ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか   作:フリュネの出番はもうない

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まだ伝えられるから

 闇の中に赤い単眼がポツポツと浮かぶ。

 ウォーシャドウの群れだ。

 

 怪物氾濫(スタンピード)は終わった。

 しかしそれは、世界が安全になったことを意味しない。

 大穴からモンスターは今も湧き続けているのだ。

 

 あの風邪を引いた時の悪夢のような、無茶苦茶な数ではないが、既に地上の光景は神時代からかけ離れたモノになった。

 怪物の数も質も比べ物にならない。

 

 あくまでも数だけの話だが、体感的にこのエンカウント率は11階層に匹敵すると、ダンジョンを知る冒険者達は語った。

 ダンジョンにおいて、死亡率が跳ね上がる第一関門は6階層から始まると言われる。

 つまり、ダンジョン未経験の人間にはあまりにも過酷な環境に変貌したということだ。

 

「はああっ!」

 

 闇夜に紫の線が浮かぶ。

 ヘスティア・ナイフの連撃はウォーシャドウ達を容易く切り裂いた。

 

 怪物氾濫(スタンピード)の始末をしている時も、モンスターは人間の事情など考慮してくれない。

 人が悲しみに暮れ、復興へ向けて歩もうとしていても、容赦なく襲いに来るのだ。

 

 壁外のモンスターの死骸を片付けている間も、新たなモンスターは闇に紛れて襲いに来た。

 既にこの襲撃は十八度目である。

 

 きっと壁の中の難民達はこの事実を知らないのだろう。

 獣の声が響く前に、ベルがその命を刈り取っているのだから。

 

 魔法は使わない。

 先の毒を盛った回復薬(ポーション)の一件で、シュリー厶古城跡地の中にある飲み物、食べ物は一切信用できなくなった。

 故にそれらは全て破棄され、ベル達は補給がほぼ期待できない戦いをしている。

 

 精神力を節約するため、ベルは速攻魔法やスキルの使用を制限していた。

 あれらは便利ではあるが、その分ガス欠も早いのだ。

 ここの難民の最大戦力が己であることを謙遜したところで意味はない。

 ベルがやられたら終わる。彼らはそういう集まりだった。

 

 幸い、どうしてもそれらを使わなければ倒せないという相手は、今のところまだ2回ぐらいしか現れていない。

 

 今もまた、次々と現れるモンスター達を相手に一方的な戦いを繰り広げていた。

 

「ベル様……」

 

 そう負けの目など何処にもない。

 圧倒的と言っていい第二級冒険者の戦いだ。

 

 しかしそれを見つめる春姫の目には、どうしてかベルの戦いが痛々しいと思えてならない。

 

 刃が切り裂いているのはモンスターである。

 しかし、モンスターを切れば切るほど、ベルの心もまた悲鳴を上げているのではないか。

 そんなおかしな感想が出てきてしまった。

 

 この戦闘行為は自罰的なものだ。

 あの戦いから既に五時間近く経っている。

 それだけの間、ベルはずっと戦い続けているのだ。

 

「春姫殿」

「命ちゃん……もう、大丈夫?」

「えぇ、御心配おかけしました」

 

 あの戦いの後、命はすぐに行動不能になった。

 【耐異常】のアビリティがあったとはいえ、毒が回った状態であったことに変わりはない。

 無茶の代償として、戦いの最中にプツリと意識が途切れてしまったのである。

 

 病み上がりと言ってもいい彼女であるが、現在の要塞の守りは人手不足が深刻だ。

 最低限の治療を済ませた後、春姫達と合流したのだ。

 

「どうかされたのですか、気持ちが沈んでいるように見えます」

 

 古くからの友人が気落ちしていることは、命にはすぐに分かった。

 

 獣人の特性として、尻尾が力なく垂れ下がっていたのもそうだが、何よりも口調だ。

 春姫は厳しい家に育てられたこともあり、仕草も言動も品がある。

 しかし、彼女が初めからそうではなかったことは、幼馴染である命にはよく分かっていた。

 

 だから 時々春姫には、こうして素の自分を見せるようなことがあった。

 子供のような口調は、礼儀作法に気を回す余裕がなくなっていることの証左に他ならない。

 

「ベル様は優しいのです」

「ええ、存じています」

「……出会ってほんの少ししかない私のために、夢の遠回りをしてしまったくらい、優しいのです」

 

 そんな彼が、三十人以上の犠牲を前に平静でいられる訳がない。

 あの純白の心が罅割れようとしているのは、誰の目から見ても明らかだ。

 

「あのまま、自分を責め続けて壊れてしまうのではないかと、それが、怖い」

 

 それはおそらくベルに近しい者達の共通の懸念であった。

 理不尽な罵声に浴びせられる今であっても、ベルが難民達を見捨てることはないだろう。

 しかし ベルの本質は、強者と呼ばれる者たちに共通するような欠けた部分のない、ごくごく一般的な少年のものだ。

 

 誹謗中傷に晒されれば当然傷つく。

 傷つきすぎればいつか必ず限界は来るのだ。

 

「私はそれを見ることしかできない。本当は、できることはある筈なのに……」

 

 春姫 には 妖術と呼ばれるほどの希少魔法(レアマジック)がある。

 イシュタルを狂わせた、おそらく下界でも指折りの反則。

 それさえ使っていれば、先の戦いは間違いなく楽になった。

 

 だが、春姫はそれを使わなかった。

 指揮官(リリ)に使用厳禁を言い渡されていたことなど言い訳にならない。

 

 何故厳禁されたのかを考えれば、その後に予想できるゴタゴタを回避する意味合いもあったのだろう。

 だが、その根本には春姫への配慮もあった筈である。

 

 卑怯者。

 誰もが命を懸けたあの戦いで、春姫だけは安全圏に逃げていた。

 そうして、ベルに大きな傷を負わせてしまった。

 あの時、春姫が妖術を使っていれば結果は違っていた筈だ。

 

「私は結局、破滅しかあの方に与えられない……」

「春姫殿……! それは違います! 例え戦えずとも、彼を支えることはできる筈!」

「無理だよ……私、彼に背負わせることしかしてない。そんな私が支えるなんて恥知らずなこと、言えないよ……」

 

 一度は振り払った過去が春姫に追いすがっている。

 破滅(イシュタル)の幻影を見た命は拳を握りしめ、それを殴り飛ばすように声を張り上げた。

 

「大切な人を支えることに恥知らずも何もない!」

「……っ」

「そうやって一歩踏み出せなければ、また後悔が募るだけです! そして何時か、二度と機会を得れなくなる!」

 

 神ならざる人間は有限に支配されている。

 完璧を求めて踏み出せなければ、期限が追いつくのだ。

 

「自分にはもう機会はない。ですが、貴方にはまだ一歩踏み出すことが許されるのです」

「命ちゃん……」

 

 春姫は知っている。

 命は最初の主神であるタケミカヅチに恋をしていた。

 

 だが、この世界にタケミカヅチはいない。

 オラリオの崩壊と共に彼は送還され、命は一歩踏み出すことが永遠にできなくなったのだ。

 

「貴方はまだ間に合います。ですから、貴方の彼を心配する気持ちをちゃんと伝えてください。彼が手遅れになってしまう前に、支えてあげてください」

「……いいのでしょうか。私も、彼の重荷です」

「それでもやれることをやらぬ理由にはなりません。後悔するなら、全てをやりきりボロボロになってからにしましょう」

 

 命の想いを前に、春姫の中にも熱がこもる。

 友達がここまで言ってくれるのに逃げ出すことはしたくないと。

 

「……命様、私、ベル様と話してきます。今のままだとあの方は潰れてしまう」

「ええ、まずは彼に寄り添い、一助にならなくては。自分も同行します。自分も、彼が心配ですから」

 

 そう言って2人は、戦いを終えたベルのところへ一歩踏み出そうとして……

 

「来ないでください!」

「……え?」

 

 ベルの声に足を止める。

 

(拒絶された? いえ、ベル様のあの目は)

 

 戦いのときと同じ。

 既に戦闘は終了した筈なのに。

 

「何か、危険な敵がいます! 命さんは春姫さんを安全な所に!」

「……っ! 承知!」

 

 ベルが魔法を撃つ構えをしたことで、敵が本当に危険なことを理解した命は春姫を抱えて城壁へ向かう。

 

「申し訳ありません春姫殿。緊急事態のようです」

「は、はい……!?」

 

 急転する状況。

 混乱する春姫の耳は甲高い音を拾った。

 

(少女の、声?)

 

 やがてベルの残った場所から真っ赤な火花が散る。

 再び戦いが始まった。




 春姫入りの殺生石はそれを巡って戦争が起きるレベルのお宝。
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