ベルたちがオラリオ崩壊から世界を立て直すのは間違っているだろうか   作:フリュネの出番はもうない

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とにかく逃げろ!

 ベルによって正確な情報が伝えられたエダスの村には激震が走った。

 大穴から生まれるモンスターによる大地の蹂躙。

 それはもう御伽噺の中だけの悲劇であった筈だ。

 

 千年の時を一瞬にして奪われた人類は狼狽えることしかできない。

 

 この村にとって幸運だったこと。

 それはこの場に人とは違う視点を持つ神がいたことだろう。

 

「この村はすぐにモンスターに呑み込まれる」

「そんな……! この村は黒竜様の加護に護られています! モンスターだって、今まで襲ってきたことなんて……」

「鱗に怯えるのは弱いモンスターだけだよ。ちょっと強いモンスターが現れれば、こんなまやかしは通用しない」

 

 超越存在(デウスデア)の預言。

 何時もの温厚さが嘘のように冷たくなった神様は、現状維持という甘い幻想を打ち砕いた。

 

 村人であるリナさん達も顔を俯かせる。

 本当に、事態は切迫しているのだと理解してもらえたようだ。

 

「……では、この村はすぐに退去する。その方向で話を進めましょう」

 

 リリの確認に異を唱える人はいなかった。

 村を離れたくはないという想いはあれど、それがただの自殺行為だと皆分かっているのだろう。

 

「この村を出てから、行く当てはありますか?」

「あ、当てと言われても、私達はそんなに交易なんかをしていたわけじゃないですし……」

 

 流石に周辺の村とは多少やり取りはあったらしい。

 だけど、モンスターがダンジョンから溢れ出すであろうこの状況。

 ここ以外の村なんて行ったところで誤差だ。

 

 近くに留まっていては蹂躙される。

 だから逃げ延びる先は遠く。できれば防衛力も備わっていることが理想的である。

 

「最近じゃなくてもいいんです。どこか、大きな町や国と交流はありませんでしたか?」

「うーん……大昔には遠い里との交流はあったと、聞いたことはあります」

 

 しかし、とリナさんは続けた。

 

「我々の村は元はエルフの隠れ里だったそうなので……」

「必然的にその昔の繋がりはエルフになる、か。厄介そうだなそりゃ」

 

 腕を組むヴェルフは溜め息を吐いた。

 

 ……大丈夫、なのだろうか。

 あの大量送還の際、最も動揺していたのはヴェルフと命さんだ。

 

 それも仕方がない。

 二人は背中に刻まれた神の血(イコル)から、それぞれのかつての主神が送還されたことを感知してしまったのだから。

 

 もしも神様が送還されてしまったら、そんなもしもなんて僕は考えたくもない。

 身の毛もよだつ仮定だ。

 

 だから不安だ。

 二人は決して、元の神様と不仲になって改宗(コンバージョン)した訳ではない。

 寧ろ、理想的と言えるような関係を築いていた筈だ。

 

 【ヘスティア・ファミリア】になった後もお互いに気にかけていたのを僕は知っている。

 

 今の二人は、どこか無理をしている。

 この非常事態に足を引っ張るわけにはいかないと、冷静に振舞おうと仮面を被っている。

 

 何時決壊するかも分からない。

 平時と同じように行動する二人に、僕はそんな危機感を覚えていた。

 

「エルフの里は排他的とは耳にします」

「……皆がそうだとは思わないけど、リューさん……僕の知り合いに聞いた話だと、他種族を馬鹿にする傾向はあるみたいだから、春姫さんが言うようにちょっと、不安ですね」

 

 この村はその成り立ちから多種族を内包している。

 多様性を尊重するようになった神時代では、褒められてしかるべきことだが、難民となった時には大きなデメリットになる。

 

 非常時には、種族同士で集まって行動しようという傾向が亜人(デミ・ヒューマン)にはあるのだ。

 つまり、主流がエルフならエルフ以外。獣人なら獣人以外を拒絶する村というのは珍しくないのである。

 

 災害時などにそうしてトラブルになった事例は数知れない。

 それを皆は危惧しているのだろう。

 

「エルフの里を目指すのは最終手段にしましょう。拗れる気しかしません」

「なら、どうする気だい? 彼らは選り好みできる状況ではない筈だぜ」

「ヘスティア様、ベル様。リリは剣製都市(ゾ―リンゲン)を目指すことを提案します」

 

 この間、物資の調達のために訪れた街。

 多くの鍛冶師を擁する剣の名産地だ。

 

 オラリオほどではないにしてもあそこの防壁は大きかった。

 それに剣が大量にある以上、戦力だって一定のモノが揃ってると予測できる。

 生中なモンスターの進撃程度なら、跳ね退けるに違いない。

 

「何より、あの地には中位精霊がいると聞いています」

「せ、精霊!? それも中位の……!?」

 

 春姫さんが仰天するのは当然だった。僕もびっくりした。

 精霊の中でも、中位精霊は下界に殆どいない希少な存在だ。

 御伽噺の中だけの存在と思っている人もいるのではないか。

 

「精霊の力ならば、黒竜の鱗よりも強いモンスター避けの効果がある筈です。それに、環境の浄化も期待できます」

「環境の浄化……?」

「そういえば、色々な物語で聞いたことがあります。古代のモンスターによって、地は死に絶え、水は汚され、空気すら侵されたと」

「成程、自分はモンスターから逃げることばかり考えていましたが、その後のことも考えなければならないのですね」

 

 モンスターは存在するだけで環境を破壊していく。

 古代の頃には、草一本生えない地も珍しくなかった。

 

 リリはそれを見越して、汚染を浄化できる精霊の傍を目指そうと言っているのだ。

 

「上手くいけば精霊の加護を得て、ファミリアの強化もできるかもしれませんし」

「ちょっと待てリリスケ。あいつらは当てにし過ぎるな。精霊は無償の奉仕者じゃないんだ。下手をすれば俺の先祖様みたく破滅するぞ」

「……そうですね。欲張り過ぎないように気を付けましょう」

 

 兎も角、行き先は決まった。

 なら、後はどう動くかだ。

 

「【ヘスティア・ファミリア】だけじゃなくて、元冒険者の人とかも村の人達の護衛をしてもらう?」

「どうでしょう。腕は錆び付いていそうですし、荷物持ちで頑張ってもらった方がいいかもしれません。その分、色々持って行った方が後で楽かと」

「なら、私は村の皆にすぐに荷物をまとめさせます」

 

 そう言ってリナさんは村の人達に指示を飛ばす。

 

「だ、大丈夫なのでしょうか? 大穴が開いたというのに、呑気に荷造りなど……」

「ベル様の話だとダンジョンの上層部はごっそりなくなってます。恐らく、ダンジョンは迷宮の修繕をまずは優先するでしょう。時間的な余裕はある筈です」

 

 基本的にモンスターは排出されない。

 だけど、どんなものにも例外はある筈だ。

 

「……有翼のモンスターなら出てくるかな」

「かもしれません。数は少ないでしょうが」

「後は、よじ登ってこれるようなステイタスをもっていたら、無理矢理地上に出てくるかもしれない」

 

 僕の思い付きに反応は二分した。

 そんなことある筈ないと笑う村人と黙り込む冒険者だ。

 

「……もしもを出し続けていても仕方ありません。皆さんは持てるだけの荷物を用意、【ヘスティア・ファミリア】は念のため周囲の警戒を……」

 

 リリの言葉に被せるように。

 強大なエネルギー体が僕達の頭上を通過した。

 

 掠りもしないはるか上空。

 なのに、その熱量ははっきりと僕達に届く。

 

「う、うわあああああっ!?」

「なんだ今の!?」

 

 村人が騒ぎ始める中、僕は分かってしまった。

 悠長に荷造りをする時間はないと。

 

「皆! 村の人達を連れて逃げて!」

「ベル様!?」

「時間はない! あいつは僕が引きつけるから!」

 

 そう言って跳躍する。

 耳をすませば、進撃の音は微かながら聞こえ始めていた。

 

「待てベル! 俺達も一緒に……!」

 

 ヴェルフの声が背後から聞こえる。

 だけど、それはできない。

 

「死ぬだけだ!」

 

 今の一撃だけで分かる。

 これまでのモンスターのは格が違う。

 否、次元が違う。

 

 レベル2以下の皆が出ても消し炭になる。

 レベル4()ですら最低基準を下回っているかもしれない。

 

 間違っても皆が僕を追ってこないように、全力で走り出す。

 ダンジョンの知識の中にあの攻撃は存在しない。

 だけど、英雄譚で僕はそれを良く知っていた。

 

 単眼の王。

 射殺す視線を持つ者。

 大峡谷の門番。

 

 小人の勇者の一槍(いっそう)によって、ようやく討たれた物語の怪物だ。

 その戦いの跡は地形を変え、真勇の蹄跡(フィアナ・コーズウェイ)と呼ばれるオラリオへの一本道になったという。

 

 この怪物は物語から離れ、観測された現実ではこう呼ばれている。

 バロール。49階層に座する迷宮の孤王(モンスターレックス)

 

 冥府へ繋がる大穴を乗り越えられるのが埒外の怪物というのなら。

 真っ先に思い当たらなくてはならない相手だった。




 暫く苦しい展開が続きます。
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