ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか 作:フリュネの出番はもうない
ナイフと
相変わらずふざけた力を誇る怪物に眉間の皺を寄せながら、僕は足を止めた連撃戦を挑んだ。
「ベル殿が穢れた精霊を相手してくれるうちに、我々は陣形を組みます! 急いでください!」
やや上回れているステイタス。
真っ向からの戦いなど本来は愚策だが、一人でないなら話は別だ。
リスクを負ってチャンスを得れるならそれは安い買い物というモノ。
多少の損傷は許容できる。
鎧で守られている部分は敢えて防御を緩め、積極的に攻撃を加えていく。
捨て身の策のおかげで、短時間だけならば何とかやり合えているようだ。
まあ、このままやり続ければ、どちらが先に息切れするかなんて、やってる本人からしたらすぐに分かるものだから生きた心地がしないけど。
脳裏に火のついた導火線が浮かぶ。
それが最後まで燃える瞬間までに、用意が整えなければこちらの負け。そんな、息の詰まる状況はどれだけ続いたのか。
「火の魔剣を中心に攻撃します! ベル殿! 十秒後に後退を!」
「はい!」
僕が限界になる前に命さんは準備を済ませてくれた。
十、九、八、七、六……
「ふっ!」
「アァアアアアアアッッ!?」
一瞬の隙をついて、極彩色の馬の横腹をナイフで切り裂く。
紫の血が飛ぶのを確認しながら、僕は更に背後から一閃した。
(三、二、一、下がれ!)
命さんの宣言に従い、穢れた精霊の前から遠ざかる。
最後に与えた痛打が大きいのか、敵は動く気配がない。
「魔剣、撃ってください!」
眷属達の攻撃が四方から飛ぶ。
剣製都市と名高いゾーリンゲンの鍛冶師達が難民にいるおかげで武具は豊富にあるのだ。勿論、魔剣も。
一般的な凄腕鍛冶師が打つ魔剣はクロッゾの魔剣には敵わない。
しかし、精霊の力を纏っていない以上、クロッゾの魔剣と違い彼らの魔剣は精霊に通用するのだ。
「撃て撃て! 撃ちまくれぇ!!」
「これだけの数がいればどんなモンスターだろうと!」
戦いの熱気に興奮した様子の眷属達が叫ぶ。
城壁を見れば、目の前の穢れた精霊がどれだけの脅威かなど理解できる。
なんとしてもここで倒さなければと、人々は気炎を吐いた。
しかし、気合だけでどうにかなる相手でもない。
何故なら相手は精霊だから。
「────」
翡翠の光が沸き起こる。
球形の膜が穢れた精霊を包む。
淀んだ川ような、霞んだ膜の先で苔の怪物が赤い目を光らせる。
「障壁!?」
火の魔剣や弓矢が弾かれる。
鉄壁の護りを見て、せめて詠唱しろよと怒鳴る眷属達は焦りを見せた。
魔剣も弓矢も有限。
このままではこちらの攻撃手段が尽きる。
眷属達に動揺の色が広がっていく。
加速する思考の中で「敗北」の二文字が頭をよぎっているのは明らかだった。
なら、ここで動くべきは僕だ。
「リリ! 大剣を!」
「は、はいっ! ……って、まさかベル様……!?」
「あの障壁を破る」
僕の言葉にリリの顔が引き攣った。
「そんな無茶な!?」
「このままだと攻撃が届かない。何とかしないと」
【
しかし、ファイアボルトを確実に障壁を突破できる威力まで強化するには時間がかかる。
一刻を争うこの状況で、そんな悠長なことはしてられない。
「ヘスティア・ナイフでも良いかもしれないけど、派手に壊すなら絶対にこっちが向いてる! さあ、早く!」
「……あぁっ、もう! 分かりましたよ!」
やはりリリは替えの武器を持っていた。
突発的な襲撃だったというのに用意がいい。
さすが僕達のサポーターだ。
(……ヴェルフの武器じゃないか)
だが、その武器は専属鍛冶師のモノではなく、ゾーリンゲンの鍛冶師の作品だった。
握った瞬間に稲妻が走るような感覚を覚えないことに落胆し……今は贅沢を言っている場合ではないと首を振る。
大剣を肩で担ぎ、穢れた精霊の障壁を見る。
火と矢の嵐でその姿は殆ど隠されてしまっていたが、微かにある攻撃の隙間からそれほど変わりはない。
つまり、効いていないということだ。
敵は動いてないが、こちらからの攻撃も届かない。
既に砕けて魔剣もある。一秒すら惜しい。
「命さん、僕がこれから障壁を砕きます!」
「分かりました。では、自分達はベル殿が障壁の前に行けるように一度攻撃を止めて……」
「いえっ、続けてください」
ギョッとした視線が殺到する。
真っ先に言葉を発したのはリリだった。
「は、はあああああああっ!? 何を言ってるんですかベル様!?」
「あのモンスターに少しでも余裕を持たせたくないんだ!」
他の人が聞けば、病的に思えるだろう僕の発言。自覚はしている。
だけど、あの怪物は本当に不味い。
少しでも逆転の目を残せば、たちまち食い破られてしまうと冒険者の本能が告げていた。
「行きます!」
「ちょっ……!?」
「お、おい!? 本当に突っ込んだぞ!」
申し訳ないけど問答を切り上げてすぐに穢れた精霊の下に向かう。
仮に僕が皆の立場なら、仲間ごと攻撃しろなんて言われても、きっと躊躇するだろうから説得できる気はしない。
なら、このまま突っ込んだ方がいいと判断した。
魔剣と矢の嵐が僕にも降りかかる。
それらを全て対処することはない。
本当に不味そうなモノ以外は無視し、体に突き刺さるままにした。
流れる血を置き去りに、大剣を大きく振りかぶる。
ステイタスに物言わせた破壊の一撃により、障壁は硝子細工のように散った。
「……?」
思っていたよりも障壁が脆い。
スキルを使っていない状態では、何度も攻撃する必要があると思ったのに。
ならばこれは罠かと、警戒して穢れた精霊を見てみれば。
「──なっ!?」
そこにあったのは苔。
人馬の形をした苔の塊。
大剣を振るえば容易く両断できた。
「あれはっ!? 攻撃中止! 攻撃を中止してください!?」
リリも異変に気が付いた。
火と矢が止むと嫌な静寂が漂い始める。
「お、おい。精霊はどこにいったんだよ?」
「もう倒してたとかじゃ……」
「馬鹿、そんなんじゃないでしょ」
ヒソヒソとした眷属達の声。
それを僕は遠い場所から聞いているようだった。
地面に刺さると落ちた植物の人形を見ながら、必死に頭を回す。
(苔の、
何処かで聞いたことがある。
そう、あれはエイナさんと中層に出現するモンスターについて勉強していた時のことだ。
24階層。
大樹の迷宮と呼ばれる階層に出現する特殊なモンスター。
斬られると魔石を持たない分身を使い、冒険者達を翻弄する中層最後の領域に潜む稀少種。
(モス・ヒュージ!?)
導かれた答えに仰天する。
中層のモンスターがあれ程の力を有しているなんて信じられない。
鎖を巻いた腕に伝わる怪力は、どう考えても下層・深層のモンスターに匹敵していた。
そもそも、モス・ヒュージとは搦め手を得意とするモンスター。
厄介であっても、ミノタウロスのような恐怖の象徴にはなり得ないのに。
(つまり、強化種……それが中位精霊を取り込んだのがあの怪物の正体!)
搦め手を得意とするモンスターが、強化された身体能力を持ち、精霊を取り込んだことで万能性まで有する。
滅茶苦茶だ。
僕はこの時まで勘違いしていた。
反転した精霊だから脅威なのだと。
それを喰らったモンスターへの警戒を怠ってしまっていたのだ。
あの怪物は。モス・ヒュージはどこに行ったのだろうか。
考える。敵は最悪を導き出す人類の天敵だ。
「最悪……」
今、僕達にとって最も最悪なこと。
それは、戦力の殆どがここにいる状況で……
「っっ!?」
僕はモス・ヒュージが何処にいるのか。
その思考から辿りついた。
最初に出てきたのが例外すぎて普通のモス・ヒュージがイマイチ想像つかない。