ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか   作:フリュネの出番はもうない

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まだ始まってすらいなかった

 剣製都市(ゾーリンゲン)を襲った脅威。

 それは魔獣の群れでも、未知の怪物でも、ましてや人の軍でもなかった。

 

 崩壊の原因は精霊。

 長らくゾーリンゲンと共生してきたユーフィと呼ばれる中位精霊だったという。

 

 僕はそれを聞いて、咄嗟に思い浮かべたのはクロッゾ一族の顛末だった。

 前にヴェルフから聞いた常勝無敗の王国軍。

 その立役者であった鍛冶貴族は、クロッゾの魔剣と呼ばれる強力な兵器を作ることができた。

 しかし、増長した王国と鍛冶貴族は森を焼いた。よりによって、精霊の住処であった森を。

 結果、精霊の怒りを買ったクロッゾは呪われ、王国軍は大きな損害を被ったという。

 

 この逸話からわかる通り、精霊は人間の味方であるが無条件で手を貸すわけではない。

 機嫌を損ねれば、人間相手に牙を剝くこともあるのだ。

 英雄譚の中でも精霊への敬意を忘れた戦士の末路が悲惨なことは、一種のお約束とも呼べる出来事だった。

 

 精霊と交流があったゾーリンゲンと言えども、何らかの失敗で逆鱗に触れてしまうことはあるかもしれない。

 そう思ったのだが、アストレア様は首を横に振った。

 

「ユーフィは決して私達に怒ったわけではないの。あの日までは、ゾーリンゲンと彼女との関係に何の問題もなかったわ」

「あの日?」

「……西の方角に、大きな光が現れた日。そして、リューの恩恵が消えてしまった日」

 

 それがオラリオ崩壊の日であると。

 僕はすぐに理解した。

 

「あの光が見えたすぐ後、ユーフィが突然錯乱しだしたの」

 

 異変は突然だったという。

 精霊炉が暴走を始め、『精霊の滴』……精霊と交流を持つことを許された証を持つ人達の頭の中で、脳みそが千切れてしまいそうになる程の絶叫が響いたのだ。

 

 かつて、都市が環境を汚染してしまった時、精霊の怒りを沈めた【アストレア・ファミリア】に白羽の矢が立つのは当然のことだった。

 

「その精霊に何かあったんですか」

「……詳しいことは分らないわ。ただ、私が精霊(ユーフィ)の棲家に言った時、彼女は混乱していた」

 

 まるで、何か悪いモノに共鳴してしまったように。

 髪を振り乱す少女の姿を幻視した僕は、それを振り払いアストレア様に問う。

 

「それで、手が負えなくて皆さんは逃げてきたんですか」

「いいえ。私の声は彼女に届いたわ」

 

 三日三晩に及ぶ説得の末、ようやくユーフィは落ち着きを取り戻したという。

 本来はこれで一件落着。だが、事態はその下に潜り込んだ。

 

「平静を取り戻そうとした瞬間。ユーフィはモンスターに喰われたわ」

「……な!?」

「見たことのないモンスターだった。苔のような肌を持ったそのモンスターは、説得が完了した所を狙っていた。あの狡猾な目の光を見てから、私にはそう思えてならないの」

 

 精霊がモンスターに喰われる。

 恐ろしい事態に震えてきそうになるが、アストレア様の話はここで終わらない。

 

「そして、そのモンスターは恐らく中位精霊(ユーフィ)を取り込んだ」

 

 そんな馬鹿な!

 叫びそうになった僕だったが、すぐにそれに近い事例を経験していたことを思い出す。

 

 アンタレスとアルテミス様。

 神様ですら取り込まれれば力を奪われるのだ。

 ならば、精霊とてその可能性を否定できる筈が無い。

 

「ユーフィを取り込んですぐ、そのモンスターは動かなくなったわ。恐らく、精霊の力を消化するのに手こずったのでしょう」

「その時に倒すことはできなかったんでしょうか?」

「私の眷属は最高がレベル2。それでも攻撃したら逆に殺されていたわ」

 

 アストレア達は上手く生き延びたのではなく、単に弱かったから後回しにされただけ。

 このままそのモンスターが精霊を取り込めば、どうあがいてもゾーリンゲンの戦力では太刀打ちできない。

 そう判断し、ゾーリンゲンを放棄したのだという。

 

「ゾーリンゲンに避難してきたという貴方達には申し訳ないけど……あそこは危険すぎるわ」

「……そう、ですか」

 

 不味いことになった。

 希望であったゾーリンゲンがなくなったというのであれば、難民たちの心が折れかねない。

 他の避難先を何とか探すしかないのか……

 

 そう考え込んでいた僕はアストレア様の視線に気づく。

 

(……え?)

 

 嫌な予感がした。

 最悪の状況の筈なのに、まだ告げなければならないことがあるかのように。

 

「ベル。エダスの村から避難しに来たのよね」

「はい」

「何から、避難しに来たの?」

「……消えたオラリオ……そこから出てきたバロールから」

「…………そう、リューがあの光と共にいなくなって、もしかしたらとは思っていたけど……オラリオがまだ機能を保っているなんて、夢みたいな希望は叶ってくれなかったのね」

 

 リューさんに似た星空の如き双眸。

 それが僕に顔を背けさせてくれない。

 

「なら、ゾーリンゲンを襲ったモンスター以上に、警戒しなければならないことがあるわ」

「それは、何ですか」

「ベル、貴方は知っている? かつて、大穴から溢れたモンスターによって人類が何処まで追い詰められたか」

「……人類は滅亡寸前まで追い込まれました。最も悪い状況の時は、人類最後の砦である王都ラクリオスまで人々は追いやられたと、英雄譚で呼んだことがあります」

「そう、ダンジョンのモンスター。その総数は世界を覆う程に膨大。蓋であるオラリオが消えてしまったというのなら……これまで冥界に封じられていた、それらが一気に地上に解き放たれる」

 

 黒い波のように、と。

 アストレア様の言葉は静謐な神託のようだった。

 

 それに感動している余裕は僕にない。

 ああ、言われてみればそれは単純な話。

 

 無限に湧く噴水。

 無理やりそれを押さえつけていた蓋がなくなったら、それまで押さえつけていた分だけ派手に飛び散る。至極、簡単な未来予想だ。

 

「今は迷宮の修復に時間を取られているようだけど、それが終わったらきっと始まるでしょう」

 

 ダンジョンが産まれた当時の記録は殆ど残っていない。

 千年という時の流れが、記録の継承を途絶えさせるには十分であったという風に捉えることもできるだろう。

 

 だが、本質はそうではない。

 記録を付けることができなかったというのが正しいのだ。

 

 無慈悲な怪物が無限に湧きだす冥府の門。

 記録とは、それを記す者がいることが前提条件だ。

 一人残らず貪り食われてしまえば、記録など残る筈が無いのだ。

 

 そう、歴史の闇に消えた、誰でも知る出来事。

 モンスターによる世界の蹂躙だ。

 

 多くの学者がその当時の状況を把握しようと資料をひっくり返し、民衆はそれを面白おかしく脚色して伝える。

 最早、それを歴史上のミステリー以上の目で見ることはなかった。

 人も神も。二度と起きないことだと思っていたからだ。

 

「人類を滅ぼしかけた……モンスター達の大量行軍!」

 

 巨大な多種族国家があった。

 天然の要塞に護られた秘境があった。

 強大な軍事力を持った覇権国家があった。

 

 人は奴らが現れるまで生態系の頂点だったのだ。

 なのに、それが訪れた途端に何もかも崩れ去ったのだ。

 砂細工の城が大波に呑まれるように、あっさりと。

 

「ダンジョンによる再侵攻。世界を覆うほどのモンスターの群れが一斉に解き放たれる。ファーストウェーブが必ずやってくる」

 

 迷宮都市(オラリオ)が崩壊して千年の時が撒き戻されると思った。

 間違いだ。甘かった。そんな、生易しい存在ではなかったのだ。

 

 人類滅亡直前にまで追い込まれた、最早時を数えることすらできない程の大昔に世界は逆行しようとしている。

 

「これから起きる現象を名付けるなら……そう」

 

 怪物氾濫(スタンピード)

 

 悲劇はまだ始まっていない。

 人類が悲嘆にくれるのは、世界が逆行するその瞬間だ。




 怪物氾濫(スタンピード)は本作のオリジナル設定です。

 因みに、鋭い方は分かってると思いますが、謎のモンスターはモスヒュージ君です。

「何か上が開いてて草。暇だし行ってみるか」→「うーん。開放的だけど、魔石がしょっぱいなここ……ダンジョン戻ろうかな」→「ん? なんだこと光るの(下位精霊)? ……美味! もっと食べよ」→「もっと美味しそうなのいるけど強そうだな……あ、動き止まったチャンス!」→「腹いっぱいで動けねぇ……まあ、雑魚だし後で殺せばいいか」
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