不意に、その視界を淡い花の色が過った。
「桜……じゃないな。何だ?」
未だ咲き始めの、幾つかの蕾が膨らみ開いた程度だがその僅かな花弁は要の知るものではなかった。
並木道を歩きながら、道路脇の水路の音に耳を傾け、その足はやがて止まる。
立ち止まったのは、双女神の紋が刻まれた商店の前。
「……腹ごしらえでもするか」
腹が減っては何とやら。彼は扉へと手をかける。