ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
次から戦闘シークエンスに入って行きます。
先に結論を言うと、作戦は失敗に終わった。
他の車輛が走行訓練や射撃訓練、修理訓練、そして『応急手当の訓練』を行っている隙にⅣ号とヘッツァーは入れ替わりが起こった例の地点で合流すると、慎重に砲口を合わせ、同時に射撃し合った。
砲弾は互いにぶつかり合い、炸裂したが、あの不自然な爆発の膨張は起こらず、金属の破片及び硝煙とその臭いが辺りに立ち込めただけにとどまり、あんこうチームのタンクジャケットは変わらなかったし、角谷の顔の火傷痕も消えていなかった。
チームのシンボルマークもやはり鏡像世界のデザインで、作戦が失敗した事は誰の目にも明らかだった。
「やはり何かピースが1つ欠けていたようだな・・・」
麻子の分析に角谷も小さく溜息を吐き、
「ああ。でもここに来た以上、帰る方法はある筈だからな。でも何が足りなかったんだろう・・・」
「もう一度試してみるとか?」
沙織が自信なさげにそう提案してみたが、麻子はにべもなく
「それは非論理的だ沙織。料理の失敗レシピを繰り返すようなものだ」
「ですが、このまま手をこまねいているわけにも・・・」
優花里はそう言ったものの、失敗したと言う事実が思考を邪魔して気力を削ぎ、代わりに頭をもたげる無力感が自身を嘲笑う。
まあ、確かにこれだけで帰る事が出来るのならば苦労しないのだが。
「みんな。一端仕切り直しだ。会長室に戻ろう」
角谷の言葉でヘッツァーを先頭に、あんこうチームは5人それぞれが落胆や諦観、放棄、苛立ちといったネガティブのオンパレードと戦いながら必死に自制していた。
車庫に戻る間、誰も口を利かなかった。
何か言えば不毛な争いに発展する事を恐れていたのである。
それでも車庫に戻って来た時はかなりクールダウンしており、会長室に入る頃にはすっかり落ち着きと冷静な思考を取り戻していた。
「さて・・・」
執務机の上に腰掛け、腕組みをした角谷が、圧し掛かろうとする沈黙を振り払う如く切り出す。「みんなはどう思う?」
「う~ん・・・砲弾の威力が足りなかったのでしょうか?」
華の言葉をみほが分析する。
「どうだろう。あの時は確かに通常弾を使っていたけど」
「例えば・・・『この世界』における通常弾を使うとか、ですか?」
華の言う通り、さっきは鏡像世界における練習弾を使っていた。
しかし鏡像のあんこうチームが向こうの時空に行ってしまった時は、鏡像にとっての練習弾で撃ち合っており、だからこそ同じ物を使ったのだ。
「砲弾は・・・案外関係ないかもな」
「麻子は、どう思ってるの?」
「今考えている」
「そう言えばあのとき雨が降っていましたが、こっちに来たときは止んでいませんでしたか?」
優花里が当時の状況を思い出しながら言うと、麻子は何かが閃いたかのように片眉を上げた。
「・・・それ、重要なヒントかも」
「え?」
「秋山くん、続けてくれ」
角谷も興味を惹かれたようで、体がやや前のめりになる。
「私はあの天気が、今回の事件に関与しているのではないかと一瞬思ったのですが・・・突飛ですよね?」
「いや、手がかりかもしれない。こっちでも雨は降っていた。それが君達が入れ替わってから急に止んだんだ。私も今思い出したのだがね」
5人が一斉に角谷に注目する中、角谷は受話器を取ってあるボタンを押した。
「ブリッジ。昨日のXX時XX分頃の学園艦の座標と天候情報を回してくれ」
受話器を置くと、角谷はさっきよりは確かな視線で5人を見回した。
「あの場所に戻るという事か・・・?」
考えを言い当てた麻子に、角谷はにやりと笑った。
「さすが、頭が冴えてるねえ。君の言う足りないピースを探り当てたかもしれない」
「私が思うに・・・」
優花里が遠慮がちに右手を肩の高さまで上げた。「あの入れ替わりがあった時の座標に戻って、尚且つ天候が雨・・・である事が元の世界に戻る条件でありますか?」
「仮説の段階だがね。と言って確かめる術は無いが・・・試してみる価値はあるんじゃないか?」
直後に電話が鳴り、角谷は向こうの相手の言葉に耳を傾け何度か小さく頷くと、「サンキュー」
と答えて通話を切ってから、じれったそうな動きで執務机を回り込み、椅子に座るのももどかしく、自分がリクエストした転送情報を確認した。
あんこうチームも待ち切れずに角谷の後ろに回ってモニターを覗き込んだが、そう言えば会長席の方に行ったのはこれが初めてだとみほは思った。
「なんだこの天気・・・衛星画像で見ると気持ち悪いな・・・」
角谷が顔をしかめた。
あんこうチームが入れ替わった時刻の学園艦の上空の雲の形は・・・喩えていわばアメーバだが、それでもこの時の雲の形を表現するには不適切だと言えた。
しかも雲の形は秒単位でいびつに変化しており、どう見ても不自然な動きだった。
あんこうチームが入れ替わった直後にこの雲は雲散霧消という四字熟語を文字通り表したように消滅していた。
とは言え、急激に消え去ったわけではないので、だから空の変化に即座に気付く事は無かったのだろう。
他にも疑問は色々とあるが、目的は帰る事であり、それに思考を集中しなければならない。
「今のこの座標の天候情報を呼び出そう」
角谷がキーボードを手早く操作して、入れ替わりがあった時の座標上空の天候情報を呼び出したが、予想を裏切り快晴そのものだった。
「うーん・・・ダメなのかなあ・・・」
沙織が肩を落としかけたが、角谷は次にこの海域周辺の天気予報を検索し、明日の天気予報の箇所に右の人差し指でトントンと叩いた。
「いや。この座標では明日は雨の予報だ。もっともこの海域は暫く雨が続いているが・・・」
「行ってみる価値は、あると?」
「そうだ西住くん。西住くんも、そう思っているんだろう?」
「はい」
「なら、善は急げだ。この天気があるうちに、爆発の再現をやってみよう」
「賭けですね」
そうは言ったが、華は真剣な表情をしていた。
「でも、簡単に学園艦を反転させられるの?運航スケジュールとかあると思うんだけど」
「武部くん。君達の世界はどうか知らないが、我々生徒会の権限は非常に強力でね」
悪戯っぽく唇を曲げると、角谷は艦橋に転舵反転し、その座標に戻るよう指示を出した。
「さすがにそれは驚いた」
麻子が言葉とは裏腹に抑揚のない口調で感想を述べた。
「とは言え、今すぐと言うわけにはいかない。なんせ、1日分くらいの行程を進んできているからな」
「では、明日まで待機、と」
「ああ」
角谷はみほの肩に手を置いた。「それまで死ぬんじゃないぞ」
直後にまた電話が鳴り、角谷は受話器を再び手に取った。
「はい会長・・・何?」
角谷はハッとしたように顔を上げて5人を見回し、「・・・分かった」
只ならぬ生徒会長の挙動に嫌な予感を覚えたみほが一歩進み出た。
「・・・どうしたのですか?」
「まずい事になった。ここにサンダースの輸送機が接近している。上空到達は30分後だ」
続く