ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
悪しからずご了承下さい。
「Ⅳ号、こちらに向かって来ます!」
困惑した砲手の報告に、まほも疑念で目を細めながらⅣ号を睨む。
Ⅳ号は追い詰められて居直った獣のようにこちらに突撃してきていた。
まほの見たところ、これまでこちらとの戦闘のどさくさ紛れにチームメイトから2度も裏切りを受けており、これが正しければ・・・まほはそう確信していたが・・・あんこうチームは自棄になったのだろうか?
いや、妹の事を誰よりも知るまほに、その可能性は考えられなかった。
「・・・なんのつもりだ?」
「いつでも射撃可能です!」
「待て」
「捕捉済みです!」
「もう少し引き付ける」
砲手はそれ以上反論せず、スコープをじっとⅣ号に据えたまま、まほの命令をじっと待った。
「こっちを引き付ける気だ・・・」
みほもまほの狙いに気付いていたが、それは織り込み済みだ。
優花里が緊迫した表情でみほを見る。
くどいようだが、この世界は被弾=死、よくても欠損覚悟の重傷を意味するからだ。
だから今からやろうとする作戦は・・・
「西住殿・・・!」
「麻子さん!」
みほの合図で、麻子は歯を食いしばり目を大きく見開いた表情で操縦スティックを動かした。
Ⅳ号は横腹をティーガーの正面に晒す姿勢のまま、針路を維持する。
即ち、ティーガーに向かって勢いよくスライディングしていたが、それによって泥混じりの水たまが盛大に跳ね上げられ、扇形となってティーガーの正面にぶちまけられた。
「うわっ!」
実際には車内に泥水は侵入して来ないが、スコープの視界が一時的に遮られたので砲手は思わず仰け反ってしまった。
まほも反射的に左腕で右目を庇ったが、同時に目潰しの策略と直感で察知して耳をそばだてる。
Ⅳ号はそのままこちらと激突したらしく、凄まじい振動がまほ達を翻弄し、まほ以外の乗員が悲鳴を上げた。
キューポラ越しでは何が起こっているか把握しづらい。
まほは車長用ハッチを跳ね開けると、外に顔を出した。
Ⅳ号はティーガーと組み合っていた。
泥水で目潰してこちらが一瞬怯んだ隙に、激突した際の勢いと車体の跳ね上がりを利用してティーガーの車体正面に乗り上げ、88mm砲を折り曲げたのだ。
実際、88mm砲は砲身の真ん中辺りから先が上に向かって緩い角度で折れ曲がっており、射撃は不可能になっていた。
だが、まほは次の一手を打つ。
「引っ繰り返せ!」
Ⅳ号の車体で潜望鏡の視界が遮られていたがものの、操縦手は命令に従ってティーガーのエンジンを総動員してⅣ号を力任せに押し始めた。
まほの戦術に気付いたⅣ号の操縦手も後退機動に移ったが、質量と馬力に勝るティーガーからは簡単に逃れられる筈もなく、やがて直立状態にさせられ、そこから尚十数メートル引きずられるようにして押し続けられた後、遂に仰向けに引っ繰り返されてしまった。
こうなれば無抵抗の亀も同然である。
まほは渓谷が口を広げる方角を見て、冷徹な口調で
「谷底に突き落とせ」
操縦手は器用にⅣ号を渓谷の方向に向けてぐんぐん押し進み始めた。
渓谷までは数分。
転覆した車内は、その狭さが仇となってあんこうチームを拘束していたが、それでもみほ達は逆さまの状態から回復しようともがいていた。
が、何分このような事態を想定した訓練はしておらず、難航した。
その間にも、転覆したⅣ号は渓谷に向かって押され続けていく。
引っ繰り返った状態のままながら、ペリスコープで行先を確認した麻子が恐怖に声を震わせながら、
「・・・渓谷に落とす気だぞ・・・!」
その言葉にみほ達は凍り付き、余計に焦って体が車内でつっかえて動きが取りにくくなった。
死のカウントダウンが刻一刻と迫って来る。
「75mm砲が使えたら・・・!」
澤が悔しそうに唇を噛んだ。
75mm砲用の劣化ウラン弾はあと1発残っているが、さっきのティーガーの砲撃で75mm砲が破損し、使えるのは小型砲塔に搭載されている37mm砲と、貧弱な機関銃だけだ。
「体当たりする?」
阪口がそう提案したが、澤は首を振った。
「いやダメね。ティーガーの重量に勝てないわ」
「じゃあⅣ号をサンドイッチとかは?」
そう提案したのは山郷だったが、これも澤は却下する。
「合計の重量でも足りない!」
と、その時。
37mm砲装填手の丸山紗希が澤の肩をちょんちょん突くと、
「履帯・・・カット・・・」
澤達は顔を輝かせた。
なんでこんなシンプルな手段を考え付かなかったのだ?
もうティーガーはⅣ号を谷底に突き落とすまで数十メートルだ。
「紗希、榴弾装填!」
丸山は黙々と、しかし素早い動作で37mm榴弾を装填する。
「照準、右の履帯!」
「眼鏡壊れてるからよく見えない・・・」
と、大野がぼやくが
「いいから早く!」
澤のどやしに気圧された大野は瞼を殆ど閉じるようにしてピントを合わせ、ティーガーの右側の履帯を狙う。
「よし!」
「撃て!」
37mm砲が火を噴いたが、榴弾はティーガーより遥か手前に落ちて失敗する。
しかしティーガー側を警戒させるには十分だったようで、Ⅳ号を押す作業が加速したように感じた。
丸山が次弾を素早く装填する。
もう渓谷まで僅かだ。
「次、ラストチャンス!もっと近づいて!」
阪口はM3リーを走らせ、かなり近づいたところで停車させる。
「もう一度!」
「了解!」
大野は再度照準を調整し、
「ロックオン!」
「撃て!」
37mm榴弾は、今度こそティーガーの右側履帯に直撃し、切断した。
しかしまずい事に、履帯がティーガーから外れてしまうまでにⅣ号を谷底に突き落とすには距離が十分なようだった。
「どうするどうする!?」
大野が慌てる中、澤は最後の一手に賭けた。
「宇津木!劣化ウラン弾!」
「はあ!?」
無茶な指示と受け取った宇津木が驚いて振り向くが、
「阪口、もっと前進!密着してエンジンを破壊する!」
「幾らなんでも無理じゃない!?」
山郷が抗議するが、
「それでもなんでもやるのよ!」
大野が試しに37mm砲を車体後部に撃ち込んでみたが、徹甲弾はいとも簡単に弾かれてしまった。
「体当たり!」
M3リーはティーガーの車体後部にキスするように破損した75mm砲の砲身を押し付けた。
「まるで浣腸ね・・・」
と、自分でもなんだか場違いな喩えを口にしたと思いながらも、山郷は澤の
「撃て!」
に従って75mm砲を発射した。
接射になったので、劣化ウラン弾は発射直後にティーガーの車体後部装甲を破ってエンジンを破壊したが、やはり砲身の破損は十分な加速を得られず、奥深くにまで浸透して乗員の殺傷には至らなかった。
しかしそれで充分だった。
エンジンを破壊されたティーガーはゆっくりと停止し、Ⅳ号は崖っぷちで止まって九死に一生を得たのである。
その後、風紀委員がポルシェティーガーと三式中戦車を引き連れて戻って来て包囲し、不利を悟ったまほは、乗員達と共に大洗女子学園に投降したのであった。
続く