ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか 作:フリュネの出番はもうない
金属の音が月の下で連続する。
槌を叩くたびに音色を変える鍛錬の調べは、最低限の修復を終えたスラムのような工房から響いていた。
頭に巻いた手ぬぐいに汗が染み込む。
モンスターから採れた油を燃やす炉は、近づく人間の寿命を削る勢いで燃え盛っていた。
鬼の形相で一心不乱に金属を叩くのはヴェルフ。
【ヘスティア・ファミリア】の
土が振るわれるたびに、金属の中にそれらが吸い込まれる光景は、無骨な鍛冶場でありながらどこか幻想的ですらある。
赤い光幕に覆われた手は【鍛冶】のアビリティを持つ証。
かつては、【Hφαιστοs】の
(……今となっては無意味な話だがな)
既に背に刻まれた恩恵は鍛冶神を示す炉と槌ではない。
【ヘスティア・ファミリア】に改宗した時点でその資格は失っている。
それでもヘファイストスとの仲は良好。
何時かはまた、ブランドを名乗ることが許される日も来るのではないか。
妄想しなかったと言えば嘘になる。
(だが、あの方はもういない)
不協和音。
己の未熟に歯噛みしながら、ヴェルフは徐々に長剣の形になっていくそれから目を離さない。
ヘファイストスが今の自分を見たらどう思うだろうか。
そんな女々しい思考がグルグル回る。
「……」
モヤモヤした心持で打ったからだろうか。
どうも剣から反射する月明かりが鈍い気がした。
「お前は
ヴェルフは武具を作る時、その名を決めるのに時間をかける。
あまりにも真剣に考えすぎて、思考が一周どころか二周三周と飛んであらぬ方向に着地し、神すら超えるセンスに到達すると、今はいない眼帯を付けた先達は揶揄ってきたこともあった。
だが、魔剣に対しては、打って変わって適当極まれりな名を付ける。
それは、壊れ往く彼らに対する割り切れない想い故であるが、それでも今日は特に適当極まる名前になった。
(紫雷姫は
じっと紫の長剣を見ていたヴェルフは、やがて首を振ってそれを鞘に仕舞い、木箱の中に放り込んだ。
「見事ね。流石、鍛冶貴族。まるで精霊炉を使っているみたい」
「……あ?」
途中から自分を見ている視線に気づいていたヴェルフは、かけられた言葉に対し、不機嫌そうな声を出す。
入り口に立っていたのは藍色の髪をした少女。
【アストレア ・ファミリア】の団長にして鍛冶師。
名前は確かセシルだったか。
そこまで考えた後、ヴェルフは目の前の女性から興味をなくした。
ただ、自分の嫌なところを触れられたという不快感を出しながら応対する。本人が悪意を持ってやったわけではないことは分かっているが、こればかりは性分というものだ。
「悪いがクロッゾの一族は捨てたんだ」
「……そう、ごめんなさい」
「何か用か」
「【リトル・ルーキー】……貴方の所の団長さんのことよ」
ピクリとヴェルフが反応する。
「ベルがどうかしたか?」
「彼、ずっと外で戦い続けてるの……壁の中は今、こんなだから居づらいのは分かってるけど」
「……」
より一層気になって、ヴェルフは手ぬぐいを頭から外した。
その動作から心情が漏れていたのだろう。セシルは顔を俯かせる。
「ごめんなさい」
「なんで謝る」
「私達の失態を貴方達に押し付けてる」
「……俺もまんまと毒盛られてぶっ倒れたんだ。お前らだけがどうこう言われることじゃない」
「そうだけど……今の貴方達への批判は常軌を逸しているわ」
原因はどう考えても例の爆破テロだろう。
難民達も馬鹿ではない。あれをどのような意図をあってやったのかなどは分からないだろうが、誰がやったかくらいは見当がつく。
結果、難民同士の間で急速に疑心暗鬼が進んでいた。
特にエダスの村などの元からいた難民達と、ゾーリンゲンからの難民達の間には断絶と言ってもいい溝ができた。
どこに人類の裏切り者がいるか分からない。
その状況がストレス となり、人々の心の余裕をどんどんと 削っていた。
「それで、ウチがストレスの捌け口になった訳だ」
「下手人がいない今、護りきれなかった私達に不満が向けられるのは仕方のないこと」
特に【ヘスティア・ファミリア】は酷かった。
事態の全ての始まりであるオラリオ。そこの出身であるベルたちには、責任を問う声が殺到していたのだ。
「馬鹿馬鹿しい。ベルがオラリオにいた期間は半年もないんだぞ。なんでその責任をおっ被されなきゃなんないんだ」
「ベル・クラネル……
ベルが一般的な粗暴さを持つ冒険者でなかったことも大きい。
難民達は悪い意味でベルに恐怖を感じていないのだ。
「勿論、彼を擁護する声もあるけど……」
「その理由はベルに見放されるのを怖がって、だろ」
ゾーリンゲンの難民と合流する前からあった問題だ。
一応はベルの味方と言えるのだろうが、ヴェルフは虫酸が走るといった表情を隠さなかった。
「彼を責める声と擁護する声。口論は絶えないわ」
「……そりゃあ、壁内には居たくないだろうよ。俺だって、この状況じゃないなら、とっとと出ていく」
「居づらいのは分かってる。だけど、いくらなんでもこれ以上戦い続けるのは彼が持たない」
壁の周辺をうろつくモンスターたちを、ベルは片っ端から駆除していた。
あの戦いが終わった後、碌に休まないまま。
「私たちが行っても休もうとしないの。だから、貴方からも言ってあげて。同じファミリアの貴方なら、耳を貸すかもしれないから」
「……あんたらは俺らを責めないのか」
「そんなことできる訳がない。だって、私達を守って傷付く彼を見てる」
共に戦ったからこそ、セシルにはベルの献身が理解できた。
ましてや、他の眷属が毒で動けなくなる中、一人で壁を支え続けたのだ。
「貴方達がいなかったら、私達は皆を守ることなんてできなかった。犠牲が二桁で済んでいるのは奇跡よ」
「……一緒に戦った奴が、そう言ってくれるのだけが救いだな」
ヴェルフは入口に足を向けない。
「行かないの?」
「ウチのファミリアはあの団長が好きで集まった奴ばかりでな。俺が行かなくても、誰かはあいつの傍にいるだろ。……口は上手い方じゃないしな」
そう言いながら、また手ぬぐいを頭に巻きつける。
「俺は鍛冶師だ。俺にできることなんて、はなから一つしかねぇ」
炉の前に再び臨む。
轟々と燃え盛る炎は、彼の心の鏡だ。
「あいつの戦いは終わらねぇ。この先も過酷は向こうから寄ってくる。予感がするんだ」
だから、自分のやるべきことは少年に寄り添うことではないと。
「武器が必要だ。あいつを襲う理不尽に立ち向かう武器。そいつを打ってやることが、今俺にできる最大限になる」
彼を想う気持ちを乗せる。
不器用な職人はその仕事でしか心を示せないのだ。
「……あんた、良い鍛冶師よ。ヴェルフ」
どこか羨ましそうにセシルは言った。
自分はこの熱が持てなかったから、依頼を果たせなかったのだろうと自嘲する。
鍛錬の邪魔はできないと、金属の音を奏でる工房を去って行く。
「待ってろ、ベル」
友のために。
彼のやるべきことは何も変わらない。
ヴェルフって案外気難しいというか、出会ったばかりのベルをあんなに気に入ったのって、結構レアケースだったんだなってなる。