ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか 作:フリュネの出番はもうない
オラリオの崩壊。
世紀の大事件であるその事柄は、実際の所、世間に浸透するまで時間がかかった。
何せ、何の予兆もなく全てが吹き飛んだのだ。オラリオに紛れ込んだ各国の間諜諸共に。
何かが起きたことは分っても、それを伝える者はいない。
一体何事かと調べてみれば、迷宮都市がなくなってポッカリと穴ができているという噂。
馬鹿馬鹿しい、と各国の王達は誤報を疑った。
オラリオが有していた絶対的な戦力。そして、千年間築かれたウラヌスという大神による祈祷への信頼。それが人々の目を曇らせたのだ。
賢王達ですら正しい認識ができず、恐るべき時代の変化をこの時点で理解できていたのは、実際に大穴を目で見た者達のみ。
人類に許された準備期間を、情報収集に費やしてしまうというミスを後世の歴史家達は痛烈に批判するだろう。
かくして
人類史上、最も死傷者を出した怪物たちの祭典が。
通常通りの警備。
そこに流れ込む無数の怪物の波。
あっという間に軍隊の防衛は突破され、無力な市民に牙が突き立てられる。
この日を境に、天に届くほどの叫喚が世界中で響くことになる。
オラリオの敗北。その代価は無辜の人々の血と涙。
特にオラリオ近辺の国は村は、膨大な怪物の波の被害を大きく受けた。
耕した田畑は踏み荒らされ、建物は燃え盛る。
一日で地図の上からいくつの国が消え去ったのか。
正確な数を答えられる者は存在しないだろう。
「来たぞーッ!?」
そして、幸運にも大穴の存在を確認できた者達。
準備期間を最大限活用できた者達は、それでも尚、無理難題とも言える戦いの前に全身を震わせた。
地平をびっしりの埋め尽くす黒い影。
知らぬ間に風景の一部に溶け込んでいるように思えるくらい、モンスター達には異物感がない。
当然だ。なぜなら、彼らこそ多数派。世界こそがその他に追いやられているのだから。
「うっ……げええぇぇぇ……」
あまりの数に酔ってしまった者が思わず吐き出す。
しかし、それを気遣ってやれる人間はいない。
まるでモンスターの大群が空気を押し出しているようだ。
圧倒され、流れる涙すら押されてしまう。
「こんなんで防げんのかよ……?」
自分達が必死こいて築き上げた城塞が。
砂場に作られた子供のお城のように心細い。
男達は要塞の中央の塔に籠る女子供を羨ましく思った。
きっと、あいつらはこの光景を見ないまま死んでいけると。
冷気すら感じる程度の士気が漂うシュリーム古城跡地。
そこから一人の少年が歩み出す。
声援はない。
迫るモンスターの大群に対し、その背中はあまりにも頼りなかった。
彼はまだ英雄ではないから。
リン、リンと鈴が鳴る。
ベルのスキルである【
大鐘楼は鳴らさない。アレをしてしまえば、巨大な一撃の後に使い物にならなくなる。
ベルは走った。燐光を引き連れて。
加速していく。
ぐんぐんと音を置き去りにして。
荒れ果てた荒野に白い影が疾走する。
その速度は矢よりも速い。
気付けばベルは
これまではできなかった並行
バロールから碌に動けない体を使いながら、周囲の状況を処理して逃げ回るというギリギリの逃亡劇は、ベルに新たな技能を付与していた。
格段に上がったベルの戦闘者としての力量。
しかし、それでも暴力的なまでの数は如何ともし難い。
「……四分」
最大限まで溜めた力。
ベルはその力を手に持つ獲物に纏わせる。
その名は
紅色の長剣だ。
あの、クロッゾの魔剣だ。
便利だがオリジナルの魔法を超えることはできない。
そんな魔剣の大原則を鼻で笑う伝説の武具。
ヴェルフ・クロッゾのみに許された反則を携え、ベルは怪物の群れへ突き進む。
「ごめん、ヴェルフ」
知っている。
ベルは、これが彼の鍛冶師としての矜持を汚す物だと知っている。
使い手を置いて必ず壊れる武器。その定めが何よりも嫌なのだと彼は語っていた。
ヴェルフは専属鍛冶師だ。
ベルが使う装備には、ベル以上に拘りを持っている。
そんな彼が、何よりも忌み嫌う魔剣をベルに持たせた無念は如何ほどであろうか。
意地と仲間を天秤にかけるのは、もうやめた。
かつてヴェルフはそんなことをベルに言った。
だがそれはつまり、
(ならせめて、僕にできる全力で──っ!)
怪物達の顔がはっきりと見える距離に来た。
まだだ。もう少し、もう少し……
「……今!」
四分間の
世界を壊す大軍勢に、ベルは英雄の一撃を開放する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
横に振り抜いた斬撃。
大爆炎の刃が猛獣達の咆哮をかき消す。
「な、なんだありゃ!?」
「でかいぞ!」
【
それはモンスターの大群に竦んでいた臆病な心を吹き飛ばす。
かつての都市最強魔導士すら凌駕する超火力。
間違いなく下界の最大威力を誇る一撃に、民衆から驚愕の声が上がった。
「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」」」」」
白髪の獲物に喜び勇んで殺到していたモンスター達が跡形もなく消し飛ぶ。
この世に地獄を召喚したが如き一撃は、数万のモンスターをごっそりと削った。
上空から見れば、黒一色であった風景に、ぽっかりと穴が開いたように見えよう。
「う、うおおおおっ!? すげぇ!」
「モンスターを一気に倒したぞ!」
背後から歓声を感じながら、ベルは持ち手から先が消失した烈進を見る。
【
数度は持つはずの魔剣はもう使い物にならない。
目の前からはごっそりと魔物が減ったが、難を逃れた部分から徐々に穴を埋めようと集まってくる。
(……想定通りだ)
事前の打ち合わせの際、ベルがクロッゾの魔剣を使うことになっても、恐らく解決はしないというのが眷属達の総意だった。
だが、それでも作戦を立案したリリがこの案を推したのには理由がある。
『ヘスティア様、アストレア様。
『うーん……変わんないんじゃないかなぁ。
『多少は興奮状態があるかもしれないけど、大きく思考が変わるということはない筈よ』
『なら、【
モンスターは人類に対し敵意を持つが、考えなしに襲ってくる訳ではない。
それこそ、【
下界の最大威力を見れば、多くの魔物は怖気づき進路を変える。
無論、気にしない個体もいるだろうが、そのまま何もせずにぶつかるよりは格段にこちらを目指す数が少なくなるだろう。
モンスターとて無駄死にはしたくないのだ。
「これで城塞に来るモンスターは少なくなった……後は、この波が終わるまで耐え続ける!」
無理難題から、ようやく絶望的な数にまで減ったモンスターの群れを睨みつけ、長い戦いにベルは飛び込んだ。
ここから暫くバトル・バトル・バトル。