黒石要の異世界探訪 作:ハンギング
“サウザンドアイズ”。箱庭における指折りの商行系コミュニティであり、その本拠は四桁の外門三三四五外門に設けらていた。
店へと踏み込んだ要は、何やら妙な感覚にうなじを撫でる。
訳も分からず入り口の目の前で立ち止まり、首を傾げていれば彼の入店に気付いた女性店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は何をお求めでしょう?」
「あー……ええっと……」
要、痛恨のミス。そもそも彼は、箱庭で通用する金銭を持ち合わせていない。
焦ると同時に彼の脳は超回転。咄嗟の機転を弾き出した。
「実は、この箱庭?に来たばかりでして。この辺一帯の地理情報を教えてもらえないかと思って来たんですが……」
「成程……?つまり、今日この箱庭にいらっしゃったばかりだと?」
「そうなります」
愛想笑いを浮かべてペラペラと言い訳、もといある程度の事実を連ねる。
別に嘘は言っていない。詳しく説明する必要も無いのだから。
怪訝そうな表情を浮かべた女性店員だが、しかし彼女もこのコミュニティでも結構長い。箱庭を新たに訪れる者も居る事を知っているし、今は営業時間内。
「そうですか……口頭でも?或いは、メモを用意しましょうか」
「それじゃあ「ほほう、店先で逢引の約束か?」――――は?」
割り込んできた第三者の声。
声の方を見れば、女性店員の後方に白い和装の少女がニマニマと効果音の付きそうな笑みを浮かべて二人を見てきていた。
後ろを振り返った女性店員は露骨に顔を顰める。
「今日はご来店の用事は無かったはずですが?オーナー」
「まあ、そう言うでない。カワイイ部下たちの顔を見に来ただけなのだからな」
「ええっと……?」
「おお、すまんすまん。私は、白夜叉。この店のオーナーを務めている」
「あ、どうも。黒石要……です」
見た目はロリの白夜叉だが、その内在する力を感じ取り要は小さく敬語となる。
長生きするコツは、自分の力を正しく把握し、相手の力量を確りと認識する事。それが、十数年生きてきた黒石要の処世術だった。
そんな愛想笑いをする少年に、白夜叉の目がスッと細くなる。
「ふむ……要よ、少しついてくると良い」
「えっ」
唐突に踵を返した白夜叉。彼女はチョイチョイ、と指で招くと店の奥へと向かってしまう。
その突然の行動に眉を上げる要と、それから頭痛がすると言わんばかりに眉間を揉む女性店員。
「……とりあえず、奥へどうぞ。後はオーナーの指示に従ってください」
「……オレ、何かやっちゃいましたかね?」
「何とも……とにかく、行ってください」
店員に背を押され、渋々要は店の奥へと足を運ぶ。
歩幅の違いか、直ぐにその小さな背中へと追いついた。
「オレ、何かしましたかね?」
「そう怖がるものではないぞ」
「何の説明も無しに連れ出されれば誰だって警戒の一つもするものでは?」
中庭を抜け、縁側より上がったのは和室。
上座へと白夜叉が座り、彼女と相対するように下座に要が座った。
「さあて、おんしを連れてきたのは私が“
「フロアマスター?」
「この箱庭の秩序を守る立場の者達の事だ。私は、この東側で四桁以下のコミュニティでは並ぶ者の居ない最強の
「へぇ……で、それがオレと何の関係が?」
「見込みのある
からりと笑った白夜叉に、要は眉を上げた。
考えるのは、今後の事。正直、要としてはこの箱庭に長居する気は無かった。
そう、
女性店員に声を掛けられテンパった脳ミソが、白夜叉の介入を受けて急速に冷やされ同時に頭の回転も正常へと戻れば思考能力も戻ってくる。
そこで気付いてしまったのだ。自身が箱庭にやって来た原因をどうにかせねば、元の世界に帰った所で再び箱庭に放り込まれる可能性がある、と。
「……それじゃあ、白夜叉さんは顔が広い訳ですね?」
「うむ。私の庇護を求めようとするコミュニティも珍しくは無いからな」
「なら、その中から幾つかのコミュニティ?を紹介してもらえませんか?」
「それは、私からの一筆が欲しい、という事か?」
「違います。ただコミュニティの場所を教えてもらえばいいんです。箱庭では三十日の自由が約束されてるらしいですけど……オレは少々、ここでやる事が出来ました。それが三十日で終わらせる事が出来るのならそれでも良い。でも、保険はあった方が良いじゃないですか」
蛇神に教えられた情報を基に、要は今後の事を考えていた。
何の手掛かりも無い状態なのだ。それこそ、もしかすると年単位での情報収集が必要になるかもしれない。それとも、明日には帰れるのかもしれない。しかし帰ったとしても、再びこの箱庭に放り込まれるかもしれない。
だからこそ、原因を潰す事にした。
一方で白夜叉も考え込んでいた。
コミュニティの所属というのは、中々に重い事。尻軽のようにそうポンポンと変えられてしまえば、それは紹介した側の瑕疵となってしまう。
要がそのつもりが無くとも、白夜叉との繋がりがあると露見すれば彼の行動次第で相応の面倒事が彼女に舞い込む事になる。
「ううむ……そもそも、要よ。おんしはどの様にして、この箱庭の世界へとやって来たのだ?」
「気付いたら、世界の果てのトニトルスの滝の近くに居たんです」
「ふむ?
「はい。正直、オレが意図してこの世界に来た訳じゃないんです。出来る事なら元の世界に帰りたいんですけど……ここに来た原因が分からない以上、いたちごっこになりかねない」
元々隠す様な事でもない為に、要はアッサリと原因を吐露した。そも、この場で最も不味いのは白夜叉の不興を買う事。先の紹介云々も宜しくは無かったのだが、要自身が自分の思惑を詳らかに語ったお陰で最悪の事態は避けていた。
「おんしに心当たりは、無いようだの」
「そも、オレの元居た場所は異能がありふれてたんで」
白夜叉の言葉に答えながら、要は右手の平を肩の高さまで持ち上げるとその掌の上に石のような金属のような黒い五センチ四方の正方形によって構成された立方体を創り出し、空中へと浮かせゆっくりと回転させた。
浮いた立方体を、白夜叉も物珍しそうに眺める。
「ほう?それが、おんしの言う異能か?」
「まあ、そうなります。オレみたいなのを、創造系。他にも身体能力を上げたり、自然物を操ったり、他生物を使役したりと、色々ありますね。異能は一人一つですが」
黒石要の故郷では、何かしらの異能を扱える者が時折生まれていた。そして、異能の有無、そして内容に生まれは一切関係ない。
要の場合もそれは同じく。彼の異能も生まれつき。そして両親は一般人だ。
「成程な。その異能を持つ者の中に、おんしを箱庭へと送り込んだものが居る、と?」
「かもしれません。或いは、こっちの世界に何かしら手を出してきた奴が居たのか。まずはその手掛かりを探す事から始めないといけないんです」
「ふむ……成程な。確かに、途方もない。最初の一歩を踏み出すべき道すらも分からない状況ならば、猶の事」
顎を撫で、白夜叉は何度も頷く。
筋は通っている。箱庭で手掛かりを探すというのも、分かる。悪い人間でもない。
「……おんし、この店で働いてみるか?」
「え゛っ?」
「袖すり合うのも多生の縁。何より、階層支配者としてもおんしを一人放り出し、適当なコミュニティに入られればそれはそれで厄介。
「はあ……」
「その点、この店に置いておけば私が監視することが出来る。ボスには私の方から話を通せば良いだろう。勿論、おんしにも相応のメリットがある。労働は求めるが、三食に加えて住居を提供する。オマケに、情報に関しては私の方でも探すとしよう。愉快犯は野放しにしておくと良からぬ事をしかねん。愉快犯でなく、悪意をもって行われたのならそれはそれで断罪せねばならん」
「成、程……良いんですか?会って、一時間も経ってませんけど?」
「確かに、為人を知るには短すぎるかの。だが、信の置けない者というのは総じてどれ程の時間があろうとも信じられない者よ。その点、おんしは無駄に隠さず自身の境遇を端的に伝えてきた。私としては、それで良い」
「……」
渡りに舟だ。実力者の後ろ盾があればそれだけアドバンテージとも言える。
問題は、接客業を要が真面に熟せるのか、という部分。しかし、その問題を無視してでも魅力的なお誘いである事は確か。
要の選択は、
「……それじゃあ、よろしくお願いします」
「うむ、よろしくされるとしようか」
小さな太陽の手を取った。