ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか   作:フリュネの出番はもうない

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冒涜的怪物

 作業的な戦闘。

 完結しない思考の坩堝。

 変化のなさに頭がおかしくなりそうな夜。

 

 それらは一変した。

 外気とは違う冷たさが背筋に広がる。

 

(視線!? けど、この粘着くような敵意は!?)

 

 一時は戦場全体を見渡していた超感覚。

 戦うことだけに己を特化させることができたあの時程ではないが、今も過敏になっている自覚はあった。

 

 だからだろうか、視線にも様々な種類があることに僕は気がついた。

 味、と言い換えても良いのかもしれない。

 人のごちゃごちゃとした思考が乗る視線よりも、殺意一辺倒なモンスターは透き通ったようにあっさりとした視線だ。

 

 今まで、ずっとそう思ってきた。

 だが、今自分達に近づいてくる何者かは、これまでにない悍ましいナニカを視線に乗せてきた。

 

(人間じゃない。人間なら蹄の音なんてしない)

 

 亜人の中には動物の特徴を持った獣人族が存在する。

 しかし、彼らの身体的特徴は殆どが耳や尻尾のみだ。

 ステイタスの能力値に反映されることはあるが、獣化などを発動してなければ、手足は他の種族と変わりない。

 

 故に視線の主は人間ではない。

 

(なら馬や鹿……? それがこんな嗜虐的な意思をもつものなのか?)

 

 異常事態だ。

 異常事態が起こった場合は、事態を確認してから行動では遅いことを、僕はダンジョンで学んでいる。

 

 ヘスティア・ナイフを左手に持ち、何時でも速攻魔法を撃てるように右手を構える。

 

「来ないでください!」

「何か、危険な敵がいます! 命さんは春姫さんを安全な所に!」

 

 近くにいた春姫さんと命さんに警告を飛ばす。

 春姫さんは困惑していたけど、命さんはすぐに状況を理解してくれたらしい。

 彼女を連れて素早く退避してくれた。

 

(そういえば、命さんが警告を発しなかったな)

 

 命さんが持つ【八咫黒鳥(ヤタノクロガラス)】はモンスターを探知するスキルだ。

 僕の視線などという曖昧な感覚より、余程高精度な筈。

 

 スキルが反応していたならば、命さんが周りに伝えないとは考えにくい。

 つまり、【八咫黒鳥(ヤタノクロガラス)】は反応していないということに他ならない。

 

(あのスキルは一度見たモンスターの同族を探知する効果だった筈)

 

 それが反応していない。

 つまり、初見の敵の可能性が高いということだろう。

 

 怪物氾濫(スタンピード)で散々モンスターを見たというのに、まだ初見の種族がいることに驚く。

 或いは、元の種族からかけ離れた存在になった相手なのか。

 

(……っ)

 

 チリッ、と思考にノイズが走った。

 どこかでこの話を聞いたことがある気がする。既視感という奴なのだろうか。

 

「……キャハッ」

 

 その時、この緊迫感の中であまりにも場違いな。

 幼い女の子の声がした。

 

「クスクス……」

 

 小さな笑い声が響く。

 いや、笑い声なのだろうか。

 喉が痙攣してして、意図せず声が出てしまったようにも感じる。

 

 クスクス、クスクス、クスクスクスクスクスクスクスクス……

 

「……っ! 【ファイアボルト】!」

 

 四連射。

 闇を掻き分けるように炎雷は突き進む。

 それに対し、蹄の音は聞こえない。

 

 問題ない。

 僕の狙いは最初から攻撃ではない。

 

 地面に着弾した。

 正確には、そこに転がるモンスターの死骸に。

 炎を着火し、死体が燃える様はまるで火葬のようだった。

 

「キャハハッ」

 

 四か所の着火。

 地面から立ち上る光源により、ナニカは夜のベールを脱ぎ棄てる。

 

 まず目についたのは蹄を持つ四本足。

 美しい馬、だったのだろう。それこそ、神様が丁寧に彫刻した美術品のように。

 黄金比があちこちに散りばめられたその姿を見れば、神時代にありながら騎馬隊を有する王国(ラキア)の騎士などは、喉から手が出る程に欲する名馬なのかもしれない。

 そんな感想が素人の僕でも浮かんだ。

 

 しかし、僕はその存在を美しいと評する気にはなれない。

 パーツを一つ一つ評価すれば、きっと高得点なのだろう。

 しかし、減点方式に切り替えれば、きっとすぐに底辺まで落ちるに違いない。

 

 全てを台無しにするのは極彩色。

 明らかにまともな生物の色ではない。

 ペンキで塗りたくったような、そんな不自然さを醸し出している。

 

 まるで名画を素人の補修で台無しにしたような。

 冒涜的な醜さがその馬から発せられていた。

 

 そして、なによりも気になるのは。

 馬の背に跨るように、或いは寄生するようにへばり付く苔。そこに浮かぶ二つの赤い眼である。

 

「モン、スター?」

 

 思わず疑問を持ってしまったのは、それが僕の知るモンスターとは明らかにかけ離れていたから。

 間違いなく異常な存在。しかし、僕の知識で知るそれとは何処かが決定的に違う。

 

 ピクリッ、と虫の死骸が痙攣するように。

 人型の苔が持つ水晶の鎚矛(メイス)が深蒼の輝きを揺らす。

 

(僕を観察している……?)

 

 舐め回すような視線を感じる。

 より見ているのは苔の目だろうか。

 馬の目は別のモノを探しているように、視線を無秩序に動かしている。

 

 ビキビキと苔の部分が増殖する。

 鳥が翼を広げるように面積を増大されるその様を、僕は戦闘態勢に入ったと理解した。

 

「【ファイアボルト】」

 

 先制と共にナニカに突っ込む。

 本体が二つあるような異形。魔石の位置は正確には分からない。

 モンスターは胸部に魔石を持つという特性を信じ、紫紺の一撃を馬の胸部目掛けて突き立てようとして……

 

「キャハ」

 

 その姿が視界から消える。

 地面には土埃。跳躍か。

 

 上を見上げれば、およそ8M(メドル)もの大跳躍をした怪物が、月の光を背にしていた。

 

(馬型なだけあって敏捷は高い。でもあんな大きく飛んだのは失策。着地を狙って一撃を────)

 

 その時、視線を感じた。

 馬ではなく、苔の赤い視線を。

 

 そして、広げられた翼が更に拡大する。

 

「なっ!?」

 

 あっという間に月を覆い隠す苔。

 上空に展開されたそれの意味に僕は訝しみ……

 苔の中に展開された無数の枝を見て理解した。

 

(まさかっ、やられる!?)

 

 即座に僕はその場から退避する。

 広がる苔はお椀のような形になり、地面に叩きつけられた。

 

 間一髪閉じ込められるのを回避した僕は、そのまま地面を転がる。

 

「ぐっ……!?」

 

 危なかった。

 あの天蓋に閉じ込められれば最後、伸縮自在の触手が飛び交う空間に閉じ込められていただろう。

 性格の悪いことに、天蓋には光を通す穴がない。

 

 つまり、あのまま突っ立っていたら、全く見えない密室空間で全方位攻撃を受けていたということだ。

 殺戮空間(キリングフィールド)という言葉が思い浮かんだ。

 

「キャハハハハッ!」

「うわっ!?」

 

 休んでいる暇はないとばかりに、馬は天蓋を駆け下りてくる。

 想定していたよりもはるかに短い滞空時間。

 予想を裏切られた僕は水晶の一撃を前転して回避する。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 この距離なら外さない。

 速攻魔法の名に恥じぬ一撃。

 恐らくは弱点属性である苔の部分に炸裂した炎は、予想通り盛大に燃えた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアア!?」

 

 先程までとは違う。

 少女の声ではなく、聞き馴染みのある怪物の絶叫。

 確かな痛恨打を与えた実感と共に、馬の足を一つナイフで切り裂き、その場から離れた。

 お手本のような一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)である。

 

(上手くやれた! けど、何度も通じる相手じゃない)

 

 状況を上手く利用できたが、この状況になるのは完全に予想外だった。

 僕はアドリブで予定調和を崩したとはいえ、予定調和が見えるまでに追い込まれたということでもある。

 

 正体は不明。

 ただ、恐ろしく強いということしか現状は分からない。

 

 ナイフを構え直す僕は。

 喜色を酔っぱらう目と、怒りに燃える目の二つの視線を感じ取っていた。




 ちょっとリアルがゴタゴタしていて更新が遅れるかもしれません。
 できるだけ今のペースは維持したいけど……
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