ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか   作:フリュネの出番はもうない

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星空の誓い

 アレス様を捕まえて一件落着となりかけたところで、ベオル山脈に大粒の雨が降り注いだ。

 第一級冒険者であるアイズさんだけならばまだしも、視界の悪い悪路を大量の捕虜を連れて進むのは脱走される恐れがあるということで、アイズさんは一晩エダスの村に泊まることになった。

 

 また別れることになる前に、僕はアイズさんと沢山話した。

 気のせいでなければ、アイズさんの方も微かに柔らかな表情を浮かべ、楽しそうにしていてくれたと思う。

 

「そっか、春姫さんって人のために頑張って来たんだね」

「はい。……逃げることしかできなくて情けないですよね。きっと、アイズさん達なら逃げなくても良かったのに」

「そんなことない、よ。【イシュタル・ファミリア】は凄く、怖い人達だから……私達でも簡単にはいかないと思う」

 

 無力を嘆くと、アイズさんはたどたどしくフォローをしてくれて、さっきまで隔絶した強さを見せつけていたとは思えないその様子に心が温まる気がした。

 

「あそこのフリュネさんとは、昔戦った時がある。リヴェリア達が来てくれなきゃ、きっとあの時に負けていたと思う」

「でもそれはアイズさんのレベルが低かったから……」

「なら君と同じ。でも君はリヴェリア達の助けがなくても大切な人を守った。それは、とても凄いことだと思う」

 

 頑張ったね、と頭を撫でられると顔が赤くなる。

 何だか、この人の前では何時もそうだ。

 

「……あっ、雨、止みましたね」

 

 話に夢中になっていて気が付かなかったが、屋根を叩く雨音はとっくになくなっていた。

 窓を開け、外を見渡すと澄んだ空気の中、虫のさざめきが心地よかった。

 

「……なら」

「アイズさん?」

「訓練、する?」

 

 この人らしい唐突な提案。

 きっと、この時の僕の顔は破顔、という言葉が良く似合っただろう。

 

「はい!」

 

 装備を身に纏い、村から少し離れた場所。ぽっかりと開けた木々の一角に移動する。

 月明かりに照らされた草花は青く光を放つようだ。

 

 もう村の人達は寝ている人も出ている頃だから、人の迷惑にならない場所でしたいということだったので、僕が最近自主練習に使っている場所に案内したのだ。

 

「それじゃあ、市壁の訓練と同じ一対一」

「お願いします」

 

 アイズさんが構えるのは鞘に入ったままの剣。

 対する僕はヘスティア・ナイフと牛若丸二式を両手に持つ。

 

 木々のざわめきが薄くなっていく。

 余分な情報がどんどんと削ぎ落された後、僕は勢いよく地面を蹴った。

 

「やあああああっ!」

 

 牛若丸の一撃。

 かつての好敵手を彷彿とさせる愚直な赤い一撃は、あっさりと弾かれるがそこは計算済み。

 衝突の間を縫うように僕はヘスティア・ナイフを滑り込ませた。

 

 それを紙一重で回避するアイズさんは、ひらりと踊るように体を回転させ、突進した僕の背中をあっさりと取る。

 だが振り下ろされた一撃を反転した僕は冷静にさばいた。

 

 最初の立ち位置を入れ替える形になり、再び睨み合いになった。

 

「強く、なったね」

 

 小さく唇を笑みの形に変え、アイズさんは鞘を引きぬく。

 

「もう、手加減はいらないみたい」

 

 銀色の光が暗い森の中に現れる。

 認めてもらえた。その事実が僕の唇にも弧を描かせた。

 

 再び激突。

 

「うっっ!?」

 

 ヘスティア・ナイフにアイズさんの剣が触れた瞬間、腕が引きちぎれるかと思うほどに跳ね上がった。

 レベル4の王子様とは比較にならない衝撃。

 

 目を白黒させている間に、胸の防具に剣の腹がぶち当てられる。

 たった二撃。だが膝をつく。

 

 眩暈を覚えながら彼女を見上げると、金の瞳が僕を見ていた。

 そこに揺らぎはない。僕が立ち上がると信じてくれているから。

 

「——もう一度っ、お願いします!」

「……うん」

 

 そして、斬撃の渦。

 一つを防げば五つの斬撃が撃ち込まれる。

 

 月光を映し出す剣は、軌跡を生み出している。

 視界を埋め尽くすほど、幾重にも。

 

 痛みと衝撃にぶれる視界の中で僕は悟った。

 これが僕の目標。

 あの日、憧れた人。

 

(凄い!)

 

 体中が痛みを発する。

 いや、最早これは熱だ。

 

(凄い!)

 

 熱に浮かされる。

 吐息がこぼれたのは何によってなのだろうか。自分でも分からない。

 

(僕もなりたい)

 

 ただ前を見据える。

 大地を踏みしめて、僕も二本の刃を存分に振るった。

 

(この人みたいに、強く!)

 

 膝を屈しかけ、倒れても立ち上がる。

 ずっとこの人を見ていたいから。

 顔を前に上げ、挑みかかる。

 

 高速の袈裟斬り。

防げない。

 切り上げ。

叩いて逸らす。

 薙ぎ払い。

躱せない。

 鞘の刺突。

それは知っている。

 回し蹴り。

直撃した。

 

 噛み合い、噛み合わずの繰り返し。

 その度に戦いは洗練されていく。

 

 僕はひたすらに没頭する。

 人の声が絶えないオラリオの街ではなく、森の静かな夜だからなのだろうか。

 これまでにないくらい、集中の海の底へもぐりこんでいる気がした。

 

 拡張された意識の中、思う。

 

 届かない攻撃。

 掠りもしない反撃。

 良いように利用される駆け引き。

 

 大きすぎる壁に絶望するか?

 無力な自分を憐れむか?

 

 そうじゃない。

 彼女は遥かな高みを突き付ける。

 その剣はベルの目指す場所と抱える想いの困難さを教え込んできた。

 

 追いつくんだ。

 どんなに遠くたって。

 届かせろ! 超えて見せろ!

 

「あああああああああああああああああっ!」

 

 背中に刻まれた狂おしい願いが叫ぶ。

 知っていたさ。果てしない高みなんか。

 

 だから追い続けるんだ。

 この想いに身を任せて。

 

「ァアイズ、さんっっ!!」

「っ!」

 

 全体重を込めた二振りのナイフ。

 彼女の腕を確かに揺らしたその好機を、灼熱を宿した身でも頭は冷静に見逃さなかった。

 

 刃の間で散る火花と擦過音。

 顔がくっつきそうなほどに距離を詰めて、神の刃を振り上げた。

 

 紫紺の斬閃が影の中を縫う。

 筋の髪を翻し、緊急回避をしたアイズは胸に手を当てる。

 胸当てにはベルの一撃が小さく、刻まれていた。

 

 ベルの全力が届いた何よりの証だ。

 それを優しく撫で、アイズは目を細めた。

 

「届いたね」

「~~っ!」

 

 達成感が沸き上がる。

 数えきれないほどに打ち据えられた果ての一発の掠り傷。

 全然釣り合ってないのは分かっていても、理性を上回る歓喜で埋め尽くされる。

 

「アイズさん、僕、強くなります!」

「……!」

「誰にも負けないくらい強くなって、皆を守れるような、英雄みたいな人間になって」

 

 調子に乗ってるな、と自分の僅かな冷静な部分が溜め息を吐く。

 こんなことで舞い上がって、きっと後で頭を抱えて恥ずかしがるに違いない。

 

 だけど、今だけはこの想いに素直になろう。

 またいつ会えるかも分からない憧憬には、その丈を伝えておきたいと思ったから。

 

「強くなって、必ずオラリオに戻ります!」

 

 言った。言ってやった。

 レベル3の大言壮語を聞いてもアイズさんは笑わなかった。

 

 強さに誰よりも真摯な彼女は、僕のこの想いにも真摯に向き合い、頷いてくれる。

 

「うん、待ってるよ」

 

 それが涙が出そうになるくらい嬉しくて、僕は背中から倒れ込んだ。

 

「あ、あれ……力、入らないや」

「大丈夫? 疲れちゃった?」

「あ、あはは……みたい、です。大きいことを言った後にかっこ悪いなぁ」

「……なら体力が戻るまで、もう少しだけお話し、しようか」

 

 僕に合わせるようにアイズさんは近くの木に腰かける。

 見上げた彼女は空に浮かぶ星々を伴っているように神秘的で、きっとこの光景は一生忘れない。

 

 この星空に誓おう。

 僕は憧憬を追い続ける。そして、強くなってオラリオに戻るんだ。

 

 翌朝、アイズさんはアレス様を連れてオラリオに帰っていった。

 彼女の姿が山々の先に見えなくなるまで、僕はずっと手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオ崩壊まで残り一カ月。




 本作にアンチ・ヘイトのタグが付いているのは、失敗した世界線という都合上、オラリオのキャラ達に対して批判的な言葉が投げられる展開があるためです。
 ですが、ベルがオラリオのキャラ達にアンチ・ヘイト発言をすることは絶対にありません。
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