ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか   作:フリュネの出番はもうない

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エニュオの置き土産

 すすり泣く声が聞こえる。

 先の怪物氾濫(スタンピード)により命を落とした者の家族達の声だ。

 

 四肢が欠損した状態の遺体は、即席の袋で包まれている。

 凄惨な光景である。

 

 しかし、リリは口にすることこそないが、幸せなことだと思った。

 遺体の欠片もない。それどころか看取ってくれる人などいない。

 そんな光景は、オラリオ近辺では、きっとありふれているだろうから。

 

 きっと、このシュリーム古城跡地が一番被害が少ない。

 周囲の状況などまるで入ってこない環境であるが、確信を持って断言できるだろう。

 

 しかし、被害を極限まで抑えた功労者であるベルはここに居ない。

 モンスターの死骸を片づけるため、数人の眷属と共に魔石を砕いて回っているのだ。

 

(誰もベル様を労わってもくれない。ただ、恨み言を吐き連ねるだけ)

 

 それに怒りは覚える。

 だが、大切な人を失った彼らの心情も理解できるのだ。

 苦しいまでに。

 

「……なんて顔してるんだい。サポーター君」

「あまり根を詰めすぎてはだめよ」

「……ヘスティア様、アストレア様」

 

 城壁の補修を指揮し、難民達の次の避難先を考え込んでいたリリに、水を持ってきたヘスティアとアストレアが話しかける。

 

「……アストレア様。どうして、オラリオは消えてしまったと思いますか」

「サポーター君? 何を……」

 

 唐突なリリの問いかけにヘスティアが訝しむ中、アストレアは何かを察したように答えた。

 

「原因はいくつか考えられるわ。ダンジョンで何か異常事態(イレギュラー)が起きたのか。或いは、祈祷を捧げていたウラヌスの身に何かあったのか」

「もしくは、何者かの暗躍の結果か」

「……」

 

 既にリリにはある程度の予測が付いている様子だった。

 

「リリが子供の頃、闇派閥(イヴィルス)という邪神の眷属達がいました。その目的は……オラリオの崩壊」

「……今回のオラリオ崩壊は闇派閥(イヴィルス)によるものだと?」

「別に闇派閥(イヴィルス)に限りません。要は、明確な悪意を持ってオラリオを害した神様か人です」

 

 そう断言する。

 何故他の可能性を排除できたのかが分からず、首を傾げるヘスティアはリリに質問する。

 

「なんでそう言い切れるんだい?」

「あの毒と爆発ですよ。ヘスティア様」

「……原因が分かったのね」

 

 頷いたリリは机の上の二つの物を指さす。

 中身が半端に入った回復薬(ポーション)と焦げた布切れと赤い石だ。

 

「これは……?」

「命様が使っていた回復薬(ポーション)と、爆発した地点に残されていた服の残り滓、そして火炎石の欠片です」

 

 これこそが、シュリーム古城跡地の防衛が崩れる前の異変の原因だ。

 

 回復薬(ポーション)の中には微量の毒が含まれていた。

 そして、爆発地点には爆発の原因であるアイテムと、その地点で爆死したと思われる人間の遺物があった。

 

「あれは城壁内の人間による事件だった……そう言うことね」

「はい。ヘスティア様、念のためお聞きしますが、難民達の間でパニックの予兆はなかったんですよね」

「あ、ああ。言い訳に聞こえるかもしれないけど、ボクが見た限りでは」

「そうでしょうね。これは衝動的ではなく、計画的な動きだったんでしょうから」

「どういうことだい?」

 

 爆発で死亡した男は怪物氾濫(スタンピード)の準備の際、資材を要塞内に運搬する仕事をしていたらしい。

 精力的に活動するため、他の雑用なども頼まれていたという。

 

「そうやってこの男はまんまと壁内に爆弾と、毒入りの回復薬(ポーション)を仕込んだんですよ」

「な、なんの為に……」

「最初からそう言う手筈だったんでしょう。都市を崩壊させた者の目的を考えたら」

「目的?」

「アストレア様、都市を破壊する闇派閥(イヴィルス)の目的は何ですか」

「……細かい所は神々によって異なっていたけど、オラリオを滅ぼして古代まで次代を逆行させることだったわ」

 

 暗黒期に正義の眷属達を引き連れ、自らも悪神と対峙したアストレアはすぐに答えることができた。

 神々が降臨し、安定した時代を好まない神もいる。

 死や悲劇を司るそれらは、古代の過酷な環境こそ望んだのだ。

 

「ですが、オラリオがなくなったとしても、古代と今の時代では明確に違う部分があります」

「……私達、神の存在。そして、それによって屈強になった各国の護りね」

 

 確かに怪物氾濫(スタンピード)によって小国や小さな村は多く滅ぶだろう。

 しかし、王国、海洋国、闘国、魔法大国……そういった大勢力ならば、余裕を持ってとは行かなくても、国の存亡に関わるレベルまで追い込まれない可能性の方が高い。

 

 事実、難民達は第一波(ファーストウェーブ)さえ凌げば、大国の庇護を求めてまた移動する予定だった。

 

「だけど、そんなこと誰にだって予想つきます」

「そうね。都市を破壊した者……そのままだけどエニュオと仮称すると、ギルドや各ファミリアを欺いたエニュオがそれを見落とす筈が無いわ」

「ええ、万全を期すならば。オラリオが崩壊した後にも仕込みがある筈です」

 

 それこそが裏切り者の存在。

 怪物氾濫(スタンピード)に備え、極限まで固めた防衛……その背後から意識外の一撃を加えて、崩壊させるトロイの木馬。

 

「……いや、ちょっと待て! それはおかしいぞ! なんでそんな奴が、ピンポイントにボクらの要塞にいたんだ!? エニュオにとって都合が良すぎる!」

「違うわヘスティア。きっと、ここだけじゃない」

「アストレア……?」

「言ったでしょう。このままなら、大きな国や都市は無事だと」

 

 つまり、大きな国や都市には裏切り者が紛れ込んでいた。

 怪物氾濫(スタンピード)の発生を合図に、今頃は世界中で人類の裏切り者が牙を剝いているだろう。

 

 ここと同じように戦士に毒を盛り、防壁を内から崩したのかもしれない。

 或いは門を開け、モンスター達を街へ迎え入れたのかもしれない。

 革命ゲームにいそしむファミリアを誘導し、仲間割れを誘発することだってできる。

 

 そうやって混乱させられた防衛網はしっかり機能するだろうか。

 例え恩恵を持った眷属であっても、混乱した状況下では足元を掬われることもあるに違いない。

 

「……今回の裏切り者は私達の街、剣製都市(ゾーリンゲン)に潜んでいた子ね」

 

 本来は、ゾーリンゲンが怪物氾濫(スタンピード)にぶつかっている最中に、内部崩壊させる役割だったのだろう。

 しかし、その前に精霊がモンスターに喰われるという異常事態(イレギュラー)が起きてしまい、牙を剝く機会を逸したまま、難民として紛れ込んでいたのだ。

 

「リリはまんまとエニュオの置き土産にやられたんです」

「……それは仕方ないよ。オラリオ外に仕込まれた裏切り者なんて、分かる訳がない」

「いいえ! 分かった筈なんです!」

 

 七年前。

 闇派閥(イヴィルス)が挑んできた攻勢である死の七日間。

 オラリオに救援が来ないように、各国の邪神率いるファミリアや勢力が一斉に暴れたことがあった。

 ……そう、闇派閥(イヴィルス)が各国と繋がり、目的のために手を取ることは知っていた筈なのだ。

 

 何よりも、トロイの木馬はリリが戦争遊戯(ウォーゲーム)で使った手だ。

 その有効性など理解していたではないか。

 

「リリなら気付けました。気付いていれば……ベル様に罵倒が飛ぶことなんてなかった! なかった筈なのに……!」

 

 栗色の瞳から零れる涙が机に落ちる。

 指揮官の真似事をしてもこの様。

 碌に勉強もしていない小人族(パルゥム)は勇者になどなれないのだ。

 

(それでも精一杯やりました。やったんです! だけど、結局……!)

 

 今後、幾度となく指揮を執ることになる少女は。

 苦い初陣を噛み締めた。




 ベルと命が毒を飲んでも動けたのは【耐異常】の発展アビリティによる効果です。
 パープルモスによる毒攻撃を上層で経験する冒険者は、このアビリティが発現しやすい傾向にあります。
 発展アビリティが発現するレベル2以上が少なく、ランクアップしていても都市外では【耐異常】が発現しにくいため、ゾーリンゲンの眷属達は全員ダウンしていました。

 裏切り者にとって想定外だったのは、毒を盛られたことにも気付かないベルの【耐異常】の高さです。
 それがなければ眷属が麻痺している間に城壁が崩れ、難民達は全滅する手筈でした。
 裏切り者は地獄で度肝を抜かれていることでしょう。
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