ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
Ⅳ号戦車は横滑りして崖の縁の手前で停止した。
ティーガーとパンターが左右から挟むように広がりながらじりじりとこちらに迫って来る。
2輌の砲塔が回り、主砲がこちらに向けられると、
「煙幕展張!」
みほの合図で車体後部の発煙弾発射装置から発煙弾が投射され、Ⅳ号戦車と黒森峰チームの間に扇状に広がって落下すると、両者を隔てる白煙の壁がもくもくと広がり始める。
その間にも追加の煙幕弾が射出される音がして、油絵を上塗りするように煙幕に煙幕が重ねられて層が厚くなっていった。
「西住隊長!煙幕が・・・!」
赤星の声が動揺を帯びるが、まほは落ち着いていた。
「待て。こちらを先に撃たせて、装填する間に逃げ出すつもりだろう」
「絶対逃がしませんよ・・・!」
ティーガーとパンターは煙幕の十数メートル手前で停止すると、煙幕の中に隠れているであろうⅣ号に主砲の狙いを付けたまま待機した。
「飛び出しに気を付けろ。いつ痺れを切らすか分からん」
「了解!」
だが、尚も息を詰めて待ってもⅣ号は姿を見せない。
そのうち煙幕は晴れるが、そうなればチェックメイトで追い詰められるのはⅣ号の方だ。
その時まほは、煙幕の切れ目に吊り橋の支柱となっている赤い鉄塔が目に入り、そこから伸びている鋼鉄ワイヤーが揺れている事に気付き、
「くそっ!敵は吊り橋を渡って逃げるつもりだ!」
「ええ!?」
赤星が聞き返す間にティーガーは動き出しており、赤星も急いで操縦手に隊長車の後を追わせる。
が、ティーガーとパンターが辿り着く前にⅣ号がじりじりと後退してきた。
「ん?」
まほが首を傾げてよく見ると、Ⅳ号は前から何かに押し戻されているようである。
Ⅳ号を押している相手を見て、まほは納得した。
プラウダの2輌がⅣ号戦車の壁となり、前後に列車となって押し戻してきたのである。
Ⅳ号戦車は後退して逃走を試みるが、パンターとティーガーが逆八の字に囲んで逃げられないようにする。
これにプラウダチームが前方を塞ぎ、菱形にⅣ号を包囲する事に成功した。
車内から人は姿を現さないが、キューポラ越しにこちらの様子を窺っているであろう事は想像がつく。
「つーかまーえた!」
と、カチューシャの勝ち誇った声。
まほはハッチを開けて外に体を乗り出すと、声を張り上げる。
「みほ!もう逃げられないぞ!主砲が使えないのは分かっている!降伏しろ!見ての通り、私の戦車と赤星のパンターが至近距離でお前達に狙いを付けているが、今なら仲間4人の命は助けてやる!」
「西住殿・・・」
優花里が打開策を探して周囲をキューポラ越しに見回すみほに声を掛けた。
「事情を話したら分かるかな?」
「無理だな沙織。相手はこっちを並行世界から来た人間だと思っていないし、話しても信じないだろう」
「この状況では苦しい言い訳に聞こえますよね」
と、華が麻子の意見を補足した。
すると、外の様子を窺っていたみほが覚悟を決めた表情で車長席に座り込み、仲間の顔を1人ずつ順番に見て行った。
「みんな・・・」
「おいまさか」
麻子がその先を言うのをみほは許さなかった。
「みんなは、先に元の世界に帰って。後から行くから」
「はあ?何言ってんのよみぽりん!」
沙織が論外だと言うようにみほを睨みつけながら叫ぶ。「何されるか分かってるでしょ!?それに帰る時はみんな一緒だよ!?同じチャンスが巡ってくる可能性なんて無いんだよ!?」
「沙織さんの仰る通りです、みほさん」
と、華も真剣な表情で言う。
その時、まほの声が再び呼び掛けて来るのが聞こえた。
「みほ!早く返事をしろ!私は辛抱強いが、他の仲間はそうではないぞ!」
「この際、ハッチを強引に開けて引きずりだしちゃうわよ!」
カチューシャの声だ。
あんこうチームも一瞬ハッとした表情になるが、すぐに重苦しい空気が覆い直してくる。
「待てカチューシャ!」
と、まほの声がカチューシャを押し止めたが、それもいつまで続くか。「答えろ!みほ!お前だって仮にも西住家の人間だろう!潔く覚悟を決めたらどうだ!?」
「西住殿。私も西住殿が投降するのは賛成出来ません」
みほは優花里を見た。
優花里がたじろいだ事に、敬愛する隊長の表情には覚悟や諦め、そして何よりも部下であり親友である4人に対する思いやりと愛情が柔和な笑みとなって表れていた。
「みんな、私は大丈夫だから。必ず・・・耐えてみせる」
「ダメだよみぽりん・・・」
沙織が涙声となって引き留めるが、みほの心は決まっていた。
「西住殿・・・!」
「みほさん!」
彼女に近い位置に座る優花里と華がみほの手を掴む。
沙織が必死の形相で麻子に顔を向ける。
「麻子!うまく隙を突いて脱出出来る!?」
操縦スティックを握る麻子の両手が白くなる程硬く握り締められる。
「やってみる」
その時、シャーマンの主砲の射撃音が聞こえてⅣ号の傍に着弾して車内を揺るがせた。
「え?」
沙織が潜望鏡を回して様子を探り、「あ!」と叫んだ。
同じタイミングでみほもアリサのシャーマンを見つけていた。
まほが横槍を入れて来たアリサのシャーマンを冷ややかに見やった。
「・・・なんのつもりだアリサ」
「ハハッ!決まってるじゃない!」
アリサの不快で甲高い笑い声が耳に響くが、まほは表情を変えずにこちらにやって来るシャーマンを見つめている。
続いてアリサの声が憎悪の地響きを帯びる。
「Ⅳ号は私のものよ!分かったらさっさとどきなさい!」
「事前の取り決めを忘れたのか?」
「はあ?そんなの口約束じゃない」
「待ちなさい!そんな事したらミホーシャを痛めつけられないでしょ!?」
カチューシャの声が割り込んだ。「あんたも痛めつけたがってたじゃない!」
「気が変わったわ。私がこの手であんこうの連中をHEATでズタズタで細切れのコンビーフにしてやるわ!」
するとティーガーの主砲が回り、シャーマンに向けられた。
パンターの主砲はⅣ号を見張り続けている。
シャーマンが停車すると、
「ふん、何のつもりよ」
「お前がそのつもりなら実力で阻止するしかない」
「私がティーガーを怖がるとでも?」
「5秒やる。その間に引き下がれ」
「上等じゃない」
シャーマンの主砲がティーガーに向けられ、お互いに砲口を突き付け合う状態となった。
装甲厚の比較で言えば、ティーガーなら弾けるチャンスが大きいが、外しでもしない限りシャーマンは絶望的だ。
「どうなってるのよ・・・!」
赤星がハッチを開けると顔を出してまほとアリサを交互に見たが、これが仇となった。
みほはこちらを見張っていたパンター車長の赤星の注意が散漫になった隙を見逃さず、
「離脱!」
その命令に瞬時に反応した麻子が車体を素早く回転させ、パンターとティーガーの間を通り抜けて包囲網からあんこうチームを脱出させたのであった。
続く