ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか 作:フリュネの出番はもうない
剣製都市の東に存在する森の奥。
木造二階建ての建物である星休む宿。
アストレア様が
藍色の髪のヒューマンであるセシルさんに出してもらったお茶を飲みながら、神様はこれまでの経緯を説明していた。
「……そう、噂は聞いていたけど大変だったのね」
「そうなんだよ~。お陰で逃亡者生活さ」
なんでも、神様とアストレア様は同郷……という概念が天界にあるかは分からないが、元々交流があったらしい。
脱力しながら愚痴る神様と、苦笑しながら話を聞くアストレア様は気安い関係だと思えた。
(アストレア様……)
僕はその名前を以前、聞いたことがあった。
リューさんがかつて所属していた正義のファミリア。
復讐のために都市外から主神を遠ざけたと言っていたが、まさかあの時話していた方に会えるとは思わなかった。
決して顔のパーツが似ているワケではないが、アストレア様とリューさんにはどこか近いモノを感じる。
達人に構えられた剣のような、凛とした雰囲気というか。
この方の司るモノの中には、きっと天秤も含まれているのだと想像できるような、静かな厳正さを持っている気がした。
じっと見ていたのが分かったのだろうか。
アストレア様はやがて僕を見た。
「貴方がベル・クラネルね」
「は、はい」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。リューから話は聞いているから」
正確には手紙だけどね、とこちらの緊張を和らげるように茶目っ気を見せる。
何でも、不定期ではあるけど、ヘルメス様がリュー様からの手紙をアストレア様に届けているのだとか。
「ヘルメス何処にでも偏在しずぎだろ……」
相変わらずのフットワークの軽さに神様は呆れているようだ。
「もし良かったら、ヘルメスが次来た時に手紙を持って行ってもらうこともできるわよ? 皆もオラリオに無事を報告したい人もいるでしょう」
「で、ではっ。タケミカヅチ様や千草殿に文をお願いしてもよろしいでしょうか!」
「俺はヘファイストス様だな。行きはバタバタしていたが、ちゃんと報告はしたい」
「リリはおじさんですかねー。だらしない所がありましたし、ちゃんとやってるのかどうか……」
「そういえばヘファイストスへの借金全然返せてない! ヤバイ怒られるぅ!?」
アストレア様の申し出に皆は次々と手紙を送る相手を考え始める。
春姫さんを助け出したのは完全に突発的な話だったから、オラリオで出会った人達に碌にお別れができなかった。
彼女を助けたことに後悔はないが、皆に不便を強いてしまったことは心苦しかったから、この申し出は素直にありがたかった。
僕も手紙を出さなきゃいけない人は沢山いる。
それこそ、リューさんを始めとした豊穣の女主人の皆。特にシルさんに関してはお弁当をすっぽかしてしまったのだから、謝らないといけない。
それに、【ミアハ・ファミリア】や【タケミカヅチ・ファミリア】の人達には脱出までお世話になりっぱなしだ。
ちゃんとお礼の手紙を書かなくてはならないだろう。
お世話になったといえばエイナさんもだ。
【イシュタル・ファミリア】の危険性を前もって警告してくれていたのに、こうなってしまったことは申し訳ない。
あの人にもちゃんと謝らないと。
(後はアイズさん……いや、流石に【ロキ・ファミリア】の幹部に手紙は不味いか。バレて変な勘繰りをされたら迷惑がかかっちゃうだろうし)
今回は見送ろう。
また会えた時に話をすればいいんだ。
そんなことを考えていると、春姫さんが何か迷っている様子だった。
「……アイシャさんですか」
「……」
「あの人にお礼がしたいんですよね」
「ですが……」
春姫さんは【イシュタル・ファミリア】において、殺生石というアイテムを作るための生贄だった。
だから、ファミリア内でも苦しい立場だったようだが、決して敵しかいなかった訳ではない。
アイシャ・ベルカ。
とあるアマゾネスの冒険者はずっと春姫さんを気にかけていたらしい。
彼女が着ている高性能な着物も、アイシャさんが用意してくれたものだと聞いている。
(前に一度イシュタル様に逆らって殺生石を砕いたって話を聞いてから、ずっと気にしてたみたいだし、手紙くらいならいいと思う)
勿論、相手は【イシュタル・ファミリア】。
迂闊なことを書いて場所が特定されるのは避けなければならないが、そこに気を付けていれば感謝を伝えるのは悪くない筈だ。
ヘルメス様なら上手く手紙を渡してくれる。
カリカリと
特に神様の必死さは凄かった。アレスとアフロディーテみたいになりたくないと、それはもう鬼気迫っていた。裸網ベッドってなんだろう。
そうして書き終えた手紙をアストレア様に渡す。
「確かに受け取ったわ。……ただ、返信が来るまで時間が必要かもしれないけど」
何でも、今のオラリオの情勢はかなり悪くなっているらしい。
アイズさんがエダスの村に訪れた時よりも加速的に。
「どうも、イシュタルの愛人をフレイヤが奪ってしまったみたいなの。……魅了でね」
「え゛っ。それ本気で不味くないかい……?」
美の女神が別の美の女神に愛人を魅了される。
それは
面目丸潰れ所ではない。
この泥を濯ぐには、相手の血を使わなければ引っ込みがつかない。
神にとって司る事象の否定、侮辱は死を持ってしか償えないモノなのだ。
「フレイヤらしくない動きだけど、イシュタルのちょっかいが、何らかの形で彼女の逆鱗に触れたのかもしれないわね」
「あのフレイヤの逆鱗……?」
神様が何故か僕の方を見た。
視線の意味が分からず狼狽えていると、リリがアストレア様に話の続きを促す。
「ならフレイヤ派とイシュタル派で戦争が起きそうということですか?」
「そう単純ではなくて、【ロキ・ファミリア】も【フレイヤ・ファミリア】と険悪になってきてるのよね」
「……? リリ殿、不勉強で申し訳ありませんが、【ロキ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】は助太刀するほど良好な関係でしたでしょうか?」
「いえ、フレイヤ様ほどではなくてもいざこざはあったと思います」
どうも、その奪った愛人というのが【イシュタル・ファミリア】から抜ける時、重要な資料やらアイテムやらを盗み出したのでは、という噂があるらしい。
「盗みって……犯罪行為じゃないの?」
「けどイシュタル様はギルドにそれを訴えない。つまり、公にできない類のモノってことですよベル様」
それまで【イシュタル・ファミリア】と不穏だった【ロキ・ファミリア】が、その噂が流れてからは【フレイヤ・ファミリア】に標的を変えたらしい。
だから愛人が盗み出した物は、よっぽどのお宝なのではと庶民は噂しているのだとか。
「なら【フレイヤ・ファミリア】対【ロキ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】ってことですかアストレア様?」
「いいえ、ロキとイシュタルも小競り合いが激化してるみたいだから」
「オラリオもうグッチャグチャではないですか」
一体、今何が起きているのか。
下手をしたら当事者達ですら把握しきれていないのではないかというほど、混迷した状況にあるようだ。
いっそ【フレイヤ・ファミリア】が速攻で【イシュタル・ファミリア】を負かしてしまえばよかったのに、愛人を奪った後は我関せずという態度らしい。
「成程、確かに火薬庫にいつ火花が散るか分からない状況だ。呑気に手紙の返信を書いてる場合じゃないかもってことか」
そんな話をしてから、僕達は星休む宿を後にした。
日が暮れる前にこの街での用事を済ませ、帰路につかなければならない。
しかし、この話題を終える直前にアストレア様が零した言葉がどうしても気になった。
「この情勢で闇派閥が静かすぎるのが気になるわね」
次回、遂に……。