ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか 作:フリュネの出番はもうない
「────は?」
間抜けな声が漏れる。
どうして城壁が崩れているのか。
難民達を守る大きな壁が、無残な姿を晒している。
「何で、どうしてっ!?」
戦場は全て把握していた。
レベル4にもなれば、一目見ただけで相手の強弱が分かるようになる。
遠距離攻撃を持ちそうなモンスター。特に、一撃で壁を粉砕できそうな相手など、絶対に放置していなかった。
ベルはそういったモンスターを排除していたのだ。
絶対に。
回り続けぐちゃぐちゃな少年の思考。
モンスターは構わず、人の領域に血を含んだ泥まみれの足で踏み込んだ。
「やめろぉっ!」
即座にモンスターの首を飛ばす。
まだ終わりじゃない。
ここを守れば、通さなければ。
そんな縋り付く思考を嘲笑うように、爆発が連鎖する。
「な、何発!? どこから攻撃を!?」
城壁の上にいる命の困惑した声が、途切れ途切れに聞こえてきた。
ベルは周囲に気を配っている。長距離攻撃してきたモンスターなどいない。
「ベ、ベル殿っ!? 壁がっ、崩れています! 五つ!」
だから、命の報告はもう現実味がなかった。
「きゃあああああああああっ!?」
「やめてくれぇ!?」
そして、怪物達の蹂躙が始まった。
怪物の爪が家族を守る父を切り裂いた。
唾液を滴らせる
炎の鳥が放つ業火が子供を呑み込み、母は声の限り絶叫した。
踏み荒らされる物資。
難民達が固まって避難する玉座の塔にも、モンスターは蹂躙の咆哮を響かせる。
「やだああああっ!?」
「来ないで! 来ないでよぉぉっ」
「お母さんっ、お母さんっ、痛いよ……!」
恩恵を持たない人々は無力な餌だ。
ゴブリンたちに袋叩きにされた人々は、痛みの中で命を失っていった。
「わあああああああっ!?」
「やめろぉ!」
子供達に剣を振るおうとするリザードマン。
咄嗟に彼らの前に立ったヘスティアに、刀身が当たる直前。
モンスターの腕が吹き飛んだ。
「ガッ──!?」
そのままねじ切られ、絶命するリザードマン。
灰を受けてそこに立っていたのは白髪の少年だった。
「ベル君……!?」
「……はっ、はっ……はっ……!?」
ベルの息が乱れる。
少年は穏やかで、優しい世界を生きてきた。
村の人々は善性に満ち、オラリオでの出会いは掛け替えのないモノばかりで、少年自身の心音も真っすぐ、何処までも純粋で。
だから、こんなのは知らなかった。
こんな血に濡れた世界なんて。
「うわああああああああああああああああああっっ!!」
理性は簡単に振り切れた。
胸から沸き上がる衝動のまま、ベルはモンスター達に向かう。
ゴブリン共を振り返る間もなく切り刻む。
スパルトイの頭蓋を蹴り砕き、腕を振り下ろしたバグベアーを腕ごと両断する。
赤く染まった牙を持つライガーファングの口内に炎雷をぶちかまし、ファイアーバードの首に鎖を巻き付けて地面に叩きつける。
「出てけええええええええっっ」
レベル4の超人的なステイタス。
それによって無理矢理体を稼働させ、地面を、壁を、時にはモンスターを蹴ってシュリーム古城跡地内を移動し続ける。
紫紺のヘスティア・ナイフと紅い牛若丸二式。
それらで要塞内のモンスター達を次々と灰に変える。
紫と赤を伴う白い軌跡は、城内に幾何学的構造を描く。
上空から見れば、芸術作品にも見えたであろうそれを描く張本人は、ただ祈るようにナイフを振った。
(早く、早く、終わってくれ!)
モンスターが尽きない。
壊れた壁からどんどんとモンスターが湧いてくる。
どれだけモンスターを屠ろうとも、決して終わらない戦い。
どれだけ速く駆け付けようとも、決して救えぬ命があった。
「だ、誰か助け……」
助けを呼ぶ声が途絶えた。
途絶えた瞬間を目撃した。
下手人のオークを燃やし、再び跳躍する。
悲しむ時間も惜しい。無茶苦茶な軌道で要塞内を駆け回る。
視線を感じる。
この戦いでこれまで以上に、その感覚が強くなった。
強化された感覚が理解した。
ここまでずっと、怪物が送る敵を見る視線だけを感じていた。
だけど新しく追加された視線を覚えた。
役立たずを見る視線だ。
怪物達に塗れて、そんな視線がポツポツと増えていく。
「おせぇよ」
怪物の口の中で、そう唇を動かす男がいた。
魔石を穿って助けた男は、半身を失ってベルの腕の中で絶命した。
終わらない。
止まってくれない。
怪物達の声が途絶えてくれない。
「……動ける方は、……
どこかでリリの声を聞く。
体を痺れさせながら、懸命に指示を出していた。
時間経過とともに薄れてしまうが、いざという時は迷宮内でも頼りになるそれを、リリは念のために複数用意していた。
そうして、モンスター達が比較的寄り付かなくなっていた所を、職人たちは急いで処置していく。
「うっ……げえええええぇぇぇ……」
時折、その匂いに吐き出しながら、必死になって壁の修復作業をしていく。
臭いの利かないモンスターや、殺意を優先させ、敢えて無視して突っ込んでくるモンスターは解毒薬を服用し終えた眷属達が対処する。
「くっ……!? 持ちこたえさせろ!」
眷属達がモンスター達の進撃を防ぐ。
ベルの助けなしで。
それはつまり、今までベルが負担していた脅威と向き合わなければならなくなったということに他ならない。
「がああああ……!?」
リザードマンの剣が、ある獣人の胸を切り裂く。
地上のモンスターにはない技と駆け引き。
それは、レベル1の眷属には致命的だった。
今までとは比べ物にならない程の出血が強いられる。
武器の摩耗もアイテムの消費も別次元だ。
命の危機を数えきれないほどこなし、何とか応急処置を終えると眷属達は必死にモンスターを押し返そうとする。
だが、一度勢いに乗ったモンスターは止まらず、またモンスターが要塞内に侵入しようとして……!?
「ギャンッ!?」
ヘルハウンドの頭が踏みつぶされた。
その足はベルのモノだ。
要塞内への増援が絶たれ、壁内全てのモンスターを殲滅し終えたのだ。
「はぁーっ、はぁーっ……!?」
「お、おい、その傷大丈夫なのかよ!」
白い髪を血に染め、肩で息をする少年は傷だらけだった。
「……あ゛あ゛あ゛あああああああああああああっ!!」
だが、ベルは止まらない。
己の血を撒き散らしながら、壁画外を疾走する。
殺して、殺して、殺して。
その内に牛若丸二式が砕けたら、ドロップアイテムのユニコーンの角を代わりに敵の脳天に突き刺す。
そうして日が落ちても殺し続け。
気が付けば、モンスターの大波は終わっていた。
月明かりがベルを照らす。
モンスターの死骸が無数に並ぶ荒野。
シュリーム古城跡地を守り続けた少年は、城壁の傍……最初に穴が開いた地点の近くに立っていた。
最後にモンスターに向けてナイフを振り抜いた体勢のまま。
冷たい風を受けても、彫刻のように動かない。
「お前のせいで、死んだぞ!」
少年に与えられるのは罵倒。
無力な人たちの言葉の刃。
「役立たず!」
「守ってくれるんじゃなかったの!?」
「返してよ、お父さんを返して!」
限界まで稼働した体は限界を超えて沈黙した。
限界を超えた脳は意識を失うことを許さなかった。
故に、この場から逃げることは叶わない。
「お前らのせいだ! お前らオラリオの冒険者がちゃんとしてれば、こんなことにはならなかったんだ!」
それは、今日受けたどんな傷よりも痛くて。
ベルは瞳の中を濡らしながら、何事も発せずにその場に立ち続けた。
人類史上、最も怪物の被害にあったこの戦い。
記録上、発生地点から最も近い激戦区で起きたこの戦いは、近隣諸国が血に沈み滅亡する中、眷属三名・民間人三十余名という驚異的な死者の少なさで幕を閉じた。
ベルは何もミスを犯していません。
ただ、悪意と縁がなかっただけなのです。