ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか 作:フリュネの出番はもうない
時代の終わりは突然来た。
体中に大量の虫が湧いたような、吐き気を催す悪寒で跳ね起きる。
ダンジョンに潜らなくなって、久しく感じていなかった直感。
眠気などあっという間に消え失せた。
そのすぐ後に地面が大きく揺れた。
常人では立つことすらままならない振動。
続けて万を超える雷が一斉に落ちたような、破滅的な轟音が鼓膜に届いた。
一体何が起きたのか、皆は無事なのか。
護身用にナイフだけ持って、僕は部屋を飛び出す。
村に用意してもらった住居の中を駆け回り、皆の様子を確認して回った。
「どうなってんだ!? こんな、有り得ねぇ!」
「タケミカヅチ様……っ。タケミカヅチ様が……!?」
「そんな、どうして……?」
「あの方との繋がりが解けた……?」
皆に怪我はない。
だけど、一様に顔を青くして狼狽える様に危機感が灯る。
建物の外から、起きた村人達の慌てた声が聞こえたのはすぐのことだ。
まるで灯りに吸い寄せられる蛾のように、僕達は纏まらない考えのまま外へ出た。
「─────────」
そして、その光景を目の当たりにしてしまった。
まだ時間は
なら、どうして木々の枝葉すらくっきりと見える。
山脈を越えた荒野の先すら見通せてしまうのか。
空は、どうしてこんなに赤いのか。
「どうなってやがる! 太陽が増えちまったのか!?」
今までになく余裕を失ったヴェルフの声が響く。
光源は南の地の果て。
一目で分かるそれは、空から夜の概念を奪ってしまったようだ。
「あ……光の、柱?」
巨大な光球から、別の光が発せられていることに気が付いたのは命さんだ。
確かに光の柱が建っている。
英雄譚に出てくる一幕のような壮大な光景。
この世界の何よりも美しい輝き。
知りたくなかった。
心が奪われながら、体から熱が消えていくこんな感覚は。
「まさか、神の送還……?」
春姫さんの呆然とした言葉が聞こえる。
この世界で神は
そして、二度と下界に戻ることは許されない。
神々がこのルール下で意識的に
この力が神の意志と無関係に発揮されるのは一度だけ。
神の肉体が致命傷を負い、本能が生存を望んだ時のみだ。
「待て、待て待て待て待て待てっ!? 数が多すぎる!?」
送還の光など一生見ない者もいる。
なのに、遠目から見える光の柱の数は二桁では足りない。
「まるで、
リリの掠れた声。
起きてはいけないことが起きてしまったと、聡明な小人は気付いてしまった。
(あの方向……オラリオ……)
大量の神の送還が起きてしまった。
それはつまり、
頭がおかしくなりそうだ。
気付いてしまった答えごと、喉の奥にせり上がってきたモノを一緒にぶちまけてしまいたい。
「……っ! 僕、見てきます!」
「なっ……!? 待つんだベル君!?」
「「ベル様!?」」
神様に言い残して、僕はエダスの村を飛び出す。
悪路を越え、ひたすらに南へ、南へ。
オラリオに向けて走る。
血を塗りたくったような赤い空。
黒い雲が過ぎ去っていく。
地響きのように轟いていたのは、まるで何かに歓喜するように吠え続けるモンスターだと今更になって気が付く。
「なにを……してるんだ……?」
自問する。
明らかな異常事態。
どう考えても良くないことが起きている異常の発生源。
そこに向かうという自殺行為に、僕は僕の行為に混乱している。
ダンジョンで散々習ったことを忘れたのか。
危険があるなら逃げろ。
理性が危険だと叫んでいる。
本能が戻れとがなり立てる。
心が怖いと泣き喚いている。
(だけど)
目を逸らすな。
楽観の余地を残すな。
お前はそれを見なければならない。
自分ではない。
もっと大きな何かがそう導いている気がしたのだ。
走る。
ほんの二カ月前。春姫さんを連れて逃げた時はレベル3だった。
ランクアップした今、僕はあの時以上の速さを手に入れている。
なのに、遅々として進みやしない。
錯覚だと分かっていても、空間が引き延ばされてしまったようだ。
(早く、早く、もっと早く!)
大地に産まれた二つ目の太陽の光が小さくなっていく。
天に伸びる光の柱が途切れていく。
祈るように握る拳に力を込めた。
目の前から消えていく光を追い求めるように。
喉を震わせ、走り続けた。
気が付けば、ベオル山脈の悪路で服に付いた泥水は乾いていた。
この惨めな姿を誰かに見られたら、きっと恥ずかしくなって顔を赤くして、その様子を笑われてしまうに違いない。
笑って欲しい。
誰か笑って。
人がいない。
夜だから当たり前なのに。どうしてこんなに心苦しい。
今までお前が感じた全ては勘違いだ。
お前は風車をモンスターと思い込む愚者と同じなのだと、白けた目で指摘する人間がいて欲しい。
気が付けば、整備された道を走っていた。
この小高い丘には覚えがある。
未来に胸を高鳴らせ、まだ距離があるのに走り出した時と同じ光景。
あの日と同じく、汗だらけになって僕は走る。
(違う! 全然っ、違うじゃないか!)
あの日と同じ光景だというのなら。
決定的に足りない。一番重要なモノが欠けている。
ああ、下手糞な夢だ。
世界観の設定を間違えてる。
世界の中心だぞ。忘れるなよ馬鹿。
逃避が頭の中を駆け巡る。
ぐるぐるとぐるぐると。
でもそれも終わり。
「……オラリオは、どこ?」
白亜の巨塔はない。
見上げるような大きな壁も。
あるのは穴だ。
ぽっかりと地面に開いた暗闇。
夜の闇を全部ここに押し込めたような、底なしの『大穴』。
昔話で聞いたことがある。
古代の人々は、ここをそう呼んでいたって。
「みんな、どこ?」
ぐにゃりと視界が歪む。
英雄達が築いた千年。
史実と呼ばれる全てを収めた書物を
その中でも、下界の住民では知らない者などいない項目があった。
数多の試練を乗り越え、厄災の根源たる大穴にたどり着いた人類は大穴を塞ぐ蓋を作った。
そして積年の悲願を遂げて大喜びしている所に、蓋を壊しながら登場したのが
神の眷属となった人間達はそれまでにない速度で成長。
ダンジョンの攻略や黒竜を除いた三大クエストの達成に至ったのだ。
オラリオを代表していたバベルの塔も、神時代の眷属によって産まれた高精度な蓋であった。
もうダンジョンからモンスターが溢れることはない。
地上には、最早劣化したモンスターしか残っていない。
全てが解決する日はすぐそこだ。
誰もが信じていた。
千年に渡り役目を果たしてきたオラリオが、これからも地上の平和を保ち続けるのだと。
「……っ」
だが、最早役割は果たせない。
オラリオはもう存在せず……剝き出しのダンジョンのみが在るのだから。
「……ぁぁ」
蓋を壊し、神々が降臨した瞬間に神時代は始まった
ならば、神々の送還と共に蓋が壊れたこの瞬間こそ、新たな時代の節目なのかもしれない。
「……ぁぁぁぁああああああ」
大穴の奥から獣の声が聞こえる。
牙を研ぎながら侵略の瞬間を待っていた殺意。
それが解き放たれようとしているのだ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
胸に湧きあがる衝動のまま絶叫した。
この感情の名前が分からないまま。
今の僕は叫ぶことしかできなかった。
やっとお前達を『愛せる』。
ようやく私は『満たされる』。
これこそが『正しいのだ』。
さあ、